もう一度あなたと、美しい日々を

Pixiv再掲
移動図書館運営者の松川とアパレル店員の花巻の話です、時系列が変わる場面が多いので読みづらさがあるかもしれません SFっぽさあります



 ある街の一角に、リピーターの多いアパレルショップがある。そこはここ二ヶ月、店なりに新しい試みをしてみた効果を実感しているところだった。
 客の入りが多くなってきて慌ただしかった時期を過ぎ、店長はようやく空いてきた店内の、カウンターを利用してノートパソコンでシフトを工面しながら、店頭に立つ青年を見る。
 桜色のきれいな髪をした長身の男でとてもよく目立つ彼は、この店ができてからのメンバーとしてよく働いてくれている。地域事情にも明るく、来る地元客の間でも評判がいい。なんと言っても、最近彼はよく笑う。その笑顔は接客用の作り笑いを浮かべていたまえとは違う、幼さも残る笑い方をしていた。その素のままの彼の姿は、客の心をよく掴む。
 彼──花巻が先日、ふたたび店の奥に備えている撮影ルームを借りる為、日程を調整してもらえないか頼み込んできた。もちろん店長は即オーケーを出す。撮影できそうなスタッフにも声をかけて、すぐに取り掛かれるように根回ししたくらいだ。
 店舗のカウンターには、その店長の花巻への好待遇の働きかけの原因となる冊子が平積みで置いてある。当初はリピーターで特に足繁く通ってくださる方に行き渡るように二十部ほど刷って様子を見ると花巻と決めて、そのときちょうど迎える冬と春をテーマに自社のブランド感を押し出したコーディネートを載せた。
 店長は、冊子を置いたその日のうちに起こった出来事を思い出す。
 初めて訪れた、おそらく近所に住んでいるらしい年配の婦人が「たびたびこの店を見かけて気になっていたの」と言いながら、夫へのプレゼントと言ってクリームイエローのハンカチと、牛革のベルト付きのシックな手袋を購入しようとカウンターへやってくる。接客をしたのは店長で、大変満足そうな様子の婦人に胸を撫で下ろしていたところだ。ふとカタログを見かけた婦人は、顔を寄せてじっと表紙を見つめていた。
 レジに入るために来た花巻が、婦人の様子を眺めた。店長は、気に入らないところがあっただろうか……と、内心ビクついた。けれど花巻は、気さくに婦人にこう言った。
「それ、もし良ければお持ちください」
「あら、いいの? この方、見たことあるわ、と思って。素敵ね、この写真」
「本人に伝えておきますね。ご主人と、本は借りられましたか?」
「ええ、この方のおすすめでね、すごく良かったの、また借りにいくわ」
「今度はあいつ、場所を少し移すと言っていましたよ」
「あら、そうなの、ここら辺だと良いんだけど……
 店長は、花巻の饒舌に安堵した。
 ──そうして、花巻の楽しそうで誇らしげな笑顔を思い出し、カタログにゴーサインを出した当時の自分を褒めてやりたいと店長は一人頷く。
 今やそのカタログが自店舗の枠を超えて、本店にも置かれている人気雑誌になった。ただ花巻は、なにもいらないという。出世も、金もなにもいらない。
「俺は多分、そういうの向いてないって、教わったので」
 誰に? と店長が尋ねても、花巻は誤魔化して終わってしまった。それでも、花巻が満足そうなのだから、それでいいのだろう。
 店長はシフトの調整がうまくいった撮影当日、花巻とモデルを頼んだ青年を労いに差し入れを持っていった。ここのドーナツは少し油分が多いが、二人とも前回持って行ったときに、
「一静も、意外と甘いの好きなのな」
 と花巻が言いながら、二人で微笑みながら食べていたのを思い出してまた買ってみた。
 出来栄えや撮影の様子を見て、また改めてこのカタログに期待を寄せる。今度のカタログは夏のコーディネートを展開する予定だ。
 カメラの向こうで少年のように笑う花巻と青年のツーショットは、店長の胸を温かくさせた。