願い事(twstジャクラギ)

pixiv再掲
ジャクラギの馴れ初めです。
サバナクロー寮には獣人だから昼寝制度があったり、昼寝のためのクッションとかがあったり、レオナさんの実家の様子とか捏造も甚だしいです。あとチェカくんの口調も年齢もよくわからんかったので、こんな感じかな?という具合で書きました。時系列的には二章終了後すぐあたり。
作中、某牧師の引用があります。



4

 日が入り、大きな窓に切り取られた灯りは部屋を眩しく照らす。オレは目蓋をうっすら開けて、白いシーツと掛け布団の合間からごそごそと身動きする。
 寝返りも打たずに寝入ったから、体が少しきしむ。ううんと唸って腰を上げれば、隣のベッドは空だった。もしかしたら、彼は朝も走りにいったのかもしれない。
 ……あれだけ八つ当たりした後、顔を合わせづらかったオレはホッとする。隣にいるかもしれないとさっきまで身構えて、緊張で伸びていた短い尻尾はすぐに力を無くした。
 今日はレオナさんの実家にいるからあの人の面倒は見なくていい。久しぶりのゆっくりした朝だ。背中を伸ばしてベッドを降りる。朝日が肌に当たった。少し窓が開いていて、故郷の風と同じ匂いが入り込む。砂と、乾いた風と、ほんの少しの木々の音。しかし曇り空は相変わらず渦巻いている。レオナさんの言ったようなスコールは、近々降り出しそうだ。
 ガチャリとドアが開いた。ここを開けるのはこんな時間なら一人しかいない。オレは一気に緊張を蘇らせる。こういう時は、さっさとオレから声をかけちまった方が気まずくない。オレは振り返って口を開いて空気を吸った。
 ジャックくん、と形作っていたはずの口は、不発に終わった音を喉で押し殺す。
「おじたん……朝から遊べないってここに行けって……
 チェカくんの泣き顔が、そこにあった。

