桜霞
2022-10-01 16:49:59
55100文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

監督生はおれが守りたい(手にしたフライパンを見つめながら)

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/06/03にpixivに投稿したものの再掲です。


 
 
 
 
 
 ユウから連絡があったのは、珍しく日が沈む前のことだった。リンは少しだけ慌ててスマホを手に取った。
「はいもしもし」
『もしもし、ユウです』
「お疲れさん。大丈夫?」
『大丈夫です』
「アズール達には会った?」
『会いました、朝一番に』
 通話口の向こうで、ユウは少しだけ笑ったようだった。
『面白かったです、先輩達。最初は断られてたんですけど、』
 
 ───はぁ……極寒の中、今年も三人ぼっちのホリデーですか……ま、仕方ないですけど……
 
 ───今年こそは楽しいホリデーを過ごせるかと思っていたんですが……
 
 ───暗いモストロ・ラウンジでオレ達だけかぁ……
 
 ───はぁ~~~~~~~~……ションボリ。
 
……という感じで、もういっそ手を叩いて賞賛したくなるくらいでした』
「わっはっは、想像に難くないなあ!」
 そして、話を聞いて居たカリムが狙い通りに「ちょっと待ったぁ!!」とアズール達を引き留めたらしい。動画越しでも分かるカリムの天真爛漫さは、オクタヴィネルの三人にとって良いように作用したようだった。
『あの、リンさん、ほんとに助かりました。ありがとうございます。アズール先輩たちが上手くやってくださって、おかげで砂漠の行進も、無茶なトレーニングも無くなって……ほっとしました』
『その代わりいろいろ雑用やらされてるんだゾ!!』
『砂漠の行進よりマシでしょ! 昨日もぐっすり寝られたし……
「それなら良かった」
 ユウが寝られたと聞いて、リンは胸を撫で下ろした。声の調子も、一昨日より良くなっている。体力がまだ残っている証拠だ。
「で、どうだい、上手く脱け出せそう?」
『それが……なかなか。このまま最後まで付き合うはめになりそうで……、でも、明日は昼食を摂りに大食堂へ行ける予定なんです!』
「そうか……分かった。それじゃあ、その時に一度会おう」
 はい、とユウは嬉しそうに応えてくれた。そしてそのまま、砂漠の行進はきつかったけれど体力が少し増えた気がすることや、冬季課題も格段に取り組みやすくなっていることなどを、ユウは手短に教えてくれた。
 スカラビアの居残り特訓も、悪い面ばかりではないらしい。これは本当にしばらく帰って来そうにないな、とリンは静かに苦笑した。
 突発的に予定が変わり、目的が覆るのは学生の内にはよくあることだ。リンとてそれで何度も周囲に迷惑をかけた。ユウを咎めるつもりは、リンには無かった。
「着替えとか、必要なら持っていくけど」
『あ、はい、お願いします。たぶん、大食堂で脱け出しても、オンボロ寮にカチコミされる気しかしません……
『ふな……否定できないんだゾ……
「それは……そうね……その通りね……
 そして、リンがそれを跳ね返せるかと言えば、それはノーだ。アズール達は自分達を巻き込んだきっかけは貴方がたでしょうがと言外に主張し、足抜けを許さないだろう。
「あ、そうだ。ユウ、エース達にちゃんと自分は無事だって言っておきなさいよ」
『えっ? あっ、そうだ忘れ、えっ、いや、えっ? なんで知ってるんですか!?』
「びっくりしたエースがわざわざ事務室に連絡入れてくれたんだよ。明後日には学園に戻ってくるってさ」
『ええ!?』
 ユウは素っ頓狂な声を上げた。グリムの声も少し混じっている。二人は揃って心底意外に思っているらしかった。
 失礼なヤツめ、とリンは小さく肩を震わせて笑った。
「いつの間にか仲良くなっちゃって。良かったね」
『は……はい……
 連絡します……、とユウはどこか気の抜けた声で言った。リンは「早めに寝なさいよ」と纏う空気を切り替えた。
「それじゃあ、また明日」
『はい、また明日』
 通話が途切れる。
 
 ───ひとまず、一山は越えたとして。
 
 リンは、この世界に来てから世話になりっぱなしになっているフライパンを手に取った。
 
 
 
 
 
 ◆
 
 
 
 
 
