6年後─
……どこか遠くで、誰かが話す声がする。
意識はまだ深い水の底に沈んでいて、声は波にかき消されるように断片的だった。
「──?」
「──!!」
「──
……」
それでも確かに、自分の名前を呼ぶ声があった。
誰かが、必死に何かを伝えようとしている。
その声に導かれるように、意識は少しずつ浮かび上がっていく。
……もう、こんな残酷な世界に目を向けたくない。
そんな思いが胸に重くのしかかり、まぶたは鉛のように沈み、身体も言うことを聞かなかった。
けれど、それでも
……
まぶたを開けなければ、何か大切なものが過ぎ去ってしまう。
今ここで目を背けてしまえば取り返しのつかない何かを、きっとまた失ってしまう。
そんな予感がどこかで警鐘のように鳴っていた。
ゆっくりと、まぶたを持ち上げる。
たとえ何が映ろうと、何もしなかった過去をもう悔やみたくなかった。
視界が白く滲み、光が差し込んで目が痛む。
だが次の瞬間、その眩しさよりもはるかに眩しい“人影”が見えた。
「哥哥!!!」
「樊凌!!!」
「
……えっ?」
声と同時に、温かな腕が自分を包み込んだ。
柔らかくて、懐かしくて、胸の奥に眠っていた感情が一気にあふれ出す。
何度も夢に見たこのぬくもり。
信じられない気持ちのまま抱きしめられた勢いで倒れ込み、背中が床に触れた。
目の前にいたのは間違いなく、白浪とグラディエーターだった。
「小白
……?」
「グラちゃん
……?」
どうして
……。
その疑問が口をつく前に、涙があふれていた。
「
……なんで
……ふたりは
……もう
……」
つらい日々の記憶がよみがえる。
けれどそれ以上に、今はただ嬉しくて
……胸の奥が喜びでいっぱいだった。
止めようとしても、涙は止まらない。
何度も夢で手を伸ばしては、泡のように消えてしまったぬくもり。
でも今、目の前にあるそれは確かにここにあった。
「っ
……あはっ
……ここが
……天国っちゅうとこなんかなぁ
……」
笑うように言った声は、かすかに震えていた。
おとぎ話のような奇跡がすぐに消えてしまいそうで、怖くて、辛くて
……それでも笑わずにはいられなかった。
そのとき、不意に頬に鋭い痛みが走る。
「何を言ってるんだ。ここは現実だぞ
……!」
グラディエーターの指が、ぐいっと頬をつまんでいた。
「いったっ
……! いったいってば、グラちゃん
……!」
反射的に叫び返す。
この痛みはまぎれもない“現実”の証だった。
今、自分は間違いなく生きている。
そしてこの再会は、夢なんかじゃない。
「
……っはは、懐かしい賑やかさですね」
白浪が、目尻を下げて優しく微笑んだ。
「だろ? でももう“懐かしい”なんて言わせないぞ。毎日騒ぎ立ててやる!」
そう言って笑うグラディエーターの顔は、あの日のままだった。
変わらない声と、変わらない笑顔。それだけで胸がいっぱいになる。
「
……僕も
……もう、この手は離しませんから」
白浪が、躊躇いつつもそっと自分の手を握った。
あの日、自分が離してしまったその手。
何度も何度も後悔した、小さくてあたたかいその手が、今こうして確かに握られている。
混乱も、戸惑いも、まだ消えてはいない。
なぜ自分がここにいるのか、なぜ彼らがいるのか
……その答えは、まだ分からない。
けれど、それすらどうでもよくなるほどに、いま胸を満たしているのは安心だった。
ギュッと、もう二度と離さないと誓うように、白浪の手を握りしめる。
そして、目の前の眩しいふたりの笑みに負けじと、涙をにじませながらも微笑み返した。
「小白」
しっかりと、滲んだ視界でも彼の目を真っ直ぐに見つめる。
「もう、絶対に離さんから。今度こそ
……ボクが守るから」
「せやから
……」
「また、小白の哥哥にしてくれへん?」
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