mishiadd
2025-02-02 17:45:38
23649文字
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ごはんのおとも

【鵠と月夜展示品】原作軸、成立してないゆるい剣伊。若旦那EDを迎えてなんとなくいい感じに丸め込まれながら受肉したセイバーとなんとなくいい感じに気を逸らしてもらいながら若旦那に仕官して全世界を旅する伊織くんのまったりご飯事情回遊記。



二、《「この味がいいね」ときみから聞いてみたい》



そういえば出逢ってすぐの頃、宮本伊織という人物に対して「やたらと口うるさいお小言ばかりで飯の味を楽しむことも知らぬ、つまらぬ人生を送っているやつ」という評を下したことがあったことを、セイバーは思い出す。
その当時はまだ彼の知る善のなんたるかが伊織の言うお小言とうまく結びついておらず、ましてや善の為し方など――伊織の為そうとしていることをようやく理解し、そして実際に彼がそれを為す姿を見て初めて学んだようなものであったから――わけのわからぬ説教などでせっかくの美味い食事をわざわざ自ら台無しにしている損なやつ」、などという、今となっては判じたセイバー自身が「まあ半分は的外れかな」と思えるような評であった。

とはいえ、あと半分はそう外れているとは今のセイバーも思っていない。

あの小言がつまらぬものであったかはさておいて――伊織が食事を楽しむことがないという評自体は、そう間違っていない。
かつて彼女がセイバーに――食事の豊かさを、その美味を、それを楽しんで慈しみ、本当の意味で糧とすることを――教えてくれた、それ以前の彼自身のような食事の摂り方を、伊織はするのだ。

ただ、この体を駆動させるためだけに摂取するエネルギー源。それ以外に効率的なカロリー補給の方法がないからわざわざ時間を割いて経口摂取しているだけだ。かつてのセイバーはそうやって味もわからぬままに得たカロリーで父王に命じられるまま殺戮を実行したが――伊織は、剣の道に没頭する。むしろ伊織などは――きっと、片手に持てるような小さなパウチに入ったゼリー状の栄養補給源などが入手可能であったなら、食事のすべてをそれで済ませて余った時間を剣の稽古に充てるだろう。この時代になくてよかったと、盈月にずれた知識を仕込まれたセイバーは胸を撫でおろす。

本当の意味での食事を知らなかったセイバーには、かつて彼女が教えてくれた。――そうして彼が知った喜びを、出逢ったばかりであった伊織にすらも知ってほしいと――教えてやりたいとセイバーが思ったのは、それでも事実なのだ。――あの頃とは比べものにならない程に伊織という人を知った今、彼の抱える渇望を知り、それでもなお、否、なればこそ。

セイバーは、伊織が頬を綻ばせて「美味い」と言うところを見てみたいと、心のどこかで強く願っている。







「私はコメが好きで、オミオツケが好きだ」

唐突に自己申告したセイバーに、「……うん? うん。知っている」と伊織が返事をする。

籠に乗った若旦那が目の前でゆったりと上下に揺られている。その後ろを、若旦那に一式揃えて貰った旅装束に身を包み、持ち物は本当に箸と茶碗程度の軽装のまま、ふたりでてくてく徒歩でついていく。
あまりにも旅の備えが心許ないことには伊織も「大丈夫なのか?」と難色を示したが、逆に若旦那に一喝されてしまった。いわく、「旅は現地調達が基本だ。ひとところから次の場所へと回遊するのであればなおのこと。よいか、商機はそこにあるのだ。自らが都市間の流通を担う血液となり、富と財を大地に巡らせるのだ」。いつの間にか商売をする話にすり替えられてしまったが、とはいえこの黄金の王――黄金の商売人に不可抗力以外での手抜かりがあった試しなどないのだ。よくわからんが、浅学の自分などよりも余程この道に明るい若旦那がこう言っているのだからまあいいか――と、若旦那相手にはなぜか手ぬるくなってしまう伊織が、早々に口を噤んでしまった。

「イオリはおむすびをたくさん食べる。……が、特に好きだというわけではない」
「おむすびは――好きだぞ。食うのが楽だ。短時間かつわずかな手間で、都合のいいときに要領よく摂取できる」
「これだからイオリはなにもわかっておらぬのだ。そういうのは『好き』とは違うのだぞ」

