2話✧啓械




リリリリリリリリ!!!!!

朝6時。ヨーロッパのどこかの森の中でけたたましい目覚ましの音が鳴り響く。

白浪は布団から起き上がり、素早く身支度を終える。そして突風のように廊下を駆けると「06」と書かれた部屋の扉を開け放った。

「シノ!!!鍛錬に行きますよ!起きてください!」

シアノはシアノで早々に嫌な予感を察知して布団に包まっていたのだが、当然意味も無く。白浪は彼の毛布を剥ぎ取りベッドから引きずり出す。

っあぁいい加減にしてくださいみんながみんなしらみたいに早起きな訳じゃないんですよ………
「こうでもしないと起きないでしょう!もっと鍛えないと戦場で勝ち残れませんよ!ほら!さっさと着替える!!!」  
「負けるだの勝つだの敵だの味方だの自分には関係ないのに

悪態をつくシアノ。しかし扉の前で仁王立ちをしている白浪は二度寝をさせてくれそうな気配もなく……仕方なく白の続服を着る。幾つものベルトをつけていると、窓の外から聞き覚えのある声が聞こえた。

「ほら!グラディエーター殿はもう鍛錬を始めていますよ!!」

まだ陽は昇ったばかりだというのに、一体あの械は何時に起きているんだ……シアノはそう言わんばかりの表情をする。それはもう、嫌そうに。

着替え終わったシアノの腕を引っ張りながら白浪は裏庭へと向かう。

去年まではただの森だった館の裏も、今では鍛錬するのに十分なスペースができている。近くに開けた場所がないのが不満だったラートやグラディエーター、白浪らを中心に教室程の大きさの広場を作ったのだ。

そこには先客が二人。剣の素振りをするグラディエーターと、朝日を浴びながら車輪の手入れをしているラートがいた。

「おっ!やっと来たか!!!」
「おはようございますグラ殿!ラート殿!」
「貴殿も早いな。…………連れは2度寝しているようだが……

ラートの視線が白浪の足元に向かう。え?と声を漏らしながら同じ場所を見れば、地面に座り込んで寝ているシアノが居た。

「なっ!!貴殿はどうしてもいつもいつも……!!!!」

腕を引っ張って立ち上がらされるシアノ。しかしまるでやる気はなく、油断すればまた地面で眠り出しそうだ。

「ははは!まぁ人それぞれ……いや械それぞれに起きられる時間、眠い時間というのが存在するだろう。また昼間に誘ってやろうじゃないか」
「グラ殿がそう言うのなら……

いつも寝てるのに……と思いつつ手を離す白浪。



シアノはふらふらと眠そうに館へ戻っていく。その様子に白浪はため息を吐くが、ふと、とあることを思い出した。

「そういえば、例の件、本日の夕暮れでしたよね?」



場面は代わり朝8時の厨房にて。鼻歌混じりに料理をしているのは樊凌だ。完成した青椒肉絲を持って厨房を出ると、朝食のパンを取りに来たフィリップとばったり出会う。

「哦!早上好!」
……りんりんさん、その手に持っているものはなんですか?見慣れない料理ですし嗅ぎなれない匂いです。もしかして魔女の」

青椒肉絲を初めて見たフィリップは魔女の料理では?疑いをかける。彼の魔女探しは今に始まった事ではないが、これに関しては青椒肉絲がどうというより、樊凌自身への疑いもあるのだろう。他者への印象というのは一朝一夕には変えられぬものだ。

「停下来!!!これはボクの故郷の料理やから!!伝統料理やから!!ほら!食べてみて!」



燃やされる気配を察知し、急いでフィリップの口に箸で青椒肉絲を突っ込む樊凌。瞬間、口内に牛肉の旨みとピーマンの程よい苦味、醤油や胡麻油の香ばしい風味が広がる──だが同時に、それらを追いかけるように明らかに薬臭い苦味が頭角を表した。

