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しちろ
2024-06-30 20:47:51
45456文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 最終話
ティアストーン後編。
1
2
3
4
5
6
ジオを発ち、珠魅の都市に着くまでの旅路の最中。
カイはいつものように、双子に手紙を出した。
瑠璃と真珠姫に無事会えたこと。彼らと珠魅の街
――
煌めきの都市に行くこと。
いつもより少し時間がかかりそうだけれど、今度は必ずみんなで帰る。
だから、私たちの家で待っていて。
■■■
その都市は蜃気楼のように揺らぎ、あたかも天空に浮かんでいるように見えた。
人間を
――
いや、珠魅以外のあらゆる種族を避けて造られた、荒野に浮かぶ岩の城。
「こんな場所に、よく
……
」
目を丸くする瑠璃へ、真珠姫が微笑んで答える。都市全体を覆う結界が、外敵の目から街を隠し、見えにくくしているのだという。
都市の真下までたどり着いたカイは、真珠姫に促されて、蛍姫から授かった王杓を高く掲げた。住民の証たるものとして、真珠姫と瑠璃の核が煌めく。玉石の王杓が閉ざされた門を開き、新たな訪問者たちを、あるいは久方ぶりの帰還者を都市内部へと受け入れる。
岩をくりぬいた構造の門をくぐり、階段を上がっていく。
風は冷たく、ひょうひょうと、岩を抜ける風声がした。迎える者は誰もいない。
透き通った水をたたえる堀を越えて、入口の石段を上がる。
清しい解放感とともに、一気に視界が開けた。至る所に煌めく光。急な眩しさに襲われて、カイは少し顔をしかめる。
「これが
……
珠魅の街
……
」
一言漏らし、それきり瑠璃は言葉を失った。その気持ちはカイにもなんとなく理解できる。
陽光に照らされて、静かに輝く街。思いがけず柔らかな風が、来訪者たちを優しくなでていく。
「なつかしい
……
煌めきの都市よ。古い言葉ではエタンセル
……
」
真珠姫が、万感の思いを込めてその名を口にした。かつて彼女がレディパールとして旅立ち、真珠姫とともに帰ってきた場所。
一行は、言葉少なに街の内部へ歩を進める。
美しい街だった。
紅玉。翠玉。黄玉。碧玉。藍玉。紫水晶。それ以外の、名も知らぬ宝石たち。回廊や壁面、至るところに埋め込まれた鉱石が日光を反射して大小の光を放っている。
複数の階層を積み上げた形の都市は、歩いてみると、螺旋構造になっていることがわかった。優美な回廊が、緩やかなカーブを巻き上げながら上へ上へと続く。道中、岩を削って作られた小部屋がいくつも備え付けられていた。
湧水があるのだろうか。清らかな水が上層から下層へ、そして下層から入り口付近の堀へと続き、大地を終点として流れ落ちている。風の音に重ねて、水が流れる音が絶えず聞こえていた。
宝石と清水と煌めきに彩られた、奇跡の都市。これが、珠魅たちが創りあげた珠魅だけの世界。
「でも
……
」
来た道を振り返り、カイは思う。
まるで、空っぽの宝石箱みたい
……
。
滅びし煌めきの都市。住民たちから捨てられ、忘れられた街。
堅固な封印や結界が、賊や魔物から都市を守り続けていたのだろう。世界から置き去りにされたように、過去の姿を滅亡した当時のまま遺している。優しい煌めきも、街を飾る数多の石も、街に刻まれた歴史も、誰一人顧みることなく、深々と時を重ねるだけ。
「カイ、どうした」
「あっ、ごめん」
仲間に置いて行かれかけて、慌てて追いかける。
蹴り上げた踵が、回廊の清水を跳ねあげた。飛び散った水しぶきは光の粒となり、きらきらと宙に散って消えていく。
