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しちろ
2024-06-30 20:47:51
45456文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 最終話
ティアストーン後編。
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ティアストーン 後編
妖精戦争時代末期。珠魅が戦の渦中にいた時代。族長ディアナ率いる珠魅一族は、癒しの力を持つ玉石姫・蛍を旗頭に、海を隔てた人間の帝国と激しい戦争を繰り広げていた。
発端は、各地に存在する煌めきの都市に、帝国軍が侵攻したことにある。
珠魅が劣勢だった。生まれながらに戦闘能力を有する珠魅の騎士たちは、個々の力は帝国兵を上回っていたが、数で大きく劣っていた。
多くの都市が壊滅し、陥落するなか、帝国軍と同等かそれ以上の武力を有し、持ちこたえていた都市がある。珠魅最大の都市、エタンセル。統治者ディアナと騎士長ルーベンス、そして他の都市からエタンセルに逃れてきたレディパール軍との共同戦線により、彼らは一度は、帝国軍を退けることに成功する。
その後、涙を流すことのできる蛍姫を玉石姫に迎え、癒しの力を得た珠魅は、帝国に対して攻勢に出た。
第一の目的は、珠魅が生き残るため。第二に、帝国に奪われた核の奪還。
最強の力を欲する皇帝の支配欲、そして珠魅の核への執着は常軌を逸したものがあった。核を根こそぎ奪うまで、帝国は何度でも攻めてくるだろう。
生き残った珠魅は、わずか千。
滅亡の危機に瀕していた珠魅は、残された力を結集して、敵に抗う道を選択した。
「今日のところは、兵を退いたか」
撤退する敵軍の様子を冷静に見定めて、ルーベンスが剣を納める。
沈みゆく夕陽に赤く燃え立つ荒野。緋色の戦場に数多の屍が転がっている。ある遺体には何本もの矢が刺さり、あるいは急所に剣を突き立てられ、血を流し、身体の一部を失い
……
その多くが人間だ。敵兵を倒した珠魅の騎士たちもみな、大なり小なり傷を負っており、そして、荒れ野の所々に夕暉を受けて光るものが落ちている。
「皇帝め。いくら倒しても無尽蔵に兵をつぎ込んでくる。まるで亡者の群れだ」
騎士長の苦々しげな言葉を、青年は鬱屈した思いで聞いている。本当に、こんな日々がいつまで続くというのか。
「
……
ん?」
ルーベンスの胸元が、赤く煌めく。と同時に、「本当に亡者だったりしてね」と冷めた声が聞こえた。ルビーの騎士の間近でふわりと魔力を伴う風が起き、そこに青い珠魅が立っていた。白く細い手のひらに、小さな箱を乗せている。
「サフォーか。都市にいたんじゃないのか。というか、姫長がこんな戦場まで出てくるもんじゃない。騎士はどうした」
転移してきた青い珠魅
――
姫長サフォーは、悪かったね、お荷物でと毒づいた。そういう意味で言ったんじゃないと、ルーベンスが弱り顔になる。
「マリーナのことなら街に置いてきたよ。騎士のくせに剣は一向に上達しないし、何をするにもトロくさくていけない。倉庫番なり記録係なりやらせておくか、いっそ子守りかお茶くみでもさせておいた方がまだましだ」
「サフォー
……
君は、なぜいつもそうかな。可哀想に彼女、今頃真っ青になって街中駆けずり回ってるぞ。あの真面目なマリ
……
アクアのことだから」
うっかり愛称で呼びかけたルーベンスを、サフォーがじろっと睨む。真っ直ぐな性根の騎士長に比べると、ずいぶん面倒な性格をしている姫長である。
軍の諜報も束ねるサフォーは、死体だらけの戦跡を見て、つまらなそうに双眸を細めた。
「イルゾワールとかいう、あの人間の皇帝。元から強欲で悪辣だったけど、近頃ますますよくない噂を聞くよ。究極の力を求めて手当たり次第に侵略しているとか、不老不死の法に手を染めているとか。愚かだよね。そこらへんに転がってる鎧の中身だって、人じゃないモノとか、もしかしたら、ゾンビや骸骨かもね」
「やめてくれ、ぞっとしない」
