願い事(twstジャクラギ)

pixiv再掲
ジャクラギの馴れ初めです。
サバナクロー寮には獣人だから昼寝制度があったり、昼寝のためのクッションとかがあったり、レオナさんの実家の様子とか捏造も甚だしいです。あとチェカくんの口調も年齢もよくわからんかったので、こんな感じかな?という具合で書きました。時系列的には二章終了後すぐあたり。
作中、某牧師の引用があります。



3

 夕食はレオナさん、チェカくんが向かい側に横並びに、オレとジャックくんがそれぞれの向かいに座ったのを見計らって始まった。白い整ったクロスの上に、赤いろうそくののった金の燭台が輝いて、オレは目を見張る。運ばれてきた前菜は、グレープフルーツと生野菜。塩と胡椒の効いたオリーブオイルドレッシングで食べるそれは、さっぱりしていてオレの少しばかりモヤモヤしていた気持ちが落とされた。口の中で甘酸っぱさが広がって、目を瞑って味わう。
 いつもはじっと見てくるジャックくんも、今日は人前だからなのか、料理がいつもと違うからなのか、目の前に夢中でオレを忘れている。
「チェカ、こぼしてるぞ」
「わ! ごめんなさい〜……
 しょんぼりするチェカくんの相手をしているレオナさんは、仕方なさそうにそちらを見ている。チェカくんは当然、俯いてしまった。方々の視線がオレから外れている。それを良いことに、オレはジャックくんの様子を窺った。
 金色のピカピカの目が、すっと細まる。口の中に野菜を放り込んだ。幾重にしたレタスにフォークを突き刺す音は控えめで、瑞々みずみずしくシャクシャクと咀嚼されてる。グレープフルーツを放る時は、ほんの少し舌を出して迎え入れる。
 その顎が、ぐるっとこっちを向いた。
……どうしたんスか?」
 相変わらず口の端についたドレッシングは、今度はドーナツの時のようにオレの手で拭われることがなく、赤い舌が小さくペロリと取り去っていく。オレは目を逸らして、嘘をついた。
「ジャックくんて、ほんと美味そうに食うなあ、と思って」
 本当に、じゅうろくさいなのかなあ、って。
 嘘がよく表に出ずにスラスラ言えたものだ。大人びた仕草だったジャックくんがパッと笑うと、オレをひどく安心させるガキっぽい笑顔になった。
 そうそう、そうしてオレの心臓をあんまり脅かさないでいてくれ。ドキドキする高鳴りをごまかすように、オレも食事を再開する。
 その後に来た好物の肉も、カラメルがけの美味しそうなデザートも、喉を通る頃には全部味がわからなくなって、オレはますます自分の気持ちが浮き足立ってることに気付かされる。残してしまった分はジャックくんがさらってくれた。

