enoki181
2024-12-11 18:39:43
12362文字
Public リプレイ
 

【ストリテラ】すみおよぐ 春の巻

俳優:黝さん、エノキ
シナリオ https://talto.cc/projects/dagCgVBVKt-iDzdJLF96Z



◆メインチャプター:葛籠


 文机の下には、厚い辞書のような葛籠(つづら)があった。
 葛籠を開いて覗くと、頭の中にあらゆる現実の世界の情報が流れ出す。そして現実のいやなことがたくさん見えてくる。老い、飢餓、暴力、格差……。もしかしたら自分の過去も。

 葛籠の下には、よれた原稿用紙が落ちていた。

 ひとつの詩と、一つの言葉が残されている。

 まばたく刻の間に
 春は置き去りにされ
 箱庭に閉じこもってしまつた
 庭の魚と
 たのしい夢をみやう
 ひだまりの蝋に桜をひたし
 花弁の鱗をふやせば
 現を忘れ
 我もまた
 春に隠されん

 『春を忘れて』

 ——作者不明

「さようなら もう戻りません」

 現世に向けての遺書のようにも思えるし、この異界に飽きた言葉とも思える。……このひとは一体どこへ行ってしまったのだろう。

 逃げたいと思うもの、残りたいと思うもの。あなたたちは残された言葉に何を思うだろう。


三田 小一郎:詩と言葉の書かれた原稿用紙だけを残し、葛龍を閉じる。
中に真っ白な原稿が入っていたが、見なかったことにした。

「不思議なものでさ、書けば書くほど、僕が僕でなくなっていく気がするんだ」

力なく横たわる紅璃に聞かせるような、独り言のような。
背を向けているから、紅璃がどんな顔で聞いているかはわからない。

ここが夢の世界だからこそ吐き出せた。誰にも聞かれていないから。
先生ゴーストライターである僕のことがばれたら、全部台無しになってしまうのだ。一人ならまたのらりくらりと生きていくことは出来るだろうけど。
紅璃が欲しいなら、紅璃を養うお金が必要なら、このままでいなくてはいけない。

「目を逸らしているはずなのに、物語の世界に耽っているはずなのに……書くたび現実に引き戻される」

僕を見付けてくれた紅璃のため、筆を取っている。
けれど、もうそろそろ、その必要はなくなりそうで――金魚と人間の寿命差は違うのだ。

ずっと目を逸らしてきたのに。
紅璃の体が冷たいのは冷える冬のせいにして、温泉に連れて行ったりして。
けれど、温かくなってきて。人混みに紅璃が耐えられなさそうで。歩くのも辛そうで。

白い服よりも白くなっていく体の色が、桜と青空によく映えて。
美しいのに、笑えやしなくて。

「もうすぐ、紅璃がいない季節がやってくるらしい」
……嘘だろ?まだ君はこんなに温かいのに」

さっき抱いた紅璃の体の熱を思い出す。

「僕の温かさを……命を分けたっていい」
「だから、お願い、紅璃、永遠に(ずっと)このままでいようよ……

この場所を教えてくれた男は、悍ましい何かだったのかも。言うつもりもなかった言葉――本心がどんどん口から溢れるのだ。

怖くて、紅璃の方を見られやしなかった。

[ 三田 小一郎 ] コレクト:0 → 5

紅璃:ここに居たら、安全なんだろう。
きっとこいちろーともお別れなんてすることもなければあの世の煩わしいしがらみや視線、生きづらさだってない。

私はごろんと寝返りを打って、こちらに背を向けて寝転がっているこいちろーの背中を見つめる。
そして、その寂しそうに転がっている背中に体を寄せてくっつく。

「あたたかい……

わたしとこいちろーは所詮【人間】と【金魚】。
生きる世界が違うのもわかっている。
きっとこいちろーは不安で胸がいっぱいで、だからこうして吐露しているのかもしれない。彼の、こいちろーの本心を。

「でも、こいちろーはそれでいいの?」
「紅璃といっしょでいいの?」

こいちろーはこいちろーだ。
わたしはずっとそれをこいちろーに伝えてきた。どこにいたってこいちろーを見つけるのも、こいちろーが何を書いていたってこいちろーなのも、全部わたしは知ってるの。

