願い事(twstジャクラギ)

pixiv再掲
ジャクラギの馴れ初めです。
サバナクロー寮には獣人だから昼寝制度があったり、昼寝のためのクッションとかがあったり、レオナさんの実家の様子とか捏造も甚だしいです。あとチェカくんの口調も年齢もよくわからんかったので、こんな感じかな?という具合で書きました。時系列的には二章終了後すぐあたり。
作中、某牧師の引用があります。



5

 深く眠ってしまったらしい、夢を見なかった。
 ゆっくり持ち上がる目蓋は、まだ部屋の中が明るいことにほっとして、再び浅く閉じられる。
 ここは、レオナさんの実家だ。オレはチェカくんと遊んでて、疲れたから昼寝してて。頭の中を整理していたら、背中に当たるふわりとした感触に気づいた。瞬時に目を開けて、オレはガバッと飛び起きる──本を片手に、オレに背を向けて心地良さそうに眠る後輩がいる。
 ジャックくんの、お日様みたいないい匂いがした。獣のはずなのに、優しくて柔らかい。
 オレは、良く回る頭で言い訳を考える。
 うっかり昼寝をしてたから? オレを起こしてくれなかったから? 疲れてるから? むくむくともたげたずっと焦がれていた手触りのそれ。行動の理由を起きたらどうやって彼に説明しようか考えて、右手をスッと尾に伸ばす。
 モフ。
 ジャックくんの尻尾に顔を埋めた。久しぶりに、ちょっとだけ。あの時気まずくなってから触れずにいた、久しぶりの尻尾。銀と白の毛並みが美しい狼。孤高だとか、群れを嫌うとか、ジャックくんにはよくつきまとう狼の習性らしからぬ代名詞だけど、そんな狼がこんな風に先輩に好きにされてるなんて誰も想像つかないだろう。
 散々触れても、ジャックくんは起きない。オレ同様、チェカくんと遊び倒した後だ。いつも眉間に寄りがちな目も、今は緩んで穏やかになっている。
 いつも、オレよりも大きなこの後輩に感じる感想は同じだ──まるで、子供。
 きゅぅと締まる心臓の音が、これがオレの、彼への気持ちの答えなんだと知らしめてくる。オレは、銀色のきれいな毛先にそっとキスをした。これくらいは、許されてほしい。
 そうしたら、
……先輩、その、すまねぇ、俺、起きてて……
 ジャックくんがぐりっと体を回し、尻尾は消え失せ、代わりに厚い胸板が現れた。
「ぎゃっ!」
「先輩! 逃げないで」
「や、やだ! ジャックくん、の、ばか!」
「ちょ、っと……痛っ!」
「起こさなかったから! そ、そう! オレ、三十分で起こしてって言ったのに! あと、疲れ、疲れてて……つい……!」
 じたばたともがくオレを、ジャックくんの太い腕が覆う。
「ラギー先輩っ」
 散々わめく口を塞ぐように、ついにジャックくんに抱き留められて、オレの頭は沸騰した。
「やだ……やだって、ジャックくん、離して……
「嫌です。あんた、逃げるだろ」
「そりゃそうだよ!」
「今、逃げるかどうかってことじゃなくてっ」
 珍しくオレに声を荒げたジャックくんが、力を強める。折れはしないけどかなりの力に、オレとの圧倒的な差を見せつけられる。けれど今は、そのたくましさがさらに心臓を高鳴らせる要因だとは、思いたくない。
 まだ諦めずに逃げようとするオレを、ジャックくんはなんとしても腕から出す気はないらしい。いよいよ観念し始めたオレに、そっと掠れた声をかける。
「ラギー先輩……どっか、行っちまう気がして……
 何てことだ。
 オレは人生で初めて、こんな少女漫画みたいな、言われて100%困るセリフを言われた。消えそう、儚げ、どっかに行っちまう。そんなの、言われたことはない。いつも図太く、しぶとく、這いつくばって生きてきたスラムの人間がそんなことを言われるはずがない。
 オレがすっかりジャックくんのセリフにドン引きし、たじろいで動かないでいると、ジャックくんはさらに続けた。
「俺の、勘違いだったらすんません……でも先輩とは、卒業しても終わりたくないんです」
……おわ、り? 終わり、って何が? あ、後輩と先輩が、ってことッスか?」
 オレはわざと声を低くした。自分がやったことも棚に上げて、開き直って聞いた。ジャックくんは当然首を横に振る。そんなのわかりきった反応だったようだ。
「先輩」
……ッ!」
 まるで閉じ込めるように抱かれた体は、不思議と嫌ではなかった。高揚してるジャックくんの鼓動は早い。近くにある頬だってちょっと熱く感じる。オレより、緊張して指先が震えている。ドキドキと止まらないうるさい音は、一体どっちの音なのか。
「じゃあ何で、あんなことしたんですか」
……う」
「俺の勘違い、ですか」
 見なくてもわかる。その言葉を発した瞬間、ジャックくんの耳が音も立てずにしおれたこと。尻尾も力がないだろう。
 そんなことされたら、弱いのに。そんなはずじゃなかったのに。
「勘違い、ッスよ……
 だから、これは最後の引導である。オレの中で線を引かないと、ジャックくんのことを一生後悔させちまう。ジャックくんは絶対に後には引かない。それに、一度想いを話して、ジャックくんに引かれでもしたら、オレは生きていけない。君に最後を言い渡されて、誰が立ち上がっていられると思う?
