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さもゆ
2024-11-25 12:08:55
22722文字
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【スティレオ】Moderation
節度。副官の愛情のうち性愛だけが少年に向いちゃったよどうしようっていう、始終レオくんが「スティーブンさん怖え」ってなってるスティレオ始まりそうな話。
※一瞬レオくんがモブに襲われる。
※副官の女性関係とかも捏造してる。
※ちょっとだけ無理やり表現(?)がある。
1 節度 これ。
2
性的敗北
3
かわりになってよ
4
燃料
2020.8.6 たまごのお粥pixiv投稿作品
1
2
3
4
5
スティーブンさんが怖い。
というのは大体いつものことなんだけれども、ここ数日輪にかけて怖い。ここ数日というか、俺があの異界人に襲われかけた夜から三日後の今日の退勤時間までずっと怖い。そして確実に明日からも怖い。もう怖いという感情が水蒸気になったら飽和水蒸気量で恐怖の湖ができてしまうくらいには恐ろしさを感じている。
なんか優しい。
なんか慮ってくれる。
なんか笑顔がおかしい。
このあやふやな『なんか』が重要だった。僕はスティーブンさんのことをよく知らないが、一介の部下に何かを感じ取られるような下手な真似だけはしないひとだとは思っている。ではなぜ僕がいつも彼のことを怖いと思っているかというと、いや普通に考えて指揮系統を制する職場の上司とか超怖えじゃん。そういうことである。
報告書を出したときだって、やけに心配された。二日前のことだ。「もう大丈夫? 無理はしてないかい」なんて言われて穏やかに見下ろされたけれど大丈夫も何も俺本当にあのレイプ未遂そんな気に病んでねーんですってと喚きたくなるのをぐっと堪えてハハハお陰様で
……
と弱っているふうに見せかけてその実本当に弱っている心境で頭を掻いた。参った。困った。たぶん足が震えていた。誤魔化せなくなっていた。優しさに恐怖しているという失礼極まりない態度で、この三日間、事務所でも現場でも俺は怯えて接していた。
何が怯えるって、彼が奇妙な優しさを奇妙さ全開にしているのが一番怖い。あの上司なら、もっと巧妙に、それこそ義眼で深くまで探らないと分からないくらいに自然に優しくすることができるはずなのに。
明らかに何か裏があるなと思わせる態度なのだ。これは怯む。しかもそれが俺に対してだけとなると、尚更。
今日だって、帰り際、名前で呼び止められて振り返ったらこちらをじっと見下ろしてくるスティーブンさんをじっと見上げる数秒間というほかのどの数秒間より圧迫した時間を味わった。いつもの穏やかな顔つきをしていた。濃紺の瞳は何を考えているかよく分からなかったし、左頬に走る傷痕と首筋の刺青が彼をただの優男にしていなかった。けれど顔色が。スティーブンさんの顔色はいつもあまり血色が良くない(これに気づいたのはライブラに入ってしばらく経ってからだった。彼の顔は高い鷲鼻や垂れた目尻、凛々しい眉毛、頬の傷、目がいくものが多くて全体的なものに意識が向きづらいのだ。あとは、雰囲気。鋭利な氷の人間だと気づかせない陽気さ、またはクラウスさんの圧倒的な温かさのおかげで、笑んだ傷のある頬が柔らかく見える)のだが、僕と見つめ合ったそのときのスティーブンさんの顔色はこの上なく青白くて墓土の幻臭までしたほどだった。
「だ、大丈夫ですか」
僕は堪らずそう訊いていた。
「何が」
「ぐ、具合の悪そうな顔してますよ」
「そうかもしれない」
彼は胸を押さえた。心臓のある辺り。不可思議な動きだった。
「
……
スティーブンさん?」
「潮時だな」
「えっ?」
「いや、具合の悪さが。早めに治すよ。今日にでも」
引き留めて悪かったな、レオナルド。お疲れ。
彼はそう言ってやはり優しげに笑ったのち俺の退勤を促した。
なんだあれ怖え、帰る間も帰ってからもその思いが頭の大部分を占めている。
「いやー、ソニック。なんなんだろうな、あれ。ほんとなんなんだ