サフォーの言通り、帝国の侵略を受けているのは、珠魅の国だけではないらしい。数百年にわたり、世界では終わらない戦いが繰り返されている。少なくとも青年は戦のない時代を知らない。この世に平和など永遠に訪れないのかもしれない。
サフォーが言う。
「ルーベンス。ほとんどの時間を前線にいてはわからないだろう。後方の空気は、よくないよ。疑いが疑いを呼んでいる。帝国に向けられていた憎悪が、今では同族に向きかかっている」
「
……
ディアナ様より、伺っている」
「なら、いいけど。族長の判断で、姫の大半は僕が匿っている」
戦が長引くにつれ、都市には疑心暗鬼の空気が充満しつつある。騎士は傷つき、姫は癒すことができない。癒しの力が足りていない。役割のアンバランスさが、そのまま仲間への猜疑心へとつながっている。
ルーベンスがふと訊いた。
「サフォー。君の騎士、本当は何やってる?」
「だから、お守だよ。姫たちの。やたらウケがいいんだ。僕にはよくわからないけど」
ルーベンスが苦笑した。すぐに表情を改める。
「
……
騎士たちはみな、善戦してくれている。持ちこたえてはいるが、決して状況が良いとは言えない。パール様がお戻りになるまで、何としても蛍姫様だけはお守りしなくては
……
」
そこでルーベンスは、背後に控えている青年を振り返った。
青年
――
長い亜麻色の髪を結い上げた、若い騎士。至る所に返り血を浴びてはいたが、彼自身は傷一つ負っていない。
「その腕前、さすがパール様の直選だけはある。頼むぞ、新たな玉石の騎士」
「
……
もとより、そのつもりです。それが、蛍姫様に仕える私の使命ですから」
騎士アレクサンドルは、上役である輝石の二人に向かって静かに一礼した。
血の色に染まる荒野に向かい、サフォーが小箱を開く。
武器などろくに握ったことのない、姫長の白い手から戦場へ、きらきらと光る石が撒かれていく。
アレクサンドル。アレキサンドライトの珠魅。
元々はどこかからこの都市に流れ着いたよそ者である。
半輝石だった彼は、レディパールが極秘任務を得て旅立つ際、彼女の後任に抜擢された。玉石の騎士、すなわち蛍姫の守り手に。選んだのは前任のレディパール自身。了承したのは族長ディアナ。戦で打ち建てた数々の功績と真面目な人柄、仕事ぶり、なによりも蛍姫への篤い忠誠心を買われて。
帰投したアレクサンドルは迷わず、主君の元へ向かった。
時刻は黄昏時を過ぎ、天上には星が淡く瞬きはじめている。薄暮の中、仄かに光る螺旋の回廊を上がり、頂上にある玉石の座へと急いだ。
先ほどまで戦闘が繰り広げられていた荒野は、夜の帳に隠されようとしている。
……
くだらない、実にくだらない戦。脳裏に、先ほどのルーベンスたちの会話が浮かぶ。
――
亡者というならば、珠魅こそが亡者だろう。
アレクサンドルは吐き捨てた。
果敢に戦って傷つき、あるいは核だけになってしまった騎士たち。
力尽きた彼らは蛍姫の涙を受けては甦り、すぐさま戦場へと戻っていく。何度も何度も、何度でも繰り返す。宿敵に抗い続け、およそ倒れることを知らない不死鳥の如き姿を、アレクサンドルだけは冷えきった目で見つめていた。
帝国との戦争を始めて幾年にもなる。その間、珠魅は耐え抜き、踏みとどまることに成功している。だが、すべては蛍姫の涙あってこそだ。表面上不死身の軍に見えたとしても、実際には蛍姫の命を削り、消費し続けることでかろうじて生き永らえているに過ぎない。
レディパールも、族長も騎士長も姫長も
……
おそらくは皆気づいているはずなのだ。
今の状況は、細い蜘蛛の糸に縋っているようなもの。たった一人の力に頼った戦いなど、いつまでも続けられるわけがない。
玉石姫の任期は、百年。
だが、蛍姫は日を追うごとに弱り、力を失っている。百年など、とても
……
。
怒りと懊悩相半ばに寝所に入ったアレクサンドルは、瞬時に蒼白になった。
「姫!」
表情を凍てつかせ、玉石の座に駆け寄る。蛍姫が座の上に臥し、倒れこんでいる。
「姫! 姫様!」
反応がない。
核に響かないよう、静かに抱き起して何度か呼ぶと、蛍姫は薄く瞼を持ち上げた。
「アレク