真珠姫に案内されながら道なりに回廊を上がっていくと、大きな門に出た。周囲は岩盤を削って作られた洞窟のようになっており、岩の隙間から日の光が差し込んでいる。
「台座に宝石を据えると、門が開くしくみになってるの」
真珠姫の言に従い、途中の小部屋で見つけた宝石を台座に置いていく。
この門も入り口同様固く閉ざされ、封印されている。サフォーの門と呼ばれていたのだという。
「サフォー、って」
その名前はカイの記憶にある。ザル魚君から聞いた名だ。
真珠姫がさみしそうな眼差しを門へと向ける。
「ええ。『青い瞳』のサフォー。この都市の、姫長だった珠魅」
ポルポタでの事件はもう半年ほど前になるか。出会ったときにはすでに核だった、サファイアの珠魅。彼の名を冠した砦は、主亡き今も都市を守り続けている。
階層を一つ上がるごとに地上が遠のき、空が近くなる。
不思議な空だとカイは思った。
時刻はまだ昼。
青空のはずなのに、ここから見える空は、街の煌めきを写し取ったかのように淡い金色を帯びて見える。
「煌めきの都市って、昔はここ以外にもたくさんあったの」
道すがら、真珠姫が説明してくれた。
「この街にはとくに大きくて、たくさんの仲間がすんでいたわ。最後に残ったのも、このエタンセル」
「最後って
……
他の都市は?」
「帝国軍に追われて滅んでしまったわ。それで、生き残った多くの珠魅がここに逃げこんで
……
ますますこの都市は大きくなった」
真珠姫の言葉には淀みがない。彼女がまだレディパールだけであった頃の記憶なのだろう。今の真珠姫は、己の半身と記憶も知識もほぼ共有しているらしい。
開けた講堂のような広間を通り過ぎながら、真珠姫は一段高くなっている座を指さした。指導者の立場にあった輝石の珠魅らが座していた場所だという。
「珠魅ってね、いろんな座があるの」
「聞いたことがある。上から玉石、輝石、半輝石。一番下が、捨石」
瑠璃が言うと、真珠姫はええと肯定した。アレックスが語った、珠魅にまつわる知識だ。
「ヘンな話だな。生まれながらの石の価値で、その後の人生が全部決まっちまうなんて」
いかにも若者らしい、瑠璃らしい物言いである。表情を見るに、思ったことを言っただけで他意はないらしい。
真珠姫が困ったように笑った。
「それでできたのが、この街。ディアナさんがつくったの」
「蛍姫が一番上じゃなかったの?」
「うん。さいしょの玉石姫は、ディアナさん」
仮の玉石姫だと彼女はいつも言っていたけど
……
と、真珠姫は付け加えた。涙を流せない自分を、生真面目なディアナは真の玉石姫だとは認めていなかったのだろう。
「ずっとむかし、ディアナさんは珠魅の身分差に関係なく仲間をあつめて、この都市をつくったの。このエタンセル以外では、捨石の珠魅は都市に住まうことさえゆるされていなかった。古い珠魅たちに反対されて、座を撤廃するまではいかなかったそうだけれど
……
」
一度言葉を切って、真珠姫は遥か上層を見上げた。そこには、小さな円盤状の最上層が見えている。
「玉石姫になるまえの蛍はね。捨石の珠魅だったの」
これは、カイにも瑠璃にも初耳だった。
「それがなぜ、最高位の玉石の座に?」
聞かれた真珠姫は、少しの間、沈黙した。
「
……
『私』の核が、くだけそうになったから」
驚いたカイと瑠璃の視線が、真珠姫の核に集まる。真っ白な真珠の核が遠慮がちに小さく煌めいた。
「わたし
……
パールは、この都市の珠魅じゃなかったの」
そう切り出して真珠姫が語ったのは、知られざるレディパールと蛍姫の過去。
レディパールは元々、他の都市の玉石姫に仕える騎士だったのだという。しかし帝国軍によって都市は陥落。パートナーの姫は殺害され、レディパールは都市の生き残りを連れて街を脱した。他の都市が片端から受け入れを拒否するなか、唯一応じてくれたのがディアナの都市
――
