いぬみ
2023-05-13 11:32:05
15805文字
Public ガ!!
 

太陽がしずんだ世界

王佐パロ、ガ清が死んだ後のデュゼオの話。
ゼ曇らせ。かなり病んでます。
フォロワーさんのネタから発展して妄想させていただきました。



 そろそろ到着だろう、と見通しをつけながらも、だんだんと首は下を向いていった。すうはあと胸が上下する。土を睨んで、食らいつくように蹴り続けていたところに、ゼオンが止まった。
「デュフォー、顔を上げてみろ」
 さすがと言うべきか、息ひとつ上がっていない様子でゼオンがそう声をかける。……いくら気軽に外に出られないといっても、筋力トレーニングを考えねばならないかもしれない。頭の片隅でそんなことを思いながら、ゼオンの隣に並んで、見上げる。
 そこは草原だった。人が立ち寄った痕跡がなく、野草がのびのびと生い茂り、日を浴びていた。少し高い丘のような風貌だ。こちらの体力が落ちているからとはいえ、息が切れるまで歩いただけあり、山々や空、雲を見渡せた。のどかだ。
「眺めがいい」
 崖に近いところに立って、あたりを見下ろす。高すぎずくつろげて、かといって低いわけじゃない景色は、そして何よりこの親しみやすい自然は、見るにも触れるにも心地良かった。旅行、というより、身近な場所の新たな一面、といった雰囲気だ。
「デュフォーにずっと、見せたかった」
 口元を緩めながら、ゼオンはそう言って、地面に直に座る。愛おしそうに、手元のシロツメクサに似た草を、手のひらで撫ぜた。
「なんでもない景色に見えて、実のところ、こういう場所が一番落ち着く。不思議だな」
 はー、と一息ついたあと、ゼオンは、そのままごろりと横向きに寝そべった。太陽の恵みを一身に受けるように。ため息は、疲れを乗せているようにも、郷愁にふけっているようにも思えた。
「いつ知ったんだ。この場所を」
……
 今までにも、ゼオンの好きな場所を紹介してもらったことがあった。そういう時は、ゼオンは決まって、どういうきっかけで知ったのか、あるいはどのような思い出があるのか、なぜオレに見せたかったかを語った。この花がどこかお前を思い出すんだ。あそこの店の料理は、デュフォーの好きな味だろうと思った。ここはガッシュが教えてくれた場所だ。その情報は〝答え〟では出ないが、オレにとっては何より知りたいと思える〝答え〟だった。
 少し、考え込むような沈黙のあと。ゼオンはゆったりと、語り出した。噛み締めるように、大事に大事に、掘り起こすように。
「七か、八の時。高いところが好きだと言ったら、じゃあ高いところまで登ろうと、ガッシュと一緒に、宛もなく歩いたんだ。偶然に見つけた場所だったが、ここはぽかぽかしていて眺めが良い。時々。たまの休みに、ここで二人で遊んだ。この草で相撲をとるだとか、この花の蜜が甘いだとか、色んなことを、試して。……
 光源のせいで薄暗く、表情を見ることは叶わなかった。むしろ、ゼオンは見せたくないのかもしれない。
「実を言うなら……今までお前を連れていったどこよりも、思い出深く、好きな場所なんだ、ここは……
 語りきれない思い出があるのだというメッセージが、言葉多く話さずとも、ひしひしと伝わってくる。横を向いていた身体が、仰向けになる。ようやく見えた顔。ひどく切なげな、思い出を乞うような目をたたえていた。
 緩慢な動きで、顔を手の甲で覆うようにして、額に手がいった。ゼオンの顔は、また隠されてしまって。
「なあ、デュフォー」
 唯一見える口から、乾いた声が漏れてくる。嫌な、予感が、する。聞かねばならない。聞いてはダメだ。聞きたくない。言わないでくれ。得体の知れない焦燥感が、オレを責めたてた。

