氷紀
2024-12-23 03:20:09
15387文字
Public とある息子たちの話
 

とある放蕩息子の追憶

養父の思い出を引きずっているゲタくんが、モブの老人と出会って別れる話。CPとしてはモブゲタ。
『とある息子たちの話』シリーズ(※こちらのシリーズはゲタ沢)の前日譚です。
※モブゲタwebオンリー『モブの下高校』出展作品



『黒岩 正さん
 79歳 28日午前10時45分、病気療養中のところ死去。弔問は30日午後1時30分から午後2時30分まで、○○寺で受け付ける。喪主は弟・孝史さん。
 大学を退職後、塾講師と保護司を務める。近年は近代文学の在野研究者として……

 その記事をぼんやり眺めつつ、僕は電車を待つ。遠くで放送が聞こえるけれど、注意を払う気はなかった。行き先はどこでもいい。もうこの街に居たくないだけだから。
 あまりにも優しい思い出ができてしまった、から。

 荷物はいつも通りカバン一つで、着の身着のまま、この街に来たときとほぼ変わりない。でも、今のカバンの中身には、本が二冊と金貨が三枚、それからそれなりの額のお金が加わっている。
 街を移るときは、いつもならカラスたちにお願いして飛んでいくけれど、電車を使うことにしたのは、黒岩さんが残してくれたお金があるから。この、『ほんの少し使う』アクションが、確かに受け取ったという証のつもりだ。

 僕はいつまで、こんな暮らしを続けるんだろうか――最近、考えるようになったこと。
 お義父さんの面影を心の奥底でこねくり回しながら、妖怪社会の中で微妙な立場にいる父さんに背を向けて、ふらふらと生きている。妖怪の間にも父さんのところにもいたくない、それが今の僕の本音なのは、間違いない。それで『人間の味方の妖怪少年・ゲゲゲの鬼太郎』を捨てた僕は、ただの、得体の知れない生き物になった。
 その名が、田中ゲタ吉だ。
 今の時代では、どこからどう見ても芸名か偽名としか思われない名前。『水木』を失い、『鬼太郎』でもなくなった僕には、似合いだろう。

 この街に来たときにも、思ったことだ。
 『誰でもない誰か』になっても終わらないこの命を、どこに持って行けばいい?

 でも、この街には確かに、僕を受け止めてくれた人がいた。
 今まで生きてきた時間に比べれば、ほんの一瞬に過ぎない期間だったけれど、僕は確かに『ここに居た』。
 その証の本と、お金と、きれいな金貨が今、使い古したカバンの中に収まっている。

 目の前にやってきた、銀色の車体にオレンジと緑のラインが入った電車の中へ、僕は何も考えず乗り込んだ。その人の訃報が載った新聞を、片手に握りしめたまま。
 今日も雨が降っている。

[終]