しちろ
2023-06-07 17:46:19
41657文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

いつかの宝石泥棒編 5

幸せの四つ葉。番外編三つ。41000字。

番外編。

クズ石くん

「ヌヌザック『先生』!」
 長い廊下を飛んで行くヌヌザックを、エメロードがばたばたと追いかける。大声に驚いた学生たちがいちいち振り返るが、肝心の『先生』が立ち止まってくれない。
「先生! 先生ったら!」
 めげずに呼び続けると、図書室の奥でようやくヌヌザックが止まった。というより、行き止まりだからそうするしかない。
 膨大な量の本を背景に、幾度も繰り返した台詞をヌヌザックは口にする。
「何度も言うが、先生というのは止めなさい。お主はここの生徒じゃないんじゃ。ワシはお主を助けたが、弟子を取る気はないわい。ワシはもうトシじゃし、校長先生やカシンジャ先生のようなゼミも開いておらんしな」
 不死皇帝軍に追われていたエメロードを、ヌヌザックが助けてくれたのが先日。
 彼(男性らしい)は、自身が教鞭をとる魔法学園にエメロードをかくまってくれたが、それきり後のことは知らぬ存ぜぬを貫いている。
「先生、教え子いっぱいいるんでしょ? 一人くらい内弟子がいてもいいと思うけどなあ。明るくて気が利く可愛い女の子、とか!」
「このトシで内弟子とる気なんざ起きんわい。だいたいお主は姫じゃろう。珠魅の姫が魔法を覚えてどうする気じゃ」
「姉さまを取り返したい! 魔法剣士になりたい! あとバリバリ戦いたいわ、バリバリ! 目指すはルーベンス様ね!」
……どれも無謀じゃな」
「ええ!?」
 大げさに驚くエメロードに、ヌヌザックは小さな子どもに言い含めるように言って聞かせる。
「よいか、エメロード。この学園にいればひとまずは安心じゃ。しかしお主も知っての通り、外は危険じゃ。珠魅の核を狙う者も多い」
「でも、こうして人から隠れてずっといるなんて耐えられない。あたしは自分の力でやりたいの! 先生が許可してくれるまで、何か月でも何年でも付きまとってやるんだから!」
 とんでもないことを平気で宣言するエメロードは、冗談とも思えない。
 ヌヌザックはとうとう折れた。
……わかったわい。ただし、これだけは約束してもらうぞ。お主の騎士が見つかるまでは、決して学園の外に出てはならん」
「騎士が見つかったらって、あたしが魔法を覚えて自分で騎士になったら?」
「そんなの、いつになるかもわからんし、そもそもそんな日が来るかもわからんじゃろう。エメロード。お主が魔法を覚えようが覚えまいが、関係ないわい。約束を守れぬのなら、この話はなしじゃ」
 エメロードは不服だったが、ヌヌザックもこれ以上は譲歩してくれそうもない。
……わかったわ」
 その条件で承諾した。あれほど頑固だったヌヌザックが弟子入りを認めてくれたのだから、ひとまずよしとするしかないだろう。
「さて、お主が授業に出るのであれば」まるで講義するかのような口ぶりで、ヌヌザックは言った。「そのエメラルドの核も、学生たちや多くの者の目に触れることになるじゃろう。そこいらでは珠魅狩りなんて馬鹿どもが未だに跋扈しておるようじゃが、珠魅の核を利用しようなんて考えは、時代遅れの戦争の遺物じゃ。現代の核が持つ価値を、彼らにはよくよく知ってもらわねばならんのう」
 そこで魔法陣の目が、ちろりとエメロードの核を見た。
「それでいいかね? 役立たずの『クズ石くん』」
……望むところよ」




73年前の大魔法使いと珠魅の剣士

 
「実はさ、あたしの弟子が魔法学園にいたんだ」
 ベッドの上で枕を抱え、カイが言った。初耳だったエメロードは、ついお菓子を貪る手を止める。
「えっ? 名前は?」
「コロナとバド」
 言われてエメロードは、コロナとバド……と繰り返した。間もなく思い当たったらしい。
「ああ、噂で聞いたわ。弟のほうが、理事長の息子を魔法でケガさせたって。大したことはなかったらしいけど」
「ケガ……
 カイが枕に顎をうずめた。バドが問題を起こして退学処分になったと、カイはコロナから聞いている。
「でもあれ、本当は被害に遭った方が悪いのよ。亡くなったご両親の研究をバカにしたって」
 それも、両親を失って傷心だったコロナに向かって。
 エメロードは、サイドテーブルの水に手を伸ばしてのどを潤すと、「あたしも効いた話なんだけど」と前置きしたうえで話し始めた。それによれば、ショックのあまり泣き出したコロナをかばったバドが、いじめっ子相手にとっさに魔法を使ってしまったらしい。