 昼食の時分になって、リンは大食堂を訪れていた。今朝がた暖炉にくべた薪は、まだまだその形を保っていた。
 リンが食材を物色していると、どやどやと入り口の方が騒がしくなる。リンは顔を上げて、そちらを顧みた。
「よーし、オレだって美味いスープを作ってやるぜ!」
 ばあん、と勢い良く入って来たのはカリムだった。
「っと、あれ? 先客がいたのか、えーっと……
「あぁ~、新人ちゃんだぁ~」
 のそのそとフロイドが顔を覗かせ、アズールやジェイドも後に続く。足元から「リンー!!」と飛び出してきたのはグリムだ。グリムは勢いそのまま跳躍し、リンの胸に飛び込んだ。
「おー! 三日ぶりだな!」
「リンさん!!」
「おぉ、ユウ!」
 連絡を取り合っていたとはいえ、やはり直に触れ合い、声を聞くとなると話は別だ。リンはユウを抱き締めると、すぐにユウの顔をまじまじと覗き込んだ。
 目元に少しだけ疲労の色が出ているが、顔色は悪くない。概ね健康、といったところだ。目の色にも生気が宿り、足取りも軽やかである。
「良かった、元気そうだな」
「はい!! あっ、紹介しますね、私とグリムがお世話になっているリンさんです!!」
「どぉも~リンです~」
 あぁ、とカリムが目を丸くする。カリムの後方に控えるようにしていた青年も、じっとこちらを窺っているようだった。
 ジャミル・バイパーだ。リンはフードで隠された表情を覗き込もうとはせず、すぐにカリムへ視線を移した。
「オレはスカラビア寮長のカリム! こっちは副寮長のジャミルだ。ユウから話は聞いてるぜ! 動画、気に入ってくれたか?」
「ええ、スマホで見るのが勿体なかったくらい」
「本物はもっとすごいぜ! 良かったら後で来るか?」
「ごめんなさいね、予定があるの」
「そっかぁ、それは残念だな」
 しょんぼりと眉を下げたカリムは直後、「あっそうだ」と声を上げた。
「こうしちゃいられないんだった、スープを作らなきゃ。リンさんも食ってけよ!」
 材料どうするんだ!? とカリムはそのままフロイドのところへ突っ込んで行った。作業に取り掛かろうとしていたフロイドは、「ラッコちゃんは元気だねえ~」と寸胴の鍋を押し付けた。
……承諾拒絶の権を、カリムに握られた……
「カリム先輩のいいところでもあり、悪いところでもあるというか……
 鍋に水を満たして火にかけるようにと指示をされたカリムは、「分かった!」と瞳をきらきらと輝かせて張り切っている。ちょっと前に城を訪れてカレー作りを楽しんだチェカのようだ。リンは苦笑した。
 これで、一切の邪気が無いのだから、逆に性質が悪い。リンの迷惑になるかも、とは微塵も思っていない代わりに剥きだしになっているのは、きっと喜んでくれるだろう、と心底からの善意だ。
 これは、傍に残ることができる者を選んでしまう。無邪気で圧倒的な善意は、時に他者を圧し潰す。
「カリムだけに言えたことじゃねえけど、この学園はこんなんばっかだねえ」
「え?」
「うんにゃ、なんでも」
 腕まくりをしたユウが、不思議そうにこちらを見つめている。きょとんとしたその顔に、リンは笑みを深めた。
「折角だし、ご相伴に預かろうかね」
「はい! 一緒に食べましょう!」
 ユウが嬉しそうに破顔する。話を聞いていたのか、やりぃとフロイドが声を上げた。
「それならさあ、新人ちゃんもなんか作ってよ~」
「うん? なんか、って言ってもなあ」
 思案する素振りを見せるリンに、ユウは「これ、リンさんのですよね」と調理台の一部を占拠している包みを指した。リンはそうだよと頷いた。中には白だしやみりんなどの調味料が一通り揃っている。
「何か作る予定だったんですか?」
「私のお昼ごはんと、お煮しめ」
「おに?」
「しめ?」
 フロイドとカリムが揃って首を傾げる。聞いた事の無い料理ですね、とぼやいたのはジェイドだ。
「新人ちゃん、鬼を絞めんの? どうやってぎゅーってやんの、その腕で」
「うーん、正しく変換されずに伝わったのはなんとなく分かった」
 リンは「煮物だよ、煮物」と空中に指で字を書いた。ユウにはそれで伝わったが、カレッジの生徒達は揃って不思議そうな顔をしている。
「マジか、伝わんない? でもこの世界って納豆あるでしょ? こんにゃくもあったんだよ!?」
「たぶん異文化ギャップ的問題だと思いますリンさん!! それと納豆は私以外にすこぶる評判悪いです!! 誰も近寄ろうとしないので皆知りません!!」
 以前、大食堂で納豆を見つけた時は、ユウは周囲の目を憚らず「納豆!!」と大声を上げてしまった。決して歓声ではない。まさか異世界にもあるとは思わなかったので、驚愕が先に立ってしまった。
「二日くらいジャックに避けられて……ラギー先輩にも信じられないようなものを見る目で見られて……
「納豆が極東にしかウケないのは万国どころか異世界共通か……!」
 くッ……! と芝居がかった風情で歯噛みするリンを放って、アズール達はさっさと作業を再開させた。ユウもなんだかんだジェイドを手伝っている。
「その煮物を、なんでわざわざ食堂で……?」
 ぽそりと呟いたのは、手持ち無沙汰そうにしているジャミルだった。リンは瞬いて、「鍋が足りないんだよ」となんでもない風にして答えた。
「、な、鍋?」
 答えが返ってくるとは思わなかったのか、ジャミルが小さく肩を跳ねさせる。そう、とリンは頷いた。
「今日の午後いっぱいは黒豆を炊くことにすべてを費やすつもりだからさ……鍋がまるまるひとつ、六時間以上使えなくなるんだよね」
「六時間!?」
「豆炊くだけでそんな時間かけるの? バカじゃん」
「なにおう? 黒豆を馬鹿にするやつに黒豆を食す権利はねえからな!」
 フロイドにがなったリンは、すぐに話を元に戻した。
「それで、食堂の鍋を借りようと思って。それならついでにご飯もここで食べようかな~って」
……そうですか」
 一応納得したらしいジャミルに、リンは微笑んだ。
 今リンが言ったことは、嘘ではないが、本当でもない。ユウ達が昼間にここを訪れると聞いて、鍋をひとつ潰す黒豆のための作業を今日の午後に移したのだ。
「リンさんは、また何故そのようなものを? まさかすべておひとりで、というわけでもないでしょう」
 不意に、ジェイドが手を止めて首を傾げる。彼は親切にも、ユウさんとグリムさんは今晩も帰りませんよ、とまで続けた。
「分かってるよ、夕飯とはまた別。お煮しめとか黒豆とか酢の物とかは、お正月……新年のお祝いのための料理だから」
「故郷の風習です」
 ユウの言い添えた言葉に、生徒達は揃って納得したようだった。
「えーと、正月三が日は水仕事をせずに済むように、っていう理由でしたっけ」
「しょーがつ」
「さんがにち」
「みずしごと……?」
 聞き慣れない単語らしく、ふわふわとした輪郭のそれらが宙を跳ねる。リンは忍び笑いを零した。
「新年始まって三日間ってことね。水仕事は、洗い物とか、料理のこと」
「これくらいの正方形の箱を三段くらい重ねて、そこにいろんな料理を詰めるんです。色鮮やかで、とても綺麗なんですよ。おせちって言って、国の伝統で」
「おせち」
「節句の話になると長くなるから、興味があるならまた今度な」
 リンは話を切り上げると、それぞれの作業場を覗き込んだ。調理台の中央に並べられた色とりどりのスパイスがかぐわしい匂いを漂わせている。
「余ってる材料なあい?」
「もう卵しかねえよ」
 十分、とリンは卵をパックごと受け取った。そして、壁にかけてあるフライパンのうち、長方形に形が整えられている物を手に取る。リンはそれを、まるで剣先のようにフロイドへと差し向けた。
「だし巻き卵サンド。───承った」
「いや、誰も頼んでねーし」
 どの口が!? と全員の心の声が一致した瞬間だった。
 