沢山いる似たような金魚(姉様)達の中からわたしの事を見つけてくれたように、わたしだってこいちろーがどこに行ったってすぐ見つけに行くわ。

けれど、わたしがいなくなったこいちろーはどうしてしまうのだろう?それがずっと心残りだった。

それなのに、この世は残酷だ。
わたしはそんなこいちろーを残して、この世をたたねばならないのだから。

「ここは、こいちろーの居るべき場所じゃないのに。もっと、たくさん生きられるのに……
「こいちろーはわたしと一緒でいいの?」

そうして彼の体に後ろから手を回し、ぎゅっと抱きしめた。

[ 紅璃 ] コレクト:0 → 4

三田 小一郎:「紅璃のいるところが僕のいるべきところだ」

紅璃の手を強く握る。
背中の温もりを嘘だと、僕の記憶から作り出した存在だと、絶対に言わせない。

紅璃は此処にいるんだ。

現世ではもう感じることができないというのなら。

「紅璃のいない現世はさ、生きる意味なんてないよ」

あの詩の作者の気持ちがよくわかった。

紅璃が桜に攫われてしまうというのなら、僕も一緒に隠されてしまおう。

[ 三田 小一郎 ] コレクト:5 → 7

紅璃:こいちろーになんて返せばいいのかわからなかった。金魚は自由に生きる場所なんて選べないから、こいちろーのことが少し羨ましく感じた。

とても眩しく感じた。

わたしはそれを見ないようにこいちろーの背中に頭をうりうりと押し付けてこう聞いた。

「こいちろー、このあとお外に一緒に行かない?」
「ちょっとお散歩したいの、だめ?」

三田 小一郎:散歩……そうだ、紅璃は家のまわりを歩くのも好きだった。
名前を自慢して近所を回っていた。

「うん……

ここには自慢する相手もいない。二人だけの世界だから。
いいような、わるいような。どっちとも僕にはわからない。

外の春嵐は、僕の胸の奥までざわめきを届けた。

[ 三田 小一郎 ] FP:1 → 2


◆メインチャプター:えんえん


 家屋を出てみると、やはり様子がおかしい世界だと理解する。空は暗くなったように見えるが、明かりもないのに暗闇の中で、煌々と桜の花びらが浮き上がっている。
 揺れる枝は手招きをして、顔を覗き込んでくるようだった。
 猛烈に『外』の様子が知りたくなった。『外』のことなんか、忘れかけていた。
 怖気を感じたままに足は、坂を転がるように走り出す。

 ながく、長く、永く、奈落。

 果てしない道であれど、この悍ましい桜がのばす手をすり抜けていかなければ、帰ることはできない。
 
 帰りたいものは走り、
 残りたいものは追い、
 ともに連れ立ちたいものは手を取り、
 ともに残りたいものは、その手を反対に引こうとする。

 花びらが顔に触れる。鱗のように、体にまとわりつく。


紅璃:こいちろーと2人外に出てみると、何か様子が変だ。

時間が経ってしまったからなのか、外は暗くなってしまっている。あんなに綺麗だった青空も今ではなりを潜めてしまっている。
まるで同じ場所じゃないみたいで、少し怖くなって息が上がる気がした。

やっぱりここはいつもいたところじゃないんだ。
そう気づくと、わたしはこいちろーの手を繋いで彼を見上げる。

「こいちろー、怖いよ」
「ここから逃げよう?」

[ 紅璃 ] コレクト:0 → 2

三田 小一郎:「なんで?怖くないよ?」

繋ぐ手を強く握る。
まるで捕まえているみたいだ。勝手にどこかに行ってしまわないようにって。

……それとも、離れたくないのは僕だけだった?」

悲しい気分が全身にのしかかって、息が吸いづらい。
まるで水の中にいるようだが、間違いでもないのかもしれない。

「元の世界に戻るって、二人ではいけないんだよ。紅璃、もうわかってるでしょう」

ここは紅璃(金魚)のいるところで、僕(人)の本来いる場所ではないのだから。

それでも、離れたくなかった。

「紅璃がいないと、僕、ひとりぼっちになってしまうよ……

情けなくても、弱々しくても、縋っても。この手を離すわけにはいかない。

[ 三田 小一郎 ] コレクト:0 → 4

紅璃:「こいちろー……

こいちろーは本気だ。
本気でここで私とずっと一緒にいるつもりなんだ。それはいけない事な気がするのに、何故だかわたしはうれしくてうれしくて、先程まで怖くて肌に浮かんでいた滝汗は治まり、今度は心臓がいろんなところに転んでいくようにどきどきと跳ねている。
変ね、もう動く心臓なんて今のわたしにはないのにね。

強く離さないように握られた手がこれからもずっと一緒だよと言ってくれているようで、本当にうれしいの。

「ううん、ずっとこいちろーは自分の居場所に戻らなきゃいけない、引き留めちゃいけないって、ずっと思ってたから」
「こいちろーが怖くないって、わたしとずっとここで一緒にいてくれるって言ってくれてうれしい」

金魚のわたしとずっとここにいるということは、こいちろーの人間としての生を奪ってしまうということ。
わたしだってずっと本当は一緒にいたいと思ってた。でも、こいちろーはまだ生きているから言えなかったの。

自ら出口を絶ってしまうこいちろー。
可愛くて愛しくて、大好きなわたしのこいちろー。

「ひとりぼっちじゃないよ」
「これからもずっとずぅっと、ふたりだよ」

そうして私はこいちろーに背伸びをしてキスをした。

もう逃げない。
貴方と一緒ならどこまでも、地獄にだって堕ちていけるわ。

[ 紅璃 ] コレクト:2 → 5

三田 小一郎:安心して指の力が抜ける。
繋いだ手を離しはしない。紅璃が離れていかないとわかって、ゆるく繋いだままでも怖くなくなったからだ。

「紅璃」

紅璃の頬に雫が落ち、濡れていく。
僕の涙だった。

かなしくない、うれしいんだ。

「永遠に(ずっと)このままでいようね」

[ 三田 小一郎 ] コレクト:4 → 5

[ 紅璃 ] FP:1 → 2