ぷの
2024-10-13 14:29:13
8438文字
Public レイチュリ ※ベ限
 

レイチュリSSよせあつめ

P1 - ちょっとしたお掃除(2024/10/12)
P2 - 本日の三杯目(2024/10/12)
P3 - ありがとう金曜日!(2025/4/3)
P4 - なんだか爆発させたかった(2025/4/24)
P5 - 🍩≒?(2025/6/11)

【🍩≒?】

 レイシオへの軽い手土産は、だいたい秘書が受け取る。お菓子ならお茶請けにしたり、後で皆に配ったりと、中身を見て秘書が振り分けている。
 定期的に訪ねてくる客などは、レイシオではなく秘書の好みで土産を選んでくるようだ。自分には出さなくていいから皆で食べてくれと言って置いていくので、秘書の方も客の好みのお茶請けを用意している。
 その日は、来客から期間限定のドーナツの詰め合わせをいただいたと弾む声で教えられた。生菓子だから早く食べてしまいましょう。そう言ってあちこちに配られた最後の一つが、客が帰った後でレイシオに手渡された。付属の小さなパンフレットによれば、ドーナツは四種類あったようだ。食べたい味を確認されるたびにどれでもいいと生返事を続けた結果、レイシオの選択権はなくなって久しい。コーヒーを淹れて、休憩がてらデスクで食べることにした。
 セロファンを敷いた紙のケースに入ったドーナツは柔らかそうな生地で、小さめの中央の穴に粘度の高いソースが入っている。セロファンごとケースから取り出して驚いた。想像よりもさらに柔らかく、ふんわりしていたのだ。
 そういえば、新食感を売りにした新作だと書かれていた。商品名は「ふわもちゅりん」。どこかで聞いたような語感である。
 レイシオはじっと手の中のドーナツをみつめた。それから、セロファン越しに軽く指を沈めた。ふんわりしているだけでなく、もっちりとした弾力もある。
 実際に漂うのは油と砂糖の匂いなのに、あの男がいつも身につけている甘い香りが鼻先を掠めた気がした。ふざけてレイシオの膝の上に乗り上げたときの尻の弾力を太ももが思い出す。スラックスに包まれた柔らかいそれは、潰されて形を変えていた。セロファンに包まれたドーナツと同じく、やや窮屈そうに。
 レイシオは中身の感触も知っている。ベルトをくつろげ、ウエストから手を入れて、下着の下に忍び込ませる。すると、アベンチュリンはレイシオの喉元で忍び笑いをこぼして、レイシオの手を迎え入れるようにわずかに腰を浮かせる。さらに柔らかくなった丘に指を滑らせ、少しひんやりしている肌を押して、軽く弾く。男性のものでも十分に柔らかい。二つの丘の間に中指を沿わせて奥に進むと、アベンチュリンの背がしなって、熱のこもった吐息がレイシオの喉にかかる。中指の先でレイシオだけに許された秘密に触れれば、その暗がりはしっとりと潤んで――
 ハッと我に返ると、強く握ってしまったドーナツがひしゃげてセロファンから滑り落ちそうになっていた。真ん中の穴から絞り出された半透明のソースが、生地にめり込んだレイシオの指を汚している。なんなんだ、この食べ物は。こんなものをなぜ商品化できたんだ。
 わかっている、ひどい言いがかりである。とてつもなくいたたまれない気持ちが込み上げて、レイシオは天井を見上げた。疲れているのだ。そういうことにしたい。下を向けない。そこにいる愚か者と顔を合わせたくない。
 ふーっと深呼吸をして、潰してしまったドーナツを口に入れた。あんな妄想をした後で食べるのはなんともいえない後ろめたさがあるが、食べ物を無駄にしたくはなかった。
 前歯を埋めたところで、今度はくふくふと笑うアベンチュリンの声が聞こえた気がした。レイシオの顔に唇を寄せて、あちこち甘噛みしては感想を述べる。耳たぶは「やわらかい」、頬は「かたい」、唇は「すごくやわらかい」。僕のは?と聞かれて歯を立てた一番固いはずの頬は、思いのほか柔らかかった。
 アベンチュリンは薄い体つきだというのに、全体的にレイシオよりも柔らかい。筋肉の上にうっすらと乗った脂肪がふんわりもっちりとしている。レイシオより若く、よく手入れをされている肌のせいで、そう感じるのかもしれない。
 あの柔肌に噛み痕を残したい。何度も押し殺してきた乱暴な気持ちを、この食べ物にならぶつけてもいい。ふとそう思った。これなら彼は傷つかない。傷つけられそうだったことにも気づかない。
 グッと歯をドーナツに沈める。違う。人の肉ではありえない感触に、馬鹿馬鹿しさがこみ上げた。別のところで発散したって、衝動はなかったことにはならない。レイシオがアベンチュリンにとって危険をはらんでいることには変わりないではないか。
 レイシオは二口でドーナツを食べきった。頭を空にして糖分を脳に放り込んだ。疲れているから、次から次へと生産性のない妄想に隙を突かれるのだ。すべては足りない栄養を補えば解決する。汚れた口と手を拭い、ドーナツの脱け殻を速やかにゴミ箱にやって目の前から消した。
 そのとき、なんというタイミングか、秘書が来客を告げた。彼のことはいつも二つ返事で通せと言ってきたから、前もって頼まない限り、部屋に入れていいか確認されることはない。
 今一番見られない顔が、レイシオに笑顔で手を振って近づいてくる。甘い香りと軽やかな声を伴って。
「急に悪いね、ちょっとだけ話を」
「僕はいない」
「休憩の邪魔をするなってことかい? この状況で居留守を使われるほど嫌われてるとは傷つくなあ」
「すまない、時間はある。君の分のコーヒーを淹れてこよう」
「すぐ済むからいいよ、お構いなく」
 アベンチュリンは行儀悪くデスクに腰かけて、レイシオの顔に顔を近づけた。すん、と鼻をならして匂いをかぎ、笑った。
「ふふ、新作のドーナツを食べたんだろ、うちの子たちみたいな香りがするよ。美味しかった?」
……ああ。しっかり甘いからか、食感のわりに腹に溜まる」
「ふーん、トパーズが好きかもしれないな。早速買って帰るよ」
 コーヒーを飲んで、口と鼻に残る甘味を流した。不自然な動作ではなかったはずだ。そうして、デスクの上で窮屈そうに潰れているであろう尻から気を逸らす。
 幸いなことに、アベンチュリンはレイシオの後ろめたさに気づいていないようだ。雑談を切り上げて本題が始まった。仕事のとき少し固くなる彼の口調が、レイシオの頭を冷静にする。デスクの影でアベンチュリンの視界からギリギリ身を隠した愚か者よ、おまえも空気を読んで早々に眠りにつけ。
 レイシオが何を思い浮かべながらドーナツの感想を答えたのか、アベンチュリンは知る由もない。