沈む、沈む、沈んでいく。十月の海流はかくも冷たい。自らの肉体は至る所が欠けて、波に抗うこともできない。
ここで死ぬのだろう、と思った。だが最善は尽くしたつもりだった。それでも、名残惜しさは拭えない。手指が冷たさに痺れ、水音すら遠のいて尚、まだ白浪の思考は動いていた。
だが、それもここまでだろうと、一人静かに覚悟を決める。昏い眠気に目を閉じそうになった瞬間──突如、水流が変化し、水面が近付いてきた。
気付けば青葉の上にいた。そこには自分だけではなく、吹雪に乗っていた兵士達のみでもなく、敵艦の兵士達すらも集まっていた。
「小白!!!!」
「白浪!」
懐かしい声が聞こえそちらを向けば、勢いよく二人に抱きしめられた。目を白黒させていれば怒涛の勢いで言葉を浴びせられる。
「あの爆破の中生き延びたのか!!!それにあんな速さで飛んでいく砲弾を凍らせてしまうなんてな
…!!!!俺は熱く熱く感動した!!!」
「可爱的白浪
…かっこよかったけどほんまめっちゃヒヤヒヤしたわァ
…無理しすぎはめっ!やで!!
…けど、よぉ頑張ったな。帰ったら飛びっきり効き目のある漢方、出したるわァ」
そう言って頭を撫でる樊凌。
「お、御二方もご無事で何よりです
……皆さんのおかげで、僕は職務を全うすることが出来ました。」
「!つまりは共闘、ってことか!?」
笑いかける白浪と、ハイテンションになり普段の五割り増しで声が大きくなるグラディエーター。そんなグラディエーターのフードの中から小さい姿のカラベラフィルムがひょっこりと顔を出し、白浪の肩に移った。
「海の底で休んでいたのだが、突然沢山の人間が降ってきた。最初は見殺しにしようと思ったのだが、白浪殿が一定の人間は絶対に傷付けなかったことを思い出してな。きっと貴殿にとって守りたい存在だったのだろう。だが、基準が分からなかった故に全て引き上げた。」
自分が知らないところで、吹雪に乗り込んでからは誰も傷つけ無かったことにカラベラ殿は気付いていたのか
…と白浪は目を丸くして驚く。それと同時に分からなかったから全員引き上げた、という彼の力技な解決法に思わず笑ってしまった。
「後でアメリカ兵達は捕虜にするか殺すかしないと
…ほんと、これじゃあ敵も味方もないじゃないですか。」
くすくすと笑いながら言う白浪の言葉にカラベラフィルムは首を傾げる。
「?当たり前だろう。ここにいるのはみな同じ人間だ。武器を持たない彼らに敵も味方もないだろう?」
人間を等しく愛するカラベラフィルムにとって人種の差など関係ない。人間であるだけで彼にとってはみな愛おしい存在なのだから。そのカラベラフィルムの言葉に白浪は聞き覚えがあった。
『負けるだの勝つだの
…敵だの味方だの
…自分には関係ないのに
……』
自分には関係ない、と言ったシアノ。
出会った頃は現役時代のトラウマで喧嘩することも多かった。何度も何度も喧嘩して、互いのことを知り、今では片割れのような存在になっている。
勝つために生まれた自分と、罰するために生まれた彼。けれど同じ目標を持つ仲間であり、人を殺すために生まれたという共通点がある。
白浪は辺りを見渡した。
アメリカの軍人は居心地が悪そうに警戒しながら一箇所に固まっている。ペンダントの中の家族の写真を見るもの、神に祈るもの。こちらの様子を伺っているもの。
反対に日本人達。アメリカ兵ほど警戒心はない様子。しかし仲間の治療をしたり祈ったり行っていることは誰も同じだ。
互いに自分たちの仲間を守るため、壁になる者がいるのも同じ。
外見は違えど確かに彼らは同じ人間なのだ。
その時、遠くから何かが飛んできていることに気付いた。目を凝らしてみるとどうやらそれは航空機のようだ。
もしかすると米軍の援軍なんじゃ
…と警戒するものの、それにしてはやけに高度が低く、暗闇の中で目視できるほどの距離だ。するとその航空機の扉が開き、四つの人影が航空機から落ちてくる。
カラベラフィルムは咄嗟に海の水を操り、彼らを受け止めた。そして彼らを自分たちの戦艦まで運んでくる。
