次の日の朝。
この日は休日でもちろん学校は休み。だけど、任務は年中無休なので任務があれば出向くし何もなければ普通のお休みである。
日差しが眩しい、と思いつつもほっぺた辺りが少し痛いような気がした。
目を覚ますと、目の前には脇に置いていたサングラスをかけて、ぷにぷにとと私の頬を触っていたのだった。
(そうだ。あのまま寝たんだった!)
「お、おはよ
……う、」
「はは。お前のほっぺた柔らけー。んでもって変な顔~」
まるでおもちゃで遊んでいるちびっ子のような笑みで私の頬をつまむ。
「い、いはいんですけど
……」
「柔らかいのが悪い」
(そんな理不尽な
……!)
まぁ中身はおばさんでも、見た目は高校生ですからね。まだ肌もピチピチですよ。これが本当の姿だったらそんな感想はでないはず、たぶん。
……自分で言ってて空しい。
「あー
……よく寝たわ。
沙奈のおかげで十分休めた。サンキューな」
「それは、どういたしまして」
つねられた頬が痛いと思いつつもそう返事した。
ブーブー。
脇に置いていた五条君の携帯が震えた。彼が取って確認をする。すると「
……まためんどくせーな」と呟いたのが聞こえた。
「
……任務のこと?」
「あー
……似たようなものかな」
「そりゃあ徹夜で任務してたら倒れちゃうね
……五条君」
「あー、何?」
「いつも私たちの代わりに呪霊祓ってくれて、ありがとね」
一般人は何も知らない。そして呪霊を見ることは出来ても祓うことができない私。私もせめて呪術が何か分かって力を付けていれば彼の負担を少しでも減らせるのに、出来ないから。お礼くらいは言わなきゃいけないよね。
何度か目を瞬きしてしばらくぼーっと私を見る。そして、恥ずかしくなったのかそっぽ向いて「
……別に、お前のためじゃないし」といつもの嫌みで返される。
「それでも、貴方が祓ったことで救われてる人がいるのも確かだから」
「
……まぁ、俺は最強だしな。
……ならさ、頑張ってる俺に欲しいものあるんだけど」
「欲しいもの?」
五条家の嫡男であり、一級呪術師でもありそれなりにお金はあると思う。それに対して私は軽いアルバイト程度くらいしかない。欲しいもの買ってあげられるだろうか。
「あまり高いのは止めてね」
「んなんじゃねーよ! 硝子とケータイ買いに行っただろ? 連絡先教えろ」
「
……ああ、そういうことなら」
そういえばそうだった。彼にも連絡先を伝える予定だったのをすっかり忘れていた。別に教えないでいるつもりもなかったので、手間が省けて助かる。
私はポケットから携帯を取り出すと、五条君も携帯を見つめる。すると、少しだけぶすっと機嫌が悪そうな表情を見せた。
「それが
沙奈のケータイ?」
「うん」
「それ、男もんじゃねーの?」
「あはは、そうだね。硝子ちゃんたちにも第一声に言われちゃったな」
黒と紫の携帯。直感で選んだと言えば意外だとか珍しいという目で見られる私の
携帯。
「なんか直感的にこれだって思ったのがこれだったの。それにちょっとした汚れは見えないしね」
そう言って私は五条君とも連絡先を交換する。無事に終わらせたけれど、彼の表情はさっきの無邪気な表情ではなく、険しい。
「
……沙奈、好きなやつとかいる?」
「え? いないけど」
「俺と付き合わね?」
そう言った彼の表情は真面目な表情に切り替わって、きっぱりとそう言った。私は、どこかでこのフレーズを聞いたような、と思いつつ声を出す。
「え? でも
……」
「俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃ
――」
「なら、お試しってことで」
「え?」
「一週間。その間に
沙奈のこと落とす。一週間でも駄目だったら
――……」
そう彼は言って、声が小さくなっていく。彼の頬が少し赤くなっているのが分かって、やっと私は告白されたのだと知る。
「ちょ、ちょちょちょっと待って! つ、付き合うってその
……」
「はぁ? 付き合うっつったら彼氏彼女のアレしかないっしょ。他にあんの?」
「いや、でも
……」
そんなの困る。気持ちがどうとかではなく、私は元の世界に帰らなきゃならないのに。
帰る時、一番辛いのはきっと五条君の方だ。私の方は彼らとは違って大人で、恋人を作ったことはないが、友達や仕事仲間との別れは経験済みだ。それが、高校生でやっと外の世界を知り始めた彼に、しかも彼女(予定)が忽然と消えるなんて経験したら将来、人間不信になるんじゃないだろうか。もしかしたら女は信用出来ん、と独りで生きていくかもしれない。
……漫画の中の五条先生は誰にでもヘラヘラしてたけど。でもこの世界線はどうなるか分からない。すでに、異常発生しているのだから。
覚醒した私にとって、彼は私に怪我をさせたことがきっかけとはいえ、漫画の中の五条君とは少しかけ離れていた。言葉がキツイのは変わらないけど、どこか優しさもある。そんでもって、いきなり告白という超展開だ。もしかしたら覚醒前の私に気になる存在として見ていたのかもしれない。彼からすれば片想いして○ヶ月目とかなのかもしれない。しかし、今の私からすればまだ一ヶ月も過ごしていない。私からすれば、新幹線かそれ以上の速さの超特急みたく、超展開なのだ。
「だーかーらー、一週間試そうって言ってんだけど?」
「一週間」
「そ、一週間仮の恋人になって。一週間じゃ足りないなら延ばしてもいい」
「
……」
「
……お前の分まで呪霊を祓ってる俺へのご褒美だと思って受けて」
「五条君、その
……女遊びみたいなことは
――」
「するわけないじゃん。本気だから」
そう言って私を優しく抱きしめてきた。彼の体温が伝わってくる。冗談じゃないのだと、実感する。
「でも、
沙奈のことだから、今までそういう目で見たことないって言うんだろ? だったら試して。ちゃんと俺を見て、それで正式に付き合うか決めてよ」
そう言った彼に少しドキッとときめいてしまった。
子どもだからと、今の私は大人だしいずれ元の世界に帰るからと、そんな御託を並べて逃げているだけだったのかもしれない。でも、彼からすれば真剣なのだ。彼の気持ちを無我に出来るかというと、出来なかった。
「
……一週間でいいなら、いいよ」
「っし!」
彼は勇気を振り絞ったのだろう、まるで我慢から解放された時の喜びのように笑顔を私に向けていた。その笑顔に少し笑みをこぼして答える。
「じゃあ、よろしくね五条君」
「五条君じゃなくて、名前で呼んで」
「
……悟、君?」
「
……うん」
異性の名前を初めて呼んだ。友達とか仕事仲間でも苗字で呼ぶことが多かったから。
ただ名前を呼んだだけなのに、呼ばれた相手は嬉しそうに返事をする。それがまた、可愛らしくて愛おしく思えた。
帰る時、後悔しないように彼には諦めてもらうしかない。
その方が、お互いのためなんだ。
すっかり元気になった悟君と朝ご飯を食べて、彼を見送る。
もし、私がこの世界に飛んだのではなく、初めからこの世界の人間だったならば。
彼の告白を心から喜んで受け入れていたのだろうか。
彼の背中を見届けながら、そんなことを思うのだった。
【終】
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