ディア・マイ・サン

ゲストキャラとしてりんさん(@rinrin1147621)の夢主さん『ミヤビ』ちゃんをお借りしています。
りんさんの小説とこのお話は全く関係しておりませんのでご了承ください。
りんさんの小説はこちらhttps://privatter.me/user/rinrin1147621



数年前――
 「遅いじゃないか。会議が長引いたかね?」
師も走る12月。
この季節は例に漏れずヴェスパーも忙しく、各部隊がそれぞれに慌ただしく仕事に励んでいる。
年末調整、備品・装備の在庫管理、人事評価、そして意味のわからぬ会議。
スネイルは年度末の定例会議に出席して、無駄な時間を奪われようやく自分のデスクに帰ってきた所だった。
帰ってきた矢先に、奴が居た。
「貴方、何処から侵入したのです?」
私の席を陣取って、長髪の美丈夫が優雅にキーボードを叩いている。
アイロンが行き届いたライトグレーのスリーピーススーツを身につけた、褐色肌の男。
アーキバスの番犬、内部監査部総括のサーヴァンタスがそこに居た。
「侵入とは失敬な。私は堂々と正門から入ったよ」
彼がスラックスのポケットからカードを取り出し、スネイルに見せつける。
内部監査部のロゴの横に“内部監査部総括 ミハイル・サーヴァンタス”と印字された社員証だ。
「君、有給を全く消化していないだろう。健康で健全な労働を維持する為に、社員には5日の有給消化義務がある。君はその義務をもう何年も無視し続けている。だから私自らこうやって指導に来てやったのではないか」

確かに有給は全く消化していなかった。
消化義務の5日も有耶無耶にして働いていたのは確かだ。
「有給を消化していないことについては謝りましょう。しかし、何も内部監査部総括自らがわざわざ指導に来なくとも良いのでは?」
スネイルが言うと、彼は社員証をポケットに戻しながら「別件で用事があってね」と話を続ける。
「今日はクリスマスパーティーをやるぞ」
「は?」
……今、なんと言ったか?
「クリスマスパーティーだ、坊や。ほら、プレゼントも持ってきている」
 キーボードとモニターに手と目を置いて彼はデスクの隅を顎で指す。
自身のデスクを確認すると、そこにはサンタ帽をつけたアーキ坊やのぬいぐるみが座っていた。
「ふざけてるのか?!」
「ふざけてなど無いさ」
「なら、こんな物で喜ばないことくらい解るでしょう⁉︎それに急に休暇なんて……!私は仕事で忙しいんです!」
怒りでスネイルの首やこめかみに血管が浮き出る。
いつも刻まれている眉間の皺が益々深くなる。
「仕事で忙しい?なんの仕事だ?」
忙しなく動かしていた手を彼が止める。
彼の目がスネイルの方を向く。
「年末調整の書類の提出、人事評価、弾薬等消耗品の帳簿と在庫数の照合の最終確認……私にはやらねばならぬ仕事が山程あるのです!」
 
「それは本当かね?」
 
サーヴァンタスの言葉に形容し難い違和感を感じる。
スネイルは慌てて、自身に埋め込まれたデバイスから業務管理ツールを開く。
ヴェスパー部隊員の人事評価データは既に提出済みになっており、消耗品の照合についても既に提出された数値については全て目が通されていた。
「貴方……もしかして、今やっているのは……?」
「君の部署は優秀だね。年末調整はどの部署も書類提出が滞って大変なものだが……一人を除いて皆ちゃんと提出できてるじゃないか」
先手を取られた。
スネイルは思いっきり奥歯を噛み締める。
「君の仕事は粗方片付いてる。そして、私の権限で君は今日から5日間有給だ。どうだ?これでも断るかい?」
この私が追い詰められている……だが、まだ私には手がある。
「総括閣下……確かに貴方のご尽力のお陰で仕事は片付きました。有給消化についても従いましょう。しかし、私にはまだやらねばならない用事があります」
「ほう、それはこれかね?」サーヴァンタスが指鳴らしをする。
デスクの入口であるドアが開いて、二人の人間がスネイルのデスクに入ってくる。
一人は第一部隊隊長補佐のミヤビ、そしてもう一人は……

