2話✧啓械




哨戒機カタリナが航空基地を出発して13時間。

操縦は整備士が行なっているとはいえ、慣れない航空機での時間に彼らは疲労感を覚え始めていた。

この4人の中でも体力に富んだグラディエーターなどは離陸した直後は、夜なのにも関わらず明るい地上や立ち並ぶ建造物に大層興奮した様子でいたが、流石に疲れ始めている様子だ。彼はそれでもずっと外を見ていたが、ふとあることに気がつく。

「ん?なんだか……速度が落ちたように感じるな?」
「そろそろ燃料補給をしなければなりませんね。カラベラ殿、運転手に燃料補給について聞いて貰えますか?」
「あぁ、承知した。」

カラベラフィルムは操縦席に座る整備士と幾許か言葉を交わす。幾つかの英文が飛び交ったのち、カラベラフィルムはのそのそと戻ってきた。

「ふむどうやら次のパールハーバー真珠湾で燃料補給をする必要があるそうだ。その後、ニュージーランドでも燃料補給をしなければガダルカナル島には到着しないと申している。」
「まだ真珠湾を越えてないんですか!?まずい、中間地点にすらついていないあと5時間で開戦してしまうのに
「うーん?なんか問題発生〜?」

ひょっこり顔を覗かせた樊凌に、白浪は焦燥を隠しきれない様子で言葉を続ける。敵の航空機に多少の知識はあるとはいえ白浪にとっては専門外だ。まさかここまでスピードが足りないとは想定外であった。

「っ、はい今晩の9時までにとある島についている予定だったのですが想像よりも速さが足りず
「なるほど。今は午後1時。13時間進み続けた現時点で中間地点を通過していない以上、このままでは時間内に辿り着くのは不可能だろう」
「補給を抜きにしたとしても、そもそもこの速度じゃ間に合わないってことか……

ここまで来たのに、と頭を抱える一同にカラベラフィルムがふっと思いついたように言った。

「空が駄目ならば、海を行くのはどうだろうか」
「海……ですか?」
「ああ。私の能力で船を造り、島を目指す。水は私の領域だ」

その為にはここから降りなければいけないが、と彼は付け足す。ここに他の誰か──例えばシアノなど比較的常識寄りの械が居たのなら全力で拒否していたかもしれない。だがこの状況を打開できる可能性に白浪は顔を上げ、樊凌はとうに準備運動を終えており、グラディエーターはそんな彼らの様子を見ていきいきと扉を開けた。

突如吹き込み始めた風に響めく整備士の悲鳴を後にして、4人は航空機から飛び降りた。

「ずうっと窮屈なとこおったから身体が伸びるわ〜」
「身体が伸びるというか、風が……!」
「カーラ!着地はどうするんだ?」
「問題無い」

ぶわりと海面から水が上がり、弾力のある布となって4@人を受け止める。肉体はトランポリンのように数回跳ね上がり、非常にスリリングではあったが特に怪我なく降りることが出来た。

「んーっとぉ、こっから島までってどんくらいかかるん?」
「オークランドからガダルカナル島まで9570kmほどで、そこから半分も進んでいないという話なので、進んだ距離を4100kmほどと仮定するとおよそ5470kmでしょうか」
「遠いな!それを5時間で行くのか?」
「ああ。故に、少しばかり急ぐぞ」

4人を受け止めた布が再形成され、一隻の船となる。壁や天井のみならずご丁寧に座り心地の良い椅子まで備え付けられており、これら全てが水でできているとは到底信じ難い代物であった。

クッションの感触を楽しむ間もなく、首が後ろにすっ飛びそうな程の衝撃が三人を襲った。時間内に辿り着くには時速950km/hは出さなければいけない──そんなカラベラフィルムの声が聞こえた気がしたが、急発進による負荷と轟音でそれどころではなかった。

