いぬみ
2023-05-13 11:32:05
15805文字
Public ガ!!
 

太陽がしずんだ世界

王佐パロ、ガ清が死んだ後のデュゼオの話。
ゼ曇らせ。かなり病んでます。
フォロワーさんのネタから発展して妄想させていただきました。



 魔物は毎日寝なくていい。そうはいっても、連日、書類と睨み合いを繰り広げていれば、疲労はたまる。
 急ぎの用は終わったかと目処をつけて、寝室へと向かう。曲がり角を過ぎると、部屋の前、誰かが立っているのがわかった。その正体を察して、思わず歩を早めた。
「デュフォー。いつからここに出ていた」
「心配するな。ついさっきだ。そろそろお前の仕事が終わる頃だと〝答え〟が出たから」
……そうか。まあ、何もないならいい」
 少しくすんだ銀髪がふわりと立ち上がっている、今や魔界では唯一の存在となった人間。自らのパートナーであり、そして、恋人であるデュフォーをマントで包みながら、部屋に入った。
 分厚いカーテンが揺れていた。日光の入ってくる窓はあれど、見通しは悪い。天蓋付きのベッドがそびえ立っていて、あちらこちらに本が並べてあって、かろうじて手慰みになるようなヨーヨーやパズル等が置いてある、そんな部屋だった。
 ガッシュと清麿が死んだのは、ちょうどオレとデュフォーが休暇で、二人きりで出かけた日のことだった。ガッシュと清麿は、城内で書類仕事を片付けていた。偵察の仕事は、入っていなかった。逆に言えばだからこそ、だった。
 どちらも死因は刺殺で、凶器はちょうど、清麿が握りしめていた短刀だろうと推測される。刃先に染み込んだ赤黒い血が、ふたりが亡くなってかなりの時間が経ったことを示唆していた。ガッシュも清麿も、疲れきった顔を、していた。短刀に、麻酔効果と衰弱作用のある毒を塗りこまれていたからだろうと、言われている。
 死体を初めに見つけたのは、オレ、ではなく、デュフォーだ。帰ってきて、家臣らが口を揃えた、「ガッシュ様と清麿様から、しばらく部屋に入らないでほしいとの言伝です」という言葉を聞いたデュフォーが、嫌な予感がすると部屋へ駆け込んで、事態が発覚した。
 部屋の中央に、寝そべる二人の影。ただの仕事疲れで爆睡していた、というなら、呆れ混じりに怒ることができたのに。いくら騒いでも、二人はぐったりと目を閉じるだけだった。デュフォーと二人、息を飲んだ。従者は、医者を呼べと叫んだ。侍女は、絹を裂くような甲高い悲鳴をあげた。ありえない、だって、王は強い。誰にも殺されない。オレの弟なのだから。血の繋がり云々関係なく、実力を認めた相手が、死んだ。王が、死んだ。オレの、弟が、死んだ。
 清麿の腰に手を回し、短刀が握られた手を包みながら、ガッシュは死んでいた。別れて一日と経っていないのに、二人ともずいぶん老けこんでいた。まだ、一年も経っていないからか、ありありと、思い出せる。

 清麿を殺したのは、従者の一人だった。
 元々、ベル家に好感を持っていない派閥の者だった。二族、続けて王になり、ずっと繋げられることはなかった世界を一瞬といえども繋ぎ、〝人間〟を連れてきた。なにか不正をしているに違いない。盲信に近い悪意を持って、そいつはガッシュと清麿が二人きりになる頃を見計らって。〝雷帝〟であるオレとオレのパートナーがいない時期を狙って。犯行、したのだ。
 二人を、しかも王族とその補佐を殺した疑いで、逮捕された従者は、存外『清麿を刺した』ことを認めた。王の胸目掛けて飛び出したところ、補佐がかばったのだ、と。しかし……『王を殺してはいない』という。
 結局従者はただの一般人であって、ひとを、魔物を殺したことなんてなかった。それゆえ、一度刺して、パニックに至ったのだという。肉を抉る感触、吹き出す血、鉄臭さ、ぴりつく空気、異質なそれに、従者は耐えきれず、思わず逃げてしまったのだという。王様と王補佐様は取り込み中だから、しばらく部屋には近づかないように。保身のため、口から出たでまかせを仲間に伝えて、誰もいない部屋で、震えていたという。
 それならばなぜ王は死んだのだろう?
 事切れる理由は、主に四つに区別される。ひとつ、事故死。ふたつ、病死。みっつ、寿命死。よっつ。……自殺。
 清麿が、目の前で、自分の代わりに、殺された。そんな状況を、目と鼻の距離で、繰り広げられた。ガッシュは特に〝他人の生〟にこだわる節があり、死刑制度も、現時点で、何とかして無くしたほどであった。そんな彼が、一度死なせてしまったパートナーを。魔界に、ついてきてくれた恋人を。目の前で、また死なせてしまったら。
 追い詰められたガッシュがした行動は、抜け殻となった清麿の手で、自らの行く末を指さしてくれていた右手で、握られた短刀に、そっと手を添えて、
 自らの胸へ、突き刺した。
 ガッシュは、深く、深く、突き刺したまま、意識を失った。いくら魔物の治癒力が高いといっても、いくら王といえども、心臓を刺し続けてしまえば、死んでしまう。至極当たり前のことだった。王だからといって、死なないわけでない。ガッシュは、清麿の手で、あちらへ行く決意をした。誰にそそのかれたわけでなく。自分の判断で。

