mishiadd
2025-02-02 17:45:38
23649文字
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ごはんのおとも

【鵠と月夜展示品】原作軸、成立してないゆるい剣伊。若旦那EDを迎えてなんとなくいい感じに丸め込まれながら受肉したセイバーとなんとなくいい感じに気を逸らしてもらいながら若旦那に仕官して全世界を旅する伊織くんのまったりご飯事情回遊記。



五、《いっぱい食べるきみが好き》



比較的日ノ本に程近い現在滞在中のこの国では、久々に日ノ本の食材が手に入る――とのことで、夕餉には久方ぶりに伊織の手料理を用意することと相成った。
伊織の奇特なところは――彼自身は食にまったく興味が持てずとも、味覚はしっかりしており料理の腕も確かである、ということだ。味の善し悪しは人並みかそれ以上に知覚できており、その上で食にまったく興味が持てない――ということが、単なる味音痴よりどれほど健全と言えるのかはまったくもって不明ではあるが、そのおかげでセイバーなどは日々美味い食事にありつけていたのだからよしとする。

「勝手に好きなものを買ってきて好きなものを調理せよ、我は忙しい」と買い出しの時点から財布を渡され若旦那に放任されたので、伊織とセイバーでふたり連れ立って滞在中のコンドミニアムの近所にある日系雑貨店に出掛ける。こじんまりとした造りの店内で、日ノ本からの輸入品と現地生産の食品が入り混じる中、よさそうなものをそれぞれ選んではカゴに入れ、会計を済ませた。

部屋に戻り早速購入したものを食卓の上に空け、横からセイバーが覗き込む中手早く支度を整える。『PANKO』――と書かれた袋を見て、セイバーが伊織を見た。

「それで、イオリ。―― 一体何を作るつもりなのだ?」
「『TONKATSU』だ」
「『TONKATSU』」

セイバーがぽかんとする。助けを求めるようにソファに座る若旦那を見たが、案の定セイバーの方を見てもくれなかったので、肩を竦めてセイバーは再び伊織を見た。

――とは、なんだ? イオリ」
「獣肉食で――日ノ本の料理であるとのことだ。俺自身、先日滞在していた国で初めてそのようなものがあることを知ったのだ。食事処の主人に作り方を紙に書き留めてもらい持ち歩いていたが、この『PANKO』が手に入る国がなく、今日まで実践する機会がなかった」
「『PANKO』」

言わずもがな、『PANKO』はパン粉であり『TONKATSU』はトンカツであるが――『パン粉』を知る前に『PANKO』を知り、『トンカツ』を知る前に『TONKATSU』を知った伊織には、母国語である筈の単語を不思議なイントネーションで繰り返すほかなく、そしてその奇妙さにも自覚がない。

手元の紙片を見ながら、伊織が買い込んだ食材と共にカウンターキッチンへと引っ込む。とたとたと後を追おうとしたセイバーは、「油を使うから近寄るな」と釘を刺されてしまい、仕方なくソファに座る若旦那の隣に腰を下ろした。
ぱらり、と今日の新聞をめくる若旦那に、セイバーが言った。

「それで、『TONKATSU』とは一体どのような料理なのだ、ワカダンナ」
「伊織に訊いてまいれ、この痴れ者めが。我は忙しいのだ」

つれない態度に「むむ」と眉間に皺を寄せつつ、「きみなんかよりイオリの方こそ今はよっぽど忙しいのだ」と拗ねる。それから、ぽつりと言った。

――なあ、ワカダンナ。きみはなぜ、我らを連れている? ――きみの蔵に眠っていた宝物を使い、私に受肉させてまで」
「ほう、明確な理由を欲しがるか、雑種。我ほどの存在に、なぜ貴様らごときが選ばれたのかと」

その物言いに「ぐぬっ」と言葉に詰まり、苦虫を噛み潰したような顔をして言った。

「そんなことは言っておらぬ。ただ、きみの道楽に付き合わされるのならば理由くらいは知りたいものだろう」
「ただの酔狂よ。あのような出来損ないのつまらぬ『儀』にこの我が付き合わされかけたのは業腹であったが、とはいえそこでこの我の慧眼が見い出した伊織はあのような粗末な舞台で燃え尽きさせてしまうにはあまりにも惜しい道化である。であるならば、こうするほかあるまい。この我がより長く愉しむためには」
――ふうん」

