いまさら
2025-03-31 14:59:52
37991文字
Public
 

永い一瞬

世界観の独自解釈・多大な捏造
星の神が星の世界を作ってファさんが星の民になるまでのファーベリ(と言い張る)
ベリアルの髪が長い



 第三章


 銀髪の彼はずいぶん小さくなってしまった。
 最近は眠る回数が増え、目が覚めるたびに肉体の時間が遡っている。出会った頃はオレと変わらない高さだった背も、今ではすっかり縮んで、少年の背丈になっている。
 もうすぐ彼は世界の都合でここを去るだろう。彼が〝管理者〟に一発食らわせるところを見られないのは残念だ。
「そういえば、キミの名前を聞かないままだった」
 砂浜を歩く背中に声をかけると、彼は不機嫌そうな顔で振り向く。
「不要だろう」
「まあ、結局オレたち以外の人間にも出会わなかったけど」
 呼び分けるための名前は確かに必要なかった。けれど、どうしても彼の名前を呼べたらともどかしくなることがある。彼にはそうした瞬間はないのだろう。
「オレはキミに名前を呼ばれてみたいよ」
「お前こそ、俺に名を教えていない」
「それもそうだ」
 海が現れるのは久しぶりで、オレは少し浮かれていた。絶え間なく水面が動き、時間によって潮位が変わる。見ていて飽きないし、ずっと波の音が聞こえるのも心地が良い。
 彼がいなくなった後も海があれば少しは慰めになるだろうか。この海もいつまでここにあるかは分からないが、少なくとも彼が星を見ていた砂漠と同じくらいの期間はここに留まっていてほしいと思う。
 あの時期は、彼が本当の世界の在り方を確定させていくのを恐ろしく思っていた。そこに自分はいない、ということを改めて突きつけられるのが寂しかった。そして、彼といつか離れることが悲しかった。
 だから砂漠にはあまり行かなかった。時折、まだ彼がそこにいるかを確かめては去った。彼が砂漠にいる間は他の空間を回って気を紛らわしていた。本には助けられた。彼がオレの知らない言語をいくつか教えてくれたおかげだ。
 彼はこの空間でも処理できないほどの情報量を抱えているのだろう。だから別次元に送り出すのに時間がかかっている。少しずつ処理されるために、こうして時間が経つにつれて幼くなっていくのだ。
 びゅう、と後ろから強い風が吹いて髪が乱れる。この海の時間など分からないのに春の風だ、と感じた。
「春だ」
 彼がそう言って、オレは嬉しくなる。こんなに別の存在なのに、その思考が重なることに不思議な喜びを覚えるのだ。
「何がおかしい」
「いや、オレも同じことを思ったんだ」
 彼はつまらなそうな顔をして、また歩き始める。

 彼が春だと思ったのは日の高さと影の長さとその他諸々の要素が理由だそうで、オレはかつてよりずっと低い位置から聞こえる彼の声に耳を傾けていた。声も変わってしまったな、と思う。彼の声に違いないが、出会った頃より高く幼い声だ。
 科学の授業を聞いていたそのとき、あの光の輪が現れ、空気を呑んでいくのが見えた。
 それがゆっくりとこちらに近づいてくるのを見て、今がそのときであるとオレは悟った。彼も気づいているようだ。
「ああ、とうとうキミの番だ」
「お前も来い」
「試してみるよ」
 光がとてつもない力で彼を連れ去ろうとする。彼の小さな手を握ってその輪に入ろうとするが、やはりオレだけはそのシステムの外にいるようだった。飲み込まれていく彼に叫ぶようにして伝える。
「キミと会えて楽しかった。今度会ったときはオレに名前をつけてくれ!」
「っ! ふざけるな! お前も来いと言っただろう!」
 体のほとんどを飲み込まれた彼の手がもがくように伸びてオレの髪を掴む。ぐ、と髪が引かれたまま光の輪が閉じる。行ってしまった、と思うとがくりと力が抜けて砂地に膝をつく。ぽたりと地面に涙が落ちて砂の色が変わる。あ、泣いてるのか、と気づくと堰を切ったように涙があとからあとから流れていく。
 どれくらいそこにいただろう。辺りはすっかり暗くなっていた。波の音が聞こえて、あの光は海を残していったのだと思い出す。悲しみに暮れて、周りの音が届いていなかったのだ。そして自身に関する明らかな変化にも気づけなかった。
……あ」
 長い毛先の一部が歪に千切れている。最後に彼が掴んだ部分だ。彼はオレの一部を持って行ってしまった。
 また強い風が吹いて、歪な毛先が風に靡いた。