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……1≫
ラガフィオ
追加日:2025/08/02
問
「なにこれ」
「なんだこりゃ」
部屋の石扉には、
『正直者の部屋』
『お互いに相手への素朴な疑問を三つ解消しなさい』
と記されている。
ラガッツォは騎空団の数名と古城の探索に来ていた。フィオリトと二人揃ってはぐれ、今に至る。変な城で、魔物はいないはずだが、厄介なことに落とし穴など来訪者を分断する魔法仕掛けが山ほど仕込まれているのだ。ここは地下迷宮の一室である。
「素朴な疑問って言われてもね」フィオリトが冷めた目で扉を眺めている。魔法で表示される文字らしく、数秒後に表示が変わり、カウントダウンが始まった。
試練を無視して破壊するには分厚い石の扉を前に、二人は困惑した顔を見合わせる。相手への素朴な疑問と言われても、急に無茶な。
と思いきや案外くだらない質問がぽこぽこ頭の中に浮かんでくる。
「とっとと出たいし
……答えやすいので良い?」
「それしかねェだろ」
魔物を見ていないとはいえ、安全性が未知数の古城だ。早く脱出できるならそれが良い。簡単な質問を三つ絞り込んだところで、カウントダウンが終了した。
扉に新たな一文が表示される。
「なになに
……純粋な疑問をそれぞれ三つ、思考から読み取
……順に
……発表
……?」
「なんて?」
質問の選択権が無かった。
「読み取ったってェ!?」
「頭ん中を!? やば怖てか待ってそれマズイって」
フィオリトがとてつもなく焦っている。小っ恥ずかしい思いつきでもあったのか?
尤も、ラガッツォも馬鹿馬鹿しい思いつきをしなかったかと問われれば自信が無いのだけれども
…… まさか思考を読まれるとは、侮れない技術だ。
なお、『一回だけ質問の変更が認められます』と小さく記されている。本気で困った時の逃げ道だろう。
さて何が公開されてしまうのか、冷や汗をかいていると、扉の一文が変化した。
さて、一発目は?
『スファライの代償って何』
ラガッツォからフィオリトへの質問だった。
「気にしてくれてたん? へえ〜」
「いいからさっさと答えろ」
「
……わかんない」
「は?」
「マジ。健康そのものってカンジ? だから何が代償なんだか」明るく答えているがある意味怖い返答だ。
「ホントかァ〜?」信じきれず扉に目をやると、大きな丸印が浮かび上がっている。
「次ってどっちの来るの? まとめて3問? それとも交互?」
「さァな」
そうこうしているうちに次の一文が表示された。
『左腕のトゲ、引っ掛けたり刺さったりしない?』
今度はフィオリトからラガッツォへの質問。どうも交互らしい。なんでもない疑問だ。
「これとかそうだぜ、ホラ」
「マジ?」
ちょうどトゲが原因の服のほつれがあったので、見せたら大ウケしている。用途のない装飾だが、義手に最初から付いていた意匠だ。気に入っている。
フィオリトが爆笑しているということは、ラガッツォと二人きりが嫌なわけではないのだろう。二人はこの部屋の直前にモノマネの部屋に放り込まれたのだが、お題を見て瞬時に猫の威嚇の真似をしたフィオリトのおかげで秒で脱出していた。その時の彼女の様子が引っかかっていたラガッツォは、さっさと外に出たいだけなのか二人きりが嫌なのかどっちか考えていたのだが、大笑いする元気があるなら後者の可能性は低いだろう。良かった。
……良かった? 良かったって何だ。
『筋肉に何箇所名前付けてる?』
今度はラガッツォからフィオリトへ。
質問を一瞥した彼女は答える前にと前置きした。
「質問が交互に来るんなら、質問される側はいっぺん壁見ないようにしてさ、質問する側が先に何の質問引いたか確認するやり方にしない?」
「いいけどよォ、お前は一体何を思いついたんだ?」
「なんていうか
……答えられても困るけど、思いついちゃったヤツ? アンタもそういうの無い?」
「へェ例えば?」
「アタシのスリーサイズとか」
「要らねェ」
「でしょ。
……要らねえって何?」面倒くさい。
実を言うと最初の質問は相当気まずかったのだが、それ以上は多分無いと思う。無いよな?
次の質問から提案通りにすることで合意し、フィオリトは筋肉に名付けた名前を数え出した。
「まずローザちゃんでしょ、ヴィオラさんに
……」
つらつらと筋肉の名前が列挙されていく。思っていたより多いそれを半ば聞き流しながら、ラガッツォはナビス時代のフィオリトのことを思い出していた。筋肉に可愛らしい名前をつけていると初めて知った時はただ爆笑したが、今思えば決して一笑に付してはいけない。当時、彼女は誰も信用していなかった。だから己の筋肉を友として、心の支えとしていたのだろう。もっとも、別の平穏な人生でも筋肉に名付ける面白い女なのかもしれないけれども。
長い回答が終わり、石板に合格の丸が浮かんだ。
壁と睨めっこしていたフィオリトはホッと安堵のため息をつき、壁に背を向けていたラガッツォに振り向くよう促した。
『髪留め貸した気がするんだけど気のせい?』
「普通に訊けや」
「さっき急に思い出したんよ」で、どうなんと肘を小突かれる。
ジャケットの内ポケットから小さな革袋を取り出し、ひっくり返すと、ラガッツォの掌に赤い髪留めが転がり落ちてきた。
「持ってるんだ
……」受け取りながら引き気味である。返しそびれてたんだからいいだろうが。
「てかさ、なんでアンタに渡したんだっけ」
「依頼先で名札の固定に使った時のだろ」
「それだ」
「さっきから誰かがあーあーあーあー叫んでない?」
「気のせいじゃねェんだなこれ、誰だ、男?」雑談をしながら次の質問を待つ。
ラガッツォからフィオリトへの質問、最後は?