……
」
開いた目の焦点は合っていない。
それだけではない。顔は蒼白で色がなく、身体は冷たく冷え切っている。蛍石の核は、本来澄んだ緑であるはずが見る影なく白く濁り、細かくひび割れて砕けかけていた。
アレクサンドルは悟らざるを得なかった。限界だ。
瀕死の蛍姫はそれでも、震える指をそろそろと虚空へ伸ばす。
「涙を
……
涙を、流さなければ
……
皆に、涙を
……
」
「姫、いいのです! 姫、もう涙など
……
!」
「いいえ
……
私ならば、大丈夫です
……
涙石を
……
仲間を、救わなくては
……
」
痙攣しかかった唇でうわごとのように繰り返し、蛍姫は再び意識を失った。
名を呼びながら、アレクサンドルは今にも消えてなくなりそうに軽い身体を搔き抱く。
そして、念じた。狂おしいまでに祈り、希った。願いを叶えてくれるならば、マナの女神でも、悪魔でも死神でも、なんでもいい。涙を、蛍姫のために、彼女を癒す涙を。傷ついた蛍姫のため、ただ一粒でいい。彼女を癒せるならば魂でも何でも売ろう、自分の核など砕け散ってもかまわない。
だが、泣けない。どうあっても、アレクサンドルの瞳に涙が浮かぶことはない。自分では、蛍姫を救えない。
涙を流すことのできないまま、アレクサンドルはひたすらに詫びた。
「姫
……
申し訳ありません、姫
……
」
レディパールは、聖剣を求めて旅立った。大いなる力の源・マナストーンの眠る聖域へと至る、伝説の剣。
だが、時は待ってはくれない。蛍姫の、命の灯火は消えかけている。
ダメだ。これ以上、蛍姫に涙を流させては。
この方は、このままでは。
■■■
その宝石箱はパンドラと名付けられていた。
パンドラで目を覚ました蛍姫は、傍に佇む青年に真っ先に訴えた。
「お願い、お願いです! すぐにでも、都市に戻らなくては
……
!」
アレックスと名乗った青年の両腕を、爪が食い込むほど強くつかみ、無我夢中で取り縋る。とても非力な姫の力とは思えない。
蛍姫は、誰よりも己が役割を承知していた。
自分がいなければ
――
正確には自分の涙がなければ、珠魅は存続できない。こうしている間にも仲間は傷つき、倒れていく。自分が都市に戻らねば、彼らは傷を癒すことができない。弱り、力尽きて死んでいくのは火を見るより明らかだ。
アレックスは暴れる姫の肩を押さえつけ、静かに
――
しかし、きっぱりと拒絶する。
「蛍姫
……
前線が崩されました。これ以上、帝国軍を防ぎきれません。貴女は逃がされたのです」
「そんな
……
」
蛍姫の眼に大粒の涙が浮かんだ。それでは、都市に残した民はどうなるのか。一族の指揮を執るディアナは、戦の先頭に立ってくれているルーベンスは、後衛を預かるサフォーは? 希望を託したレディパールの帰りを、待つことは。
泣いてはなりませんとアレックスは語気を強める。
「貴女の涙は、命を削ります。今はご自分が生きることを考えなくては。外界では、珠魅の核を狙う珠魅狩りがはびこっているともいう。ここならば安全です
……
」
多くの真実にほんの少しの嘘が混じった、アレックスの言葉。
散々
――
本当に散々悩んだ挙句、蛍姫は信じた。
本来は賢く、聡明な姫だ。このような虚言に騙されるはずがない。皮肉な話だが、極度の衰弱と疲労が姫の精神を蝕み、正常な思考と判断能力を失わせていた。
外界から隔絶された蛍姫はまもなく、深い深い眠りの底へと落ちていった。この宝石箱で眠りにつけば、そう簡単に目覚めることはない。ここでは時の干渉を受けない。中にいる者には時間の感覚はない。完全に時を止めるには至らないが、ひとまずこれで延命を図ることができる。
パンドラを出たアレックス
――
最後の玉石の騎士アレクサンドルは、宝石箱に錠をかけて固く閉ざした。今頃、煌めきの都市では大騒ぎになっているはずだ。
「さて、これから私のすべきことは
……
」
アレックスの身体が光に包まれ、その姿が変わる。優しげな面差しの青年から、妖艶で艶やかな女へ。
姿を変えたアレクサンドルは、懐から白いカードを取り出した。片面には薔薇の柄、裏には書き記したばかりのメッセージ。