……
」
ちまちました手でバナナを食べる友人(ひとじゃないけど)は大きな目を半分にして首を傾げた。
ここずっと、この音速猿には夕飯時を一緒にしてもらっている。ペットじゃないし、彼は野生だし、好きなときに来て好きなときに音速移動していく気ままな友だちだけれど、三日前に心配して部屋に泊まってくれてからは明日もお願いと頼み込んで部屋にいてもらっていた。もっぱら愚痴聞き要員になっている彼はそろそろ俺の埒の明かない恐怖心に辟易しているらしかった。
「しかしほんとに
……
俺
……
襲われたことそこまで気にしてねえのに
……
マジでスティーブンさんの方が悪夢だし
……
」
俺が平気でいることを分かっていないはずがないのに、どうしてああも分かりやすく労わってくるのか。
「別に優しくされたくないわけじゃねーけど、あのひとは扱い雑なくらいがデフォルトっていうか
……
初対面の包帯小僧に対して突入言いつけてきたひとがさあ、こんな
……
怖えじゃん
……
なんなんあれ
……
」
廃棄寸前のチープたっぷりピザという夕飯を食べてくちくなった腹を撫でながら、ベッドに寝転がってささくれの目立つローテーブルにいるソニックに喋り続ける。と、ソニックはくりくりした目を玄関に向けた。
「なんだよ、ソニック。もーちょっと聞いてくれよ。せめて俺が寝るまで。寝たあとは出て行っていいからあ」
情けない声音でしくしく言い募ったあと、ソニックが扉を向いたのは部屋を出たいからではなく部屋の外から何かが来ているのを察したからだということに気づいた。
薄っぺらなシーツにくっつけていた片耳が震動を拾う。隣の部屋の生活音が聞こえてくる安普請アパートで震動など気にも留めていられないが、その音は聞き慣れたものであり、そして身を起こさざるを得ない合図だった。
一瞬、自分の部屋が馴染みある病院の個室のような錯覚に陥る。
そのときでなければ、自分だけのいる部屋にはやって来ない足音だからだ。
硬質な、特徴のある。
鉄錆目立つ廊下では反響して遠くにも近くにも聞こえる。酒の席で踊ろうものならタンゴシューズなど不必要な、愉快で軽快な音を打ち鳴らす、脚の長い高身長の
――
。
ぴたりと音が止んだ。
ソニックと目を合わせる。
俺の背後にある窓の外、真夜中の空気がたわんで張り詰めた。
瞬間、不躾すぎるけたたましい
蹴りわざ
ノック音
とともにドアがチェーンごと弾け飛んで短い廊下にぶち当たった。轟音。残響。余震。キッチンや小さな本棚からあらゆるものが落ち、埃が舞い上がった。涙目になる。
「な、な、なん
……
ッ!」
幾度となく部屋を追い出されたり破壊されてきた俺はこういうとき一番大事なもののある場所に視線が素早く動く。いまは小棚の上。実家から持って来たカメラ。無事だった。
「な、な、何事っすか!!?」
ばき、破壊したドアを凍った靴裏で踏み締め部屋内に侵入してきた相手に叫ぶと、ドンッ! 隣の部屋から苛烈な壁ドンをもらった。うるせえぞ! 怒鳴り声。壁に面していた小棚からカメラが落ちて無事じゃなくなる。
慄く唇から吐き出された呼吸が白く濁った。
ドアのなくなった玄関から夜霧が忍び込み、そしてそれは男の後ろで凍りつき壁となる。
退路を塞がれたと感じたのはやはり恐怖が凄まじいからだ。
体温が下がっていく。部屋中が凍りついていく予感に、そーいえば小さな友人に晩飯の相伴に預かりに来てもらっていたのではなかったかと思い至った瞬間テーブルに向けて叫んでいた。「ソニック逃げろ!」が、部屋の窓が僅かに開いていることに気づき、叫んだ内容とは裏腹に薄情者! と思ってしまう。危機察知能力が高い彼はとっくに部屋の外だ。できるなら自分を連れて逃げてほしかった。無理だろうけれども。
彼が歩いて近づいてくるたびに足裏から氷が広がり、パキパキと音立てて氷結していく。それは壁まで伸び、尚侵食し続けていった。
「お、俺の部屋、」
ベッドの隅で震えながら、前までやって来た大人を見上げて訴える。「俺の部屋が」
影のように茫洋と突っ立った男は、閉ざしていた唇を開いて凍える息を吐き出した。
