◆マイ・ファタール/サンプル

▷全年齢
▷アルエル/蹂躙時代
・運命を疑っていたエルが自分の定めを自覚する話。
運命という単語を知った時、エルは酷い言葉だと思った。こんなにも苦痛と困難を与える神に、人は未来を定められている。過去の努力も挫折も、全てが決められた線の上。そんな存在は文字通り死んでもゴメンだと、戦場で血に濡れる将軍は吐き捨てた。
戦争が終わって、言葉で語るには濃厚過ぎる出来事を経ても、運命に対する考えは変わらなかった。これは自分たちが掴み取った可能性であり、他の何に強制された結果ではない。勝利と敗北を握っているのは、神々の手ではない。そう確信して生きていた。
病室で一人、エルは窓の外を眺める。主治医から余命宣告を受けたのは、つい二日前のこと。徹底して周囲に隠すよう頼み込み、受理されたのが昨日のこと。普段使っている病院から移動し、桜の見える田舎へ入院したのが今日。あっという間に過ぎる時間の中、エルは愛しい指導者を想う。
「
……アル」
その名前を呼ぶ。返事はない。
そよ風が満開の桜を撫でて、桃色の花びらを揺らす。儚く美しい光景が眩しくて、目をそらすようにベッドへ倒れる。白い清潔な天井を見ているのも嫌で、ゆっくりと目を閉じてしまう。短い銀髪を靡かせて、その背中が小さくなる錯覚。黒いコートを肩に置いて、自分から遠ざかっていく幻覚。虚空に手を伸ばそうとして、自分が泣いていることを知る。
「
……アル」
もう一度、その名前を呼ぶ。返事はない。
頬を伝う水は肌を湿らせ、エルに不快さを抱かせる。だが拭うのも億劫で、エルは片腕を目に押し当てることで涙を堰き止めた。
知ってしまった、苦痛を得るほどに。この愛はきっと、何度繰り返しても得てしまうものだ。そう定められたものが良いと、願ってしまったのだ。どれほどの代償を払うことになっても、世界にこれは運命だと認めてほしい。あの男に自分は狂わされてしまった。
暗闇の中、色の違う双眸と目が合う。赤と黒の瞳は、こちらを愛おしげに見ている。
また名前を呼ぼうとして、歯を食いしばる。エルは彼が、自分を見ていないことを知っている。それが無性に悔しくて憎らしくて、壊れてしまいそうなほどに哀しい。愛する人が、自分ではなく誰かに似た自分を見て笑っている事実。いっそ嫌えてしまえば、どれほど苦痛を和らげられただろうか。
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