初仕事を前にした宝石泥棒の傍らに、珠魅でも人でもない、異形の男が佇んでいた。
■■■
「あれから、数十年
……
か」
変装を解いたアレクサンドルは、しっとり光る回廊の淵に立つ。
自分たち以外には誰もいない。暗い海のような荒野を眼下に納め、乾いた風が鳴るだけの、静寂の夜の街。
滅びし煌めきの都市。
終わらぬ戦に明け暮れ、自ら滅んだ、墓場のような珠魅の国。涙を流せる姫を玉石へと祀り上げ、失うなり容易く瓦解した。多くの珠魅は己の運命を嘆き悲しみ、そして、裏切り者を深く恨んだ。だが、戦争が滅亡を早めたというだけで、いずれはこうなる運命だっただろう。誰かの犠牲の上に成り立つ者たちの絆など、そんなものだ。
そもそもが衰退の道を歩んでいる種族だった。
涙石を除いては、傷を癒す術を持たぬ珠魅。涙を失った時点で、珠魅は緩慢な滅びを宣告されたに等しかった。蛍姫に縋ったところで、死にゆく者らが一時の延命を図ったに過ぎなかったのだ。
――
蛍姫を、玉石の座から廃すことを進言しよう。
蛍姫の余命がわずかと知った時の、レディパールの提案だ。
鼻で笑うしかなかった。
仮に玉石姫でなくなったところで、蛍姫が涙を流させられ、命を削られる状況に変わりはなかっただろう。彼女を除いて涙を流せる珠魅はいない。代わりはいないのだから。もしかしたら玉石という地位を失うことで、さらにいいように命をむしり取られる可能性すらあったかもしれない。
もし他に涙を流せる珠魅がいたところで、同じことの繰り返し。蛍姫のように命を削られ、やがて砕けて死ぬだけだ。玉石姫という名の、新たな人柱が立つだけに過ぎない。そんな種族に未来などあるだろうか。
都市を見下ろすアレクサンドルのそばで、にわかに空気が動く気配がした。アレクサンドルにはよく馴染んだ、魔法的な挙動。景色の一点が不自然に歪み、元に戻る。
「アレクサンドル」
「
……
王」
アレクサンドルが宝石泥棒サンドラとして活動を始めて以来、長く行動を共にしている宝石王。パンドラにいた蛍姫を玉石の座へ運んだのは、この男の力によるものだ。
宝石王はアレクサンドルの横に立つと、彼と同じように街を眺めた。回廊の至る所に埋め込まれた宝石が月明かりに瞬き、ちらちらと輝いている。
「まるで、地上に落ちた星のような街だ」
石を愛でる王の言葉は、どことなく愛おしさを含んでいる。だが、アレクサンドルの心情を慮ってか、宝石王は一言感想を述べただけで、賞賛の言葉は口にしなかった。
星々の瞬きと、宝石の煌めきと。
天も地も、小さな星を散りばめたような、宇宙にも似た世界。
「蛍姫はどうしているかね」
「そちらの寝所で深い眠りにつかれています。パンドラが暴かれた以上、もはや一刻の猶予もない」
宝石王は、沈黙の都市をただ哀しく見つめている。この男はアレクサンドルと違って、珠魅への恨みを持っているわけではない。
「王よ
……
躊躇いが、ありますか?」
「そういうわけではない。ただ
……
」
宝石王は、アレクサンドルの胸元に静かに目をやった。
「
……
私には、貴方が自分自身を傷つけているように見えるよ」
「なにをバカなことを」
緑と紫、二つの色を宿す彼の核。初めて珠魅狩りに手を染めたその日から、アレキサンドライトは一度も煌めかない。
「この街の繁栄は、姫様の犠牲の上に成り立っていた。この街に生きた珠魅は、蛍姫様の犠牲があって生き続けられた。今こそ、その罪を贖わなければならない
……
我々、珠魅は
……
」
アレクサンドルは、己の核の前で拳を握る。自分の所業を知れば、心優しい姫が何を思うかなど分かりきっている。もし真実を知れば、彼女は深く嘆き、アレクサンドルを恨むだろう。
そうだとしても、後戻りはできない。
目を閉じ、心の中で、アレクサンドルは数を数える。
今、この都市に向かってくる珠魅は、二人。二つの色を併せ持つ最古の珠魅と、最も若き青い珠魅。
そして、アレクサンドルが真なる目的を果たすまで。
必要な核は、あと二つ。
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