「んむっ………………美味しいけど、なんか、薬みたいな味が……
「是的?漢方入れすぎたんかなぁ〜?」

さながら調味料の分量を間違えたかのように言っているが、本来青椒肉絲に漢方は不要である。しかし青椒肉絲を知らないフィリップはこれが本来の味なのか、或いは樊凌のセンスに問題があるのか、或いは魔女の薬の一種ということで己が炎にかけるべきかの審議に時間を要していた。

一方樊凌はというと、そんなフィリップを置き去りに談話スペースへと足を運んでいた。窓側のソファでは掛け布団に包まりぬくぬくと眠っているシアノと、そんなシアノの髪を櫛で梳かすルフレが居た。

机の上にはパステルカラーのパッケージから女性的な印象を感じさせるスタイリング剤や、よく研ぎ澄まされたハサミが置かれている。どうやらルフレはシアノの髪をセットしたいようだが彼の髪が気体であるばかりに苦戦している様子。

「ルーちゃん、何しよるん?」
「あ、おはようございますファンリンさん。やっぱり、髪は綺麗に斬り揃えて置いた方がいいかと思って。」

そう言ってハサミを手に取りふわふわしてる部分を斬る。斬った髪はすぐに空気に溶け込み、切った部分は数秒後には元に戻ってしまう。ここはダメか……と前髪を斬るルフレ。

一瞬だけ前髪がパッツンになり、ゆっくりと元に戻ってはまたパッツンにされるシアノの様子に樊凌は笑いを堪える。特に止める理由も無いため、その様子を見守りながら向かい側の椅子に座り青椒肉絲を食べることにした。

やがて自らの中で審議を終え、厨房からトーストを持ったフィリップが出てきたが──眠るシアノ、痺れを切らしスタイリング剤を手にするルフレ、そして特に止めない樊凌。

(……なんか嫌な予感がする……逃げますか……)

実に素早い判断の下、フィリップは駆け足で階段を降り、外へと出ていった。

「あれぇ〜?プーちゃんあんな急いでどないしたんやろ〜?」

シューッ!!!

樊凌の呟きに気付かずルフレはシアノの髪にスタイリング剤を吹きかける。

その瞬間、嫌な匂いがあたりに充満した。

音と謎の風圧に気づいたシアノは飛び起き、ルフレの手元にある"それ"とこの状況に、ただでさえ青白い顔を真っ青にした。

「!?バカなんですか……!?」

急いで談話スペースの窓を開けるシアノ。幸いにも談話スペースの窓は大きく、すぐに空気が入れ替わっていく。段々と薄まる匂いにほっと胸をなでおろし、ふと振り向けば頭を抑える樊凌とルフレが目に入った。

…………………………械で良かったですね…………

安堵したような、それ以上に呆れたような表情で彼は呟く。眠っていただけなのに妙に疲れたな、とシアノはため息を吐いた。



同時刻、外に出て館の裏に回っていたフィリップ。微かに聞こえるシアノの声と共に館の2階の窓が勢い良く開き(やっぱり……)とため息を吐く。万が一のことを考え、もう少し離れようとそのまま森の中へ足を進めた。

青々とした木々の合間を通り抜けるように森を進めば、館がすっぽり入るほどの池が見えてくる。ここまで来れば問題も無いだろうと池のほとりでパンを食べようと近付けば、池の中央で何か人影が見えた。

……?」

その人影はどうやらカラベラフィルムのようだ。フィリップがいる方角と反対側を向き、更に肩まで池に浸かっている。お陰で一瞬分からなかったが、あの特徴的な帽子は彼だろう。