幸いなことに次第にスピードは安定していき、速度に慣れた身体は窓の外を眺める程度の余裕ができた。五時間半ほど経って、白浪の目的地──ガダルカナル島に到着した。

「やっと着いたか!」

十数時間ぶりの陸地に辿り着き、四人は少しの間休憩をとることにした。既に日は落ち、黒い波と夜空が涼しい風をもたらしている。

しかし白浪だけは気が気でない様子だ。先程、ここに到着する途中で列をなした九艦の軍艦を見てからずっと心がざわめいている。

それに加えて沖の向こうで何かが光っているのが見えた。先程の整備士から奪っていた時計を確認すると針は二十一時半過ぎを指している。

三人の様子を見て、ある程度休まったことを確認した白浪。

「カラベラフィルムフィルム殿、そしてグラディエーター殿、樊凌殿。もう一度、お力をお貸しください。どうしても、僕はここで負ける訳には行かないのです。」

そう今にも泣きそうな顔をしながら深く頭を下げる。

「白浪殿。」

カラベラフィルムに名前を呼ばれ頭を上げれば、三人は白浪の周りに集まっていた。

「私達は仲間だ。貴殿が私の力を必要とするのなら喜んで引き受けよう。」
「当然、可愛い小白の頼み事なんやったら」
「俺がいれば安心だろう。任せておけ」

彼を元気付けるためか、いつもの白浪を真似して敬礼をする三人。ただ形を真似しただけのめっちゃくちゃな敬礼だったが、今までにないほど白浪は勇気づけられた。そして軍帽を綺麗に被り直し、お手本のような敬礼をした。





先程同様カラベラフィルムの能力で小舟を作り、海上を移動する。樊凌はアメリカ戦艦「ヘレナ」に、グラディエーターは「ソルトレイクシティ」に、白浪とカラベラフィルムはその前方の戦艦に乗り込む。

樊凌とグラディエーターはそれぞれの戦艦の艦橋に真っ先に向かい、人員を減らすことで軍艦の無力化を狙う。彼らの足音と共に血潮が吹き荒れ、服も刃も赤錆色に染まっていった。

だが、巨大な巡洋艦にはそれに相応しい量の砲台がある。それに乗員も乗員で仲間が斬り殺されていることに気付かないほど、これから始まるであろう戦闘への準備に集中しているようだ。元より騒音が多い為に悲鳴も掻き消えてしまう。

動きやすいといえばそうだが、白浪の目的を思えばいっそ大規模なパニックでも起こされていた方が手間が省けただろうに、と思わないことも無い。

そうして二人がそれぞれ乗員を斬り殺していると、樊凌が乗り込んだヘレナから照明弾が上がった。

一方カラベラフィルムと白浪は二つ前方の別の艦に移動していた。その艦に足を踏み込んだ瞬間から、白浪の心臓は強く脈打ち始める。

ついに、辿り着いた。

「サンフランシスコ、重巡洋艦

他でもない。この軍艦によって吹雪型駆逐艦、白浪は撃沈させられたのだ。数千年前、いやこれから起こることを思い出し、また心臓が凍てつくように痛む。けれど今はその痛みに負けている場合では無い。本来であれば照明弾が上がった直後に戦の火蓋は落とされていたが、樊凌とグラディエーターが敵艦で暴れてくれているおかげかまだ始まってはいない。

ヘレナが砲弾を放つまでに自分とカラベラフィルムでサンフランシスコを沈没され、吹雪型駆逐艦を戦場から脱出させる。それが白浪の狙いだった。

「カラベラ殿!能力でこの艦を……

背後にいるであろうカラベラフィルムに話しかけ振り向いた白浪。しかしそこにはいつもより小さな姿で座り込むカラベラフィルムの姿があった。

「カラベラ殿!?どうされました!?」

急いで駆け寄る白浪を心配させまいとカラベラフィルムは立ち上がる。しかし明らかに様子がおかしい。

……能力を使い過ぎたようだ……少し、休めば……

それもそのはず。数時間休憩無しで能力を酷使したのにも関わらず、充分な休息は取れていない。それにこの海域は何度も戦いが起きいくつもの船が沈んでいる。到底綺麗な海とは言えないだろう。

──彼の能力は対象が純粋な水から離れるほど操作が困難になり、消耗も増す。先程まで能力が使えていたのは普段のそれではなく、最後の力だったのかもしれない。

「無理しないでくださいカラベラ殿のおかげでここまでたどり着くことが出来たんですから。」

カラベラフィルムを安全な場所──なるべく安定していて、人から見え辛い場所に座らせ、白浪は艦橋へと向かった。

そこで乗組員達を撃ち、凍らせていくが壊滅できる気も、この艦を無力化できる気もしない。

それは別の戦艦に居る樊凌、グラディエーターも同じだった。彼らは超人的な能力こそ持っているが──如何せん、相手が多すぎるのだ。各場所に配置された人間達を一人一人片付けるのは手間がかかる。加えて時間の制限もあり、いつ開戦してもおかしくない状況だ。白浪は更に焦っていた。

