botanin5
2024-11-14 03:06:58
16864文字
Public 薬さに♀(小説)
 

見えない時間が、

ハッピーエンド
相手の姿が見えなくなる話






あの後、がらりと玄関が勝手に開いて、薬研が本丸の中へ駆けて行ったのだと分かった。珍しく焦ったような顔でこちらにやって来る髭切の顔を見て、思わず涙がこぼれていった。

声は聞こえるのに、薬研の姿が見えない。

不安になってひとしきり泣いてから、薬研と髭切、それから一期も交えて相談し、私と薬研はそれぞれ音色の違う鈴を身につけることになった。これまでは私からは姿が見えていたから、薬研を見つけることができたし、廊下ですれ違う時もぶつからずに済んでいたのだが、今回はそうもいかない。触れることはできるのに、見えないというのは厄介だった。

私の症状も薬研と同じで、薬研の身につけているものは見えないが、声も聞こえるし、身体に触れることもできる。薬研がベルトにつけたという鈴は、薬研が手に取った瞬間に見えなくなったけれど、りん、と音を鳴らしたのでほっとした。音は聞こえるのだ。薬研の声が聞きたくないと思ったら、耳も聞こえなくなっていたかもしれないと思うと、とても怖かった。

互いの姿が見えないことで、二人で話すタイミングを見つけることは難しく、私も何を話したらいいのか分からなくなっていたことで、会話の頻度はまた減ってしまった。


「随分と気落ちしているねぇ」
そうかな?」
「あれ?自分で分かってないのかい?君、酷い顔してるよ」

髭切に言われて、引出しに仕舞ってあった手鏡を取り出して自分の顔を眺める。たしかに、隈が濃くなってきてやつれたような気もする。薬研の事ですっかり悩んで眠れていないのは事実だ。はぁ、と机に沈み込めば、鈴の音が近づいてくるのが聞こえた。

「歌仙から菓子を預かってきた。休憩にしたらどうだ?」
「あぁ、ありがとう。ええと」
「薬研藤四郎だ。ほんとに覚えねぇよなあんた」
「名前なんてどうでもいいじゃない。そうそう、君もあんまり良い顔してないねぇ。そうだ、僕はちょっと弟のところへ行ってくるから、僕の分のお菓子は君が食べていいよ。じゃあ、主の事よろしくね」
「はっ?」
「え、ちょっと、髭切!」

ふわりと笑った髭切は部屋を出て行った。りん、と鳴る鈴の音で、薬研がいることは分かる。ふっと畳に置かれていたお菓子とお茶の乗ったお盆が消えて、私の座っている文机の上に現れた。薬研が運んで置いてくれたのだと分かる。

「髭切って何考えてるのか分からない、ね」
「本当にな。ま、貰えるもんはありがたく貰っとこうか」

お皿に乗っていた苺大福がひとつ消えた。私も残った苺大福を手に取る。薬研からは、これが消えたように見えているのだろう。不思議だ。

「薬研は、今の状況が不便だと思う?」
どういう意味だ?」
「私たちがお互いの姿が見えないってだけで、出陣も生活も普通にできるし、何も、支障はないような気がして」
本気で言ってんのか?俺は、嫌だね。大将からしたら、まだ一週間程度かもしれねぇが、俺は大将の顔が見えずにもうふた月をとうに越えた。そろそろ、あんたの顔が見たくて気が狂いそうだ」
「薬研は、なんでそんなに私のこと」
「そんなこと、言葉で並べ立てれるもんじゃねぇだろう。人を想う理由なんて、辻褄を合わせてああそうかって納得したがる奴のために後から考えるだけだ。頭ん中で『ここが良いから好きになろう』って考えたわけじゃねぇよ。好きだって思ったから、好きだって言った。それだけだ」
「そ、うですか」

顔が熱い。私、絶対に変な顔してる。今、互いの姿が見えてなくてよかったと心底思った。薬研がどんな顔をして今の言葉を述べたのか、想像しただけで頭がくらくらした。りん、と音が鳴って、薬研が動いたのが分かる。

「大将、盆の横に手を置いてくれねぇか」
「えっと、ここ?」
「っと、ここか」
「あ、」

そっとお盆の横に手を置くと、探るように近づいた薬研の手が上に重ねられた。とっさに手を引こうとしたが、きゅっと握られてしまった。

「今は、見えねぇからな。逃げられると困るんだ」
「に、逃げないよ」
「どうだろうなぁ。ずっと聞きたいと思ってたんだ。大将は、俺の事どう思ってるんだ?」
「えっと」
「最初はかわされたかと思えば、急に話しかけてくるようになったり、でも近づけば怯えちまうしなのにこうして手を握られてくれる。今は大将の表情も見えねぇから、余計に分からん」

重ねられた薬研の指が、私の指をゆっくりと撫でる。答えを急かされているようだ。どくどくと心臓から送り出された血液が指先へと集まっていく気がする。

「期待して、いいのか?」

見えないはずの視線を感じる。少しだけ、あの熱のこもった溶けた目が、懐かしく思った。

「私は
「うん」
「わ、わたし、は

分からない。
小さく呟くと、ふぅ、と薬研が息をついたのが聞こえた。呆れてしまっただろうか。そっと手が離れて、突然頭にぽんと手が乗って肩が揺れる。手を置いてる場所から、私の頭の位置を把握したのか。

「悪かった。じゃ、俺は皿を片付けがてら髭切を探してくるから、大将は仕事に戻ってくれ」

そういって手が離れてしまえば、もう薬研がどこにいるのかなんて分からない。りん、という鈴の音が離れて、障子がぱたんと閉じられてしまった。


机に顔を伏せてじっとしていると、髭切が戻ってきた。

「ふふ、進展はあったかな?」
「ない、よ」
「あれ?さっきより酷い顔だ」
「悪かったな酷い顔で」
「おかしいなぁ、彼は嬉しそうにしていたのに」
「えぇ?」

どうして薬研が嬉しそうにするというのだ。じっとりと見上げるが、髭切の様子は嘘を言っているようには見えない。髭切の心の中なんていつも読めないけど。

「本当だよ。僕を呼びに来てくれたとき、嬉しそうだった。『良いことでもあったのかな?』って聞いたら『まぁな、もうすぐだ』って」
「!!」

もうすぐ、なんだって言うんだ。先ほど握られていた感覚を思い出して、手に熱が集まった。もしかして、この手の熱が伝わったのか。恥ずかしい。

なにが、分からない、だ。本当はとっくに、焦がれるほどに好きだと言うのに。薬研の向けてくれる気持ちに追い付いているのか。それが、分からなかったけど。ふと、先ほどの薬研の言葉を思い出す。

「頭で考えるんじゃなくて、好きだって思ったから、好き」
「なんだい?」
「ううん。なんでもない。よーし、晩御飯までがんばるかな」