さもゆ
2024-11-25 12:08:55
22722文字
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【スティレオ】Moderation

節度。副官の愛情のうち性愛だけが少年に向いちゃったよどうしようっていう、始終レオくんが「スティーブンさん怖え」ってなってるスティレオ始まりそうな話。
※一瞬レオくんがモブに襲われる。
※副官の女性関係とかも捏造してる。
※ちょっとだけ無理やり表現(?)がある。
1 節度 これ。
2 性的敗北
3 かわりになってよ
4 燃料

2020.8.6 たまごのお粥pixiv投稿作品

 この世の中の愛情に万別の名前があるならば自分のそれはほとんどが一人の男に向いていると思えた。
 親愛、友愛、敬愛、庇護欲や独占欲、畏怖に信仰心……それら全ては血も繋がっていない赤の他人、それも自分よりよほど強く大きな人間に対して抱いている。
 敬虔な信徒が十字架に祈るように。
 世渡りを先にしてきた兄が弟の行く道を見守るように。
 何も知らない少女が窓辺の令嬢に憧れるように。
 騎士が王を守るように。

 頭のおかしなやつだと思うだろう。約八十年の寿命を全うしたってそこまでの感情を向けられる他人に出会えること自体少ないはずだ。自分は一生分の運を、彼と出会えたことで使い果たしたとすら思い込める。
 自分はキリストを足蹴にできる。
 もとより治安の悪いところで育ったのだ、闇の扱い方を心得ている。
 何も気づいていないふりをして、彼のそばにいることもできる。
 鋭利な剣で、何ものをも貫くことが。

 それは俺の全てであり、諦めにも似ていて、氷の心臓で、そして秩序だった。

 節度を持って。
 
 俺の愛情は強固に凍りつき波打つこともなく、ただそこにあり続ける。それ故それを「秩序」で「節度」あるものだと思っていた。揺らぐことはない。足りないものもない。ほかの人間も適度に愛している。一番以外は並列だろう、俺にはそれができる。

 なのに熱湯をかけられたんだ。
 氷の心臓に皹が入り、熱い湯が染み渡って本当は足りていなかった隙間の存在を知らせる。

 するとどうなるか?

 秩序がなくなる。

 まあつまり。
 
 ……性欲の話だ。







 先人が思い描いた地獄のような街、ヘルサレムズ・ロットでも、その実性犯罪の数はほかの都市に比べて少ない。専門家やら統計解析やらによる正確な数値らしいが、その理由はグラフに比べてハッキリしていない。堕落王や偏執王の数える十三王のうちに性欲を取り締まる無垢王だか規制王だかがいるせいだとか、はたまた普通に人類より多い異界人の、性欲に関する仕組みが違うせいだとか、色々憶測だけはあるらしい。
 ちなみに人類異界人問わず、この街じゃ出生率が高めであることも確からしい。死に近いところで生活していれば、大体の生き物は種族保存本能が働くというわけだ。

 性犯罪が少ないだけであって、性に関する事柄が規制されているわけではないから、おそらくわいせつ物に関する自称はどこの街よりも多いだろう。何せ麻薬もセックスドラッグも眠るだけじゃ済まない睡眠薬も、何もかもが異界と混じって出回っている。うちの職場にいい例がいる。ザップ・レンフロ。あれは性に奔放な男だ。すごいと思うのが、愛人を何人も抱えているくせに、そのひとりひとりを「好きだから」抱いているという点だ。ひとりに絞らないのを無節操で誠意のないクズだと酷評されるし俺も少なからずそう思っているが、それでもなあなあで抱かずきちんと愛を注いで抱くのはある意味誠意があるとも言える。(だからこそ刺されるんだろうが)
 任務とは無関係に増えるあいつの入院回数を見兼ねて一度だけ説教じみたことを言ったことがある。
「もう少し節度を持って女を抱いたらどうか」
 すると僕より八つも若い男はきょとんとした顔をしてこう返した。
「勃つもん勃ってンのに節度とかなくねーっすか。っつか節度って何」
 スターフェイズさん、そんな我慢みたいなことして女抱いてんすか。そりゃ相手に対してシツレーってやつでは?
 