「(まずい……カラベラ殿がいなければリン哥哥やグラ殿に今すぐ救援を求めるのは不可能……やはり自分だけでこの場を切り開かねば……)」

とはいえこの軍艦を一人で無力化するのは無謀に近い。となれば自分が干渉できるのは『自分自身』になるだろう。

「カラベラ殿、あと少しだけ、手を貸していただけますか……?」

そうカラベラフィルムに頼み込めば、彼は静かに一隻の小舟を作り上げた。乗り込むが早いか、小舟は懐かしいその艦に近付いていく。

そして、吹雪型駆逐艦に白浪は乗り込んだ。

「ありがとうございます、カラベラ殿。戦争が始まれば、この艦に安全な場所は無くなるでしょう。そうなる前に──」
「海底に避難した方が良い、か?」
「はい。砲弾や艦の破片が落ちてくるかもしれませんから、お気を付けて!」
「ああ──そちらも、後悔の無いように」

白浪は吹雪型駆逐艦の船橋へと走る。途中で何人もの海軍兵とすれ違うが、彼らもその声も全て無視して、がむしゃらに戦隊司令部を目指す。

(早く、山下鎮雄少佐に、敵艦の存在を伝えなくては……!!!)

戦隊司令部に到着し、勢いよく扉を開け放つ。瞬間、何人もの軍人に銃口を向けられる。いつ撃ち殺されてもおかしくない状況だが、白浪は深く息を吸い、足を揃え、一寸の乱れの無い敬礼をした。

『申告いたします!!大日本帝国海軍、一等駆逐艦、吹雪。敵艦発見いたしました。』

吹雪型駆逐艦と名乗った男に人間達は唖然とする。戦場で頭が狂ったのか?そう言いたげな顔だった。

その中で指揮官を務める山下少佐だけはその厳かな表情を崩さず、戸惑う様子も見せない。白浪の真剣な表情を見据え、白浪に告げる。

『詳しく状況を』

『右舷方向に重巡洋艦二艦、軽巡洋艦二艦、駆逐艦五艦が単縦陣で。先程の照明弾を合図に数分後には砲撃が始まるでしょう。砲撃が始まった直後、青葉と共に吹雪は集中砲火を受けます。そして吹雪は撃沈します。』

支援部隊の第六戦隊青葉。その艦の右側前方に吹雪。この二つの艦は開戦と同時に至近距離からの集中砲火を受けることになる。
サンフランシスコと吹雪に至っては、その距離はたったの1300m。サンフランシスコの主砲の最高射程距離は27kmだった。それだけの威力があるものを同時に何百発と受ければ、デストロイヤーと呼ばれた駆逐艦でも太刀打ちできない。

どうしてこのような状況に陥ってしまったのか。この時、日本海軍はアメリカ艦隊を味方の輸送艦だと勘違いしており警戒を怠っていた。それに加え、日本海軍は夜戦で負け知らずだった。確認の怠りと慢心がこのサボ島沖海戦を敗戦に導くことになる。

白浪の言葉に兵士達は取り乱し声を漏らした。まさか自分たちが乗っている戦艦が撃沈するなんて信じられない。

吹雪型駆逐艦は従来の駆逐艦の常識を覆し、各国に名を轟かせた当時は日本屈指の艦。駆逐艦とは思えない装甲と速度を兼ね備えていた。

まさかそんな艦が簡単に撃沈するなど……それに、今は自分たちに有利な夜戦だ。兵士達は一寸の間騒めくが、未だ息の乱れひとつ零さぬ少佐の手前、緊張と静寂を取り戻す。

『今ならばこの場から離脱可能です。吹雪の速さがあれば……
『却下だ。』


その言葉の先を、少佐は許さなかった。

『何故ですか!このままじゃこの軍艦ごと貴殿たちは……!既に発砲の時間が変わっている以上本来の歴史のように助かる可能性など……!』
『一艦一命。この戦艦が沈む時は私ももちろん共にだ。』
『それは、そうですが……
『吹雪型駆逐艦。貴殿なら第十一駆逐隊第二小隊、吹雪、初雪が何故送り込まれたかを知っているだろう。』
『それは護衛の後、敵地を攻撃するためです。』

1942年8月から始まったガダルカナル島での戦い。日本軍は重火器の輸送のためこの島に訪れていた。そして吹雪を初めとする艦隊はその輸送艦の護衛として召集されたのだ。そして支援完了後は敵地ヘンダーソン飛行場の砲撃、日の出と共に撤退を予定していた。

