8話✧追械




3年後─

……

徐々に意識が鮮明になっていく。

(……?)

あの日、確かに自分は消えたはず。

なのに、なぜまた意識を取り戻しているのだろうか。

それを確かめるために重い瞼をゆっくりと持ち上げた。

その瞬間、耳に飛び込んできたのは明るい声。

「おっ!おはよう、ラート!!」

懐かしい、あの赤い瞳。

……っ、バートリー……?」

思わず声が漏れた。

彼女は驚いたように目を丸くし、すぐにやわらかく微笑んだ。

「あぁ、私はヒストリア・バートリー。たしかにバートリーだけど……君が思い浮かべた“バートリー”は、きっと初代のことだね?」

(バートリーが初代……? ということは、ここは……

思考が追いつかないまま問いを言葉にしようとすると、彼女が先に口を開いた。

「“ここは?”って顔してるね。ほんと、みんな同じこと言うから、ちょっと微笑ましくなっちゃうよ」

彼女はそう言いながら、そっと身体に繋がれていたコードを外していく。

……

“なんでわかったんだ”と訊こうとしたが、それより先に気になったのは

(みんな、ということは……他の械たちも……?)

周囲を見渡すも、ここは見覚えのない部屋。
白を基調とし、大きな古びた本棚とそれに似つかわしくない機械達。
人気はなく、窓の外から聞こえる鳥の声や電子音が響いているだけの不可思議な部屋。

……他の」

「他の“械”は、かい? 二言目がそれっていうのも、みんな一緒だね」

言葉を先回りされて思わずムッとした顔になる。彼女はくすっと笑い、肩をすくめた。

「はい、全て取り外し完了。立てるかい?」

促されるまま、ゆっくりと身体を起こす。足元に散らばるコード。背後の機械からは、かすかな電子音。

それらは自分が“生き物ではない”ことを静かに物語っていた。

(まぁ、元から生き物ではないか……)

もう一度部屋を見渡す。視界の端、カーテンの仕切りがふと気になった。
その奥に何があるのか。不思議と心臓がドクン、と脈打った。

「さて、起きて早々で悪いけど……君には、特別なお願いがあるんだ」

カーテンが静かに引かれる。

「っ……!」



……───」

視線の先にいたのは、深い眠りに落ちたままの“彼”。



名も思い出せない。

記憶も失われている。

なぜ、こんなにも強く胸を締め付けられているのかも分からない。

それなのに、彼の顔を見た途端、心の奥に空いていた穴がじんわりと埋まっていくのがわかった。

気付けば、二歩、三歩と足を踏み出し、彼の頬にそっと手を添えていた。

無機質で、冷たい肌。



……その反応を見るに、“彼”で間違いなさそうだね。安心だ」

ヒストリアの声に、はっと顔を向ける。

「君も、なんとなく感じていたんじゃない? 自分の記憶に大きな空白があることを

……どうして、それを」

「君たちの記憶は、初代の記憶でもある。そして初代は、それを全て書き残してくれていたんだ」

彼女の背後。天井まで届く本棚に、古びた記録の数々がぎっしりと収められている。

「その中でも、特に強調されていたのが“その空白”についてだった」

「部屋の数、君たちの記憶。どう考えても、もう一人いた。けれどその存在に関する記録が、何一つ残っていなかった」

「初代は仮定した。“君たちが過去に戻ったことで歴史が変わり、彼が消えた”のだと」

「そして手がかりにしたのが、君やカラベラフィルムが持つ宗教観だ。肉体の保持があの世に行く条件だという教義があったね。ならば、肉体を消すそんな刑罰も、きっと存在していたはずだ。」

「初代はそう考えて、君たちに由縁のある土地……当時のドイツを徹底的に調査した。そして“火刑”という記録に辿り着いた」

その言葉に合わせるように、手のひらに焼けつくような痛みが走った気がした。

……それで、“特別な頼み”というのは?」

「彼の記憶を補完してほしいんだ」

「補完……?」

「姿形はある程度再現できた。けれど、性格や思考までは私たちでは手が届かなかった。だから、君の記憶に頼りたい」

その願いに胸がざわつく。

思い出そうとしても、霧の中を彷徨うように何も浮かんでこない。そんな状態で本当に自分にできるのだろうか。

……不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。だって……

ヒストリアの言葉が言い終わる前に、

「ラート!!」

バンッと勢いよく扉が開き、見慣れた声が部屋に響いた。

「! グラ……

名前を呼ぶよりも早く、

「ラーちゃん!」「ラートさん!!」

樊凌と白浪の声も重なる。

三人は駆け寄るなり、迷いなくラートを抱きしめた。

「まったく、どれだけ寝てたと思ってるんだ、この寝坊助!」 「っ、おい、やめろ。おい、頭を撫でるな!」

グラディエーターの手を払いながらも、どこか懐かしいやりとりに、自然と頬が緩む。

「はは、八械ってのは想像以上に仲がいいんだね。」

「当然〜♡」
「共に戦ってきた仲間ですから!」

樊凌のバンバンと容赦ない肩叩きに、また眉間に皺を寄せた。

ヒストリアは、そんな彼らを微笑ましく見つめながら口を開いた。

「ラート」

「私たち研究員も、他の“4人”の械もいる。……一人で背負えなんて、そんな酷なことは言わない」

ラートはゆっくりと、仲間たちの顔を見渡す。

グラディエーター。樊凌。白浪。それぞれが力強くうなずいた。

僕らの記憶だけではこれ以上は難しい。」
「せやから、ラーちゃんの記憶が必要なんや。」

2人の言う通りだ。俺達だけでは限界があった。だが、ラート、お前ならきっとできるはずだ。」

「ラート、俺は一人も仲間を失いたくない」

その言葉に、ラートは再び“彼”を見つめる。眠り続けるその姿に、何かを誓うように。

そして、ヒストリアの赤い瞳を真正面から見据えた。

……あぁ。もちろん、引き受けよう」