清春
2025-01-27 09:43:06
51501文字
Public 百合
 

リーヴ モルゲンタウ

いずれ破滅へと向かう、反乱者


頭痛

 オシラの正体は謎だ。と、カノは腕を組み考えた。
 まさか本当に妖精だとでも言うのか、と馬鹿馬鹿しくも信じてしまいそうだった。妖精は大昔にほぼ全滅し、今では物語の中に存在するものと聞いているのにも関わらず、そうなってしまう要因が彼女にある。
 そんな謎の少女に目線を一瞬運ぶ。野菜ときのこが具沢山で旨味も豊かなスープだけを、スプーンを順手で掴み、覚束なく食していた。具材も一応食べていることに一安心し、自分の夕食に視線を戻す。
 夕食の時間だからとオシラを誘ったが、案外素直に従った。彼女を連れて寮内の食堂に向かえば、アンスズと鉢合わせして三人で食事を共にすることとなる。
 青髪を見るなりオシラは部屋に逃げようとし、結局捕まってしまったのだが大人しくしてくれている。そして、今日のメニューは生徒からも人気なサーモンとじゃがいものグラタンで、昼と同様に食べてみないか勧めるものの嫌がられた。
「寮に来て初めに持ってきたあれの方がマシ」とオシラは言っており、きのこのクリームスープだったことをカノは思い出す。スープ系が好きなのかもしれない。ならば今度フィッシュスープを勧めてもいいかもしれない。サーモン、貝、エビをじっくり煮込んだ料理で魚介の風味と塩味がきいていてパンがよく合う。
……あぁでも、パンは好きじゃなさそうだしな)
 カノはあれこれ悩み、唸りながらグラタンとライ麦パンを交互に食べる。ライ麦パンが濃厚な生クリームが鮭とじゃがいもを優しく包んで、さらにその上に塩っけのあるチーズを被せられたグラタンも一緒に食べれば幸福感に満ちるものだ。もちろん好みはあるし無理強いはよくない。反応がどうなるのか
 アンスズは食育根性があるのか、単純に暇を持て余して構うのか、オシラ本人に問いを投げ続けている。
「オシラ、スープしか飲まないが本当にいいのか? 深夜に腹減っても食堂は閉まっているぞ?」
……
「おーい、オシラ~、彫刻の如き美しさのベルンシュタイン~」
……
「あっはは、視界にすらいれてくれないや」
 無視をされ続けて、何が面白いのかアンスズはからからと愉快に笑っている。
 夕食を終え、三人揃って部屋に戻る。なお、アンスズがオシラに「どうせなら部屋に集まってお話するか」と誘うが見事に無視され、無言のまま部屋へ入ってしまった。笑顔のまま固まる彼女を横目に部屋へと戻ろうとする。
「カノ〜オシラが私の存在の認識すらしなくなってきたことが悲しいんだ。話をして慰めておくれ」
 しかし、アンスズが腕に絡みついてきた。素早く部屋へ戻らなかったカノに非があったと自戒しつつも、これは面倒なことになってしまったと悟る。
……少しだけだからね」
「もちろんだとも」
 オシラがいなくなった部屋のすぐ隣のため、入室許可をしたカノはアンスズを部屋に招き入れる。軽い足取りで入ってきて「お邪魔しまーす」と口にした。
彼女が苦手なのは間違いないが、断ろうにも面倒なことになる。それは何度も行ってきた対話で学んだ。その度にアンスズは「つまらない」「面白くないな」と吐き捨て、次の話題に移る。カノは平々凡々、ただの人間、面白みなんて求めないでほしいと思っているが、折れることがほとんどだった。
「相変わらず物が少ないな」
「人のこと言えないと思うけど」
「ははは」
 以前、アンスズの室内を見た時ベッド付近のみ多少のシワから生活感がある程度で、本当にこの部屋で生活しているのか疑問に感じたことを思い出す。口にしないのは、聞いたところで適当にあしらわれることが目に見えるためだ。都合の悪いことは触れない姿勢な彼女へ無理して歩み寄る気はない。
……やっぱり苦手だ)
 お茶の一つでも出すことが正解なのかもしれないがここは寮。部屋にはそんな気の利いた嗜好品はなく、あったとて浄水器の刻印具しかない。水だけでも出すか、と用意するべく動けば「おかまいなく」と先手で断られた。そんなことはいいから話をしようということだろう。さすがに察しがつきやすい。
「言っておくけど、私からは何もない」
 あらかじめこう言い切れば問題ないはずだ。どうせまた面白くないだの言われるだけで、何も無いはずだから。カノはそう思っていた。
「じゃあ、カノ。歴史学の復習でもするか」
 断ち切ろうとしたが、むしろアンスズは真っ向からニコリと深まった笑みを向ける。そしてカノから進めるまでもなく近くの椅子に腰かけた。
……次の試験も近いし、いいね」
 言葉とは裏腹に気乗りしない口調で返すカノだが、アンスズは気にしていない。というより、見て見ぬふりをしている。カノは向かい合うようにベッドに腰掛けた。