つまり、このエタンセルだったという。
「けれど、そのせいで、この都市の場所が敵軍にしられてしまったの。それでも
……
ディアナさんもルーベンスさんも、逃げてきた私たちを責めずにはげましてくれた。あなたたちはたいせつな仲間だ、いっしょにがんばろう、って」
「ルーベンス
……
」
「
……
ディアナさん」
そして、ディアナ率いるエタンセルの民と、レディパールの都市の珠魅たちは力を合わせ、帝国軍を退けることに成功する。真珠姫は詳細は語らなかったが、その勝利に騎士長ルーベンスやレディパール自身の活躍が寄与したことは想像に難くない。しかし、激戦でレディパールは深手を負ってしまい、今にも核が砕けそうになっていた。
「そのときおみまいにきてくれたのが、捨石の珠魅だった蛍姫。蛍は戦火を逃れて、この街にきていたの。彼女が泣いて、パールの命はたすかった」
「もしかして、それがきっかけで?」
「ええ」
当時、涙を流せる珠魅は方々捜索されていたが、見つからずにいる状況だった。
すぐさまディアナは仮の玉石姫の座を降り、涙を流せる蛍姫を玉石の座に据えた。真なる玉石姫の誕生である。涙石を生める奇跡の珠魅・蛍姫は、文字通り珠魅一族の命を支えるとともに、一族の精神的主柱となった。
「蛍は、玉石姫になることを強制されたわけじゃない。すこしでもみんなの役にたちたいと、自分から役目をうけいれた」
でも
……
と、真珠姫は顔を俯ける。
「もし、もしも
……
あの時、蛍が涙を流してさえいなければ、玉石の姫にはならなかったとおもう。いえ、もしも蛍がパールのところにこなければ
……
あのとき、私が傷ついてなんていなければ、涙石のことなんて誰もしらずに、蛍は今もべつの場所に逃れて、静かにくらせていたかも」
「真珠ちゃん
……
」
「だからわたしは
……
パールは、蛍の騎士になった。蛍姫が仲間を癒し、守りたいとねがうなら、私はそのために戦い続けようとおもった。彼女の願いを叶えるためなら、なんでもすると誓ったの
……
たとえ、世界中の誰と敵対することになったとしても」
こんな話すると、パールにおこられちゃうかな。
そう言いながら仲間に向けた真珠姫の微笑みは、どこかほろ苦い。
真珠姫は都市の外へ目をやって、一人呟いた。
「ほんとうは、こんなふうになるまえに、聖剣をみつけられていれば、よかったのだけど
……
」
真珠姫の口を借りて語られる、レディパールの胸の内。誰よりも強く、孤高にある陰で、黒真珠の騎士はこんな想いを秘めて生きてきたのだろうか。
「
……
真珠」
瑠璃に呼ばれ、真珠姫が騎士を向く。砂のマントが、風になびいて揺れている。
「オマエもあの人も、ずっと一人きりで背負ってきたんだな。でもな、今のオマエは一人じゃない。抱えるモノがあるのなら、これからはオレが一緒に背負っていくよ。背中は信じられる者に預ければいい。そのための仲間なんだから」
カイと出会った頃は他人を信じられず、頑なだった瑠璃。彼はいつから、こんなことを言えるようになったのだろう。
真珠姫は頬を赤らめて、泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう、瑠璃くん
……
」
三つ目の門を開いて階段を上がった先が頂上だった。金色の空を背景に、王冠を模した形の建物がある。扉に施された装飾はサフォーの門と同じだが、ひときわ大きく高貴な佇まいは、これまでにあった部屋や広間とは明らかに違った。
「玉石の座
……
蛍姫の御寝所です
……
」
ここが、煌めきの都市の頂点。最高位、玉石の座。
珠魅の象徴玉石姫が座す、一族の拠り所だった場所。
今にも風にかき消されそうな、助けを求める声が届いた。
だれか
……
煌めきが消えてしまう
……
。
「蛍!」
