翌日──
大広間は、賑やかな熱気に包まれていた。
械の八人が集い、彼らを支えた研究員の姿もちらほら見える。思い思いに酒を手に語らい、騒ぎ、笑う声が響いていた。
「小〜白〜〜〜! ボクぅ
……酔ってきたみたいやわァ
……」
耳に届いたのは、やけに甘ったるい声。振り向くと、樊凌が白浪にしなだれかかっていた。
「えっ、哥哥ってそんなにお酒弱かったですっけ
……?」
「うぅん
…弱くなったかも知れん
……」
そう言って彼は白浪を抱きしめ、頬ずりまでしている。
「なぁ、小白。小白のお味噌汁飲みたいって言うたら怒るぅ?」
「そんなまさか。今から作りましょうか?」
「太好了〜!!♡」
白浪の返事も甘々だ。樊凌のデレデレ顔を横目に、グラディエーターはワイングラスを軽く傾ける。
(
……酔ってるフリだな、あいつ)
何気なく視線を移すと、ソファの上に仲睦まじく並ぶ二人の姿が目に入った。ラートとフィリップが肩を寄せ合い、料理を互いに勧め合っている。
「フィリップ、この料理美味かったぞ。きっと好きなはずだ」 「
…!ありがとうございます。」
「
……ん、確かに美味しいですね。それならこの料理も、ラートさん好きだと思いますよ」
どちらも涼しい顔で料理を口元に運び合っている。だが傍から見れば、恋人同士のような光景でしかない。
(
……あれで無自覚なのがまたすごいよな)
そっと目を逸らし、次に目に入った光景にグラディエーターは思わず絶句した。
「っグス
……なぜ置いて行ったんだシアノ
……私の存在は
…貴殿の未練には、なり得なかったのか
…?」
カラベラフィルムがシアノに抱きつき、涙をぽろぽろ零している。
「もー
……なんで泣いてんの。何その可愛い理由。ほんと意味わかんない。興味あるに決まってるでしょ。普段どれだけ考えてると
…」
「ぅ、ぅ
…ほほがいひゃい」
照れ隠しのように頬をつねりながらも彼を受け止めるシアノ。何度「可愛い」と言っているのか、耳に残るレベルである。
(
……忘れてやるべきだろうな
………いや、あんな姿忘れられるわけないな!?)
半ば呆れ、けれどどこか安心する気持ちもある。皆がこうして生きていて、笑っている。それが、何よりも嬉しかった。
しかし、皆の幸せそうな姿を見てどこか胸の奥が温かくなる一方で、ほんの少しだけ、自分の居場所に迷いを感じてしまった。
ふと、視線の端で誰かが席を立つのが見えた。
(
……ルフレ?)
何気ない仕草だった。けれど、その後ろ姿がやけに静かなのが妙に気にかかる。
グラディエーターはワイングラスをテーブルに置いた。
(べつに、大した意味なんて無いかもしれないが
……)
人の気配がまばらな出入口の方へそっと歩みを進める。
扉を抜けると、パーティー会場の喧騒が徐々に遠のいていく。
ルフレの後を追うように足音を忍ばせるように廊下を進む。
(
……そういえば、ルフレとこうして二人きりになるのも久しぶりかもしれんな)
みなの部屋の前を通り、角を曲がると小さく開かれたガラス扉が見えた。外から流れ込む冷たい夜風に、カーテンがふわりと揺れている。
その半透明のレースのカーテン越しに人影が見えた。
テラスの欄干に肘をつき、夜空を見上げるようにして立つルフレの姿。月の光に照らされた銀色の髪が夜風に吹かれ微かに揺れていた。
(
……あの背中、どこか
……寂しそうだな)
カーテンをめくり、ゆっくりと歩み寄る。
「ルフレ、どうしたんだ?」
声をかけると、彼は少し驚いたように振り返った。
「あぁ、グラディエーターさんでしたか。」
そう言ってルフレは小さく微笑んだが、その笑みに影が差しているように感じる。
気になって、隣に立ち並ぶようにして欄干に背を預ける。
「
……ちょっと夜風に当たろうと思っただけですよ。あとは、まぁ
……」
「?」
余韻を残すようなその言い回しに、思わず首を傾げた。
「
……グラディエーターさんは、あの“3組”のことどう思います?」
ルフレの目が、ちらりと大広間の方を振り返った。
「どうって
……まあ、仲睦まじいようで、良かったとは思うが」
「
……僕もそう思うんですけど。なんかこう、あの空間に自分が入り込んじゃいけないような
……そんな感じ、しませんか?」
「
……あぁ、それは、まあ
……確かにな」
その感覚には心当たりがあった。
「
……愛とか恋、ってやつなんですかね。本人たちは無自覚なようですけど」
ルフレが呟くように言う。
「はは、そうかもしれないな。
……だが、そういう感情は俺にはよくわからん」
すると、ルフレはふとこちらをまっすぐ見上げた。
「
……僕からしてみれば、グラディエーターさんは十分“愛”に満ちてると思いますけど」
「?そうか?」
その意外な言葉に、思わず首を傾げる。
「
……怪我の手当のこととか、誰かさんを庇った件も。
……それに、僕は皆さんの記憶を伝承されましたから
……なんとなく、わかるんですよ。」
その不貞腐れたような表情には、感情が複雑に絡まっていた。怒りとも、寂しさともとれる、言葉にならない何か。
その顔を見た瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。
(
……ルフレは
……他の械が消えた後も、半年近く一人だったと
……ヒストリアが言っていたな)
ただ一人、残されて。
その目で、幾度となく「別れ」を見送ってきたのだ。
(
……俺が消えたあとも
……他のみんながいなくなるのを、何度も
……)
自分には、それが想像しきれない。
たしかに、白浪やシアノが姿を消したときは、寂しい思いもした。だが、その瞬間に立ち会ったわけではない。ただ、「いない」という結果を、静かに受け入れるしかなかったのだ。
だがルフレは違う。
目の前で消えていく光を見てきた。消えていく声、手のひらから零れ落ちるぬくもり。そんな別れを、幾度となく。
(
……俺には、本当の意味で気持ちをわかってやるのは無理だろう
…)
それでも。
わからないなりに、何かを支えになりたいと思った。
「
……すまない、ルフレ」
「俺が
……もっと一緒にいてやれれば、良かったんだがな」
思わずそっと頭を撫でていた。
驚いたようにルフレがこちらを見上げる。
すぐに彼の手が動くのを視界の隅に捉えた。
(しまった、ルフレは髪型崩されるのが嫌いだった
…!)
慌てて手を離そうとしたその時
…彼は何かを言いかけてやめ、微かに動いた腕も下げてしまった。
その仕草にグラディエーターも一瞬動きを止める。
(
……やっぱり、寂しかったのか)
「
……だが、もう心配しなくていい。こうして、また再会できたんだ」
そう優しく語りかけ、髪の流れに沿って乱れないよう、そっと撫で直す。
ルフレは目を伏せたまま、ぽつりと呟く。
「
……別に。心配なんてしていませんよ」
ぶっきらぼうな口ぶりに、グラディエーターは思わず笑ってしまう。
「ははっ、そうか」
肩の力が少しだけ抜けて、静かな空気がふたりを包み込む。
ほんのわずかに、ルフレの肩がこちらへ寄った気がした
……いや、ただの気のせいかもしれない。
それでも
……あの頃より、確かに距離は縮まっていたはずだ。
夜空に目をやると、星の光が遠く瞬いている。
その景色はあの日と同じ星空だった。
けれど今は
…あの日よりも美しく、より強く輝いて見えた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.