8話✧追械






翌日──

大広間は、賑やかな熱気に包まれていた。
械の八人が集い、彼らを支えた研究員の姿もちらほら見える。思い思いに酒を手に語らい、騒ぎ、笑う声が響いていた。

「小〜白〜〜〜! ボクぅ……酔ってきたみたいやわァ……

耳に届いたのは、やけに甘ったるい声。振り向くと、樊凌が白浪にしなだれかかっていた。

「えっ、哥哥ってそんなにお酒弱かったですっけ……?」
「うぅん弱くなったかも知れん……

そう言って彼は白浪を抱きしめ、頬ずりまでしている。

「なぁ、小白。小白のお味噌汁飲みたいって言うたら怒るぅ?」
「そんなまさか。今から作りましょうか?」
「太好了〜!!♡」

白浪の返事も甘々だ。樊凌のデレデレ顔を横目に、グラディエーターはワイングラスを軽く傾ける。

……酔ってるフリだな、あいつ)

何気なく視線を移すと、ソファの上に仲睦まじく並ぶ二人の姿が目に入った。ラートとフィリップが肩を寄せ合い、料理を互いに勧め合っている。

「フィリップ、この料理美味かったぞ。きっと好きなはずだ」 「!ありがとうございます。」

……ん、確かに美味しいですね。それならこの料理も、ラートさん好きだと思いますよ」

どちらも涼しい顔で料理を口元に運び合っている。だが傍から見れば、恋人同士のような光景でしかない。

……あれで無自覚なのがまたすごいよな)



そっと目を逸らし、次に目に入った光景にグラディエーターは思わず絶句した。

「っグス……なぜ置いて行ったんだシアノ……私の存在は貴殿の未練には、なり得なかったのか?」

カラベラフィルムがシアノに抱きつき、涙をぽろぽろ零している。

「もー……なんで泣いてんの。何その可愛い理由。ほんと意味わかんない。興味あるに決まってるでしょ。普段どれだけ考えてると

「ぅ、ぅほほがいひゃい」

照れ隠しのように頬をつねりながらも彼を受け止めるシアノ。何度「可愛い」と言っているのか、耳に残るレベルである。

……忘れてやるべきだろうな………いや、あんな姿忘れられるわけないな!?)

半ば呆れ、けれどどこか安心する気持ちもある。皆がこうして生きていて、笑っている。それが、何よりも嬉しかった。

しかし、皆の幸せそうな姿を見てどこか胸の奥が温かくなる一方で、ほんの少しだけ、自分の居場所に迷いを感じてしまった。

ふと、視線の端で誰かが席を立つのが見えた。

……ルフレ?)

何気ない仕草だった。けれど、その後ろ姿がやけに静かなのが妙に気にかかる。

グラディエーターはワイングラスをテーブルに置いた。

(べつに、大した意味なんて無いかもしれないが……

人の気配がまばらな出入口の方へそっと歩みを進める。
扉を抜けると、パーティー会場の喧騒が徐々に遠のいていく。

ルフレの後を追うように足音を忍ばせるように廊下を進む。

……そういえば、ルフレとこうして二人きりになるのも久しぶりかもしれんな)

みなの部屋の前を通り、角を曲がると小さく開かれたガラス扉が見えた。外から流れ込む冷たい夜風に、カーテンがふわりと揺れている。

その半透明のレースのカーテン越しに人影が見えた。

テラスの欄干に肘をつき、夜空を見上げるようにして立つルフレの姿。月の光に照らされた銀色の髪が夜風に吹かれ微かに揺れていた。

……あの背中、どこか……寂しそうだな)

カーテンをめくり、ゆっくりと歩み寄る。

「ルフレ、どうしたんだ?」

声をかけると、彼は少し驚いたように振り返った。

「あぁ、グラディエーターさんでしたか。」

そう言ってルフレは小さく微笑んだが、その笑みに影が差しているように感じる。

気になって、隣に立ち並ぶようにして欄干に背を預ける。

……ちょっと夜風に当たろうと思っただけですよ。あとは、まぁ……

「?」

余韻を残すようなその言い回しに、思わず首を傾げた。

……グラディエーターさんは、あの“3組”のことどう思います?」

ルフレの目が、ちらりと大広間の方を振り返った。

「どうって……まあ、仲睦まじいようで、良かったとは思うが」

……僕もそう思うんですけど。なんかこう、あの空間に自分が入り込んじゃいけないような……そんな感じ、しませんか?」

……あぁ、それは、まあ……確かにな」

その感覚には心当たりがあった。

……愛とか恋、ってやつなんですかね。本人たちは無自覚なようですけど」

ルフレが呟くように言う。

「はは、そうかもしれないな。……だが、そういう感情は俺にはよくわからん」

すると、ルフレはふとこちらをまっすぐ見上げた。

……僕からしてみれば、グラディエーターさんは十分“愛”に満ちてると思いますけど」

「?そうか?」

その意外な言葉に、思わず首を傾げる。

……怪我の手当のこととか、誰かさんを庇った件も。……それに、僕は皆さんの記憶を伝承されましたから……なんとなく、わかるんですよ。」

その不貞腐れたような表情には、感情が複雑に絡まっていた。怒りとも、寂しさともとれる、言葉にならない何か。

その顔を見た瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。

……ルフレは……他の械が消えた後も、半年近く一人だったと……ヒストリアが言っていたな)

ただ一人、残されて。
その目で、幾度となく「別れ」を見送ってきたのだ。

……俺が消えたあとも……他のみんながいなくなるのを、何度も……

自分には、それが想像しきれない。

たしかに、白浪やシアノが姿を消したときは、寂しい思いもした。だが、その瞬間に立ち会ったわけではない。ただ、「いない」という結果を、静かに受け入れるしかなかったのだ。

だがルフレは違う。

目の前で消えていく光を見てきた。消えていく声、手のひらから零れ落ちるぬくもり。そんな別れを、幾度となく。

……俺には、本当の意味で気持ちをわかってやるのは無理だろう

それでも。

わからないなりに、何かを支えになりたいと思った。

……すまない、ルフレ」

「俺が……もっと一緒にいてやれれば、良かったんだがな」

思わずそっと頭を撫でていた。



驚いたようにルフレがこちらを見上げる。

すぐに彼の手が動くのを視界の隅に捉えた。

(しまった、ルフレは髪型崩されるのが嫌いだった!)

慌てて手を離そうとしたその時彼は何かを言いかけてやめ、微かに動いた腕も下げてしまった。

その仕草にグラディエーターも一瞬動きを止める。

……やっぱり、寂しかったのか)

……だが、もう心配しなくていい。こうして、また再会できたんだ」

そう優しく語りかけ、髪の流れに沿って乱れないよう、そっと撫で直す。

ルフレは目を伏せたまま、ぽつりと呟く。

……別に。心配なんてしていませんよ」

ぶっきらぼうな口ぶりに、グラディエーターは思わず笑ってしまう。

「ははっ、そうか」

肩の力が少しだけ抜けて、静かな空気がふたりを包み込む。

ほんのわずかに、ルフレの肩がこちらへ寄った気がした……いや、ただの気のせいかもしれない。
それでも……あの頃より、確かに距離は縮まっていたはずだ。

夜空に目をやると、星の光が遠く瞬いている。

その景色はあの日と同じ星空だった。
けれど今はあの日よりも美しく、より強く輝いて見えた。