真珠姫が真っ先に飛び出し、一行は玉石の座へと飛び込んだ。
■■■
煌めきの都市最高位たる、玉石の座。
この街を訪れて初めて、一行は出迎えを受けた。
「やっと、来てくれたね
……
」
そこで待っていたのは、場違いなほど穏やかな顔つきをした、一人の青年。
「あなたは
……
」
「待っていたよ。貴方たちならば、必ずここまでたどり着くと信じていた」
顔つき同様に穏やかな語り口の彼を、カイはよく観察する。初めて見る人物だ。初めて見る顔。初めて聞く声。初めて見る微笑。
けれども、よく知っている。
高く結い上げた、長い亜麻色の髪。藤色の宝石商を思わせる、柔和で穏やかな物腰。
緑の宝石泥棒と同じ、獲物を狙う獣のようなしなやかな仕草、瞳の奥に毒を孕んだ笑み。
室内の紫水晶の明かりに照らされて、繊細な顔立ちに優しげな笑みを浮かべ、細身の体格に紫と翠を合わせた衣を身にまとう。
青年の背後、一段高い場所に据えられた台座には、蛍姫がぐったりと横たわっていた。息はあるようだが、固く瞼を閉じた顔は苦悶に満ち、安らかとは程遠い。
姫を守護するように立つ、青年の胸元には珠魅の核。紫水晶の明かりが揺れるたび、核は緑と紫を行き来する。
彼こそが、真の姿を現した珠魅の騎士。蛍姫の守護者。
「アレクサンドル
……
」
強張っていた真珠姫の表情が、一段と険しさを増す。
青年を凝視する、翡翠の瞳が琥珀に代わる。白真珠の核が黒い渦を巻いた。花を模したマナが少女を取り巻く。溢れ出す白い煌めきは見る間に漆黒に代わり、真珠色の姫は黒真珠の騎士となる。
「お前の核を、砕きに来た」
真珠姫の呼びかけを、レディパールが継ぐ。最強と名高い玉石の騎士は、手にした大鎚をアレクサンドルの核へと向けた。
「本当に、過去を取り戻したのだね
……
レディパール。貴女ならば、何があっても必ずこの街まで戻ってくると信じていた」
対するアレクサンドルの態度は一見、懐かしい旧友に向けるかのようだった。余裕さえうかがえる。
「アレク、お前の戯言に付き合う気はない。一族を裏切り、敵となったお前を生かしておくわけにはいかぬ。たとえ、蛍の命に背こうとも」
「平行線だね、相変わらず」
アレクサンドルが苦笑する。
笑んだまま、二本の指をすっと立てた。立てた指の間には、見え覚えのあるカードが二枚。
「貴女と、そちらのラピス君の分。いつでも出せるよう、用意はしてあったのだけどね。とうとうここまで来てしまった」
二枚のカードがアレクサンドルの手を離れ、ひらりと舞う。予告状は宙を滑るように落ち、レディパールと瑠璃、それぞれの足元に。
これ見よがしにカードを踏みつけて、瑠璃がレディパールを庇うように一歩出た。
「これまで、よく謀ってくれたな、宝石屋
……
いや、宝石泥棒」
瑠璃は鋭い目をさらに鋭くとがらせて、アレクサンドルを睨み付ける。
アレクサンドルは動じることなく、若者をからかうように笑った。
「お久しぶりです、ラピスの騎士。そして、そちらの人間のお客様」
服装こそ異なるが、春の陽だまりのような微笑みは、まさしく宝石商のアレックス。
瑠璃がふんと鼻白む。
「オレはべつに、アンタなんざに会いたくなかったがな」
「なのにわざわざ、こんな辺境の地まで? それは物好きな」
「来たくて来たわけじゃないが
……
アンタの復讐とやらを止めなくちゃならないんでな」
「復讐?」
アレクサンドルの笑みが消えた。
それまでの物柔らかさから打って変わり、無感情にも見える冷たい目線。その先にあるのは、瑠璃の靴跡のついた予告状。
「
……
もちろん、それもある」
レディパールがわずかに表情を動かし、瑠璃はぴくりと片眉を上げた。今更、金銭狙いとは思えない。
「涙石」
言って、アレクサンドルはしなやかな指で自分の片目を指す。男と女、姿を変えても瞳の色だけは変わらない。
