悠久なる想いは甘く微笑む

MHRウ教×ハ♀。夫婦/相思相愛。
2025年のバレンタインネタ。

仕事を終えて軽やかに帰路につくウを迎える、甘い香り。

立春をおよそ十日は過ぎたはずだが、ひんやりと底冷えしそうな黄昏時の北風が、火の里カムラに吹き抜ける。

天に昇る猛々しい炎と煙が風に煽られ、橙色の空を掠れるように揺らぐ景色を横目に、片手に大きな紙袋を抱え、もう片手には色鮮やかな、一足早い春の花束を持ったウツシが、軽やかに帰路についていた。

家に着けば、今日が休日で留守を守ってくれていた愛しい妻に会える。

その喜びと、今日という日に向けられた期待感に、無垢な少年さながら彼の胸は高鳴っていた。

(やっと帰れる! ふふふ、長いような早いような一日だったなぁ……!)

実は朝からずっとウツシの足取りは、その動きは、彼の内心を示すようにとても軽やかなもの。
迅速に仕事をこなし、いつもより不思議なほど昼にも休憩時間にも甘味を食べなかった。

それもそのはず、彼は今日の『バレンタインデー』を、西洋からやってきたこの特別な日を、年が明けてから密かに指折り数えて待つほど、とても楽しみにしていたのだ。

紙袋を抱え、花束を持ったまま、花が散らないように気を付けつつ、ウツシは軽やかに居住区を走り抜けて行く。

次第に宵闇が広がり、静かな夜の足音が聞こえる中、斜陽に照らされた我が家の前で、彼は一度、意味深に足を止めた。

紙袋を、花束をそれぞれ持ち直しながら、優しい光が溢れる格子窓に向けて、くんくんと寒さで赤くなっている鼻を鳴らし始める。

(ンン……甘くて、いい香り……! ふふふ、やったぁ、今年も、チョコレート……!)

目元も、口元を覆う鎖帷子くさりかたびらの奥で口角もとろりと幸せそうに綻ばせながら、ウツシは花束を持った手で器用に、玄関引戸げんかんひきどを滑らせた。

「ただいまー! えへへ、早めに帰って来られたよー!」

素早く花束を後ろ手に隠しながら朗らかに声を上げ、その手でまた玄関引戸を素早く閉めて土間に入ったウツシを出迎えたのは、空気を甘く包み込むような、この日の象徴たる甘い香り。

そしてその香りと共に、彼の愛弟子であり、里の英雄『猛き炎』と呼ばれし、彼の最愛の妻である娘。

彼女は土間の炊事場、調理台で何やら一生懸命、金属ボウルの中にとり子色こいろ木篦きべらを突っ込んでかき回すように動かしていた。

だが、すぐに帰宅した夫の声に嬉しそうに手を止め、調理台の上はそのままに彼の前に駆け寄って行く。

「おかえりなさい! ふふふ、嬉しい、今日は早かったんですね!」
「うんっ! 頑張って来たよ! ……あれ? デンコウとかライゴウ、キミのオトモも……

妻から一時的に視線を外し、ウツシがぐるりと屋内を見渡す。

帰宅すればいつも、オトモアイルーたちの元気なニャーニャーが、オトモガルクたちの豪快なワウワウが調和して賑やかなはずの我が家が、今は静まり返っている。

妻である娘に視線を戻しながら、彼は紙袋を抱えて後ろ手に花束を隠したまま、小さく首を傾げた。

「何だか、凄く静かだね……? オトモのみんなはお出かけ中かい?」
「さっき、みんなでお買い物に行って来るニャ、付いて来ちゃダメニャ、って。里から出ないみたいですし、大丈夫だと思います」
「帰りが遅くなるようなら、探して迎えに行こうか。ふふふ、なら、今は……

予想外に妻と二人きりとなれたことに、ウツシが密かに、覆われて見えない口元を蕩けさせて微笑む。

彼は抱えていた紙袋を一旦、玄関脇の棚の上に置すと、カサ、カラカラカタン、と賑やかな音が紙袋から奏でられた。

その音に、何かを察した様子で娘が柔らかに目を細めたが、ウツシ自身は全く気にする様子を見せない。

彼は片手を空かせてから改めて、妻たる彼女の前に立った。

空いた手で口元を覆っていた鎖帷子を下ろしてから、後ろ手に隠したままの花束をほんの少しだけの力と、ありったけの深い想いを込めて持ち直す。

「愛弟子……我が愛しの、可愛い妻よ」
「ふふふ……はい、何でしょう? 私の素敵な旦那さま」
「ん、ふふふ……! ほら、今日は、大切な愛する人へ想いを伝える、麗しのバレンタインデーという日だろう?」

くすぐったそうにむずむずと口角を上げて微笑んだまま、ウツシが後ろ手に隠していた花束を「じゃーん!」と声の効果音付きで、愛しい妻の前に差し出した。

@acadine