「シノ、それにラート殿!!ルフレ殿もフィリップ殿も
……!!!」
その四つの人影は別班の四人だった。実験施設の破壊が早めに済んだ彼らは、当時は最速・最長飛行距離能力を持った最新航空機B29に乗ってここまでやってきたとのこと。
四人はカラベラフィルムが操る水の塊から降りて、ボロボロの白浪に駆け寄った。
「!?しら、どうしたんですその体!」
「白浪さん
……!?うわぁ痛そう
……なにしたらそうなるんですか
……?」
「随分と無理をしたようだな」
どう見ても日本人の見た目をした白浪の周りに集まる七人。中国人らしい顔つきの者もいれば、イタリア人、ドイツ人、はたまたどこの国の者か分からない顔つきや服装の見た目をした者まで。
その様子に困惑しながら吹雪に乗っていた日本兵は白浪に話しかけた。
『
…やはり
…あなたは一体何者なんですか。それほど負傷をしているのに何も無いように話している。それに、彼らは日本人では無いでしょう
…?金髪碧眼の者もいますし
…』
その様子を人間達は見守っているようだ。アメリカ兵達のこの視線には言葉は先程まで自分の仲間を殺していた樊凌とグラディエーターへの警戒も含まれているようだった。
『僕は吹雪型駆逐艦の付喪神、白浪。そして、彼らは僕の仲間です。おっしゃる通り、見た目はそれぞれ違いますが同じ志を持った最高の戦友なんですよ。』
白浪は日本語で彼に伝えた。
「小白〜?なんて言ったん〜?」
「俺にも教えてくれ!!!俺たち、共闘した仲だろう!!!」
白浪の肩に手を回す樊凌とグラディエーター。日本兵達は仲睦まじい彼らに何かを感じた様子だ。
そんなやり取りを横目に、ふとシアノはアメリカ兵達の怯えた様子に気付いた。そしてアメリカ兵達の元へと向かう。
『Our goal was to end this fight. For that reason, we took away the lives of your comrades and our battleships. I know this is not acceptable, but for the sake of peace, I ask you to suppress your anger. I have no intention of hurting you anymore.』
仲間の命と大切な戦艦を奪ってしまったことに対する謝罪ともう傷つけることは無いということ、それを伝える。
『Even if you don't hurt them, you never know what they'll do.』
お前たちはそうだとしても、日本兵がそうだとは限らない。
アメリカ兵がシアノに反論すると、日本兵が一人両手を上げてこちらに向かってきた。
シアノたちが彼が何をしようとしているのか不思議そうに見守っていると、彼は武器を持っていないことを証明するようにこの場でゆっくりとまわる。
そしてシアノと話していたアメリカ兵に手を差し出した。
『
…Whats?』
『──、────』
日本兵は何かを言っているがシアノは日本語が分からない。けれど彼が何かを必死に伝えようとしているのはわかった。
「しら!!翻訳をお願いします!」
白浪を大声で呼ぶと、樊凌に支えられながら白浪がやってくる。
「もう一度、お願いします。僕たちが翻訳をしてアメリカ兵に伝えるので。」
その白浪の言葉に日本兵は頷く。
『超人的な、神の救いとも言える奇跡で救われた者同時、どうか今だけは手を取り合いませんか?そして、また争う日が来るまで、しばし休戦にしましょう。そう彼らに伝えて欲しいのです。』
その言葉に白浪は目を丸くする。そして、平叶で使われている言葉で、その思いをシアノに伝えた。思いを受け取った彼はどこか嬉しそうにうなずく。
『As people who have been saved by a miracle that is superhuman and can be called God's salvation, can we please join hands just now? Then, let's make a truce for a while until we fight again
