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……1≫
ラガフィオ
追加日:2025/03/11
掌
彼女はテーブルの向かいに座って、彼の右の義手を手に取り、質感を確かめるように、するすると指の腹で丹念に撫でている。
時折、爪が当たって小さくカツンと鳴る。
夜のグランサイファーは静かだ。
共用スペースでなんとなく自室に戻る気が起こらず適当に時間を潰していたところ、フィオリトに絡まれた。彼の義手が気になるということで、気がついたら好き勝手観察されている。
ラガッツォが思っていたよりも随分優しく、丁寧な手つきである。また関節や掌の中心などの複雑な機構部分には触れないようにしている。
「この手さあ」視線を義手に落としながら、フィオリトが口を開いた。
「どうなの?気に入ってる?」
「気に入ってるぜ。思ったように動くし、戦闘にも良い」
しばし考えた後、ただなァと続けた。
「あれだな、瓶とかの回す蓋が開けづらい」
「蓋」
「意外とツルツル滑んだわ」
固い金属の義手であるから柔らかさがなく、従って摩擦も少ない。
「ま、工夫次第でどうとでもなっから大した問題じゃねェな」他にも不便があったような気がするが、とりあえず直近で心当たりがあるのはこの程度だったので彼はそう答えた。
フィオリトはどうしようもない時は人に頼りなよと真っ当なアドバイスを返したのち、
「触覚までは無いんだっけ」新たな問いを投げる。
「ん」ラガッツォは軽く肯定する。
あれ、でもさとフィオリトが怪訝な顔をして続けた。
「こないだ扉に手挟んで、ぎゃって言ってなかったっけ?」
「反射で出んだよ。よぉく考えてみりゃ痛いわけねェのにな。錯覚みたいなモンだろ」
そういうもんなんだと頷いていたフィオリトだったが、ふと「じゃあさ」と義手の手首を掴んだ。ラガッツォは嫌な予感がした。
彼が逃れる間もなく、義手の手首がテーブルに固定され、彼女は空いた片手の指を義手の掌の上でばらばらに動かし始めた。
くすぐったい。
「
……おい」
「くすぐったい?」わずかに体を捩らせたラガッツォを見て、フィオリトはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
義手の指先が尖っているものだから、うっかり握りしめると危ないからと制止すると、ぴたりとくすぐる手をとめて、そのまま錯覚って不思議〜と呟きながら義手を揉んでいる。珍しく聞き分けが良い。
しばらく互いに無言が続き、フィオリトが口を開いた。
「これ作る時さ」
「アタシはアンタとの付き合いがあるって明かせなかったから、アンタの戦い方がどうだったかとか、そういうの言えなくて」
当時フィオリトは、表向きはまだナビスの間者で、騎空団の面々にもそれを隠していた。
「それとなく伝えとくことしかできなかったから、気になってたんよ」
フィオリトは義手を揉みながらポツポツと語る。
周囲の話や本人の雰囲気から察するに、どうやらラガッツォの意識が戻るまでフィオリトはえらく心配していたらしい。
「
……お陰様で」
そういえば、フィオリトは何を失うのか? ラガッツォは仕舞い込んでいた疑問を思い出した。
彼女がスファライに何の代償を払っているのか、彼はまだ知らされていなかった。もしかしたら彼女も腕を失うのかもしれない。尤も、彼らが知る限り武器の代償は基本的に何かしらの症状として現れるらしいので、ラガッツォが武器ごと腕を斬り落とされたことは果たして代償だったのか、いまいち本人にもピンときていない。しかしながら、今晩フィオリトが彼の義手を気にしたのは、自分も手を失う可能性を少しでも考えたからなのかもしれないと、ラガッツォはぼんやり考えた。
今義手に触れている手は素手である。普段は武器の下に隠されている手。スファライは多分鞄かポケットかどこかに仕舞われているだろう。
鉤爪の尖り具合、溶接跡のわずかな凹凸に至るまで丹念に細い指先が確かめている。
鉤爪はまず手の甲側の曲面の立体を観察され、次に人差し指の腹に尖った先端を軽く押し付け多分尖り具合を確かめ、最後に手の内側の曲線をひと撫でし、次の指に移っている。うっかりすると刺さるぞと忠告すると、刺さんないよと柔らかく返ってくる。
そうして指先の観察が終わったら指先が軽くつままれて揺らされ始めた。関節の動きの手応えでも観察しているのだろうか。
ラガッツォは彼女の手が義手の指をこうして一本一本丁寧に撫で、揺らすたびに、得体の知れないもどかしさを覚え始めていた。くすぐりの余韻は去ったはずだったが、どうにも変な気分になる。
「何つーか
……」
「ん?」何か言いかけた彼にフィオリトが顔を上げる。目が合う。
丸い純粋な目。意図が読めない。
「いやなんでもねェ」
ラガッツォはフィオリトの触れ方について脳内でやっと言語化できたが、すぐに飲み込んだ。
何というか、艶かしい。
一度そう考えてしまえばもうそういう手つきにしか思えず、このまま直視するのはマズいと気づきつつも、ラガッツォは手元から視線をどうしても逸らせなかった。今見ておかないと後悔する気すらした。
フィオリトの戦法は拳で戦うものだが、今日改めて仄暗い明かりの中で見る彼女の指は細く長く華奢で、ところどころ擦れて固くなった皮膚や多少の傷の跡がなければ、普通の少女の手とそう大差ない輪郭の手だった。
爪も綺麗な形をしている、いや綺麗なってなんだ、このまま見てると色々考えだしてやっぱりまずいんじゃないか、とはいえ今はきっと人に見せられない変な顔をしているから顔をあげる勇気は無い。ラガッツォは心の中でぐるぐる悶々と思考を巡らせながら、表面上は静かに、フィオリトの手から解放されるのを待つしかなかった。
永遠にも思われた数分が過ぎ、ラガッツォがもうどうとでもなれと覚悟を決め出した辺りで、
「
……よし」フィオリトが満足の一声を発して、彼の義手は両手でぎゅっと握られてから解放された。
恐る恐る彼女の顔を見上げると、晴れやかな顔をしている。
「ありがと。おやすみ」
「
……おう」
一言挨拶を交わしてフィオリトは軽やかに去っていった。
一人残されたラガッツォはしばし呆気に取られた後、ゆるゆると机に顔を伏せた。
顔が熱い。
「
……変わるかもな」
付き合いは長い。だが今まで、ナビスにいた頃は、友人にはなれなかった。
今二人は共にナビスと決別し、騎空団に身を寄せている。
もしかしたら二人の関係も、今までとは違う何かが築かれるのかもしれない。
それが友人なのか、それとも。
自室に戻ったフィオリトはベッドに寝転んで、天井を眺めていた。
ラガッツォは気づいていなかったが、フィオリトは義手を弄ぶ間、途中から手元から視線を外し、ラガッツォの顔を眺めていた。
「
……強引だったかも」
選んだ言葉自体は反省だが、発声された響きは高揚感が滲んでいた。
長い付き合いの男の、明かりの色以上に染まった頬を思い出しながら。
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