「先輩は、それでいいのかよ」
 体を離して、肩を掴まれる。黄金の目が、日の光を吸い込んで輝いている。今まで見たどんな宝石よりも美しい。派手な煌びやかさもない、様々な光彩を持つわけでもない、それは、ひたすらまっすぐに人を照らす太陽のようだった。
……俺は、嫌だ」
 観念しろ、とばかりに告げられた悲痛な彼のセリフに、オレの喉の奥から変な声が漏れる。恋に締め付けられる心臓が圧力をかけて、血流が早まる。
……ジャック、くん、は、オレが、好きなんスか……?」
 それこそ、ジャックくんの勘違いなんじゃないだろうか。オレは疑問に思ったことを正直に聞いてみる。だってたかが尻尾に、先輩が悪ふざけをしただけだ。例えばそれがオレの気待ちの表れだとしても、ジャックくんは否定したっていいわけである。流されて好きだとか、相手を尊重して、だとか、そういうことはしてほしくない。優しい優しいジャックくんは、相手のために踏み込んだこともしてしまいそうだ。
 目線だけを上げて、上目遣いで彼を見る。バッチリと合った目は、いつもオレを追いかける、真剣な目そのものだった。
「好きです。じゃなかったら、休暇で会えないのが嫌だからって、ここまでついてこない」
  今度こそ、完璧にオレはしてやられた。
「ジャックくん、狼なんでしょ、こんな男にうつつ抜かしちゃだめでしょ……!」
「何でっスか」
「だ、だって……女の子、じゃないと……ほら、親御さんだって、心配するし」
「女の子……はラギー先輩以上に惹かれないし、親に心配はさせません」
「いやいやいや! 君の将来は? 子供は? 子孫繁栄は⁈」
 まくしたてて話す、混乱するオレを見ながら、ジャックくんは困った顔になり始めた。
 お前から仕掛けておいて何を言ってるんだ、とお思いかもしれないが、オレは頭が沸騰している。叶うはずのない、しかも昨日今日で芽生えたばかりの後輩への不純な気持ちが、跳ね返って降り注いできたのだ。それこそ、昼間の太陽みたいに。オレは真っ黒焦げ、日焼けで全身ヒリヒリだ。
 じりじりとオレを焼くその男は、尻尾をくるりと前に回し、オレの脚をそっと包んだ。
「子孫繁栄は、兄弟に託します」
  やってしまった、ラギー・ブッチ。そうだ、この男はそういう男だ。一生を捧げてしまう奴なんだ。自分が決めたことならば。
 オレはジャックくんの潔さが羨ましくて、ほんの少し悔しかった。だから、思い切りにじり寄って、顔を近づける。顎を下げてしっかりとオレを見る君に、意地悪をするためだ。
 彼の腰に回した手で、尾の付け根を撫でさすった。
……ラギー、せんぱ……い⁈」
……こおいうこと、できる? オレと、ッスよ?」
 あの時ジャックくんに施したマッサージと同じ。揉んで、押して、浮いて逃げようとする腰を「だめ」って言って何とか力で押さえる。オレの弱い力でも、ジャックくんは留まった。気持ちがいいのとこのままだとまずいのと、ごちゃまぜの彼の心境はオレにもよくわかる。
 ジャックくんは、またあの蕩けそうな顔になってくる。切なくて、耳が垂れ下がって、口もだらしなく吐息が漏れる。と、思ってたら、
……ラギー先輩も、覚悟あるんスか?」
 膜がかかったように潤んでいたジャックくんの瞳が、突然吊り上がって睨む。咄嗟に腰に回した手を離そうとしたら、オレの尾の付け根にトンと当たる指があった。
……ひっ!」
 ジャックくんに比べたら短いオレの尻尾は、ゾワゾワと逆立って上を向く。グッと押された尾てい骨は、痺れを背筋に走らせる。あ、とか、ん、とか声が出始める。
 これ、オレの声?