「人間界に、帰れ」

 時間が止まったように思う。
 先程まで聞こえていた爽やかな風の音が、しない。
 ゼオンの声ははっきりと届く。耳がおかしくなったわけじゃないらしい。
……
「その方が絶対にいい」
 強い口調は、強い吐息の勢いに乗せて、綴られた。呆然と。どうか間違いじゃないかと。冗談じゃないかと。心の片隅に思って。いやそれでも、いつかは直視しなければならなかった、前々から予測はしていた提案だ。オレは何を言うこともせずにただ、ゼオンを見つめた。そのうちに開いていた手のひらを、ギュッと、握りしめて、ゼオンは続けた。
「お前の〝答え〟を信じていないわけじゃない。数年、数十年、もしかしたら数百年。待っていれば、ガッシュは〝修復〟され、何らかの形で〝発現〟する。それが千年の命を与えられた王の特権であり、呪いだ」
 ……王は、千年の命を与えられる。
 それは、事実である。次の戦いまでの間を繋ぐ役目を、王は担う。千年という時間は非常に長い。寿命。事故。病気。自殺。あらゆる困難に、あらゆる死因。もし千年を迎える前に王が事切れてしまっては、その後の治世はどうなるのだろう? 前々から疑問はあった事柄。今になって実現してしまった事態。
 どうにも確実には言えない。しかし、魔界自体が滅ぶならともかく、王が自ら〝死〟を選んだ場合。魔界への驚異も何もなく、ただ、王が死を望んでしまえば?
 魔本には、修復の力がある。王を決める戦いの舞台──日本への被害も、人々の傷跡も、すべてを〝なかったこと〟として、元通りにする力が。だからこそ、オレたちはファウードを使って、好き勝手やろうとしたのだ。どうせ直るなら散々壊してしまえ。再生が決まっている破壊。
 さすがにぽんぽんと使えるようなものではないだろう。それなりの〝準備〟と〝時間〟と〝確認〟がいる。王は死ねない。苦しかろうと、死んではいけない。そんな概念を、崩さぬように、あちらも尽力してくるはずだ。現に、王は致命傷を受けても、大抵は、治ってしまう。普通の魔物と比べると、脅威的なスピードで。……今回は、王が死を望んでしまったこと、毒が残る短刀で心臓をぶち抜いた挙句、数時間の間刺し続けたのが、まずかった。再生が追いつかなかったゆえ、力尽きた。つまり、その力が溜まれば。〝再生〟は蘇るのではないか?
 だから。そんなことをふたりで共有した。もしかしたら希望論が過ぎるかもしれない。結局、『もしかしたら』の話に過ぎない。それでも、一生ガッシュがいない世を生きるよりか、帰ってくると信じて、それまでを持ちこたえる方が、断然、気は楽だった。
「清麿もしてやられてばかりの輩では決してない。きっとこんな時間は、一時の、ものだ、きっと、きっと……
 清麿は只者ではない。彼は、どんなことが起ころうと、誰が落ちこもうと、自身は一生諦めない。その熱意と実力は亡くすには惜しく、かつ、気を抜けば絆されてしまう。ああ見えても案外狡猾で、誰かに被害が与えられることがなければ、どんな手段も使うやつだ。あるかも知らない死後の世界、向こうの状況が分からないから詳細な〝答え〟は出ない。が、魂となっても、むしろ魂となったことでできることを最大限見つけて、怖いほどの執念で這い上がってくるだろう。予想がついた。能力の先輩として。
 それでも。やっぱり。それらは、〝期待〟の枠に留まる。
「でも。それまで、耐えきる自信がないんだ」
 待ちきれない。もう待ち疲れてしまった。愚痴っぽいことを、感情の見いだせないからからの声色で、寄る辺ないことを言う。他でもない自分に失望して、自嘲するように、ゼオンは呟く。
 ……実を言えば気持ちはわからないわけじゃない。むしろわかる。それが正常だ。それでも、ゼオンは、自分を責めることをやめない。
「自分勝手だ。オレは。しかしやはり、お前をこんな目に、遭わせるつもりはないんだ」
 外に出られない生活。会える人も限られている。寝るか、読むか、書類仕事か。部屋が高品質で、出る食料も良質であること以外の待遇は、別の意味で、嫌な懐かしさを想起させるものではあった。理由が納得できるだけ、自分を蔑ろにされないだけ、窮屈ながらも、目立つ不満はない。それでも、少しは溜まるストレスを、ゼオンは責任として抱えて、抱えて、苦しんで、手を離してしまった。
……それに……
 今まで以上に覇気のない、かぼそい声だった。だらりと脱力した腕は顔から落ちて、隠すことをやめていた。隠す力さえなくしていた。うつろな眼差しは、何を思っているのか。それを察してしまって、これはダメだと直感する。
「ゼオン」
「それに。おまえに、おれはもう、いらな……
「ゼオン!」
 胸ぐらを掴んで持ち上げる。力が抜けた身体は存外重たい。無理やり起こさせた身体。ゼオンは殴られた子どものような顔をしていた。恐怖と、驚愕と、幼気が、こちらをただ見つめていた。
 紫電は普段通り輝いているが、それは内からではなく、外の光をかろうじて反射しているだけだ。その奥は、依然として、昏い。
「ゼオン。オレは、何もお前に守られるために、ここへ来たわけじゃない」
 無気力な顔に見合わぬぴっしりとしたシャツを握りながら、まっすぐと、その虚空の瞳を見つめて、言う。
「お前に会いたかったから。お前を愛したかったから、魔界へ来たんだ」
 逸れないように凛とした声で、ゼオンに伝わるよう、放つ。わざわざ魔界に来たのは、ゼオンに頼まれたから、ではない。オレ自身がそうありたいと望んだ。オレ自身がゼオンのすぐ近くにいて、愛したかった。
 オレがいなくなることで、救えない命、発展を遅らせた分野があるだろう。それは惜しいことだ。しかし、どれも、ゼオンに比べたら霞んだ。どうせいつかはオレがいなくとも回る世界。オレがいたって、発達が早まる程度の働きしかできないのだ。それだったら、かけがえのないものを得る方が重要だ。
 献身よりも。ゼオンを愛したいオレの意思が、勝っていた。
 世界がどうなろうと関係がなかった。世界を愛していないわけじゃない。ゼオン以外どうでもいいわけじゃない。それでも、選ぶなら、ゼオンだった。エゴでもなんでも構わない。承知の上で優先している。それだけの話だった。
「お前は強いから、きっと〝王〟を完璧にやり遂げてみせるんだろう。だが、そこを通して見られるのは、ゼオンでも、ガッシュでもない。ただの、その場しのぎの、〝王〟という概念そのものだ」
 ゼオンは頑張っている。それは誇れることだと思う。それでも、無理をしている事実は次第にゼオンを蝕んで、どんどん、どんどん、歪んでいく。王を目指して、王の代わりを努めて。最終的に、〝ゼオン〟すら紛れて、崩れて、消えてしまう。そんな懸念があった。
 壊れるギリギリで、壊れることもできず、動いている。それはどんなに苦しいだろう。
「それは、お前がオレを死なせたくないのと同じぐらい、オレにとって許せないことだ、ゼオン。」
 言い切って、ゼオンを抱きしめた。ゼオンの身体は冷えていた。自分を責めるように丸め手のひらを傷つけんとする手のひらを解いて、オレの手と結んだ。緊張していた手のひらに、だんだんと熱がうつっていって、そのうち、双方の手が、あたたまった。
 ゼオンは以前、オレを死なせたくないと、言った。生きる理由も、生きる楽しみもなく、生への執着というものを持たずに生きていたオレを危惧していた。
 今その気持ちが痛いほどわかる。
 愛おしいひとが、苦しみながら、その苦しみを隠しながら生きるのは。かつての面影を見せることもなく、ぎりぎりと自分を追い詰めて過ごしているのは。ひどく心が痛んで、今にもやめさせたいと思って、歯がゆくて、そうさせた環境が許せなくなるものだと。
 ゼオンがオレにのびのびと生きて欲しいように。オレもゼオンにのびのびと生きて欲しかった。それこそゼオンがしたいことなら、世界を壊すことだって厭わないほどに。自分を大切にできるなら、世界が犠牲になろうと構わないと思えるほどに。
「オレの前で、涙を堪えなくていい」
 肩口に当てられた顔が、耐えるように小刻みに震えているのを見かねて言った。それを踏ん切りにふるりと背中が震える。声も上げず、静かに涙を流して。時間が経つごとに肩が上下して、しゃくりあげて、ゼオンは泣いた。気休めになればいいと背を撫でると、泣き声は大きく大きくなって、やがて慟哭になった。悲しみ、怒り、憎しみ、空腹、世の中の不条理、不満……すべての境界を曖昧に、すべてを泣き声に乗せて、赤子のように、わんわんと泣き叫ぶ。草原は広いから、全部を抱きしめて受け入れた。肩口がびっしょりと濡れる。その感触は、不快でないどころか、安心するまであった。