 それが事の顛末らしい。らしいというのは、デュフォーの〝答え〟から知った情報だからだ。
 それがなかったら、わけがわからなかっただろう。もっと事態は深刻になっていただろう。それを空気で感じとったから、デュフォーは我先にと部屋へ向かったのかもしれない。察しも勘も地頭もいい男なのだ、昔から。
 だからこそ、デュフォーは、自分の外出を必要最低限にと、自粛している。
 ……陰謀論が蔓延っている。清麿が短刀を握りしめて死んでいて、その凶器で王が死んだという、嘘と本当が混じった情報が、民衆には流れたらしい。清麿が、ガッシュを殺したんだと、裏で、ヒソヒソと、噂されている。お忍びで、偵察で、知った。その地域が特別荒れた町だったといえども。そいつを殴りかけた、自分を否定できない。
 死体は〝王〟の権限として保管し、しめやかに埋葬した。ティオ、キャンチョメ、ウマゴン……。清麿と関わりの深い魔物たち。彼は慕われていた。ガッシュとともに。それを、実感しつつも、一方、水面下で、悪意のかたまりが育っているのを感じている。
 人間は、ひ弱で、役たたずのくせに出しゃばりで、足でまとい。魔界王の死を防げなかった──実際は、ガッシュは自身で自身を殺したのだが、民衆は知らない──として、人間を悪と見る集団が、増えている。少しずつ、不信感が募っている。反感を、買ってしまっている。
 一部で、人間をかたどった人形を燃やしたり、串刺したりといった暴動が起き始めている。そういった地域に、王を決める戦いに参加した総勢百人の魔物がいないのが皮肉だった。その時の様子を写真で、王宮に送られたこともあった。黒い髪に、つるりとした肌、ブラウンの瞳。こぞってその人形は清麿に似ている。
 王補佐を名乗りあげた清麿はともかく、パートナー、家族、そして恋人として移住してきたデュフォーは、降り立った日にちが浅いというのも相まって、魔界の民の知名度が低い。暴動を止めに行ったりすることもある清麿と違って、たまにふらっと出歩いたりする程度の彼の顔は、あまり、割れていない。それが、幸いだったのかもしれない。〝魔界のニンゲンは二人いる〟ことは知っていても、〝それがデュフォーである〟という確信はまだつかれていない。
 だから。保身、念の為に、デュフォーの存在を隠している。部屋の管理は従者にも侍女にも任せず、オレ自身で行っている。ドアはデュフォーとオレが許可したものしか入れない魔法を施し、窓はいわゆるマジックミラーのような加工がしてある。窮屈だろうのに、デュフォーは、誰よりも状況をわかっているからこそ、了承してくれている。
 重たげにため息を繰り出す。寝るどころか成人男性二人が上がり込んでもスペースが余る広いベッドには、本が一冊二冊無造作に置いてあった。どうやら、魔界の景色を撮ってまとめた本らしい。デュフォーが、読んだのだろう。つき、と胸を、痛みが襲う。
 ……たまに、罪悪感が襲う。今更悔やんでも、しょうがない。この事態は、蝶のはばたきが台風を生むような、防ぎきれない起こりである、そう思っても、どうしたって、後悔はついてきた。こんなふうに閉じ込めたいわけじゃなかった。こんなふうに生きて欲しいわけじゃなかった。オレが……デュフォーを……魔界に……
「今日は一段と疲れているな」
……
 シャッ、と存外乱暴に、天蓋付きのベッドのカーテンを引いて、デュフォーが上がる。頭を振って、先程浮かんだ考えを振り払う。じっと、やさしさが滲む螺旋で、デュフォーが、『オレ』を見つめる。
「嫌なことばかり、考えてしまう」
 しかたないのにな。そう独りごちる。しかたない。その言葉を何度反芻して、何度呟いて、何度立ち上がってきただろう。
……例の従者の判決を、決めた」
