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……1≫
ラガフィオ
追加日:2025/04/26
花
女の身支度は長いらしい。
というのが本当らしいというのを、ラガッツォは今、目の当たりにしている真っ最中である。
試着室の扉が開かれ、フィオリトが出てきた。
「どう」白いミニドレスを着た少女は、ラガッツォの前で一回転する。
「
……肩しまった方がいいんじゃねェの」ご自慢の筋肉には悪いんだがと心の中で付け足す。
袖無い方が動きやすいんだけどなーとぼやきながら、また試着室に引っ込んだ。
もう5回目のやりとりだった。
今日の仕事は地方豪族の邸宅で開かれるパーティーの、会場の私服警備だ。向かうのはラガッツォとフィオリト二人だけ。私服と言っても正装である。というわけで、指定された貸衣装屋で装いを選んでいるところであった。
ラガッツォはどう無難にスタイリングしても赤毛で両腕義手の男なので、目立つ。彼なりに策を講じた結果、青年が着るに丁度良い軽めの正装に、髪は普段のヤマアラシ状態から、少々撫で付けてオールバックもどきになり、目のクマは消し、義手には長い手袋を被せた。
ラガッツォが支度を完了させたタイミングで、フィオリトが助けを求めてきた。
フィオリトはドレスを着る必要があった。今回のドレスコードは白である。
「普段こういうの全然着ないから、ほんとにわかんなくて」久々にしかめっ面をしている。
「客観的な意見が欲しいんよ。藁にも縋るって感じ」
「俺が藁か」
「そこまでは言ってない」
他者に価値観を委ねるなど彼女らしくないが、今回は明らかに手詰まりらしい。やむを得ずと顔に書かれている。言われてみれば確かにフィオリトが華やかな服装をしているのを見た覚えがない。
「基準は?」
「動ける!」
荒事用に衣装が破損しても構わない契約でレンタルしている。
そういう訳でドレスを選び始めたのだが、フィオリトがパーティー会場で目立たぬ少女を装うには、彼女の肉体は鍛え上げられ過ぎだった。普通の同世代の少女に混ざっても、違和感無いように偽装する必要がある。時間には余裕があるので、似合う装いを探して取っ替え引っ替えしているのだった。
ラガッツォは衣装部屋からやや離れた、適当な椅子に座って待っている。多分相方の支度が長引く人用の椅子だろう。依頼の書類を読むくらいしかやることがない。一回の着替え自体は早いものだから、読み途中でドレスが披露されて、試着に戻って、また続きを読んで、その繰り返しである。中断されるからか内容があまり頭に入ってこない。
あんまりまじまじと凝視すると変な意味に取られそうなので、彼は視線に気を遣い続けている。当然言葉も選ぶ。率直に感想を伝えられたらいくらか楽だろうが、ラガッツォにはできなかった。彼女が試着室から出てくるたび、毎度新鮮な驚きがあるのだが、それを悟られるのは恥ずかしく、避けたかった。
そもそも女が男に服の意見を求めるなど、普通は家族か恋人以上の間柄で行うものだろう。ラガッツォはそう考えるので、正直とても気まずい。
店員は全く二人に構わずにいるから、もしかしたら勘違いして二人でごゆっくり、なんて気遣いをされているのかもしれない。
そろそろ疲れた。
今のところ、シンプルですっきりしたシルエットのドレスで絞り込まれている。フリルが多いものも着てみたのだが、一目見たラガッツォが真顔になったため「見なかったことにしといて」と一着で諦めたらしい。似合う似合わないの判断以前に、強烈に見慣れなかった故の表情だった。あとで弁明しておこう。
「これならいけそう」そう言いながらまた出てきた。
今度のドレスは、同じくシンプルな、太腿丈のスカートのワンピースで、大部分は無地の白い布だが、袖で布が切り替わっていて薄く透けるゆったりとした意匠のものである。
