【読切ドラロナ】花満ちる棺

2023年3月発行読切ドラロナ本「花満ちる棺」
花吐き病になる読ロ様の読ドロWeb再録。

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 相手が死んでさえいれば、花吐き病は治ることがあるという話を聞いてはいた。
 それは、そもそもこの病が好意を寄せる相手の存在の有無を問わないということの証左でもある。死人であろうと、生きる死人であろうと関わりがない。
 ロナルドがうっかり、知らぬ間に想いを寄せていた相手は棺桶で眠るようなモノだった。初めて花を吐いた日にそれをまざまざと思い知るほどにロナルドにはきちんと人の心があったが、それはあの吸血鬼が持ちようのないものだ。
 吸血鬼はロナルドに好意的だった。電話で呼び出せば安易とその姿を人界に現し、城を訪れれば毒も血も混ぜずに美味い料理を出しもてなしてくる。どこかの姫でも閉じ込めてしまうような寝室までロナルドに当てがう始末で、しかしロナルドがその部屋を出て、城を出て行こうとすると、あたかも恋人が去るのを惜しむかのように、また来てほしいと見送るだけだった。まるで、人のように。
 いっそ稚く吸血鬼はロナルドを呼ぶ。退治人君、という呼び方からいつの間にか名の方を呼ばれるようになったが、もしかすると吸血鬼はロナルドには本当の名前があることにすら気が付いていないかもしれない。それくらいにはあの吸血鬼は人とは違うものだ。逆に言えば、ロナルドもあの吸血鬼の名を知らない。知りたいと思ってはいけないと蓋をしていた。吸血鬼には棺名というものがあるらしいが、ロナルドがそれを知るのは、あの吸血鬼を倒し得たときだ。
 絶対的に異なる存在であるはずのものに、ただ名を呼ばれて、なんの飾り気もない、人のそれとは程遠い感情のようなものを向けられただけだったけれど、それはロナルドにとって、あまりにも貴重な存在だった。
 ともすれば、突っぱねていた温かさに浸り、心底から笑うことをいつの間にか許容しようとしていたところでこの病にかかったのは僥倖と言えるかもしれない。
 恋をしてしまっていた。あんな人ならざるものに。そしてそんなことは赦されないかのように病にかかって、今ロナルドは死に瀕している。
 薄ぼんやりと目を開ける。右目の花は随分と大きく開花して明らかに邪魔だったが、ドラルクはこの花を特別好んでいるように見えたので邪険に出来ないでいる。
 目を閉じていればまだ思考は動かすことができたが、視覚情報が加わると途端に身体が重たく感じられて、ロナルドは再び目を閉じてベッドの中で寝返りをうった。あてがわれた寝室に鍵はかけていない。やがて城主が部屋に入ってくる気配を感じた。
「おはよう、ロナルド君」
 似つかわしくない言葉を受けて、ロナルドは再び身体をゆっくりと反転させる。起きられる? と伺われて僅かに逡巡したが、ああと頷いて緩慢に身を起こした。部屋中に散らばる白い花弁を裸足の足で踏む。床の温度が花弁越しに伝わって指先を冷やしたが、構うことなくクローゼットまで歩いた。
 ドラルクの手を借りながら着替えをする最中、クローゼットの内扉についた姿見にはいたるところから芽茎や花の蕾が生えている痩せこけた肢体が映されていた。眠ってばかりいるので空腹感もほとんどない。食事量も随分減っているせいで、元々痩せ易い体質もあってか、はたまた花に養分を持って行かれているのか、僅かな間で随分と衰えている。
 ドラルクはどうやらそれに気が付いていないようだった。花のツヤや芽茎の色どりにばかり気が取られているのだろう。時々欲を滲ませる視線を投げかけられるが、それはロナルドに向けられたものではなかった。
 それを考えているとじくじくと右目が痛んで、喉奥からいくらでも花が吐き出されるのでロナルドは思考を止める。着替えを終えると、ドラルクは使い魔に自分の案内を頼んで先に食堂へ行くように促してきた。以前より少し重たく感じたが抱き上げる。冷えた体にジョンの温かさは今のロナルドにとって数少ない害のないものの一つだった。
「ヌヌヌヌヌン……
「ん、どうした」
 腕の中でジョンが顔を顰めてロナルドを見上げている。名前と、簡単な会話くらいであればできるようにはなっていたがジョンはどう言ったものか考えあぐねているようだった。
……悪いな」
……ヌー」
 随分と賢しい使い魔は見透かしているのかもしれない。小さな頭を撫でてやると、ジョンはそれ以上何も言わずにロナルドの案内役を務めようとした。
 しかしロナルドはふと足を止めて、背後を振り返る。自分たちを先に行かせて寝室に残ったドラルクが一体何をしているのかが少しばかり気になった。部屋の簡単な掃除とベッドメイクだろう、とは思う。城主自らロナルドの身の回りのことを全て手掛けている様子は、はたからみれば拘りのある庭木の手入れをする姿に似ているかもしれない。
……ヌヌヌヌヌン?」
 いつの間にかロナルドは踵を返し、足音を顰めて寝室の前まで戻っていた。扉は完全に閉められていない。ジョンを足元に下ろして、そっと扉の隙間を左目で覗いた。
…………
 そこにあったのは、自分の吐いた花を掻き抱く吸血鬼の姿だ。喉奥から一気に花が迫り上がってきて、むせ返りそうになりながらもロナルドは咄嗟に喉と口元をきつく抑えて蹲った。声を殺して口の中をいっぱいにする花弁を慎重に、音もなく吐き出していると、ジョンやカボヤツ、ツチノコが慌ててロナルドの側に寄ってくるが、もはや顔を上げることなど出来なかった。
 