…we are the same people.This Japanese soldier says so.』
その言葉にアメリカ兵達は顔を見合わせる。そして一人が前に出ると、日本兵が再度差し出した手を握り返した。
その瞬間に白浪とシアノの目がチカチカと輝く。初めてのことだったが、本能的に自分の体と、刻まれた歴史や人々の思いが次々に変わっていくのがわかった。そして自分の知らなかった情報がどんどんと増えていく。
「僕が、人々を守るための兵器
……?平和の、象徴
……?」
「日米の絆を作った、唯一無二の兵器
……吹雪型駆逐艦
……?」
脳裏に多くの情報が流れ込む。
──今回のサボ島沖海戦、アメリカの戦艦の殆どが原因不明で沈没したにもかかわらず、ほとんどの兵士が救助された。日本の被害は青葉を庇った吹雪のみ。結果的に死者は数十人に収まった。
──この死者は全て械達が殺した者である。
沈没の原因が不明であるのは、白浪の能力で作り出した砲弾が要因であるから。被害者が少ないのも彼の能力の特性上、爆発や火災が起きなかったからだろう。
その後吹雪型駆逐艦の化身だと名乗る青年が戦艦を守り、彼は国籍を問わず人間を守った。そして、吹雪型駆逐艦の乗組員たちは捕虜としてではなく、同じ人間としてアメリカ兵を扱った。どうやらこの後ほかの戦艦と協力してアメリカ兵達はガダルカナル島に送り届けられるらしい。
……本来の歴史で青葉を庇ったとされるのは古鷹のみ。この古鷹は青葉を庇ったことが後ほど高く評価される──それが、この世界では日本軍の全ての被害を吹雪が請け負ったのだ。
青年たちが神の使いであるとアメリカ兵達は言い伝え、日本兵達は軍神だと言い伝える。樊凌やグラディエーターの殺戮は争いを繰り返す人間たちへの罰という風に伝わることになる。
戦時中は異端だとされたこの奇跡の話は戦後一気に広まり、吹雪型駆逐艦は平和の象徴として世界各国の人に知られることになった。
これが、新たに書き換えられた彼らの歴史である。
「
……っはは!!唯一無二でもベクトルが違うじゃないですか、全く!」
「っふ
……械のくせに平和の象徴なんてとんだ嫌味だ
……」
そう笑う白浪とシアノ。樊凌は不思議そうに二人を交互に見たあと、まぁ楽しそうならいいか!と笑う。
一方アメリカ兵と日本兵たちは先程よりも打ち解けているようで、中にはびしゃびしゃになったそれぞれの家族写真を見せあっている者もいた。それを見た白浪はまだちゃんと仲直りができていないことに気づく。
「シノ、今朝はカッとなってしまってすみません
……仲直り、してくれますか?」
そう言って残った右腕を差し出す。
「えっ
……あー
…………自分も、しらの気持ちも考えず突っ走ってすみません
……また、明日の朝起こしてくださいね。」
差し出された手を握り返そうとした。
その瞬間、足元に何かが投げ込まれた。
日本兵との和解に納得がいかなかったのか、はたまた仲間を殺した樊凌らへの復讐か──アメリカ兵の一人が手榴弾を投げ込んで来たのだ。
「っ!?」
シアノは咄嗟にその手榴弾を能力で囲う。しかし次の瞬間には激しい音を伴い船上で爆発した。かなりの強度をもつ彼の能力でもその爆発を完全に抑えることはできず、樊凌、シアノ、白浪は衝撃で飛ばされてしまう。シアノは主砲まで飛ばされ、樊凌は彼の後方のフェアリーダーに強く体を打ち付けられた。
そして、白浪は樊凌の手から離れてしまい、衝撃で海へと投げ出された。
「しゃ、小白
……!」
樊凌はすぐに海に潜って彼を救いに行こうとしたが、爆破の衝撃で両足がダメになっていることに気がついて。それでも、這ってでも向かわなければと地面に爪を突き立てる。
「お前たち!!何があったんだ!!!」
「シラナミは!?」
異変に気付いた械達が駆け寄ってくる。グラディエーターとラートが樊凌を止めるが、しかし彼はそれを解いてでも白浪を追いかけようとした。
