ディア・マイ・サン

ゲストキャラとしてりんさん(@rinrin1147621)の夢主さん『ミヤビ』ちゃんをお借りしています。
りんさんの小説とこのお話は全く関係しておりませんのでご了承ください。
りんさんの小説はこちらhttps://privatter.me/user/rinrin1147621



フロイトとミヤビが帰った部屋はとても静かだ。
スネイルはダイニングのテーブルに置かれたリモコンを手に取り、テレビをつける。
テレビは名も知らぬコメディアンが何処ぞの街を練り歩いているだけのつまらない番組を映しだした。
タレント達の笑い声が聞こえるが、それも二人にとってはただのノイズでしかない。
スネイルはソファーに座る。
「坊や、一緒に飲むか?」
サーヴァンタスが冷蔵庫からビール缶とサラミのパックを一つ取り出す。
「頂きましょう」
返事を聞いた彼がもう一つビールの缶を手に取り、スネイルの横に近づいて座った。
缶が差し出される。
自社系列のスーパーが展開しているプライベートブランドのエールビール。
エールビールと言うもののケミカル臭があって中々評判が悪い品物だ。
スネイルは無言で手に取り、プルタブを開ける。
プシュ、という炭酸が抜ける音と共に泡がもくもくと噴き出る。
スネイルは溢れだす泡に口をつけて、中の液体を喉へと流す。
苦いだけの水。
しかもうがい薬みたいな後味もする。
何が美味しいのかわからない。
しかし、隣の男は苦くて不味い液体を美味そうに飲んでいる。
 
「貴方は昔からこのビールが好きでしたね」
「ビールは美味い。苦味の中にコクも甘味もある」
「判りませんね」
「お前はビールが嫌いか?」
サラミのパックを開けながら、サーヴァンタスが尋ねる。
「嫌いです。その中でもこれは断トツに。薬みたいな味がするじゃないですか。こんな物飲むくらいなら安物のワインを飲んでいた方が断然に良い」
「ワインこそ不味いじゃないか。甘そうな見た目をしてる割に渋い」
「甘いワインもありますよ」
「甘いと言っても、ジュース並じゃないだろ?」
サラミを素手で掴んで、口に入れる彼。
素の義父はとにかく安い味のビールと塩辛い物が好きなだらしがない男だ。
普段はワインばかり飲んでいる癖に。
「そんなにワインが嫌いなら、ワインなんて飲まなきゃ良いじゃないですか」
仕事の関係で行くパーティーでも見かけた時はいつもワインを口にしている。
今日のクリスマスパーティーでもずっとワインしか飲んでいなかった。
ビールを飲む姿を見るのは、いつも私しか居ない時だけだ。
「ビールは労働者の飲み物だ。上層部の連中と付き合うにはビールはチープすぎるのさ」
彼がビールを飲み干す。
スネイルは自分の口付けたビールを彼に差し出す。
「飲まないのか?」
「ええ。一口で十分です」
大気に触れて汗をかく缶、缶から滴る水滴に濡れたスネイルの手が彼の手と重なる。
彼が缶を掴む、スネイルは手を離す。

「お前も飲みたく無いなら飲まなければ良かったじゃないか」
「貴方の気持ちを知りたかっただけです。わざわざ不味いモノを率先して飲む気持ちがね」
わざわざ自分が望まない行動を率先してやるその心はとても不快極まりない。
それを何十年もやり続けて、何が楽しいのだろうか。
自分が渡したビールを流し込む彼を見て、スネイルは考える。
答えは出ない。
 
「で、話とは何でしょうか」
手持ち無沙汰になった彼はサーヴァンタスに切り出した。
サーヴァンタスはビールを持った手で空中をスライドする。
スネイルの目に一通のPDFファイルが表示される。
彼はファイルを開く。
 「いい子にしていた君にサンタがプレゼントを下さった」
中身は診断書のようだ。
診断書の病名にはこう書かれている。
“チャーリー・ゴードン型アルツハイマー症候群”と。
チャーリー症……
サーヴァンタスが?
カルテを見れば、認知障害の症状自体は軽微だが経過がかなり悪いと書かれていた。
脳殻に埋め込まれたナノマシンをタスク処理用から記憶補強用に置換する処理をしていたみたいだが、置換率が既に3割に達している。
発症が発覚したのが半年前らしいので、かなり進行が速い。