「お前、発情期か?」
 オレだけがレオナさんの私室に呼ばれて唐突にそう言われたものだから、思わず吹き出した。乾いた笑いが漏れる。
「ハイエナの雄に発情周期はないッスよ」
 肩をすくめてみせるけど、背筋の汗はごまかせただろうか。レオナさんがそんなことを言い出したから寒気が止まらない。
「へえ……それにしちゃ、匂うけどな」
「風呂がまだだからじゃないッスかあ? 疲れてるのに誰かさんに呼ばれてこんなとこで足止め食ってるし」
 おどけて笑う。レオナさんはいつもの表情に戻った。
……俺は寝る、チェカの相手、明日から覚悟しとけよ」
 くるっと背を向けてもうベッドに潜り込もうとしてるレオナさんを尻目に、オレは早足でドアから抜け出した。
(飯の時、見てたの……バレてた?)
 夕食。皆の目を盗んでジャックくんを観察していた。何を見たかったのかはわからない。ただただジャックくんを見たかった。これまで見られる側だったのに、見る側に立った時、君はどんな風に映るのか。またあの時みたいな、知らない顔を覗かせるんじゃないか。
 そう思うと、見たい、見たい、という好奇心が湧き出してきて。
(これって、何て言うんだっけ?)
 ……好奇心という名前だけで閉じ込めておきたいこの気持ちは、前を歩いてきたジャックくんによってドキンと高鳴って、危うく溢れ出そうになる。
「先輩、もう用事終わったんすか」
「ん、レオナさん、もう寝るってさ」
「こんな早い時間に? 珍しい」
 確かに夜更かしが好きなレオナさんからすれば、わりと早い就寝になる。よほど親族付き合いが疲れるのか、チェカくんに夜まで構われそうだから防衛策としてなのか。
「ジャックくん、シャワーは? 先に入っていいッスよ」
「先輩より先に使うわけにはそれに俺、これから走ってくるんで」
「えぇ、今日も?」
 びっくりして、ジャックくんの服装をまじまじ眺めた。ジャージにTシャツと、ハーフパンツにランニング用のレギンス、しっかり着込んでシューズの紐まできちんと固めに結んである。オレは呆けた顔をしていた。
「いやあ……ジャックくんてほんと、安定感あるッスね、マイペースっていうか……
「ありがとうございます」
 じゃあ、と風のように走り去っていくジャックくんをひらひら手を振って見送って、部屋に着いてシャワーを浴びた。
(あの体、もっと大きくなるのかな。まだ成長途中でしょ? これ以上たくましくなるのかな)
 サラサラ流れる湯の中は温かくて気持ちいい。蛇口を回して体を洗い、シャワーブースから出ると全身鏡があった。オレは角度を変えて、横向きで自分の全裸を見る。尾がプラリと垂れて水滴を落とした。
 ……自分でも痩せて、みっともない体だとわかる。故郷でも大柄な体つきの人間はほとんどいない。女性が強く気高いあの国で、男のハイエナは強さよりも柔軟さ、素早さ、賢さ、そして従順さが求められた。女が右といえば右。左といえば左。子孫の繁栄も、全て女性の一存にかかっている。
 女性たちが強くならなければならなかったのには理由がある。妊娠がしづらく子供を産むのもかなり難産が多い種だからだ。子を守る、その為に強くたくましくなければ子孫が残せない。オレたち男は頑強な体よりも、どれだけ子孫を長く残せる遺伝子があるか、なければどれだけ女性を守れるかにかかっている。
(だからどんなに貧相な体でも、遺伝子次第)
 そしてオレには魔法という特異な体質が、そして強力に備わって生まれた。きっとこの遺伝子を欲しがるメスは多い。ばあちゃんはそう察した。男子校に入れたのも、ジャックくんの家との考え方とはきっと違う意味でオレの身を守るためだ。
 どうせ卒業後には、国から出られなくなるくらい、女性に囲われ使われる日々。それならせめて、この時期だけは。
 はあとため息をつく。いつか誰かにこの話をしたら、ハーレムじゃんと言われたのはついこの間だったか。オレは顔面に笑顔を貼り付けながら、話したことを後悔した。
『自由は決して圧制者の方から自発的に与えられることはない。しいたげられている者が要求しなくてはならない』
 囲われたら最後、自由などない。搾り取られて終わる。確かに種の保存にはそれが一番だ。
 きっとオレは卒業したらいなくなる。ハイエナであることは誇りだけれど、その世界には戻りたくない。決してしいたげられるわけではないけど、自由でいたい。
 ぶわ、と、濃い汗の匂いが、部屋にやってきた。
「ジャック、くん?」
 ガチャリと開いたドアから、汗でへにゃりと下を向くジャックくんの銀髪が見えた。
「ラギーせんぱ……っ⁈」
 ジャックくんは驚きのあまり赤面して、バッと下を向く。オレは呆然とした。
「下、履いてくれ……っびっくり、する……!」
 今度はこっちが、赤面する番だった。大慌てで寝間着を着て、鏡台のドライヤーのところへ座った。ジャックくんに「もういいよ」と声をかけて、一言謝罪する。
「すみません、俺、タオル忘れたから取りに来て……そしたら先輩の裸見ちまって……
……男の体なんて、見たって恥ずかしいことないじゃん」
 そんな負け惜しみを加えても、オレだって恥ずかしがってすぐ着替えたくせに何言ってんだろ、と自嘲した。
「その……いや、先輩は駄目です。ちゃんと服着ててください」
 咄嗟に出たジャックくんの言葉は、オレの神経をひどく苛立たせた。
……女みたいだから?」
 心のモヤが晴れないからって、ジャックくんに八つ当たりを始める。見当違いなことで当たってるっていうのはわかってる。現に、君を困らせてる。
「細いし、顔だって女顔で」
……ラギー先輩、そんな意味じゃ」
「ハイエナの世界じゃ当たり前でも、こっちに来て現実を知ったッス……レオナさんもジャックくんも、そうじゃないって」
 ──入学して初めてクラスに入った時、あまりの体つきの違いにショックを受けた。絶望したと言ってもいいくらいだった。ハイエナの生徒はいたけれど、猫科の動物が多かった。犬科だとしてもハイエナのような珍しさはない。皆体格と力比べができる。速さも競える。それに比べたら、オレの力は無いに等しい。
 生き残るのにレオナさんがいなかったら。そう考えたら空恐ろしくて、身震いする。
「ラギー先輩」
 目の前でジャックくんの匂いが香る。今は嗅ぎたくはない。
「走り終わったら、シャワー入れよ。オレはもう、寝るから……
 ぶっきらぼうに言ったセリフは、呆れるほど声が掠れていた。情けない先輩面をいつまでも晒したくない。明日には謝って忘れて、でも今だけはこのままでいさせてほしい。わがままを許してほしい。
 ジャックくんが離れていくのが音でわかる。目を瞑ったまま顔を背けていたから、どんな顔をしているのか見てはいない。
 やがて扉が閉まってジャックくんは暗闇の中を走りに行った。俺はその姿を想像しないように、できるだけ頭から追い出した。帰ってきたジャックくんの音がしても、シャワーブースの扉がパタンと閉まるのが聞こえても、オレは腹の底から深いため息をついて、意識を逸らしていた。
 ベッドに倒れ込んだまま動かないオレを、柔らかい羽毛布団の心地よさ、枕のふかふかした感触が、全て許してくれてる気がした。足の先をきゅっと丸めて、背後に流れるシャワーの規則的な音を子守唄に眠れると思っていたけど。やはり人に怒りをぶつけた後は、居た堪れなさと興奮で寝られるものじゃない。
「ばあちゃん……
 目を閉じ、故郷の懐かしさを思い出す。草原の広がり、子供たちの群れ、家の連なりと皆の笑い声。世話をしていた子供のぬくもりは、どこにいても思い出せる。きっとそれは、一人でいても大丈夫なくらい。
 ……卒業してからのことを考えると薄ら寒かった将来に、ほんの少しだけ希望が持てた。
 ばあちゃんが歌う故郷の歌を浮かべながら、オレはいつの間にか止んでいたシャワーの音も、濡れっぱなしだった半乾きの自分の髪も忘れて、深く寝入ってしまった。