 
 
 
 
 結局、リンが作った大量のふわふわのだし巻き卵サンドウィッチは半分以上がフロイドの腹に収まった。さすがに他の生徒に譲りなさい、とアズールが窘めても、「違うんだって、オレもみんなに分けたいの、めっちゃ美味いから、めっちゃ美味いからみんなに分けたい、でもオレの腕が言う事聞かねえんだよオレまだ人間二年目だから、」などと真顔で宣って、あと少しでジェイドとガチンコバトルを繰り広げるところだった。
「調味料は白だしだけですか?」
「いや、牛乳をちょっとだけ入れる。ひたすらかき混ぜて、あとは半熟の状態で上手く引っくり返せれば大丈夫」
 パンにはバターの上にマヨネーズとケチャップをできるだけ塗りたくる。小指の長さ程の厚さに膨らんだだし巻き卵をそれらで挟めばサンドウィッチの完成だ。
 ユウは食べやすく四分の一に切られたそれを一つだけ頂くと、後はフロイドに譲った。他にもたくさん食べるものはあったし、オクタヴィネルの御三方に救われた心地になって、感謝しているのは本当だ。
 アズールとジェイドにはその日のうちにいろいろこき使われたが、フロイドは厨房で料理をするばかりで何もそういう、御礼のようなものができなかった。ユウはそれをほんのちょぴっとだけ気にしていたのだ。
「それで、夕飯はスカラビアで食べるんだっけ」
「あ、はい」
 リンの言葉に、ユウは反射的に顔を上げた。
「じゃあこれ、お泊りセット」
「あっ、ありがとうございま、す!?」
 予想以上にずしりと来たそれに、ユウは盛んに目を瞬かせた。風呂敷に包まれているそれを少しだけ広げると、黒々とした鉄板が「やあ」と顔を覗かせた。
……これ……
「せめてものお守り。持っていきな、もうフライパンは使わないから」
…………ありがとうございます」
 ユウは微妙な顔で『それ』を受け取った。円卓の名が刻まれた最強アイテム・フライパン ロード・キャメロットは、ただただ静かにそこにあった。