確かに筋肉を隠せている。布にゆとりがあるから、腕も動かしやすそうだ。
しかし腕が無難に隠された結果、今度は脚の筋肉が目立ち始めた。細身の割にいかつい太腿だ。
「なーんつうか
……」ラガッツォは無難な言葉を探した。他意を感じさせないちょうど良い塩梅で、この脚をどう表現すべきか。
「うん」彼の言葉の続きをフィオリトはじっと待っているは言葉を絞った結果ずっと褒め損ねているので、そろそろ彼女の機嫌を損ねていてもおかしくないが、選び始めの頃より心なしか楽しそうなので不思議だ。
「脚も鋼
……?」
最終的にそういう表現になった。
「鋼」
そっか鋼か〜と嬉しそうである。
じゃあなんか脚に足すかなと呟きながら、衣装部屋に小走りで向かっていった。
「
……例えばよォ」
「んー?」
何か白いものを手に取って戻ってきて、また試着室に引っ込もうとする彼女にラガッツォは話しかけた。
「他の奴
……フェザーとかランドル相手だったら、同じように訊くのか?」
「えー、似合うかって?」
「そう」
若い男女で腕が立つ者、という依頼条件に合う団員が、今日はラガッツォとフィオリトしかいなかった。もしどの男にも同じように訊くのだったら、勘違いされてもおかしくない。きっと害になる。
そうだなあと言いながら、フィオリトは試着室に引っ込んで、薄い扉越しに返事を続ける。
「フェザーは素直な感想そのまんま言いそうでしょ、感想の質はさておき。ランドルはどうだろ」
でもね、と続けながら、扉の掛金を外す微かな音が響いた。
「誰にでもは訊かない」
「どうでしょう」
ドレスはさっき着ていたものと同じ。違うのは、脚が白いレースタイツで覆われている。褐色の肌に白が映える。
「これで動いても問題なし」片手でスカートをつまんで、いつも履いているショートパンツを見せた。
「良いじゃねェか」ラガッツォはつい取り繕うのを忘れて、思ったままの言葉が口をついて出た。
「ホント?」既に自信ありげだったが、ラガッツォの言葉を聞いたフィオリトは、さらにパッと明るく目を輝かせた。
「やっと素の感想が聞けた」
「気づいてたのかよ」
「そりゃわかるでしょ」
ラガッツォが言葉を絞り込んでいたのを、ずっと見透かされていたらしい。苦い顔をするラガッツォを見て屈託なくケラケラ笑っている。
「ま、大体顔に出てたから、それで判断してたわ」
「ウソだろォ
……」今日はやけに目が合うと思っていたが、あれは表情を観察されていたのか。やられた。
「演技お上手なはずなのになー、おかしいなー」
「お前そろそろ人を揶揄うのも大概に
……」
「はいはい。でもアンタのおかげで、一番似合うのがわかったの、ありがとね」
フィオリトは残りの支度をしに、軽やかに去っていった。
俺はアイツの目にどう映ったのだろう。フィオリトを待つ間、ラガッツォは悶々と考えていた。
「アンタさ、クマない方が良いよね。いつからそうなったの? 寝不足って訳でもないんでしょ」
貸衣装屋を後にして、依頼先に向かう田舎道での、他愛もない会話。
衣装が気に入ったらしいフィオリトは、いつになく上機嫌で饒舌だ。
「さァな。気がついたらこうだった」
「どうにかならないの? 顔のマッサージとかでさ」
フィオリトはラガッツォの少し前を歩いている。踵が低い靴を選んだらしい。足首にストラップがあるから、多少暴れたとしても脱げなさそうだ。
その上に真っ直ぐ伸びるのは、白いレースに覆われた、案外長い脚。濃い色の肌と、レースの白のコントラストが絵になる。よく見れば花柄だ。そういえば、彼女が筋肉につける名は、花の名前が多い。
「早く着きすぎるかもね」フィオリトは歩きながら、体ごと振り返って、また前を向いて歩いて行く。
いつの間にか二人の間には距離が空いていた。
よく晴れた日。
花が歩いている。
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