 ――お前が執心するそれは、俺の吐いたお前への気持ちだぞ。
 
 自分の吐き出す想いだけに目を向けられていることをまざまざと思い知らされる。憎いだとか、退治人としてあろうだとかいう内に溜め込んだ思いが霧散するような苛立ちが湧いて仕方なかった。
 しかし怒りは急速に諦観に成り代わっていく。死の間際の気持ちとはこういうものなのだろうか。ロナルドはふらりと立ち上がって部屋の前から立ち去る。
 さっさと吸血させて、それで終わりにしたい。
……本当に、マジで、あんなやつ……
 大嫌いだと口に出して言いたかったのにまた花弁が吐き出され、ロナルドは横にあった壁を力無く殴りつける。衰弱しているせいで思ったように力が入らないことが尚もどかしかった。
 何事もないように後から来たドラルクの出した食事を囲み、お互い向かい合わせで食事をする。上機嫌なドラルクの作った食事は美味しかった。けれどこうして供される食事はロナルドのためのものではなく、自分の身体を巣食う腹立たしい植物のためのものなのだと思うと、吐き気が込み上げるがなんとか飲み下す。
 数日前からやりたかっただろうゲームもできていないのに、ドラルクはそんなことは二の次だと言わんばかりにロナルドの傍に居続けた。食事を終えてからも、いつもゲームに興じる部屋にいながらただテーブルを挟んで庭を眺めるだけで、何をせずとも茶を組んで仕込んだ菓子をテーブルに並べている。いつまでもこんな日が続くと思っているのだろうか。いや、このままであればきっとロナルドはすっかり花と化してしまうので、真実その通りになるかもしれない。吸血鬼がこの城で真っ白な花を愛で、悠久を過ごす様を想像すると、また苛立ちと一緒に花が込み上げる。
 そのうちに再びロナルドの視界がぼやけてきた。倦怠感が体に満ちて、指先に力を入れられなくなっていく。今目を閉じたらもしかすると二度と目が醒めないかもしれないと思い、必死に瞼をこじ開けようと努める。
「おかわりいる?」
「ん」
 持っていたカップを差し出す。喉が渇いて仕方がないのは身体の養分を花に吸われているからだろうか。とくとくと注がれる琥珀色の液体が入ったカップを受け取る。力が入らないので、両手で持って支えた。何か掴んでいれば目を閉じないでいられると、そう思った。
「ロナルド君、今日は何しようか」
……
 ロナルドの耳にドラルクのこの声は聞こえていなかった。
 これまでは眠るときや意識を失う際の視界は暗転していたが、今日はどうしてか違った。段々と白んでいくような視界の中、意識の遠退き方は緩慢で、時間の流れまで遅く感じられる。ああ、本当に、もうやばいのかもな、とロナルドはぼんやりと思った。やたらと遠くの方でドラルクが自分を呼んだような気がする。
 その時。ロナルドの手からカップが滑り落ちた。僅かな感触でもってロナルドの意識は引き戻されたが、続いてけたたましくカップが破砕する音が響いた。まだ熱湯に近い紅茶が自分の服を汚している。けれど熱さはあまり感じられない。
 慌てて立ち上がったドラルクがカップの割れた音で驚き死んでないことにどうしてかホッとしてしまった。大丈夫かと聞いてみたが、ドラルクはそんなことよりと言わんばかりに血相を変える。ともかく割れたカップをどうにかしなければ。ドラルクが触れれば指先を切っただけで死んでしまうだろうし、ジョンやツチノコたちが怪我をしては事だ。ロナルドは立ち上がり身を屈めて破片を拾おうと手を伸ばす。
 そこでふと、おかしいな、と思った。先ほど見たドラルクは、以前のドラルクのように見えた。花を愛する吸血鬼ではなく、ロナルドをやたらと気にかけてくる時のドラルクの表情に戻ってしまっている。そう認識した瞬間に、喉の奥で多量の花弁が生み出されるのを感じた。それをロナルドの体はすぐに異物として認識する。ひゅう、と咄嗟に息を吸い込もうとしたのもいけなかった。