ワカダンナ語、がだんだんわかるようになってきたかもしれなかったセイバーは目を眇めながらも納得したような顔をし――それから更に尋ねた。

「それで、お気に入りの道化のイオリを連れてくるついでにこの私も連れてきたのか? ワカダンナ」
「貴様も、伊織と並べて置いておけば、道化としてはそれなりだからな。セイバー」

フフン、と互いに当てこすりを言い合いながら、顔立ちに似合わぬ意地の悪い笑みを浮かべて笑い合う。――それから、ふと真顔に戻った若旦那が言った。

「ああ、そうであった。――貴様、自覚があるのかどうか知らんが、今は受肉しておるゆえな。以前の肉体とは違うということを、肝に銘じておけよ」
「? ――何を今更。知っている」

若旦那の意図がわからずぽかんと返したところで――「できたぞ」とカウンターキッチンから声がした。







江戸から携えてきた茶碗にこんもりと盛られた白米と、一杯の味噌汁。脇に添えられた漬物は、漬物というよりはピクルスに近かったが、まあよしとして。
問題は、メインディッシュの皿である。伊織と若旦那の前には、ごく常識的な大きさの白い皿が置かれており、そこに見た目にもバランスよく、キャベツの千切りと――トンカツに食べやすく包丁の入れられたものが盛られている。
肉の部位はそれぞれ異なるようで、若旦那は柔らかくさっぱりとしたヒレカツであり、伊織はややしっかりとした脂身のあるロースカツである。どちらもカラリときつね色に揚げられており、出来は良い。

そう、ふたりの皿にはなんら問題はない。問題があるのは――

「イ――オリ」

セイバーの前には、中華の大皿のような巨大な皿が置かれており――その上に、こんもりと盛られたキャベツの上に大量のトンカツが重ねられ、山盛りどころか小高い塔を形成していた。セイバーの対面に座る若旦那の顔が見えない程である。

「これ――なん――
「これは若旦那と同じ『FILLETひれ』だ。こちらは俺の皿と同じもの。店の者に薦められたので『SAUCEそうす』は二種類用意した。胡麻と――こちらの黒いものは『TONKATSU』そうすと言うらしい。『TONKATSU』にのみ使用される専用のものだそうだ。面白いな」
「いや――そうではなく――

「ん?」と伊織が小さく首を傾げてセイバーを見る。そのあまりにも純粋な表情に、「え?」とセイバーが狼狽えて自分の良識を疑い始め、トンカツタワー越しに若旦那を見遣り――「ん」とすべてを見透かした上で面白がっているような顔とぶつかり、ようやくすべてを理解する。



そう。このセイバー・ヤマトタケルは受肉している

かつてその必要もないのに嗜好品として口にしていた食事の数々は、エーテルの体に無尽蔵に吸収することができた。与えても与えても餌を強請ねだってピーピー鳴き叫ぶ雛にせっせせっせと餌を与え続ける親鳥のように、かつての宮本伊織は――食べさせても食べさせても「腹が減った」と泣き喚くセイバーに、せっせせっせと――延々と飯を食わせ続けていた。



――が、いまやセイバーのこの肉体はエーテルではなく蛋白質でできており、その胃袋には限界がある――ということを、きっと伊織だけが理解していない



「セイバー?」と不意に伊織が眉根を寄せた。まるで育ち盛りの息子を見る母親のように――否、いつまでも育ち盛りだと思い込んでいる三十路もとうに過ぎた息子を見る実家の母親のように――伊織が不安げに尋ねる。

「セイバー。……もしや、足りなかったか?」
「イヤイヤイヤイヤイヤそんなことはない。それだけは本当に決してない。……あの、イオリ。非常に言いにくいのだが、この量はさすがに今の私には」

言いさしたセイバーの声があまりにもぽそぽそと歯切れが悪く小さくて聞こえなかったのか、最初の半分だけ耳にした伊織がほっと安堵した顔をする。

「よかった。――まあ、とはいえ足りなければまた揚げるだけだ、まだ欲しければ言ってくれ。ああ、そういえば食後に甘味もあるのだ。あの店に小豆を置いていたから、善哉を――

ひゅっ、とセイバーが小さく息を吸い込む音がする。――この、大量の獣肉と脂身を油で揚げたものの後に、大量の砂糖と豆で出来た餡子。

「イ、イオリ、ゼンザイは――さすがに――
「白玉も作ったのだ。ああそうだ、御御御付もまだおかわりがある。久しぶりだから、きっとおまえはたくさん欲しいだろう?」

セイバーが伊織を見る。セイバーの隣で、穏やかに微笑んでいる伊織の顔と視線がぶつかる。普段は鋭い眼光を放っている月夜の色をした双眸が柔らかく細められ――きらきらと、まるで月夜に散りばめられた星屑のような――その兄のような優しさと思い遣りだけが、ただ温かく、セイバーを包み込む。