 不埒な彼の手は、
「失礼します」
 って言いながらも止まらない。尻の上を片手が弄る。もう片方の大きい手で付け根周りをまた押される。指圧で揉まれる。
「やっ……じゃ、く、くん……ッ」
 頼りない言葉の制止は、一応ジャックくんの手をストップさせるのに役には立った。でも、その後の言葉を繋げられない。気持ち良すぎて、めまいがする。大きい熱同士が、そろりと合わさる腰を少しだけ押し付けると、ジャックくんも同じように熱をあてがってきた。オレが躊躇を見せていたら、
「先輩、見てたら、こうなります」
……ん、オレ、も……
 スリ……と頬に手を添えられ、熱くて大きい彼の手が顔を包む。細い髪を梳いてくれる指は、今しがたオレの尻を良いようにしていた指と同じとは思えない。またオレは、ジャックくんの新しい一面に立ち入ってる。それをまるで昼寝のように気持ちがいいと感じてしまうのは、いけないことだろうか。
 過去の自分に問いかけるように心の深淵に話しかけても、未知すぎる解答にもちろん返事はない。
「ねえ、ジャックくん」
……はい」
「今もし、シちゃったらさ」
 ジャックくんの顔が、サッと曇る。否定的な言葉が来るのかと思って身構えているのが、体の緊張から伝わった。オレはそうじゃないよ、と首を振って、同じように彼の頬を手で触った。
「レオナさんにもチェカくんにも、匂いでバレちゃうッスね?」
……そ、それは……確かに」
 シシシッと悪戯な笑いをして、もごもごと悩む青少年に顔を近づける。唇の端に、小さくキスをした。
「明日、一日早めて帰りましょ、レオナさんは悪いけど」
 ……それが何を意味するのかは、わからないほど鈍感なジャックくんではない。爆発するように赤くなったから、オレはまたシシシッと笑う。
 それに、この休暇はどうせ付き合わされてるだけだから、早く帰ろうが何しようがいいはずだ。だってオレたちの休暇だ、オレたちのための。

 そんな風にして鼻息荒く、レオナさんに「オレら明日には帰りますから」って夕飯の時に話す。チェカくんが残念そうなのが胸に痛いし、「へえ」とニヤつきながら相槌さえ打たないレオナさんに、オレは怯みそうになる。丁寧に、上質な布ナフキンで口周りを拭いた後、レオナさんはジャックくんの方を向いた。
「ジャック、良かったなあ、願い事叶って」
 固まるジャックくんに、オレはえ、え、と挙動不審になる。隣の狼はだんだんと顔を赤くしてレオナさんを見た。
「アンタ……まさか聞いて……
「当たり前だろ? ここはどこだ?」
…………レオナ先輩の、家です」
「広いこの敷地内でも、従業員の噂っていうのはすぐ広まるもんでなァ。毎日の変化のない日々に、庭師や給仕の女たちが色めき立って話すことと言えば、珍客の話しかねえだろ?」
……ジャックくん?」
 オレとチェカくんは首を傾げたが、ジャックくんは手で顔を覆っている。もはや耳はしおれて、見える目尻は真っ赤っかで、もしかして、とレオナさんと交互に見比べる。
「『好きな人と』仲直りできて良かったな、ジャック」
 レオナさんの意地の悪い笑いが、オレの頭にこびりつく。全身全霊で、オレたちのことを楽しんでいるのが丸わかりだ。
 ジャックくんは完全に機能が停止したし、チェカくんはきょとんとして「ねえねえおじたん、どういう意味?」なんて聞いている。
 そうだチェカくん、もういっそその服の袖引きちぎってしまえ。ニヤニヤしながらこっちを見ている年上のライオンを呪うように見るオレの顔は、多分ジャックくんに負けず劣らず真っ赤だ。
 でも同時に、心の中には嬉しさがせめぎ合う。『好きな人』なんて単語が、こんなにオレを動かす日がくるなんて。
 未来のオレの姿にもう一つ、横に寄り添う影が脳裏に映った。