 ぴりりと空気が張り詰める。裂かれそうなほど、布を引っ張るような、空気だった。すうっと息を吸う。まるで他人事だ。
「当然、有罪で。無期限、牢屋暮らし、だ。」
 お互いの息が一度二度交わされあってから、言葉は放たれた。一息をそのまま声にした。王補佐殺しで、結果的な王殺しの、行く末を。
「はは、デュフォー、おまえ、すごい顔してるぞ。オレがさっきしていた顔と同じだろう、きっと」
 乾いた笑いがこぼれてくるのに、愉快な気持ちは一切ない。デュフォーは、眉をひそめて、驚いたような顔を、やるせない気持ちをぎゅうぎゅうに詰めて、落胆して、息を滞らせているような顔をしていた。『一段と疲れた』顔だった。
「ガッシュは死を望まない。あいつを殺したいと……粛清せねばと思うのは、オレの、エゴだ」
 自分に刃を向けるような人間でも、王は愛した。好きはしなかったが、見放すことはしなかった。死んでは、改心も何もできない。そこで終わりになるのは、惜しい。ある意味残酷で、ある意味とても慈悲深く、ある意味性善論ありきの馬鹿げたもの。そんな考え方を徹底的に、そして完璧に遂行していたのが、我らが〝やさしい王様〟だった。
 ガッシュを継いで〝やさしい王様〟になった今、それを覆すことは、できない。
「デュフォー。けれどな。怒りがやまないんだ。ガッシュと、清麿と、同じ目にあえばいいと、憎くて、たまらないんだ」
 ガッシュの政の性質上、死刑制度は廃止されていた。……しかし、ガッシュ亡き今、王の権限として、復活させることもできた。もし、あの槌を落とした瞬間、別の判決を下していたら?
 自分の中で、自身さえ焼き尽くすまでの怒りが、よく知った趣で、ごうごうと燻っている。理性なんか捨てろ、周りのことなんて考えるな、あんなやつをゆるすのか。
 ガッシュを、精神的にも、肉体的にも殺したあいつを。
 清麿を刺したくせに、覚悟も足りずに逃げ帰った腑抜けた野郎を。
 あんなやつのせいで、デュフォーもあんなやつと同じ目に遭わないといけないんだ。
 あんなやつは、心臓を貫いてやればいいんだ。思い切り痛めつけて、閉じ込めて、自ら死を選ぶほどに、追い詰めてしかるべきだ。だってそれほどに、そいつは、ゆるされざることをした。
 ゆるすのか。ゆるしていいのか。ゆるすな。ゆるしてはいけない。ゆるす理由はなんだ。
 ──ガッシュだ──
 ──ガッシュはどんな他人の死をも、望まない!──
 修羅の囁きは、弟への忠誠心によって、押さえつけられた。ガッシュは、清麿は、復讐なんて望まないから。憎しみからは、何も生まれないから、時間を割くのはもったいない。大切なものどもへの想いが、経験則が、オレを憤怒から引き止めた。
 オレは理性を得た。踏みとどまろうと決めた。
 だからこそ、苦しい。
 後先考えられずに暴れられたら、どれほど楽だったろう。
 オレは馬鹿にならずに済んだのか、馬鹿になる道を選んだのか。
「ああ。つらかったろう」
 どよめきながらも、不完全燃焼ながらも、引き下がり、オレの命通りにした部下たちを思い出す。あいつは、ぼうっとした顔で、心ここに在らずままで、牢へと連行されていった。
 そんなことをぐるぐると回想していると、デュフォーがそっとオレの肩を抱いた。宥めるように撫でる手が心地良かった。
 それでも、抱きしめ返さなかった。王になかったもの強い修羅の心が暴れ出すのが、こわかった。ただ、そのぬくもりが、あたたかくて、やさしかった。
 ただデュフォーの肩口に顔をうずめる。安心感がどっと襲ってきて、背中が震えて、頬が震えて、涙は出なかった。それでも、心は泣いている。悲しみ、怒り、憎しみ、空腹、世の中の不条理、不満……すべての境界を曖昧に泣き叫ぶ、幼子のような、泣き方をしていた。