botanin5
2024-11-14 03:06:58
16864文字
Public 薬さに♀(小説)
 

見えない時間が、

ハッピーエンド
相手の姿が見えなくなる話





晩御飯の後、虎が一匹見当たらないと五虎退が泣きだしたために、粟田口の短刀たちで大捜索を行った。最終的に、鶯丸の部屋でこたつに潜って眠っている所を平野が発見して事なきを得たのだが、倉庫まで探しに出た私は木炭で真っ黒になってしまった。
みんながお風呂を済ませたことを確認して、自分もお風呂へと向かう。入浴中の札を審神者使用中へと変え、脱衣所の籠に着替えを入れる。いつもより身体を動かしたから、今日は良く眠れそうだ。着ていた服を全て脱いでタオルを持って、さぁお風呂に入ろうと浴槽へ向かうガラス戸に手をかけようとしたところで、不意に、がらりと開いた。

「えっ」
ん?」

開いたガラス戸の向こう側に、人影はない。
つまり、ここに居るのは―――

「ご、ごめん!薬研がまだ入ってたなんて知らなくて!」
「は、大将!?俺で良かったな」
「そうだね見えないから

自分の身体をタオルで隠しながらほっと息をついた。とりあえず薬研が出るまで待とうか。お風呂の後だからか鈴の音も無いため、どこにいるのか分からない。静かに脱衣所の棚にもたれかかっていると、濡れた肌が、左腕に触れた。

「ひぇっ!?」
「!?うっわ、大将、ここにいたのかよ」
「薬研、えっ」
「俺の着替えが、この棚に
「うわあ、ごめ」

離れようとしたのに、濡れた手が、するりと腕を撫でた。そのまま、私の左手を薬研の右手がやんわりと握る。胸元でタオルを握りしめていた右手に、一瞬、薬研の体が触れたのが分かった。目の前に、立っている。

「薬研ちょっ」

今度は、薬研の左手が探るように私の右肩を捉えた。その手は肩をゆっくりと辿り、そっと頬に添えられる。薬研の手が、熱い。しっとり濡れているのは、お風呂に入っていたせいか。石鹸の、いい匂いがする。一歩踏み出したらしい薬研の足が、するりと私の足を撫でた。薬研が腰に巻いているらしいタオルと、私の持つタオルが擦れる。思わず腰が引けたが、後ろの棚に阻まれる。頭がくらくらして、動けないでいると、今度は左のほほに、ひやりと濡れた髪が触れた。驚いてしまって、身体が動かない。そのまま首元に柔らかいものが触れた。ちゅ、と軽いリップ音が聞こえてきて、熱いものがその上をなぞる。な、舐められた!?

本当に、見えなくてよかったなぁ、大将」

耳元で囁く声に肩が震える。
胸の奥が煮えるように熱くなった。薬研に、もっと触れたい。姿が見えない事がとてももどかしい。今、どんな顔をしているの。その目は、私を映しているの?
手が、掴んでいた腕を離れていこうとする。考える余裕なんて、ない。

離れた手を追うように、見えない体に手を伸ばした。想像よりずっと近くにいたことに心臓が暴れるが、それを無視してしっとりと濡れた肌に抱き着いた。ぱさりと持っていたタオルが落ちる。生肌の胸を押しつけるなんていう大それたことはできなかったため、腰の引けた妙な体勢になってしまった。

丁度、薬研の胸元に耳を押し付ける形になっていたようで、どきん、と心臓の音が聞こえてくる。やってしまった。ぐるぐると頭が回っている。ぎゅっと背中に回した手に力を入れる。

