botanin5
2024-11-14 03:06:58
16864文字
Public 薬さに♀(小説)
 

見えない時間が、

ハッピーエンド
相手の姿が見えなくなる話






本丸に着くと、門の横にある潜戸からそっと中へ入る。遠征部隊はもう資材を倉庫へ運んでしまったようで、玄関前には誰もいない。本丸に入ればみんながいるのに、一枚見えない壁で隔てているように辺りは静かだ。玄関まであと少しというところで、繋いでいた薬研の手が緩んだ。

あ、離れちゃう。

とっさに、薬研の手を掴み直した。ぴたりと、薬研の足が止まる。待て待て、何をしてるんだ自分。もう本丸の中に入るのだから、手を離すのが正しいじゃないか。惜しむように掴み直したことが恥ずかしくなって、こちらも手を離そうと手を緩めたところで、私なんかよりずっと強い力で再び手を掴まれ思いきり引き寄せられた。勢いに反してふわりと優しく抱きしめられて、身体が硬直する。

あんまり可愛いことすんな。離せなくなる」

耳元で、そんなことを言うから、余計に体に力が入る。きっと抱きしめられていたのはほんの少しの時間だ。なのに、随分と長く感じて、世界が止まったみたいだった。ふっと身体を離してこちらを覗きこむもうとする薬研の目は、まだ色褪せているのに、あの時みたいに、熱を持っているように見えて、こわかった。

ぴくりと揺れた肩で私の動揺が伝わったらしい。薬研はハッと目が覚めたように視線を上げた。手を離して、少し距離をとると、ばつが悪そうな顔をする。

「わるい、怖がらせたな」
「あの、そんなんじゃ、ない、よ」
「声色だけでも、ごまかしてんのくらいはわかるぜ。どうして大将が見えなくなっちまったのか考えて、気をつけようとは思ってたんだが」
「どうして見えなくなったのか?」

私のことが、見えなくなった理由。考えてもいなかった。

「ただ大将のことが見えなくなったなら、俺自身に問題があるのかと思ったんだ。あの日、見えなくなった日、俺は少しだけ『大将の事が見えなければ、気が楽なのに』って思っちまった。あんたが俺の手を取ってくれないことが怖くてな。人の感情ってやつは、扱いが難しいな。だから、その願いが叶ってしまったのかと、思ってた」

薬研の独白に、ぐらりと頭が揺れた。

でも、大将は俺の目の色が落ちたっていうだろ。だけど、周りの奴らは変わってないと言う。あの時、大将も、思ったんじゃないか。俺の目に『自分を映さないでほしい』とか」

いつの間にか自分の手をぎゅっと握りしめていたようで、手のひらを刺す爪の痛みに驚いた。あの時、たしかに『私を映さないでほしい』と考えてしまった気がする。

「でも、まさか、そんなことで」
「やっぱり、覚えがあるんだな」
ごめ」
「待て。謝ってくれってわけじゃねぇよ。確認したまでだ。どっかの奇特な神様が、願いを叶えてくれたのかもな。大将、俺の目が怖いか?」

見えていないはずなのに、まるで見えているかのように真っ直ぐこちらを見据える薬研の視線に震えた。

「こ、わい」
「そうか」

互いに、それ以上の言葉を見つけることができなかった。『薬研の目に映してほしくない』という私の願いと『大将を見ていたくない』という薬研の願いが一致したことで、叶ってしまった。そんなことがあるのか。刀が人になる時代だ、そんなこともあるのかもしれない。どうしたら薬研が怖くなくなるのだろう。好きだけど、こわい。絡まった気持ちに整理がつかない。

薬研の目が、見えなければ怖くないのだろうか。
薬研の姿が、見えなければ、怖く―――


「あれ?」

ほんの一瞬だった。ひとつ、瞬きをしただけ。

目の前にいたはずの薬研が、いない。

どくんと、心臓が嫌な音をたてる。まさか、まさかまさか。そんなこと、あるものか。今、薬研も考えたのか。『自分が、大将の目に映らなければ―――』ギュッとさらに強く手を握りこむ。頭が殴られた後のように朦朧としている。どうしようもない焦燥感に駆られる。間違えた。私は、また間違えたのだ。

「やげん、薬研どこか行っちゃったの?」
「ん?俺はまだここに――――大将、まさか。嘘だろ」
「そんな、」


私まで、薬研のことが見えなくなってしまった。