 正直なところ。
 僕は耳に届いたあいつの葉巻と薬と酒で焼けた言葉を英語として理解できず、頭の中でいくつかの言語に翻訳して理解するために数秒を要し、結局翻訳しすぎてもとの文がもっと分からなくなり困惑して押し黙った。ザップはこちらの顔を仰ぎ見てなんかスンマセンと謝った。今でもあの「この人のこーいうところはよく分からん」みたいな態度には解せないと思っている。そりゃこっちの台詞だ。

 よく分かっていないのだろう。
 分かっていなかった。だって知らなかったのだから。知らないものの温度は、触れるまで感じられない。
 女たちとのセックスに、愛はあった。たぶん。なけなしの愛だ。たとえ仕事のためでも、情が移って慰めにしても、僕の傷に気づいて癒してくれようとした女性でも、その全てに僕はきみが好きだよと囁いて夜をともにした。囁かなかったときもある。それは駆け引きだ。恋や、性欲の伴う愛とはそういうもので、たった一晩彼女たちのぬるい温度を上げるために、自分の凍てついた氷の温度を曝け出してきた。だって僕にはそれができるから。
 相手の温度に、こちらが溶かされるほどの危険もなかった。
 僕の心臓は強固だ。
 ぬるま湯をかけられたところで、冷たい海の底で眠る氷山の根本には届かない。
 それはひとから言わしめたら心を伴わずに相手を抱く行為、ザップとはまた違ったクズで最低な行為だろうが、節度があるのは事実だった。それがあるから、部下のように修羅場にはならず、面倒なことにもならない。

 もっと若いころ、愛を知らないんだわと言われたこともある。
 それは知っている。心の中にひとつ、どれだけ闇を飼いならしても輝き続ける星がある。瞬くたびに色彩を変える、目印のような星だ。親愛に、友愛、敬愛、ひょっとすると足蹴にしているキリストの代わり、このひとだけは自分の闇に囚われず、けれど夜の間には世界を見ることができない太陽のように危うく恐ろしい唯一の存在……クラウス。クラウス・V・ラインヘルツ。彼が夜の間に瞼を閉ざすというならば、僕が代わりにその間の世界を見ていようと笑いかけてやれる、明るく日の当たる世界を守るひと。俺は彼が好きだった。愛情を持っていた。持っていなければ、彼の影になんてなりやしないだろう。
 愛を知らないんだわと言った年上の――そのころの俺より確かに大人で、決して仕事では抱いていなかった女が、困ったふうに言った。

 あなた、それが全てなんだわ。それしかないと思っているんだわ。確かに、そういうふうに思えるひとがいることは、さぞ満たされるものなんでしょう……。心だけの繋がりって、抱き合うよりも貴重で、尊くて、中々手に入らないものだもの。だからあなた、そうやって冷たくいられるんだわ。分別のある大人のように、女を抱けるんだわ。女を好きだと思えるんだわ。だってその好きは、一番星以外の有象無象、塵と同じなんだもの……

 ……僕、ちゃんと、あなたを好きだと思っているけれど。

 ふふふ、そうでしょうね。でも楽しみなの、これから先、今まで一番星以外に向けていた「好き」が本当の「好き」じゃないと気づいたとき、あなた、どうするんでしょうね。きっと、大層驚いて、その形の良い鼻から鼻水だって出して、欲望とはこういうものなのかと初めて知るんだわ。そうよ、まだそれを知らないということは、この先それを知れるかもしれないということよ。どうなるかしら。楽しみね。でも、かわいそうなことに、ならなければいいけど……。私、そう、祈ってる。

 彼女はいいひとだった。本当にいいひとで、病を患っていて、こちらが彼女の背後を探るまでもなく死んでいった。悲しいと思った。僕は彼女を好きだったし、彼女も僕を好きだったろう。それもやはり綺麗な恋愛の仕方ではなかったが、彼女にあなたは愛を知らないんだわと言われて傷ついたくらいには、僕は彼女に傷つく心を許していた。

 節度を持ってひとを愛しているあなたが、足りない部分に気づくのが楽しみなの。

 彼女のよく言っていたその言葉の意味を、まさか三十代になって知る羽目になるとは。



 地獄と天国がごった返した街、ヘルサレムズ・ロットでは性犯罪が比較的少ない。
 その理由のひとつには、おそらく、襲った相手を合意の上だと思わせるなんらかの力も働いているに違いない。

 そして更に言うと、比較的少ないだけであって、その少ない確率を悪いふうに引き寄せてしまう困った部下が、うちにはひとりいた。

 レオナルド・ウォッチ。

 その少年が、服をひん剥かれて薄汚い廃ビルの床に転がされている。

 凍った踵を打ちつけると同時、強固な氷の心臓に皹が入る音がした。