急に眉を顰めたセイバーに叱られた伊織が、「すまん」とうっかり謝ってしまう。なんだか物言いが義妹に似ているような気がしてしまったのだった。

「よい。イオリがそういう男であることは出逢った頃からわかっていた。――そこでな、私はひとつの仮説を立てたのだ」
「うん?」
「日ノ本の食べ物が伊織に『美味い』と言わせられなかったのであれば――この広い世界のどこかには、きみにぎゃふんと言わせられる究極の美味があるのではないかと」
「俺はぎゃふんと言わされるのか」

大真面目に返したあと、伊織は改めて隣を歩くセイバーを見下ろした。

何故なにゆえ俺がぎゃふんと言わされるのだ」
「きみがぎゃふんと言っているところを私が見たいからだ」

「またわけのわからぬことを言って俺をなじろうとしているな」と呆れ返った伊織が、警戒したようにセイバーから数歩身を離す。それを見て、「なんだその態度は」とセイバーがぷんすこ怒ったが、この件に関してはまたぞろ言い方を見事に間違えたセイバーの方が全面的に悪かった。

「よいかイオリ。ワカダンナではないが、行く先々で出逢ったものはよく味わうのだぞ。これは、ときみが思ったものがあったら教えよ。この旅できみにもついに好物が生まれるのかと思うと、私は今から武者震いがするようだ」
「仮に俺に好物ができたとして、おまえはそれを使って一体何をするつもりだ。……あらかじめ言っておくが、脅しや交換条件に使おうとしても無駄だぞ。つまらぬ身だが武士の端くれとして、そんなものに屈するようにはさすがに躾けられた覚えはない」
「そんなことはせぬ! きみは私を一体なんだと思っているのだ!?」

セイバーがますます声を荒らげた。――とはいえ、古代の乱世仕込みの悪辣さはこれまでに充分伊織に見せつけてしまっていたし、そもそも出逢った当初に散々この男に罵詈雑言を浴びせかけてしまった後遺症で、いまだにセイバーの彼への好意のことごとくは一切彼に真面目に受け取ってもらえず、いつも気まずい苦笑いとともに皮肉や揶揄として適当に流されてしまう。哀しいかな、すべては身から出た錆である。

ぶう、とぶすくれて唇を尖らせたセイバーが、伊織から目を背けつつもごもごと言う。

「私は、ただ――きみが――
「俺が、ただ。なんだというのだ」



きみが、「美味しい」と言って幸せそうに笑っているところが見てみたいだけなのだ。――とは、やっぱりとてもじゃないけど口に出しては言えないので。



――いつも私の食べる姿を見て呆れているから、たまには私がきみに呆れてみたいと思っただけだ」
「別に、呆れてなどいないよ」
「どうだか」

ふん、と不貞腐れてセイバーがいよいよそっぽを向く。拗ねた気持ちの原因は、汲み取ってくれない伊織が半分、うまく伝えられない口下手な自分が半分、だった。
ふ、とセイバーの視界の外で伊織が肩を竦めた気配がする。それから、「俺のことはいいから、おまえが好きなものを食べるといい」と穏やかで優しい声が言う。
それに思わず振り返り、「イオリ、私は――」と言いさして、やっぱりそれ以上言葉が出てこない。きょときょとと大きな瞳を左右に巡らせてしばし考えてから、言った。

……わかった。では、まずは私が味見をしてやる。それがもし美味いものだったら、きみにもやる。私がわざわざきみのために吟味をしてやるのだ、私に差し出されたものは文句を言わずに食うのだぞ、イオリ」
「わかったわかった」

またぞろよくわからないルールを設けられた伊織が、子供を宥めるように両手をひらひらと上下させる。それから、目線を前に向ける。「ほら、若旦那に追いつくぞ」と促して、伊織がゆったりと大股に歩を進める。
それにやや小走りで追いつきながら――セイバーは、伊織の背後で小さく肩を竦めた。

どうにも伝わらないのに――それでもこの甘やかでもどかしい距離感が、どうにも不思議と――居心地がよいのだ。