 アンスズはなぜか関わろうとする。――いや、なぜかのところは訂正した方がいい。なぜなら、カノの出生に興味を持って近づいているのは明白と言えるからだ。
対話の中から人の根本を見抜こうとする癖があるのはわかっているが、それを何度もやるのは根本が見抜けていない証、と捉えていいだろう。
 カノは自身のことを隠しているつもりはないが、平々凡々な人間でしかなく、一族のことなど過去のことにすぎないが、背負っていかなければいけないことなのは分かっている。
「数百年前、多くの人間は焼き死んだ。炎の一族――スルトの力が暴発して火花が落ち、その結果炎の海に覆われた。事実上、歴史が一度リセットされたわけだ。生き残ったのは天空都市を制圧するべくアースにいたヴァルハラ、ノルン、フォール、ヒミン、そしてスルトの一族のみ。地上を覆った炎を生んだのは当時のスルトで……ああ、一族の代表者は敬虔を示して、一族総統の名で呼ぶ決まりは言わずもがなだが、わかっているね?」
 わざとらしく、教師よりも砕けた口調で問いかける。
……そりゃね。常識だし」
「上出来。で、新たに始まった新暦、現在は三百四年。アースは元より神々の住んでいた土地とはいえ、神樹の大元である宇宙樹ユグドラシルはいまだ神々の手元。この宇宙樹があって人間は神々を上回ったと言える。だからこそ今も尚、人間の数は極力増やさず、選定を続けている。神にふさわしい人間を、な。……さて、カノ」
 アンスズは言葉を一度区切る。ひと呼吸おいた彼女は黒い目をじっと、静かに私に向けた。
「オシラは落ちてきた。……どこから? そんなの一つしかない、人間の天上にいるのは神々のみだ。神々の袂からこぼれ落ちた何かと見て、ほぼ間違いない。加えて本人には周囲に作用する強い認識阻害の魔法が刻まれている。私は、まあ効きにくい体質だからいいとして、カノも多少は効きにくいみたいだね」
 ――おそらく、今回の本題はこれだ。
 オシラは間違いなく人間ではないし、天空都市で生まれたわけでもない。草や木がなく、土も荒れ、荒廃した地上で生物が生まれるわけもない。何より天空都市に落ちてきたことが大きい。神々が、反乱してきた人間を殲滅するために都市へと遣わせた、何かであると。
「オシラに近づくということは、なんらかの意図があるんだろう? 私に教えてくれ」
 アンスズは深淵に繋がっていそうな目を向ける。
 意図。そんな立派なものはない。ただ、オシラにどうしようもなく惹かれるだけで、仲良くなりたいなと考えることもあるが、基本何も考えちゃいない。損得で量れるほど頭の回転は良くないと、カノは自分を評価している。
「ないよ。何も、ない。私はただオシラと仲良くなりたいだけ」
……本当かぁ?」
 本心のままに言えば黒い目を細めて探りを入れてくるアンスズが、まじまじと見つめてきた。しかしなんと言われて疑われようが、答えは変わらない。
「本当だよ。だって、オシラは人じゃないのは確かだとしても……彼女自身が、何もわからないんだから」
「それが嘘だとしたら?」
「多分だけど、違う。皆が皆アンスズみたく上手に嘘をつけるわけじゃない」
……ほう? 言うね」
「そうかな。私はいつも本心をそのまま伝えているだけだよ」
 いつもの仕返しも込めて、カノは下手に笑ってみせる。何も嘘は言っていないのだから、堂々としていればいい。やましいことなどない。
 アンスズの口振りからしてオシラと関わることでなんらかの損得があることは確かだが、手柄を横取りしかねないカノが邪魔なのか、それとも――そこまで考えたところで、わかるわけない。
 結局、言葉を飲み込んだ。何度も何度も、飲み込まれていく言の葉は喉を通り抜けて、どこへ行くのだろうかと、カノはぼんやり考えた。
 長く時間が経過したように思えたが、時計を見ればそこまで時間が経っていない。お互いにこれ以上の対話は無意味だろうと彼女も判断しているはずだ。
「夜も更ける頃だけど、どうする?」
……そうだね。そろそろお暇しようかな、復習に付き合ってくれてありがとう。また明日」
「うん。また明日」
 社交辞令を交わし、飄々としたままのアンスズがみえなくなったことを確認。どっと疲れが押し寄せてきて勉強机前にある椅子へ腰掛けた。
 痛いところを突かれ、逃げた。仕返しはできたが、結局負けだとカノは自覚していた。
 もっと口が上手くなれば切り返しも苦戦しないのだろうか。そんなことを考えても何も始まらないが、いくらか悔しさを帯びた溜め息を零す。
 こんな時はさっさとシャワーを浴びて寝るに越したことはない。カノは怠さを感じる体を引きずるように、シャワー室へ向かった。