サーヴァンタスが肩に腕を回して、スネイルの頭を優しく、優しく撫でる。
「喜んでくれ。私は苦しんで死ぬ」
その声は慈しみ深く、私がこれを望んでいるだろうという確信に満ちていた。
スネイルは眉間に皺を寄せて、奥歯を噛み締める。
 
「今まで築き上げた地位も名誉も、忘れていく。君は嬉しいだろう?両親の復讐ができて」

彼はサラミを口にして笑う。
この男は何も分かっちゃいない。
貴方はこの私が、未だに両親が死んだことを恨んでいると思い込んでいる。
私がそんなことで喜ぶと心から思い込んでいるのですね。
「だから私は貴様のことが嫌いなんだ」
スネイルは眼鏡のブリッジを抑えて位置を正す。
良いでしょう。
愚かな貴様には、私直々に指導してやりましょう。
サーヴァンタス、貴方には教育が必要です。

「サーヴァンタス、貴様は私を見くびっているようですね。両親のことはハナから恨んでなどいません」
サーヴァンタスの顔色が変わる。
彼が噛んでいたサラミが床に落ちる。
彼の瞳孔が収縮する。
息を飲む音が聞こえる。
「16の時、家を出て士官学校に出たのも、親子の関係を切ってくれと言ったのも、ならないでくれと懇願したヴェスパーに入隊したのも。
全て両親の復讐の為だと思っているなら大間違いです。両親はアーキバスに抗う力も従い姑息に生きる力も無かった弱者だっただけです」
「なら、何故……、何故お前は私を嫌うんだ?」
「お前が私の両親を家畜とも家族とも扱えなかった弱者だったからだ」
スネイルは彼の収縮した瞳を真っ直ぐに見た。
瞳と瞳が線で繋がる。
アーキバスの番犬が震えていた。
彼が手に持つビール缶がベコと凹む音を出す。
「家族思いのサーヴァンタス。貴様は人に好かれようとして人に手を差し伸べては、上層部に殺せと言われれば殺す意志薄弱な子犬だ。紛うことなき敗者だ。私は貴様に引導を渡す為にヴェスパー第二隊長まで上り詰めた。いずれは貴様より先に行く」
「引導を渡す……?私に何を諦めさせようと言うのだ」
サーヴァンタスが缶を握り潰す。
缶の口から残って居た中身が吹き出し、彼の手を汚す。
「強者として生きることをだ」
スネイルは静かに己の手を握る。
テレビから流れるタレントの笑い声が部屋に反響する。
タレント達の笑い声に混じって、サーヴァンタスが顔を伏せて笑い出した。
「私を負かす、か。滑稽だな」
長い顔の隙間から目が覗く。
見開いた目がスネイルを見上げる。
「簡単に言ってくれるな、スネイル。這いつくばって、泥を啜って、身を売って手に入れた地位だぞ。上級役員共の垂れ流した糞尿に顔を突っ込んで、鞭打たれて、好きでもない仕事をしてようやく手に入れた場所だ……!自分の身を売る屈辱も痛みも知らぬ若造が、私の場所に立とうなど笑止!お前のような青二歳に私を超えるなど出来るものか!」
犬歯を剥き出しにしながらサーヴァンタスが吠える。
まるで手負いの野良犬の様に。
尾を丸めながら威嚇する犬に、スネイルは冷ややかな目を向ける。
 
「超えられないと貴方が信じたいだけでしょう?」
 
ひっ、と息を飲む声がした。
サーヴァンタスの声だった。
目の隙間から見える目が恐怖で揺れていた。
涙が流せるなら、きっと彼は泣いていただろう。
歯を食いしばり、一生懸命に怒りを見せている。
「そんなことある訳がない。ある筈が、ない……!」
悲痛に涙ぐむ瞳。
どれだけ口で否定しようとも、怖気ているのは明白だった。

「そうやって、威勢を張らなくては生きていけない程に貴方が弱いから、私は貴方を超えたい」

良いですか、サーヴァンタス。
これを言うのはこの一度だけです。
 
「私は貴様を追い越す。媚びなど売らず実力で貴様を蹴落としてやる。貴様の弱さを白日に知らしめて、その醜態を皆に露見させてやる。だから生きて敗北しろ」
清々しい気持ちだ。
そう、スネイルは思った。
言って気付いた。
私は貴方に知って欲しかったのかも知れないですね、義父さん。

 サーヴァンタスが手に持った缶を落とした。
「坊や……
顔を流ない涙でぐしゃぐしゃにして、泣きじゃくった。
泣きじゃくりながら、ありがとうと言い続けていた。
「ありがとう、スネイル。どうか……私を負かしてくれ」