「あれは、浮いている?沈んでる……?微妙ですね……
「そんな険しい顔をして何を見ているんだ」

突然話しかけられ、後ろを振り向くとそこには木にもたれかかって座るラートが。傍にはもちろんあの車輪があった。

険しい顔、というのは彼には言われたくないなと思いながらもフィリップは彼に問いかける。

「こんな所で何してるんですか?」
「水面に反射する光を見ていた。」
……そうですか…………

神を仇なす者、魔女を敵とするため互いに少なからずの親近感を抱いている二人。しかし理解し合えない部分も多いようで、微妙な空気が流れる。

「ラートさんはあれどう思います?」
「あれ、というのはカラベラフィルムフィルムの事か?」
「はい、浮いていれば魔女確定ですが見ての通り中途半端で……
……燃やしてみれば分かるのでは?」
「まぁ確かに、それもそうですね」

フィリップがガベルを鳴らし、有罪、と呟く。すると先程まで微動だにしなかったカラベラフィルムが足元の違和感に気付き、辺りを見渡し始めた。後ろを振り向きラートとフィリップに気づいたカラベラフィルムは、はっとした表情で水の中に潜っていく。



「あっ、沈んだな」
「沈みましたね。どうやら違ったようです。今は。」

今は、というフィリップの言葉に(……今は?)と疑問符を浮かべるラート。

そんな二人の会話などつゆ知らず。カラベラフィルムはフィリップらに気付かれないよう、二人から一番遠いところまで水中を移動し、そそくさと池から逃げ出していた。

「(……何とか抜け出せた…………)」

カラベラフィルムが館へ戻ろうと森の中を歩いていると、ランニング終わりのグラディエーターと白浪にばったり出逢った。二人はカラベラフィルムに気付くと、普段通りパッと明るい挨拶を交わす。

「おはようございますカラベラ殿!」
「おはようカーラ!珍しいなこの時間に出会うとは。お前も朝の鍛錬か?」
「いや、普段なら池に浸かっているのだが……今朝は少々、燃やされてしまってな」
「なんだ!?朝からそんな熱い戦いでもしていたのか!?」

キラキラと目を輝かせカラベラフィルムの顔を覗き込むグラディエーター。微かに目を伏せ、そのまま視線を逸らすカラベラフィルム。

……物理的に、だ。」

物理的に、という言葉に疑問符を浮かべるグラディエーター。白浪は(あっ、きっとフィリップさんにだ……)と何となく察していた。そういえば心做しかカラベラフィルムが小さい気が……なんてことを思う二人。

三人で館へと戻り、朝食をとることに。談笑を交わしながら二階に上がると、やけに疲れきった顔で椅子に深く腰掛ける樊凌とルフレが目に入る。その正面でシアノはルフレの持っていたスタイリング剤に何か紙を貼っていた。

「なんだ三人もここにいたのか!どうしたそんな疲れきった顔して」

明るく問いかけるグラディエーター。

……カガク反応、ってやつは怖いですね……械じゃなかったら死んでましたよ……

ルフレの返答に(カガク反応……?)とグラディエーターは笑顔のまま首を傾げる。

白浪とカラベラフィルムはシアノが貼っている紙に『ガスがある場所で使用しないこと。自分(シアノ)のそばで使わないこと』と書いてあるのを見て何となく状況を察した。

その後、白浪とグラディエーターが朝食をとり終わったタイミングでラートとフィリップも二階にやってきた。

談話スペースにそれぞれ座る械達。朝食の片付けも済ませ各々が本を読んだり、雑談をしたりとくつろいでいると立ち入り禁止にされたコンクリートの部屋からナーデルが出てきた。

「おや、皆さんもうお集まりですか?」
「うーん、なんというか自然に集まっちゃいましたね。やっぱみんな楽しみなのかも」

ルフレがいつもよりも楽しげに言うと数名は頷いてその意見に同意した。ナーデルは上品に目を細め、麗らかに言葉を紡ぐ。

「そうですか。それならば早速始めましょうか。予定より早い時間ですが準備は既に終わりましたので。」
「やっと始まるんやなぁ〜ボクらの殺戮ショーが♡」

樊凌の細い眼が、三日月のように笑った。