「姫様に使う涙石を、手に入れるためさ」
カイは、周囲の温度が急に下がったように感じた。
涙石とは珠魅の希望。だが、今は不穏な気配しかない。
「涙石だと
……
? 蛍を除いては泣ける者もいないのに、どうやって
……
」
「そうだね。今は、まだ」
レディパールの疑問を、アレクサンドルはこともなげに肯定する。そして、続けた。
「人工的に、涙石を作ることができるとしたら?」
「え?」
「珠魅に涙が流せないのならば、生み出せばいい。核に力が残されていないのなら、ないなりに少しずつ、力をかき集めて」
レディパールと瑠璃の顔が、あからさまにひきつった。
「そんなこと、できるわけが
……
」
「方法はある。必要な物さえ集めれば
……
我が王よ」
アレクサンドルの呼びかけに応え、台座のひとつに異形の男が姿を現した。
こちらは見覚えがある。
メキブの洞窟の中腹で石を眺めていた
――
そして、カイと傷ついた瑠璃を助けてくれた、あの男。
レディパールがいっそう警戒を露わにする。
「一度会ったな
……
何者だ」
「私は、宝石王
……
」
ここまで来ては明らかに敵であろう
……
謎の男は、来訪者たちに向かって優雅に一礼した。
レディパールと瑠璃の顔色が、次第に蒼白になる。
「煌めきを、感じる
……
」
「この男の、体の中から
……
? まさか
……
」
かつて、これほどまでに絶望感を伴う煌めきがあっただろうか。
珠魅二人が煌めきを感じ取ったのは、丸みを帯びた男の腹。
異形の宝石王、ないはずの涙、珠魅の核
――
これまでの謎が交差し、カイの脳裏にある台詞が浮かぶ。
――
たかが1000人の珠魅の命で、蛍姫は元気になるのよ。
「
……
珠魅の核」
冷え切った玉石の座に、カイの声が低く響く。
「アレクサンドル。あなたが必要なのは、1000個の珠魅の核だ」
「お嬢さん。なぜそれを、貴女が知っているのかな」
「
……
ナイショ」
アレクサンドルから視線は外さず、カイは背負った槍に手を伸ばした。
「それに、言ってもたぶん、あなたは信じないよ」
愛槍が背から抜かれ、十字型の刃がひゅんと風を切る。もはや、武器を取ることを躊躇うことはできなかった。
深くは追及せず、アレクサンドルが肩をすくめる。
「そんなことはどうでもいいか。必要なのは結果だ」
手品師のように手を持ち上げて、アレクサンドルは鈍く光る石をばらまいた。
「今、集まっている核は、998個」
石から濁った煌めきが迸り、二体のジュエルビーストが出現する。
「だから必要なのさ。何としてでも、あと二つの核が
……
!」
閃光の中から、アレクサンドルが瑠璃の至近に現れた。
「くっ
……
!」
雷光の速度で核を狙う短剣を、瑠璃は寸前で受けとめる。強烈な音と手ごたえがし、黒い曲刀に激しい振動が伝わった。いきなり急所をえぐられるところだ。
「速いね、なかなか」
「クソ!」
満身の力で短剣をはじき返した瑠璃だが、バランスを保ちきれずに片手をつく。瑠璃の動きに遅れて、砂のマントが大きく翻った。
一度刃を引いたアレクサンドルは、瑠璃が体勢を整える前にさらなる速度で剣を繰り出してくる。目にもとまらぬ連撃。決して戦闘経験の浅くない瑠璃が翻弄される。素早い瑠璃より、さらに速い。
強い。
「退いて!」
カイが立ちはだかるジュエルビーストを槍で殴りつける。鉱石にしては異常に高い、金属的な音が響き渡り、カイの手がひどく痺れた。これまでのジュエルビーストと格段に強さも硬度も違う。
「アレク!」
いち早くジュエルビーストの妨害を潜り抜けたレディパールが、アレクサンドルへと大槌を叩きつけた。風が唸り、床が砕ける。アレクサンドルに当てること自体が狙いではない。アレクサンドルが大きく飛びのいて、劣勢の瑠璃から引きはがすことに成功する。
