さもゆ
2024-11-25 12:08:55
22722文字
Public BBB
 

【スティレオ】Moderation

節度。副官の愛情のうち性愛だけが少年に向いちゃったよどうしようっていう、始終レオくんが「スティーブンさん怖え」ってなってるスティレオ始まりそうな話。
※一瞬レオくんがモブに襲われる。
※副官の女性関係とかも捏造してる。
※ちょっとだけ無理やり表現(?)がある。
1 節度 これ。
2 性的敗北
3 かわりになってよ
4 燃料

2020.8.6 たまごのお粥pixiv投稿作品



 昨夜は、ありがとうございました。ジャケット、一応クリーニングに出したんで、返すのはもう少し後になりそうです。

 そう律儀に挨拶して来たレオナルドは、昨夜の被害など露ほども感じさせない様相をしていた。つまりは、いつも通りのだぶついた服の上下を着て、派手な色のスニーカーをぺたぺた言わし(派手な理由は『見つかりやすいように』らしい。なるほど瓦礫に埋まっても見つけやすい、ということを何度か実感している)、寝癖か分からない飛び出た髪を押さえつけへらりと笑っている恰好だ。
 僕はそれを執務机に着きながらいつも通りに眺め、休んで良かったのに、と漏らした。

 昨夜、彼を家まで送り届けた際、数日は休んでも構わないよう言っていた。
 
 なぜなら埃や塵、落書きや錆の充満する湿った廃ビルに、少年が裸同然で転がされていた光景はいつも通りじゃなかったからだ。それほど、この街においてもイレギュラーだった。
 そして僕にとっても。

 執務机の前で少々背を伸ばして佇んでいた少年は、僕の呟きにエッと驚いたあと焦って首を横に振った。
「いや、いや、ほんと、そこまでは。大丈夫です、僕、本当に、……大丈夫なんです」
……何度も言う『大丈夫』ほどそうは聞こえなくなるけどね」
「エッ! ほんとに全然だいじょ――」大きく開けかけた口を一旦噤み、落ち着き払って再び開ける。「とにかく、ありがとうございました。昨夜は助かりました。ええと、あれでしょうか、一応報告書とか……
「ああ、そうだな。何か裏に繋がるかもしれないし、一応」とは言ったもののレオナルドを襲った異界人がただの真っ当に狂った異界人で、闇組織やテロ、事件性のある他事とは何の繋がりもないことは既に調べて知っていた。ただバイト帰りの少年を見つけて欲求に忠実になって襲った、それだけのHLにおいてはシンプル過ぎて珍しい性犯罪者。だから、“一応”。

 こちらの言葉の含みに気づいたのか気づいていないのか、曖昧に笑って頷いたレオナルドに、「思い出すのもつらいだろう。報告書は、まァ、できたらでいいよ」と眉を下げて言ってやると彼は今度は明確に笑顔を引きつらせた。おそらく、気味が悪いと思っている。何を考えているのか分からず、俺の腹を探りたいと思っている。そういう奇妙に感じさせる親切心を滲ませて接しているので、その反応は重畳だった。レオナルドは手振り激しく答える。「全然! 完璧に書いて提出させてもらいますから!」
 
 そうして逃げるようにソファに向かった背中は、ありありと『壊れ物扱いはやめてほしい』と語っていて、だって仕方ないだろうと心のうちで反論した。

 だって、仕方ないんだ。
 きみが壊れ物なのは知っているし、それが壊れないギリギリの裁量で働かせるのは僕の役目だったはずで、なのにまさか外部から唐突にそれを崩されるとは思わなかったんだ。

 レオナルド・ウォッチと性的なことを微塵も結びつけて考えたことがなかった。

 そりゃ、そうだ。たとえば、人間は興味のないことはちっとも覚えない。ひとの顔のようなものだ。興味を持って見ないと、脳には刻み込まれない。
 縛られた手足と、健康的な肌色と、不健康的な具合の腹の肉が、脳裏に焼きついて離れない。あの体を、暴いて、蹂躙して、食いつくすイメージを彷彿とさせた昨夜の強姦未遂事件は、まさに青天の霹靂だった。霧を切り裂き、空を瓦解し、無関心でいたひとつの事象を明るみに出した。それはひとの形をしていた。俺と全く同じ形をした、それまで意思もなく眠っていた部分。

 あの少年を壊すのは俺がいい。

 俺の手には細いあの首筋に噛みついて、腹に腕を回し、腰を掴んで揺さぶってやりたい。

 なるほどこれが性欲か、と馬鹿みたいに思った。思った反面、でもただこの衝動をぶつけてやりたいわけではなく受け止めてひどいことをされているという自覚を持ってほしいとも思う。……性愛、という知っているはずなのに全く知らない言葉となった愛情のひとつが浮かぶ。

 秩序を壊された気分だった。
 現に、昨夜、数瞬にして、今まで自分の中にあった節度ある愛情がぐつぐつと煮立った。鳩尾の奥から沸騰し、染み出て、氷の心臓に皹を入れたのだ。

 それは一晩経っても治らない。どくどくと血を流し、流れた血で凍結させ補修しようとしても後から後から湧いて出てくる。熱を持った血液がこの身に流れているなんて知りもしなかったし、知りたくもなかった。煮立って流れるものは紛れもなくこの身の内から湧いているのだ。ずっと、全ての愛をクラウスのために注いで凍える血を固めて来たのに!

 まさか今更性愛などというものが一際主張してくるなんて、とんでもなく最低な気分だった。

 だから優しく接している。不自然に、恐れてくれるよう、ともすれば八つ当たりのように。
 幸い、彼はそういう間合いを感知するのに長けている。おかしな取り繕い方をしている俺を怖がって寄りつかなくなるだろう。そうしてくれないとまずい。

 無理やりに襲ってしまいたくなる。溶け出た心臓を見せつけて責任を取ってくれと滴る血を掬ってほしくなる。

 俺はどうやら本気で少年を抱きたいらしかった。

 このままでは、完全に溶けてしまう。
 そうなる前に。

 ……そうなる前に? ああ、そう、たぶん。

 完全に溶けきる前に、俺はあいつを詰りに行くだろう。効かない制御がそう予感していた。