「ふ、フロイト⁉︎」
「待ち疲れたぞ、ヴァンタスの爺さん」
「それは失礼したね。首席隊長殿」
「かっか、そうかつ、おはようございます」
「彼を起こしてくれてありがとう、ミヤビ嬢。君も同行してくれるようで嬉しい」
「こちらこそ、どうこうできて、うれしいです」
補佐官のミヤビがフロイトの横に立って、お辞儀をする。
「坊やと私の二人だけではパーティも寂しいと思ってだな、首席隊長殿も誘ってみたんだ。優秀な補佐も付いてきてくれると言うのできて貰った」
サーヴァンタスがしたり顔でニヤついてる。
「坊やの憂いごとは何かな?」

くそ、こちらも先手を打たれたか。
フロイトの世話と言う名目で切り抜けようと思っていたのに、完全に読まれていた。
スネイルの顔がこわばる。
敗北を認めることにはなるが、打つ手はもう一つしかない。
 
「確かにフロイトのことが心配でしたが、パーティーに参加するなら心配はないでしょうね。しかし、懸念が無かろうと私には行かない選択肢がある!」
策で負けるのは大変な屈辱ですが、それでもまだこの男の思い通りになるよりは幾分もマシです。
どれだけ周囲を詰めようが、拒否する私をパーティに連れて行くことは出来まい!
首の皮一枚ではあろうとも繋がった安心と喜びでスネイルの口角が上がる。
サーヴァンタスの手が止まる。
勝った、そう思った。
しかし彼はニヤけ顔のまま声を殺して、嗤っている。
「なんですか……!貴方であってもこれ以上手は打てない筈でしょう?!」
「全くその通りだ。労働者がプライベートをどう過ごすか、選択を強制する権限は上司であろうとも持ってはいない」
「なら、何故笑っているのです……?」
「坊やを強制することは出来なくとも、選ばせることはできるということさ」
首席隊長殿とサーヴァンタスがフロイトを呼ぶ。
「私は首席長殿と取引をした。内容は覚えて居るかな?」
「スネイルをクリスマスパーティーに連れ出したら、欲しいパーツ一つくれるんだったよな」
「そうだ。」
 サーヴァンタスが勝ち誇った目でスネイルを見つめる。
「君は確か武装購入申請書にベイラムのFCSパーツを申請していたな。対抗企業のパーツだったので購入申請は却下になった筈だが、私個人名義でならそのパーツを融通することはできる」
「な……、ACパーツを個人で……!正気か?」
 ACのパーツ1つ購入するだけで人間十人の生涯収入程度はあるのだが。
「正気だとも。で、どうする?これがあれば言うことも聞かない首席隊長をあやすことができるが」
 フロイトのパーツ収集癖については日常から困っている。
 フロイトのせいでヴェスパーの装備にかかる予算はいつもギリギリになる上、敵対企業のパーツが欲しいとねだっては私を困らせているのは事実だ。
 こちらの予算を削らず、しかもベイラムのパーツを買ってくれるならそれは助かる。
 だが、それは単にフロイトのわがままではないか。
 何故私がフロイトのワガママの為にこの男とパーティーをするなんて屈辱的行為を行わなくてはならぬのか。
フロイトが諦めさえすれば、私がこの老いぼれとターキーを囲む真似をすることはない。
しかし……

ベイラムFCSパーツの申請が却下された時を思い出す。
ロックスミスに無断で乗り込み、ヴェスパーの警備用ボットを撃破したのちベイラムに乗り込もうとしたのだ。
敵襲と勘違いしてヴェスパー総出で出撃した挙句、その正体がロックスミスで呆れた状況が鮮明に目に浮かぶ。
「俺はパーツが欲しいぞ。スネイル」
呑気なことを言うなフロイト。
貴様のせいで私が辱めを受ける羽目になっているのですがね!
言いたいものの、スネイルは出かかった棘を飲み込む。
フロイトを責めたところで、サーヴァンタスと同調して益々面倒になるだけだ。
「くっ……今回は付き合ってやりましょう。しかし二度があると思わないことです」
「ありがとう。共にクリスマスを祝えて嬉しいよ」
「これでパーツは貰えるな、ヴァンタスの爺さん」
「約束はパーティーが終わるまでだ。もう少しこの爺に付き合ってもらおうか」
「なるほどな、パーティーは嫌いじゃない。パーツが欲しい。さっさと行くぞ、スネイル」
 フロイトが部屋から出る。
「フロイト、まって」
続いて、ミヤビが後ろに続く。
「我々も行こうじゃないか。久しぶりの我が家へ」
サーヴァンタスが立ち上がり、スネイルへ手を差し出す。
スネイルはその手を無視して、アーキ坊やが置かれたままの自分のデスクからから出た。