珠魅狩りを阻まれて、それでもアレクサンドルの余裕は揺るがない。彼は、カイたちを苦戦させているジュエルビーストを一瞥して薄く笑った。
「不思議なものだね。出来損ないのジュエルビーストと言えど、土と金に守られたこの都市では強くなるらしい」
瑠璃が思わずぎくりとする。あの魔物は珠魅ではない。ここが故郷であるはずはない。
「惑わされるな、瑠璃。あれは珠魅ではない」
「ああ、わかっている
……
」
立ち上がった瑠璃がレディパールに並ぶ。
宝石王は台座の上で傍観者のように立っている。何食わぬ顔をして、汚らわしいほど美しく澄んだ煌めきを纏いながら。ああして、残り二つの核を吞む時を待っているのか。
「狩られてきた珠魅の核が、全部アイツの腹ん中に
……
ルーベンスも、エメロードもディアナも」
瑠璃の全身が怒りにうち震える。これまでに出会ってきた、数少ない珠魅たち。
一人は、初めて出会った珠魅の仲間だった。
一人は、初めてできた珠魅の友だった。
一人は、迷う自分たちに道を示してくれた人だった。
たとえ命を奪われたとしても、核さえ取り戻すことができれば。そして、エメロードのように決して諦めさえしなければ。いつかまた、彼らと会える日が来たかもしれない。わずかでも、希望をつなぐことができたかもしれない。だが、そんな願いすらもう二度と。
瑠璃の心を知ってか知らずか、アレクサンドルは無慈悲に語る。
「そういうことだ。我が王は、飲み込んだものを融合させる黒穴力を持つ
……
」
アレクサンドルの言葉を受け、宝石王が詩歌のように謳いあげる。
「私の中で全ては一つになる。君達の核も、宇宙に輝く星々の煌めきを取り戻す
……
」
「ふざけるな! そんなものの何が煌めきだ!」
男に宿る煌めき、その中にルビーもサファイアもエメラルドも、ダイアモンドも含まれる。吞みこまれた核たちは個を失い、千に近い命は一緒くたに混ぜ合わされる。これが詩だというならば、世界で最もおぞましい。
そうかい? とアレクサンドルが皮肉げに言う。
「多少はましだろう。すこしも光りもしない、泣けもしない君たちの胸にあるよりは」
「黙れ! キサマだって珠魅のくせに、仲間を玩具扱いしやがって!」
「玩具
……
そうかな? もともと始めたのはどっちだろう?」
「瑠璃、落ち着け!」
レディパールの制止を振り切り、頭に血の上った瑠璃が剣を突き出した。
しかし、アレクサンドルの方が速い。すでに己の間合いに入り込んでおり、短剣が鋭く迫る。
「させないよ!」
すかさずカイが脇から槍を突き出した。疾風の勢いで突き込まれた刃は正確に短剣を弾き、アレクサンドルは剣筋を反らされる。
「やはり多勢に無勢だね、これでは」
アレクサンドルが軽く息をついた。
「邪魔だね
……
特に、そこの部外者の君達。少し、黙っていてもらおうか」
二体のジュエルビーストの咢が、バクリと開かれた。底なし沼のような、黒々とした口腔が不気味に光る。
「いかん!」
逃れる間はなかった。二体の魔物の口から凄絶な威力の光線が螺旋を描き、交差して放たれる。紫色の玉石の座が白い閃光一色に染め上げられ、レディパールが両腕を掲げて顔をかばい、瑠璃は持ちこたえられずに吹き飛んだ。
だが、魔物の狙いは珠魅の二人ではなかった。
耳をつんざく轟音と、強烈な爆風。衝撃波。
「うわああああああ!」
それらはカイを巻きこみ、壁を破壊して突き破った。抗うすべなどない。悲鳴をあげながらカイは玉石の座の外へと、木の葉のように吹き飛ばされる。そこにあるのは、ただ、空。
「カイ!!!」
玉石の座を突き抜けて宙へと投げ出されたカイを、シオンが追って飛び出した。
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