「おおー、上出来ッス」
「やったー!」
 クッションに埋もれて、チェカくんはさっきとは違って笑っている。朝の食事の前にひとしきり魔法を使ったり、不器用ながらチェカくんが魔法を暴発させない程度に留めつつも見せたりして、オレはしばらく表情筋が緩みっぱなしだった。
 だから、もう一度部屋のドアが開いた時、うっかりその顔のままジャックくんを迎え入れてしまった。
「おはようございます、ラギー先輩……うお、チェカくん、いたんスね」
「ジャックくんも遊ぼー!」
「おう、いいぜ」
 順応性の早いジャックくんは、すっかり笑顔で子ライオンの体当たりを受け止めてる。オレは歪んだ笑顔のまま、クッションの山の中で座って動けずにいる。
「あ、ちょっと、待て」
 さらにまとわりついて遊ぼうとしたチェカくんを少し引き留めて、ジャックくんは真っ直ぐオレを見据える。肩が思わずびくっと上がって、オレは冷や汗をかいた。
「ラギー先輩、これ」
 持っていた紙袋は、油がところどころ染みていたがジャックくんの手は汚れていない。
「さっき寄ったら、食堂の人がくれました」
 ちょうど作ってたみたいですよ。と言って袋を開ける時、彼の横にいたチェカくんの目がすぐにパァッと輝くのがわかった。
「ドーナツ!」
「チェカくんも食いますか? 二人分はあるし」
「わーい!」
 オレがここでようやく発せた言葉は、謝罪でも何でもなく、
「ジャックくんの、分は?」
 だった。しがない乾いた声でも、彼はちゃんと拾ってくれて、
「二人で食べてください、俺はそんな、腹減ってないんで」
 二カッと笑って、「あと」とドーナツとは別のよけてあったのか、違うものを取り出した。
「これも、庭で、もらいました」
 小さい、星の形をしたピンクの花がたくさん咲いて、丸い形を作っている。オレは花の香りに魅せられて、思わず受け取った。繊細な造りのその花を見て、瞬きを二、三度する。
「ペンタスっていう花です。花壇の手入れの人が、株分けしてくれて。これは飾るから、切ってもらいました」
 暑いところでちゃんと育つから、寮でも大丈夫ですね。嬉しそうなジャックくんは立ち上がって、窓の側のテーブルにことんと株の方を置く。
「女々しいとは思ったんスけど、」
 さらに続けて話す彼は、朝日を背中に受けて逆光だ。顔がよく見えなくなる。だけどほのかに彼の匂いがわかるのは、多分体温がわずかに上がったから。
「それの花言葉、『願い事』なんですって」
 チェカくんの分のドーナツを出してやりながら、オレは丸い獣の耳をそばだてる。ジャックくんの低音は、耳の奥で心地よく響いた。
「だから、仲直りさせてほしいって……花に、願っちまって」
 ガリガリと頭を掻く照れ臭そうなジャックくんの顔は、光の具合でわからない。よく見えない顔色を窺うような器用なことは、オレにはできなかった。
「こういうのは自力で解決するモンですけど、願掛けなら
「ジャックくん」
「!  は、はい!」
 しおれていた尻尾が毛羽立ち、ジャックくんははっきりオレを見た。金色のキラキラした瞳が太陽の光をわずかに吸収して、銀色の睫毛と合わさって眩しい。
 オレは、改めてジャックくんを見上げる。いつもやかましくて、鬱陶しくて、側をちょこちょこついてきて、嬉しい時は尻尾振って、悲しい時はしょんぼりするのが目に見えてわかって、ふるさとにいる子供と変わらないような。
 でも。
 ジャックくんはこうやって、気遣いができる。オレのことを一番に考えてくれてる。いつもレオナさんの世話を焼かなきゃいけない身には、何だか甘酸っぱくて照れ臭いものを惜しげもなくくれる。
 一人で生きる時に、こんな後輩がいたんだって思い出にくわえて、シシシッと笑うのも悪くないかもしれない。
「ありがとう、ジャックくん」
……ラギー先輩?」
「走ってきたッスか? オレもそこまで腹減ってないから、ドーナツ半分こしましょ?」
 チェカくんはすでに一つを食べ終えそうで、クッションに戻ると手についた砂糖を舐めていた。
……うす」
 ウェットティッシュなんて便利なものはここにないから、チェカくんの手を洗うためにシャワーブースの横についてる洗面台へ向かう。石鹸の泡がふわっと一つ浮いて、オレとチェカくんは顔を見合わせて笑った。
 ……その時、大人になった後の密かな覚悟を決めたオレの言葉は、ジャックくんに少しの引っ掛かりを残していたなんて、オレは気づかなかった。

 昨日のレオナさんの言う通り、本当にスコールはやってきた。チェカくんの飛行術のレッスンは中止になって、見守ってたオレたちと皆で慌てて中へ入る。屋敷の屋根に叩きつけるような雨が、チェカくんにはかえって楽しかったらしい。久しぶりの雨だから。そう言って楽しげな子供の背中は、ライオンの尻尾が揺れて嬉しさがよく伝わる。
「こりゃ、部屋の中でもはしゃぎそうッスねえ〜」
 頭の後ろで手を組んで、ジャックくんと話しながらチェカくんの後についていく。
「おじたん!」
 白い民族衣装のチェカンガに身を包んで、年配の女性を支えるレオナさんが見えた。金色の模様の入った美しい厚手の衣装は、礼服として使われるものとしも有名だから、それだけこの人がレオナさんにとって敬意を払うべき人なのだとわかる。長い髪も一つにまとめて、普段のガサツな雰囲気はない。女性を支える手つきも、歩幅を合わせる優しさも、本当に柔らかい。
 ただ、
「お前らか……なんだ、チェカのお守り、もう終わっちまったのか」
 口は相変わらず悪い。
 オレたちは恐らく、レオナさんが「頭が上がらない」と称していた方がこの女性なんだろう、と察して軽く頭を下げる。本来は王族相手だ、格式ばった挨拶をしなければいけないはずなのに、ここの人は皆普通にしてほしいと言ってくれる。こんな優しい人たちの下にいて、どうしてレオナさんみたいな育ち方になっちまったのか。
「ラギー、何か言いたそうだな」
「いいえぇ、何も」
 オレは冷や汗を一つ垂らすと、チェカくんを抱えて道を譲る。もっと愚図るかと思ったチェカくんは、今日は大人しくレオナさんと女性を静かに見送っていた。チェカくんに「寂しいッスか?」揶揄うように聞いてみたら、「おじたんは忙しいって聞いてたから」と殊勝な言葉に、子供らしくない遠慮が覗いていじらしかった。
「じゃあ今日はオレたちといっぱい遊ぼっか」
 シシシと笑うと、パッとしたチェカくんの笑顔が、一気にその場を明るくする。