「心配するのは、部屋だけか?」
「は、はい?」
「大して仲良くもない上司が、断りもなく部屋に入ってきた。とんでもないホラーだと思わないのか」
「とんでもないホラーです」
「自分の身を心配しろよ」
バキ、おそらく凍結している床から無理やり片足を引き抜いてベッドに乗り上げてくる。濃紺の目線が、ほんの少しだけ高い位置になり、俺を見下ろす。暗い瞳に、揺らめく青が見える。熱の高い炎の色。彼の凍てつく視線には、異質で、どろりと溶けている。
近づいてきた顔に牽制するように白息を吐きかけた。
「スティーブンさん、あなた変だ」
いきなりなんなんですかとか、何かあったんですかとか、もっとほかに訊くべきことがあるような気がしたが、ここ最近ずっとソニック相手にしか言ってこなかった口がとうとう焦って勝手に滑りを良くしていた。
「ど、どうしたんすか。心配って、心配って僕じゃなくあなたがするべきだ」
「
……
頭の?」
「分か、らないです」頭の横に手がつかれる。覆い被された。「なん
……
、」触れ合わないように身を縮こめて、引っ込めた首で上司を上目に見やった。「どういう、状況ですか? コレ」わけが分からなかった。
この上司と自分では、頭の出来が違う。片やひとの生き死にを左右する作戦や戦略を練る頭で、片やその説明を受けても簡単な言葉に直して貰わないと理解できない頭だ。しかも彼ときたら、そう、こちらが教えを乞うたらちゃんと難しいことを簡単なものに直して説明することができる。つまりよほど賢く、知識があるということだ。
たとえばこれが何らかの、秘密結社らしい秘密に溢れた作戦のうちのひとつならば、僕はそーですかととりあえず頷いて彼の指示に従うだろう。
なのに突然やって来たスティーブンさんときたらあっけなく、そうやって震える僕にものすごく難しいことを言い放った。
「僕がお前を襲いかけてる状態だな」
微塵も視線を逸らすことなく注いでいる。
「
……
分かる?」
「わかりません」僕は義眼をかっぴらいた。「分かりません! わから
……
ッエ!?」
理解は遅れてやって来たが、遅れすぎて原型を留めていなかった。ただ汗まみれで型崩れした理解がやばいという益体のないことばかり警鐘してくる。
「ぼっ、ぼ、おれっ! 何か悪いこと、しましたかっ? ライブラに迷惑になるようなこと
……
っ!」
寒さと泣きそうな気持ちで垂れてくる鼻水を啜りながら叫ぶと、彼はああ違うと首を横に緩く振った。
「そーいう意味じゃなく。貞操観念的な意味で」
「
……
わかんないす」
「もっと分かりやすく? そうだな
……
」言葉を選ぶ間のあと、スティーブンさんは言った。「きみをファックしに来た。これなら分かりやすいだろ?」
「分かんねーっす!!!」
唾が飛び出た。
「やっぱ変だ! どれくらい変かって言うとジャム男爵がマスタード塗りたくるくらい変! 助けてク
――
ッもがァ!」
大口を開けて喚いていたところを大きな手を押しつけられて黙らされる。ゾッとするほど冷たい手を押しつけてきたスティーブンさんは、形良い鼻をぐっと近づけて口の端を上げて見せた。「喩えが下手だな。ジャム男爵? きみの友だちか? おっと、クラウスの名を呼ぶなよ、少年。それをされると裏切り者を相手している気分になる。ひどい気分だ。どれくらいひどいかって言うと、ヴィーガン生活を送っていたやつが本当はベジタリアンだって知らされたくらいひどい」冷たい指の隙間から、なんとか言葉を絞り出す。「た、喩え、下手すぎません
……
? 他人のこと、言えないと思」
「俺はどうやらお前を抱きたいと思ってるようだよ」
「えッ?」
「めちゃくちゃに突き込んで、揺さぶってやりたいみたいだ」
「エッ?」
「きみ耳にキノコでも生えてんの?」彼は笑って目を歪ませた。「はは、HLなら有り得る
……
眩しいな。義眼を閉じてくれないか」不躾なサーチライトに照らされている男は逃れるように顔を引いた。