「っげほっ、ッ、オエッ」
 慌てて手で口元を抑えたが、溢れ出た花があまりにも多くその量で更にえづいて、摘んでいた破片を反射で握り込んでしまう。嗚咽が止まらず、身体を丸め、まるで床を這うようにしてロナルドは花を吐き続けた。床が白に染まっていく。後ろの方でドラルクの気配がしたがそれ以上近づいてくる様子がない。
 あらかた吐き出してようやく息が吸えるようになっても、酸欠で眩んだ頭を上げることができない。俯瞰した自分の姿があまりにも無様だった。這いつくばって首を垂れ、恋情なぞに咽ぶ姿を見られたことによる羞恥心が沸々とわいて、ロナルドの視界を真っ赤に染めあげていく。
 そこでやっとロナルドは顔を上げて、ドラルクの姿を見た。この顔の花が開かれた時のようにドラルクの瞳孔が大きく開かれており、その視線の先を辿ったところでようやく先ほど握り込んだ破片が指先を切り裂いていることに気がついた。
 床に吐き出した花弁に点々と流血が落ちていくのをロナルドは見て、そうして面をあげて再びドラルクを見た。ドラルクは、何事かを言ってこの場から離れようとしている。
「ドラルク」
 名を呼んで、その枯れ枝のような手を掴んだ。振り向いたドラルクが咄嗟に牙を隠そうとするので、またそれに無性に腹が立って、顔を寄せてやった。重なった唇は思いの外冷たかったが、躊躇うことなく口内に残った花弁を腹立ちまぎれにねじ込んでやる。
 全部全部お前のせいだ。お前がクソ雑魚で、死にやすくて、人の気持ちも分からないくせに、誰のものとも違う、妙な目で見て、気の抜けるような声で俺の名前を呼んでくるせいだ。
 だけどお前は吸血鬼で、俺は退治人だから、だから最期までそうあってやろうと思っていたのに、お前を千体目の吸血鬼にして、それで終わりにしてやろうと、そう思っていた。
 全部、お前のために!
……お前なんぞのために、こんな馬鹿みたいなもんに罹って、もうすぐ俺は死ぬから……だから、お前を、殺してやろうと……
 そこでロナルドは言葉を途切る。何を言っているんだ俺は、と独言て、よろめきながらも立ち上がった。
 自分を呆然と見上げるドラルクを睥睨する。
……せいぜい、花が咲くのを楽しみにしてろよ」



 はっきりとした記憶はそこで途切れていた。その後意識は混濁し続け、朝とも夜ともつかなくなっていたロナルドは、時々枕元で泣いているカボヤツとツチノコの鳴き声に起こされて、ほとんど身体を引きづるようにしてベッドを出る。部屋の前に用意された食事を中に持ち込んで、二匹に食べさせる。自分があまり食べないとやはり二匹が泣き出してしまうので、無理くり口に入れてはいたが、それが出来たのも二日程度だったかもしれない。
 やがて二匹の声に反応することもできなくなったロナルドは懇々と眠り続けた。耳には入ってくる泣き声だけは遠くの方で聞こえていたが、指一本と動かすことができない。
 結局、倒しきれなかった。あの吸血鬼を。そんなことばかりを考えていると、どうしてか声まで聞こえてきたような気がした。喧しいほどに傍で、名前を何度も呼んでくる。ロナルド君、ロナルド君と。
 お前、俺の本当の名前も知らないくせに、と思う。それでもその声で、そんな必死に呼ばれるのは中々に心地がよかった。
 せいぜい、お前の「ロナルド君」が咲かせる毒花を一生愛で続けろよ、と。そう思いながらロナルドはすっかり意識を手放した。



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