 理由はどうあれ、手を出した方が悪い。
 そもそも、魔法を人に向けて撃つことは魔法学園最大の校則違反であり、バドは責任を問われて退学処分になったという。
 教師のカシンジャは「気持ちはわからなくもないが、やってはいけないことが世の中にはあるんだ」と説教し、残念そうにため息をついた。そして謝罪をしろと求めたが、バドは「絶対に謝るもんか」と魔法学園から出ていくことを選んだ。
「コロナをあんな風に泣かされて、なんで謝らなきゃいけないんだ。そもそもおれの父さんと母さんはダメな魔法使いなんかじゃない。でも、先生に迷惑かけたのは悪かったよ」
「それはアタシにじゃなくケガさせた子に謝るべきだね」
「絶っ対いやだね」
「はあ……
 バドは強情で決して頭を下げなかった。
 事情が事情だけにバドの態度次第では情状酌量の余地はあったかもしれないが、相手は理事長の息子であり、いくらカシンジャが庇いたくとも当の本人が謝罪もしないでは退学にするよりなかったらしい。

 以上はエメロードがヌヌザックから聞いた話だが、話を聞いたときエメロードは、もし自分がバドの立場だったらやっぱり同じことをしただろうと思ったという。バドとカシンジャでは、きっとカシンジャの言うことのほうが正しいのだろうが、負けっぱなしで謝るなんて、エメロードには耐え難い。
 なぜ自分にそんな話をするのかとヌヌザックに聞けば、

『クズ石くんもそのうち、誰かと揉めて似たようなことをしでかしそうなんでな』
『あらいやだ。そんなわけないじゃない』

「ヌヌザック先生ってば、可愛い弟子を何だと思っているのかしらね?」
 チョコチップの入ったクッキーをつまみあげ、ぽいと口に放り込む。
 勝気で強情なエメロードの性格は、これっぽっちも滅び行く種族らしくない。
 バドとエメロードは在学中に会うことはなかったが、カイの家に居候していると知ったエメロードは、一度会ってみたい、意外と気が合うかもね、とカラカラ笑った。

(※宿屋のシーンでカットした部分です)




もしもの宝石泥棒編 カイと瑠璃の体験授業

 カイと瑠璃は、魔法学園でエメラルドの珠魅・エメロードと知り合った。しかし彼女は今、授業中。
「じゃあ、放課後まで待って……」言いかけたエメロードは、いいこと思いついたとばかりに両手を打ち合わせた。「せっかくだし、一緒に授業うけちゃえば?」
「え?」