 翌日。部屋を出てオシラの部屋の前に立てばアンスズと鉢合わせる。なんとなくの気まずさが漂うが、いつものように飄々と笑って挨拶され、カノはなんとか返すことが出来た。
こういう時、彼女のような切り替えの速さが無性に羨ましくなる。
「オシラを呼びに来たんだろう? さっさと呼んで、学校に行こう」
「うん。……オシラ、起きてる?」
 ノックをして呼びかければすぐに出てくる。ちゃんときっちり着ている制服はシワもなくパリッと綺麗な状態だ。どうやらきちんとしているように見受けられる。
 表情は、見るまでもなかったがつい視線を向けてしまい目視すると眉間に皺が寄り不機嫌そうにしている。低血圧なのでは、と通常なら思うが、少なくとも不機嫌じゃない瞬間を知らなさすぎるため判断しかねる。これが通常なのだろうと思うしかない。


 ――さて、ただでさえ人目を引く学校でのオシラだが。
「あの、オシラさんですよね? とてもお綺麗ですよね。あなたを一目見たときから……
……
 口説き、微動だにしない。
「ちょっとそこの白髪(しらが)女、あんた調子乗ってるんじゃないでしょうね」
……
 嫌味、僻み、妬み、その他諸々を引っ括めた悪意、微動だにしない。
 無視を決め込んでいるというより、聞く気が皆無なのだ。まだ返答が受けられるカノやアンスズがマシに見えるほど周りとのコミュニケーションを乖離させていた。
 控えめに言っても、オシラは精神面が強い。強すぎると言ってもいい。その核心を得られるほど、火を見るよりもア明らかとはよく言ったものだと感じた。
 あそこまで気にしないと、相手にされてない方が可哀想に思えるほどだ。己の確固たる意志のもとに生きているのだと伺える様子には感心するしかない。
(もうちょっとでいいから、周りとのコミュニケーションをとるようにしないと、周りから浮いていくばかりだと思うんだけどな……
 いくらそのようなことをカノが考えようと、オシラにとってはそよ風が吹く、うららかな日々となんら変わりないのだ。むしろ、オシラにとっての日常を表現するにうららかが正しいのか、そもそも無風かもしれないのだ。
「本当に、びっくりするほどコミュニケーション能力が皆無だな」
 アンスズは生物としての動きをなさない彫刻のごとき表情でいるオシラを見て、肩肘を机の上についた。
「ああやって他者との距離をとってどうするのかね……
 人と話すことに重きを置くアンスズの吟味する視線がオシラにまとわりつき、カノはじっと黙った。一理ある発言はカノの思考を巡らせた。
 いつもであれば、ここで俯くだけだが――今回のカノは一味違うと言わんばかりに、オシラの元へと歩み寄った。
「オシラ」
……
 声をかけようとも視線だけが一瞬交わるのみ。カノはめげずにまた言葉を紡いだ。
「クラスの人と話すのは好きじゃない?」
「興味無い」
 ばっさりと、一刀両断。どうしたものかとカノは表情を曇らせる。
……そっか。でも、オシラと話したい人いるだろうし、少しだけでも」
「うるさいな。あたしは……
 何かを言いかけたオシラは途端に黙り込み、頭を軽く抑えて俯いた。突然のこともありカノは思わずオシラの顔を見ようと近づいた。
「オシラ、大丈夫? 頭、痛い?」
……そんなのじゃない」
「そう……?」
 言葉で否定しつつも頭を重たそうにしている。頭痛持ちなら無理にしない方がいい、癒術師の先生のところへ行けば頭痛に効く薬を出してもらえる。そう伝えようとした。
 だが、オシラがこれ以上踏み込むなという顔をしている。思いついた案は提示せず、カノは押し黙ることしか出来ない。そういう圧力があった。
(少ししゃべってくれるようになったと思ったけど、やっぱ私のこと嫌いなんだろうな)
 悲観的なことを脳裏に浮かべ、カノは元の場所へと戻った。