 オレたちの部屋には遊べるような楽しいものは何もない。中庭の屋根のある温室や、屋敷の図書室、廊下、バルコニー、様々な場所へ連れて行ってもらう。時にはチェカくんの案内つきで、時には追いかけっこをするように。
 ジャックくんが肩車すれば背が高いから、いつもと違う視野に感動していた。それぞれの尾の違いに不思議がって、触れて楽しんでいる時もあった。サバンナの児童文学はジャックくんには珍しかったらしく、チェカくんよりも真剣に読み耽っていたり。宝物庫もあるよ! って言ってくれたのに、「ラギー先輩はだめっス」て止められて、泣く泣く我慢した。
 ──遊んで、笑って、昼飯を運んでもらって簡単に済ませて。スコールが止み、日がまた出て虹がかかった空を見ていたら、ジャックくんがおんぶしていたチェカくんの表情は、目がとろけてうとうとし始めていた。
「あらあら……
 教育係の人を探して引き渡す頃には、もうすっかり眠ってしまっていて、あまりに安らかな寝顔にオレまでむず痒くなった。本当に地元の子供たちと同じだ。
 昼寝が済んだら夕方からはスケジュールがあるから、今日の午前中だけがほんの束の間の休息だったのだという。小さい子供でも、王室教育をこなさなくてはならない苦労が彼の小さい背中にはある。
「何かオレ……泣けてきたッス」
「そうですね」
 いつもはしきたりにきちんと順ずるジャックくんも、この時ばかりは同調した。
 ……部屋に戻り、雨ですっかり湿り気が籠もってしまった空気を入れ換えるために窓を開ける。そよそよと風が吹き、心地よい光が漏れた。大きなあくびを一つすると、「眠いっスね」とジャックくんも遠慮なくオレのあくびにつられた。
 昼寝でも。そうぼんやり思ったオレは、自分が何気なく至ったその思考にギョッとする。
 昼寝、か。
 そういえば、ここ数日、慌ただしさから昼寝の時間はまともに取れていなかった。ここのクッションは眠る時にちょうど良さそうだ。ふかふかで、手触りも良い。さすがレオナさんのお屋敷の物だ。服は汗をかいたから、着替えて、あの青い柄の室内着を着てみよう。サテンの、さらりとした、あの。
 なるべく違うことを考えるのに、どうしても気がいくのはゆらりと揺れる目の前の狼の尻尾の動き。
「先輩、寝ますか?」
 自分の鞄から本を取り出していたジャックくんは、すでにクッションを積んで寝やすいように準備をしてくれていた。
「ああー……い、や、その……ジャックくんは? 先に寝たら?」
「先輩より先に寝るなんてできねえ」
 ほらまたそう言う。オレはため息をついて、絶対にこう言うってわかっていたのに、ジャックくんの解答を彼の口から改めて聞かされて、参った。
 眠いものは眠いし、オレはとっとと寝たい。ジャックくんは読書をするから、もしかしたら眠らないかもしれない。
 そうなれば、あの時の、切なげな彼の顔を想像しなくて済むかもしれない。
 フラフラとクッションに近づいて、着替えも忘れてポスンと倒れ込むように横になった。ジャックくんは、デカい体を預けて長い脚を伸ばして、オレの側で読書を始める。
 ポツン、ポツンと規則的な音がした。さっきまでの雨が屋根を伝ってどこかから落ちる音。大雨だったから、しばらくこの音は続くだろう。風が部屋に吹いて、ジャックくんが飾ってくれた花の匂いがする。
 それよりも、ジャックくんがページをめくるカサリという音や、本来故郷にいれば嗅ぐことがなかった狼の匂いの方が、何倍もオレを安心させる。
「三十分で、起こして……
「うす」
 いつもと変わらない返事も、オレの動揺していた心をひどく落ち着かせた。