「は、早く助けにいかんと!!」
「落ち着けファンリン!自分の足を見ろ。このまま助けに行ったところで互いに沈んで終わりだろう!」
「樊凌、俺たちは人間では無い。核心さえ破壊されなければ死ぬことはなく、二十四時間が経過すれば必ず館に帰ることができる。」
「せやけど
……」
自分が今何も出来ない悔しさに樊凌は歯を食いしばった。
「っ
……しら
……」
一方シアノは背中を抑えながら立ち上がるが、先程の衝撃でガスマスクにヒビが入っていることに気付いた。先程白浪が落ちていった場所へ向かおうとするも、このままでは彼が残したものが無駄になることを危惧し彼らから反対側に避難する。
周りに誰もいないのを確認し、胸ポケットに入れていた時辰儀を取り出す。その時、昨日までは時間が止まっていた時辰儀の針が動いていることに気付いた。
「
……時間が、動いている
……?昨日はずっと止まっていたのに
……10時52分
……もしかしてこれが今の時間
……?」
あと一時間
……それを耐えれば館に帰ることができる。館に帰ればもう安全だろう。シアノは時辰儀を両手で握り、はやく時間が過ぎる事を祈った。
ルフレとフィリップは船の上から海を覗き込んでいた。
つい先程カラベラフィルムが海に潜って行ったが、海上には船の破片などがそこらかしこに浮いている。その上この戦艦は高速で移動している。
「
…今のカラベラフィルムさんに任せても大丈夫だったんでしょうか
…白浪さんを見つけられたとしても、この船に追いつけるのでしょうか
……」
「
……どうでしょう
……」
魔女以外に興味を示さないフィリップも、白浪のことを心配しているようだった。
数十分後。
「
…カーラはまだ帰ってきていないのか?」
「そうですね
……まだ見つかっていないのか、或いは追いつけないのか
……樊凌さんの様子は?」
「今は一旦気を失っているが出血が酷いな。人間であれば即死だっただろう。」
船首で座っているグラディエーター、ルフレ、ラート、フィリップ。そしてグラディエーターのマントをかけられ目を閉じている樊凌。
「シアノは一体どこに行ったんですかね
……こんな時に
……」
「白浪さんと一緒に落とされてしまったんじゃ?」
ルフレの言葉にフィリップが返す。グラディエーターは唸るような仕草で数秒考え込み、口を開く。
「どうだろうか
…砲台の方に白い人影を見たんだが
…俺たちの知らない間に海に入った可能性も否めない」
「水に濡れるのが大っ嫌いな彼が
…?まぁでも、白浪さんとも仲良かったから断言はできないですね
…」
「人間があんなことをした以上探しに行こうにも何されるか分かりませんし。あと少しで12時になるでしょうから
…僕達にできることは
…」
「待つこと、それしか出来ないな。」
四人がそんなことを話していた時、突然今朝のようにふっと体が軽くなるような感覚になった。
「!やっと帰れるぞ!」
そうして数秒後、また全身が重くなるのを感じ目を開ける。そこは真っ暗で血の匂いが充満するあの部屋だった。
ラートとグラディエーターは樊凌を抱えて急いで部屋から駆け出し、ルフレとフィリップがその後を追う。部屋の外ではナーデルが真剣な面持ちで待っていた。
「樊凌様は急いでこちらへ」
ナーデルが差し出した手を樊凌は振り払う。
「ボクは、小白が
…………帰ってきたのを
……見んと
……」
その樊凌の言葉にナーデルは何も言わない。
全員がその部屋から残りの三人が出てくるのを今か今かと待っていた。
そのとき、その部屋からシアノと、彼の肩を組むように支えて歩くカラベラフィルムが現れる。
「白浪は!?」
グラディエーターが二人に問いかけるとカラベラフィルムは静かに首を横に振った。
「
……岩礁、船舶の破片の下、海流の先から付近の海溝まで捜索した。だが
……海でも、この部屋でも、白浪殿は見つけられなかった」
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