その、愛しさ。



セイバーが口を噤んだ。きゅっと口許を引き結び、手元に置かれた箸に手を伸ばす。ぱんと合わせた両手の親指で器用に箸を持ち、厳かに言い放った。

「いただきます」

「どうぞ。――召し上がれ」と伊織の穏やかな声を耳元で聞き、目の前の――トンカツで出来たバベルの塔に、勢いよく箸を突き刺した。



この日ノ本の大英霊・ヤマトタケルに勝てぬ戦など存在せず――ましてや己がマスターのためならば、セイバーには負けを認める選択肢など端からなかった。







結局トンカツタワーから味噌汁から最後の善哉まで米の一粒も残さずにきれいに平らげたセイバーは、今にも逆流しそうになっているパンパンに膨れ上がった胃袋を抱えてソファに横になっていた。
伊織がカウンターキッチンに引っ込んで洗い物をしている間は、どれだけ具合の悪い顔をしていても問題ない。ただ、彼がリビングに戻ってきた瞬間に、セイバーは再び何事もなかったかのように振る舞わなければならない。

「うええ」と苦しげに呻いているセイバーに無言で定位置を譲ってくれたらしい若旦那は、食卓の椅子に座ったまま雑誌を読んでいる。ちら、と若旦那がセイバーに目を遣り、シンクで水に触れている伊織に大声で呼ばわった。

「伊織。今日の夕餉の量はいくらなんでも多かったのではないか? セイバーめがそこでウンウン唸っておるが」
「んな゛ッ――ワ、ワカダンナ!」

何故言うのだ――と言わんばかりに身を起こしかけたセイバーはしかし、腹の重さに耐えかねて再び突っ伏してしまう。
きゅ、とシンクの水を止めた伊織が、カウンターから顔を出す。やや眉尻を下げていた。

「あ――そうなのか。そうだったのか、セイバー?」
「えっ……あ、いや……あの」

若旦那が横目でセイバーを見る。せっかくの機会である。ここで「うん」と言ってしまえば、この試練を――この悲劇をもう繰り返さずに済む。
唇を舌でぺろりと湿したセイバーが、おずおずと口を開く。「じ、実はそうなのだ、イオリ――」と言いさしたところで、伊織が言った。

「久しぶりなので、俺もつい張り切り過ぎてしまったのかもしれないな。おまえは、美味そうに食うから」
「え?」
「おまえは、なんでも美味そうに食うだろう。
俺が食事というもの自体に愉しみを見い出せていない、とお前が言うのならばきっとそれは事実なのだろう。今も――そうだな、食事それ自体に、例えば剣を握ったときのような高揚感を覚えることはついぞないよ。でも――

にこ、と――セイバーには、伊織が笑ったように見えた。

「おまえが美味しそうに食べるのを見るのは楽しい。俺に食事の楽しさがわからなかったとしても、おまえが楽しんでいるのはわかるよ、セイバー。――それを見て――もしかしたら俺も、食事を楽しんでいる気になっているのかもしれないな。おまえが、よくわかっていない俺の分まで一緒に楽しんでくれているのかもしれない。――セイバー」



――きみが、「美味しい」と言って――



セイバーには、そう言った伊織の顔が、まるでひどく幸せそうに笑っているように見えた。



「だから、」と伊織が言った。柔らかく細めた双眸を閉じ、長い睫毛の影がゆったりと白い頬に落ちる。

「おまえが『美味い』と言ったものが、俺にとっても美味いのだ。――明日は何を食べたい? セイバー」

セイバーが押し黙る。それから、大声を張り上げて言った。

「今日の『TONKATSU』はとても美味かったぞ、イオリ。また食べたい。もっと、もっとたくさん食べたい。それから、明日の朝餉にもオミオツケが欲しい」
「うん、そうしよう」
「それから、それから、鮭の塩焼きも好きだ。あと、あのオムレットというのはもう一度食べたい。イオリ、作れるか?」
「作り方をどこかの店で聞いてこよう」
「それからな、イオリ、それから」

捲し立てるセイバーを横目に、若旦那が肩を竦める。ぱらり、と雑誌のページをめくりながら――我ながら酔狂な真似をしたものだ、と自嘲した。