「ウワー!!」ラガッツォは思わず悲鳴を上げた。
「えっ何? チェンジ使う?」
「いや
……」
問い自体は、はい・いいえで済むだけ、ラガッツ一人が恥ずかしいだけの質問だ。フィオリトに変更権を残しておいても、まあ
……
逡巡した後、渋々彼女に振り向くように言う。
フィオリトは思い切りよく振り返って、固まった。
『チャックのボタン開けてんのはそういうファッションなのか?』
……。
「どこ見てんの!? ファッションだけど!?」
信じらんないこのムッツリ誤解だ偶々だつか脱げ易かったりしねェのしねえよバカじゃないのと一通り一悶着した後、ホラ早く後ろ向きなよとせっつかれ、ラガッツォは扉を背に立った。
これでいいかと思いきや、フィオリトはラガッツォの正面に向かい合って立ち、「これで」と両手を彼の頭の横に軽く添え、振り向けないように固定した。二人の間は彼女の腕の長さ分しかないので非常に距離が近く、ラガッツォとしては気まずい。フィオリトは近すぎる距離感に気づいていないか、どうでも良くなるほどに焦っているらしい。ラガッツォのお陰で質問変更権が残っているが、一体何を残しているんだ。
ところで、スファライをつけたまま頭を挟まないでほしい。ちょっと怖い。
さて、最後の質問は?
「いやぁ!! チェンジ!!!!」
今度はフィオリトが盛大な悲鳴を上げた。
動揺して動いた結果、彼女の手はラガッツォの頭から離れた。慌てっぷりに驚いたラガッツォはうっかり振り向いてしまったが、消えゆく一文の中、『義手になってからシ』まで読めてしまった。
義手になってからシ
……? シのあとに何
……?
視線を感じて恐々振り返ると、しゃがみ込んだフィオリトに恨めしげに睨まれていた。
「
……読んだ?」その静かな剣幕に押され、ぷるぷる首を横に振って何も見ていないアピールをしておく。
「本当に?」今度は縦に振る。
よく見ると赤面している。色黒でも分かるものだ。
さて次は今度こそ拒否権が無い。
「お前もう爆弾抱えてねェよな」
「絶対チャックのボタンよりマシ」
「ごめんなさい」
果たして最後の質問は?
『ダンベル何キロまでいける?』
「よ、良かった〜
……」
「あの城さ、一人で閉じ込められたら結構まずいんじゃない?」
団員たちと合流し、帰路の幌馬車に揺られながらジータが呟いた。どうやら他の面々もああいう二人で条件を達成する系の部屋に遭遇していたらしい。
「一人だけじゃ作動しねェとかそんなんだろ
…… そうだよな?」喋りながら不安になってきた。
「そっちはなんの部屋あったん?」フェザーとランドルにフィオリトが聞いている。
「叫ぶ部屋とかだな!」
「なんそれ」フィオリトに同意。なんだそれは。
「ハモらないと出られなかった部屋のことだろ」ランドルが補足する。なるほど。なんだそれ。
「どうやって出たの」
「あーあーあーあー適当に叫びまくって」
「お前らだったのかよ」
道中の謎の叫び声の正体が判明した。
「そちらはどんな部屋があったんですか?」ルリアがフィオリトに尋ねた。
「うーん、猫のモノマネするやつとか」
「えー見てみたいです!」
「にゃ、にゃー
……?」遠慮がちに鳴いた。
可愛いが、先程とまるで違う。
「嘘つけフシャー!だったろうが」
「ちょっ、なんでバラすワケ!?」
「そうそうこんな剣幕でよォ猫被り」
軽口の応酬に挟まれたルリアがあわあわし出したので、そこ〜ルリアを困らせないでね〜とジータに諌められた。年下に気を遣わせるのもアレなので、大人しく馬車に揺られる。
ねえ雨降りそうじゃない? しばらく外を眺めていたフィオリトは機嫌が直ったらしく、彼の手の甲をつつく。そういえば、ここ最近よくつつかれる気がしていたが、触れられる場所は全部義手の一部だ。
ほらあっち、そうして遠くの空を指差す彼女の拳は、スファライを装備したまま。
スファライ。
悲鳴を上げた質問は別だが、後から考えれば、実は一番気まずい質問はスファライの代償についてだった。今は元気。そう聞いて安堵して良いものか。まだ気付いていないだけで既に影響があるのかもしれない。あるいは、今後支払う代償だとしたら恐ろしい。
そしてシって何だ。
彼が『シ』の続きを知るのは、ずっと先の話。
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