『敵地を攻撃することに駆逐艦は不向きだ。駆逐艦の長所は機動力であり攻撃力では無い。

貴殿の言葉が本当なのであれば、吹雪が戦場から先に離脱してしまえば青葉が犠牲になるだろう。一等巡洋艦である青葉を失えば帝国海軍の軍事力は暴落する。

そしてヘンダーソン飛行場への砲撃は遅れ、多大な被害を受けることになるだろう。その被害が敗戦を招く可能性も有り得る。』

『ならば私達は、皇国のため我が身を呈して青葉を守ることが天職であろう。』

少佐は一切の迷いなく言い切った。魂を灼かれるような、誇り高い覚悟だった。

「あ……

閃光のような意志を前に、白浪は自らが、国のためと宣いながらも己がことしか見えていないことに気がついた。

『人はみな、それぞれ与へられた天職がある。職分を如何に巧みに処理するかによって、その人の値打ちがきまる。』

そんな言葉を思い出す。
自分に与えられた今の天職は、未来の大日本帝国の勝利のため一等巡洋艦である青葉をこの戦場から撤退させること。

そんなことは分かりきっていた。分かっていた。分かっていた、はずだった。けれど、気付けば自分は、この場で自分という艦を逃がし、次の戦場で活躍することばかりを考えていた。

それが国のためだと思っていた。

思っていたかった。

自分は絶対にこの国に必要な唯一無二の存在であると。

「(でも……そうじゃない)」

自分の一番の目的は国を勝利に導くこと。そのために今の自分のやるべきことは、将来的にこの国を勝利に導くであろう青葉を身を呈して守りきること。

守る為に振るわれない力では意味が無い。

それに──どれだけ吹雪型駆逐艦が強くとも、これから造られる弟達は自分の欠点を補った形で生まれてくる。

「(なら──今の自分がやるべきことは)」

たとえ唯一無二になれずとも、この争いの終わりが如何なるものでも、その次の争いに勝利がなくとも──

……山下鎮雄少佐。そして、兵士の皆様。この国のため、共に深淵へと沈みゆきましょう。』

ただ、最善を尽くすのみである。

甲板に立つ白浪。本来であれば青葉よりも前に出ているはずだが、少佐の判断で敵艦からより青葉を守るために横に並んでいる。夜風に吹かれながら白浪はもうすぐ始まるであろう砲撃を待ち構えていた。

だが、例え結末が決まっていても抗わぬ道理は無い。目の前の憎き敵艦を撃沈させる方法は無いか思考を回す。

「魚雷……

魚雷を主兵装とする駆逐艦。魚雷であればあの重巡洋艦を撃沈することも可能だろう。実際に自分の後身は同じ型の敵艦を魚雷で撃沈させた。

白浪は自分の軍銃をそっと甲板に置き、軍銃から氷の銃弾を撃つ感覚を思い出す。その軍銃が魚雷管になっただけ。

事前に樊凌やグラディエーターが乗っている敵艦船が沈没した時は、彼らをしっかりと救い出して欲しい、とカラベラフィルムフィルムには伝えていた。

目を瞑り意識を集中させ、脳内でこの戦艦の9門の魚雷管から魚雷が発射される様子を思い浮かべる。そしてその魚雷がどの道筋を辿ってそれぞれの敵艦を狙撃するのかも。

彼の思いは氷の魚雷として形を成していく。そしてそれは完成した。魚雷程の大きな弾丸を同時に9つを作った反動かさらに心臓が痛む。

これを発射すればそれが開戦の合図になってしまうことはわかっていた。そしてたとえ当たったところで自分が沈没する未来が変わらないことも。

「発射用意!」

「発射始め!」

その声と共に敵艦が転覆しそうなほどに大きく揺れ、大きな波が敵艦に向かっていく。

数秒後、敵艦のそばで大きな水しぶきが上がり、敵艦が揺れる。それを確認した白浪はいつもの軍銃を手にした。

そして、揺れが収まった艦隊が一斉に光る。開戦の始まりに気付き、相手方も発砲を始めたのだ。次々と撃ち込まれてくる砲弾に白浪は焦点を合わせ引き金を引く。

爆音と熱風を気にすることも無く、ただ砲撃を撃ちそれを凍結させる。もちろん全ての砲撃を止めることなんて不可能で、彼の抵抗は微々たるものだ。吹雪型駆逐艦の各所は爆発しながら破壊されていく。



三分間以上の集中砲火を受け主砲や操作システムを全て破壊された青葉は、太刀打ちは不可能だと判断し元の歴史の通り戦場から離れていく。

その頃にはそしてサンフランシスコを初め、ヘレナ、ソルトレイクシティ、全ての敵艦は半分近くが凍りつき、沈みかけていた。本来はまだまだ続いたはずの発砲もたった数分で終わってしまった。

「終わった、んだ……

発砲を止め、沈んでいく敵艦を見ながら白浪はその場に座り込んだ。後ろを振り返り、変わり果てた自分のすがたを見る。跡形もない戦橋を見て彼らの死を察した。

本来は生き延びるはずだった百名近い船員も、きっともういないのだろう。

白浪は甲板に寝転び夜空を見上げる。

(……後は任せましたよ)

そして吹雪型駆逐艦は巨大な爆発音と共に撃沈した。