 しばらく泣いて、息を荒らげてはいるが、ゼオンはだいぶ落ち着いたようだった。服を濡らしてしまったことを詫びる。その顔には、申し訳なさはありつつも、自責の念はすっきりと消え失せていた。それが確認できただけ、オレに不満は何もない。
「なあ、このまま、抱いてくれ」
 一瞬離れて、少し位置を整えすぐ抱きついて。ゼオンは泣き疲れの残る少し涸れた声で、ねだった。子どもがご褒美のおやつを欲しがる時のような、甘ったるい響きだった。
「外でか」
「さっきも言ったろう、オレたちの存在は結界によって、察知できなくなっている」
 状況が状況だからしかたなかったが。ほら、ずいぶんご無沙汰だろう……。肩口に切なげに擦り寄るのは、甘えているのか、照れ隠しかどっちだろう。
「なんだか、何も解決していないのに、重荷が取れた気分だ。この気分のまま、おまえに、オレを、愛してもらいたい」
 あえやかな囁きがオレの耳に届く。──帰るまで待ちたくない──。待てないのでなく、待ちたくない。ゼオンにしては珍しいわがままだと、受け取った。
「ああ、わかった」
 せっかくの要望だから叶えてやりたいのもあったし、単純にオレ自身にもそれは魅力的で、乗るのは悪くないむしろ良い、と思えたからだった。魔界に来る時と、同じ選択のしかたをした。

 本来の王が死んでしまった絶望的な状況に見合わぬ、砂糖を吐くような没入的なセックスだった。お互いしか見えないで、見ようとしないで入りこんだ。それは背徳的でもあったし、当たり前のことでもあったし、とにかく爽快だった。キスをした。手を繋いだ。見つめあった。抱きしめあった。たったそれだけの動作で、嫌なこと何もかもを忘れられた。
 そのことに罪悪感も抱かなかった。だからこそ、靄が晴れたように未来を考えられた。状況は相も変わらずさっぱり、何も変わっていないのに。
 未来のことも何がどうなるのかも不確かな中、ただひたすらに、お互いがお互いをいちばんに愛していることが、確かだった。救いだった。真実だった。
 それだけで、他のことだって、馬鹿みたいにまっすぐに進んでいけるような気がした。