「なにしてん、だ、大将離せって」
「や、やだ。薬研、私、薬研が好きだよ」
「はぁっ!?なんで今、勘弁してくれ」

薬研の鼓動が早くなっているのが分かる。離れろと言わんばかりに肩に手を乗せられて、尚更強く薬研の細い背中を抱きしめる。

「やげんが、好きなの」
「大将、わかった。分かったから、今は離してくれ。頼む」

ゆっくり身体を離す。でも、手を離して薬研がどこにいるのか分からなくなることが怖くて、手は繋いだままでいた。

「今は、薬研が見えないことが、こわいよ」
「大丈夫だ、ここにいるから」

そっと片手を伸ばして、薬研の頬を探して添える。親指で薄く開いた唇を辿って、ゆっくりと顔を近づける。少し、息が止まる。目を閉じて、ゆっくりと口づけた。繋いだ薬研の手に力が籠る。同じように息を返してくれる薬研に、肩の力が抜けていく。
すると、確信を持った動きで、薬研の手が腰に回るのを感じた。

たいしょ、目、開けてみろ」
「ん、」

ゆっくりと、目を開けると、灰紫が私を捉えた。

「やげん?」
「あぁ」
「薬研、見えた。目の色もちゃんと」
「おう、泣くなよ。俺の方がずっと、この時を待ってた」

じわじわと自分の目に涙がたまって、薬研の姿がゆらゆらと揺れる。お風呂上りの薬研は、髪から水がしたたっていて、頬が少し上気していて、その色香にあてられて思考が霞む。ずっと、こわいと思っていた目の奥の熱がそこにあることに、とても安心した。

抱きしめてやりてぇところなんだが」
「うん?」
あー……絶景だな?」
「あ、まっ!!タオルどこ、ちょっと薬研目瞑ってて!!」
「せっかく見えるようになったのに、もったいねぇなぁ」
「ばか!!!」

落ちていたタオルと掴んで、浴槽へと向かってガラス戸を閉める。はぁ、と呼吸を落ち着かせて、もう一度少し戸を開けて、脱衣所を覗く。薬研の姿がちゃんと見えることに安心した。

「なんだ?一緒に入りてぇのか」
「ちがう!」

はっはっはと笑う薬研の声を聞きながら、ぴしゃりと戸を閉めた。


お風呂にゆっくり浸かってなんていられなくて、急いで着替えた。すぐに薬研の部屋へ行こうと勢いよく風呂場の戸を開ければ、廊下に座り込んだ薬研が待っていた。

「わ!薬研、なんでって髪、濡れたままだし、湯冷めしてる!」
「これくらい大丈夫だって。よかった、ちゃんと、大将の事が見える」

立ち上がって嬉しそうにこちらを見る薬研に、ぎゅっと胸が締め付けられた。

「とにかく、濡れたままじゃ風邪ひくから拭くから、動かないで」
「ん」

大人しく身を預けてくれる薬研は可愛らしい。いつかの夏の日を思い出して、自然と笑みがこぼれた。薬研の髪を拭いていた手をそっと掴まれた。薬研の目がこちらを見ている。

「本当に、よかった」
「あの、そんなに見つめられるのは恥ずかしい」
「いいだろ、二ヶ月いや三か月ぶりか?ようやく大将の可愛い顔を見れたんだ。堪能させてくれ」
「か、かわいい」
「可愛いよ」

自分の耳が熱くなっていくのが分かる。見える見えない以前に、私に可愛いなんて言ってのける薬研の目には致命的な問題があるようだ。でも、まぁいいか。おかげで、その目はずっと私だけを見つめ続けてくれるのだ。

「みんなにちゃんと報告と、お礼言わないとね」
「そうだな、髭切には特に。それに、明日からは俺が近侍をやる」
「えっ近侍、薬研やるの?」
「ダメか?」
「良いけどいや、やっぱりダメ。薬研に慣れるまでは、緊張しちゃうから」
「今更じゃねぇの」
「仕事中にドキドキしたらいけないから、ダメ」
そう言われたら、無理強いはできんな」

大将はずるいなぁと笑う薬研に、幸せな気持ちになった。これからまだまだ時間はあるのだ。薬研に近侍を任せるのは、一緒に居ても少し落ち着けるようになってからにしよう。

「それから、鈴も返さないと。くれたのは一期だっけ?」
「そうだが、こいつはこのまま貰っちまおう」
「いいの?」
「かまわねぇよ」

りん、と鳴る薬研の鈴を見る。

「お揃いだからな」

にっこりと笑った薬研に、ちりん、と私の鈴が返事した。