僕の心臓は生体車が悪路を進むみたいにガタゴト言っていたし、アクセル全開で胸の壁を突き破ってきそうなくらい拍動していた。血流が早くなって汗を生んでくる。こめかみから流れた冷たい汗を、口を塞いでいた指がついでのように拭っていくのを横目にし、ぞわりと鳥肌が立った。「ふ、」喋れるほどの隙間は開けられていた。「ふざけてんすか
……
?」
「本気だよ」
表面上。馬鹿みたいに穏やかな顔だ。
「本気で、きみを抱きたい」
ビシリ、硝子の擦れる音がした。たぶん、窓だ。壁を這い寄っていた凍結の道が、とうとう窓まで忍び寄ったんだ。ぐっと恐怖が可視化された部屋の温度が下がる。天井の照明が暗くなり、覆い被さっている男の顔が更に影になるも、義眼の明かりがそれの境目を明瞭にした。瞼を閉ざしたらお終いだと思った。冷たく凍える闇に飲まれて、お終い。
「こ、こわい」そして言葉が出なくなってもお終いだと思った。「怖いです、スティーブンさん。な、なんで
……
とりあえず、はな、離れて」意思疎通、言語の投げ合いができているうちに説得させなければ完膚なきまでに敗北してしまう予感がする。勝ち負け? このひと相手にっ? そうだ、たぶん負けたらとんでもないことになる。とんでもないこと? だから、このひと曰く、貞操の。
「混乱しているだろうな、レオナルド・ウォッチ」
まるでこちらに共感している言い方だ。「怖い? そりゃ、そうだ。俺もだよ。大体、俺の均衡はクラウスによって正しく保ててたんだ。それを、きみが、崩した。混乱だってするさ
……
」
「スティーブンさん」
「節度を持って、ひとを愛してた。そうしたらクラウスの、いざという時の凍てついた刃になれる。けどお前が
……
お前が秩序を壊したんだ。クラウスの唯一のやつ。俺がなれなかった普通で、お人好しで、かわいそうな
……
かわいそうなことになるって思ってたんだ、なのに、いざそーいうことになったら、俺はお前をそんな目に遭わせたやつを許せない」
脳裏に廃ビルの光景が蘇る。
「い
……
、」冷気で痛くなってきた肺から喘いで空気を吐き出す。「いま、絶賛、かわいそうな目に遭ってます」
「俺の心臓、溶け出てないか?」
「は?」
不意に冷たい手が僕の手首を掴み、スティーブンさんの左胸へ宛がわせた。
「まろび出てる気がするんだ」
「な、何が」
スティーブンさんは言った。
「心臓」
その時、顔が。
義眼の青い光から逃れた大人の顔が、泣きそうに歪んだ。
ずっと怖がっていた意識がハッとしてその表情を見逃さないよう働き、そして僕はルビンの壺の別の見方を発見したような心地になった。もしかしなくとも。このひと、俺と同じで何かに怯えていないか?
最早話しかけてくる内容を理解しようという努力はしていなかった。この十九年間、極たまにあることだ。限界値が近い人間は自己完結型の会話をする。それを理解しようとするのは無駄で、ただ聞いてあげることが大事なんだと心得ている。
スーツ越しの左胸は、当たり前だが布の手触りしかない。
「スティーブンさん、大丈夫です。触った感じ、心臓は出てません。溶けてません。ね、何を怖がってるんですか? 寒くないですか? 手が、すごく、冷たいですよ」
「きみの手はやっぱり熱いね」
「そ、そうですか?」
「うん
……
」
「そう感じてるってことは、やっぱり、寒いんですよ。あったかくしましょ。見て、こんなに僕は震えてるし、部屋は、こ、凍ってるし、あなたも冷たい。スティーブンさん、落ち着いて
……
」
帰った方がいいです、言おうとしたらまた男の顔の影が青く照らされた。形良い鼻が僕の頬を刺した。つんとした鼻は冷たく、それ以上に唇に痺れが走った。見ていた白黒の壺が、段々男女がキスをしている認識に変わるように。
氷のようにつるりとした唇が、自分の口に押し当てられている。
「は、」
開いた唇の隙間から凍った息が漏れ出た。
壁についていた手が僕の肩に滑り、そのまま体重をかけられてベッドに転がされる。
唇が離れ、僕を押し倒した顔色の悪い大人は柔く笑って見せた。
「寒いんだよ。そう気づかせた責任を、取って欲しい」
「は」
そして氷の男に閉じ込められた。
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