「おい」瑠璃が座った目をして唸った。「なんでオレまで授業に出ている」
「だぁって、瑠璃さんヒマでしょ? せっかくだし一度くらい出てみてもいいじゃない」
「オレはヒマじゃない! しかもよりによってお盆教師の授業だぜ!」
「だって、待っててたって、どうせその辺でぶらぶらしてるだけじゃない」
「いいじゃん、瑠璃。あたし、一度学校行ってみたかったんだよね」
 エメロードを挟んで、両隣にカイと瑠璃。三人が教室に横並びで座っている。それは別にいいが、ここは魔法学校である。根本的に人選を誤っている。だって、槍使いのカイと剣士の瑠璃、二人とも魔法が使えない。それも、ちょっとどころではなく、全く使えない。大気のマナを操り、精霊を行使する力――いわゆる精霊魔法は訓練次第で伸びるが、それも素質があっての話だ。ゼロは永遠にゼロなのである。
 ためしにヌヌザック先生に魔法力を測定してもらったところ。
「カイくん! 瑠璃くん! あらゆる検査を行った結果、二人とも魔法の才能ゼロ! 花開く可能性なし! なお、クズ石くんも同じ! 前回から成長まるで見られず! 魔法力皆無! 魔力値ゴミ! じゃ!」
 瑠璃もカイも、別に魔法が使えなくて困ったこともないが、ここは魔法がすべての学歴社会である。魔法が使えない学生に人権なし。『クズ石くん』ではなく、正真正銘のクズ扱いである。
 聴講生としてエメロードの隣に並んだ瑠璃が、ボソッと話しかける。
「アンタ、あそこまで言われてよくめげないな」
「珠魅はきっと涙を取り戻す。あたしにも必ず奇跡は起きると信じているわ」
「そのメンタルの強さは見習うべきなんだろうな……
 エメロードの不屈の闘志は尊敬に値するものではある。何も考えていないだけのように思えなくもないが、気のせいだろう。
「で、カイ、アンタさっきからずっと黙っているが……
 瑠璃は他人のふりをしたくなった。道理で静かなわけだ。
「なんだろうねえ……。授業を受けながらお弁当を食べている。禁を犯す、この背徳感がおいしさをより一層引き立たせるわけで……
 カイはものすごい勢いで早弁していた。立てた教科書の小技が効いている。
「カイ、アンタ分かってるんだよな? この授業が終わったら」
「学食に行くのが楽しみでしょうがないよね!」
「違う! エメロードの話を聞くことになってるだろうが!」
 瑠璃は赤ずきんの忍耐力に少しだけ敬意を表したくなってきた。この女と長時間一緒にいるには、細かなツッコミ力か大いなるスルー力が欠かせない。
 そして、教壇の上ではこれまたツッコミ不可避の、意味不明な授業が繰り広げられている。
「いいかね? 最大の魔法とは、敵を笑わせてその隙に逃げることじゃ。今日は特別に生徒が来ているようじゃから……そこの目つきの悪い少年、ワシをギャグで笑わせてみろ」
 前半部分ツッコむ前に無茶ぶり来た。
 瑠璃が答えに窮していると、カイが助け舟を出してくれた。
「瑠璃、妖精の話は?」
「よーせー」
 瑠璃はカイの頭を教科書ではたいた。なにを言わせる。
「おぬし、魔法をなめておるのか」
 壇上からチョークが飛んできた。魔法をなめているのはアンタだ。っていうか、手がないのにどうやって飛ばした。
「では、次。隣のみょうちきりんな棒がマブなキミ」
「んじゃあ、もぐもぐ、あたしのヒミツのネタを、くちゃくちゃ、一発……
「アンタ、口の中のものを先に何とかしろよ」
 カイは髪の毛をほどくと、どこからともなく緑のシールを取り出し、額にぺたりと貼りつけた。エメロードが下からうちわであおぎ、風を起こす。


「お父様……! エリオットは必ず助け出します……! お母さまの形見のリボン……! どうか見守っていてください……


「あたしの最推し・リース様の物まねでした……
 カイの謎ネタは意外と受けがよく、ぱちぱちとまばらに拍手が起きた。どうでもいいことだが、このファ・ディールでトライアルオブマナ(漫画)は好評連載中であり、カイの愛読書である。
「小手調べが済んだところで、召喚魔法、実践編じゃ。この帽子から」ヌヌザックはシルクハットを用意した。「鳩を出す」
「手品だろ!」
「ツッコミ大好きの、そこの目つきの悪い少年、早速鳩を出してみろ」
「またオレかよ」瑠璃はシルクハットを受け取ると、ステッキで三回つばを叩いた。「出た」
 くるっくー。帽子の中から、白い鳩がぴょこんと顔をだす。
 瑠璃は決して口には出さない。出さないが……ちょっとだけ、うれしい。
「おお、瑠璃、すごい。これでいつ宴会に呼ばれてもばっちりだね」
「なに? オレの魔法が宴会芸だと?」
「いいえ、瑠璃くん。それは平和な召喚術です」
 カイは思った。ああ、ヌヌザック先生。生徒をこうやって洗脳してるんだ。
……まあ、普通に考えれば、こんなもんが役に立つとは思えんがな」
「なんで? 真珠ちゃんに見せればいいのに。あとミンダス遺跡で役に立つと思う」
 瑠璃は想像してみた。真珠に……

『わあ、瑠璃くんすごい……!』
『フッ、オマエの笑顔が見たくてな……

……遺跡に行く予定はないが、この帽子と鳩は一応もらっておく」
「うんうん、騎士は正直が一番よ」
 器用に鳩を飛ばしながら、エメロードがうなずいている。弟子として年季を重ねているだけはある。
「次、棒でマブなキミ。イメージするのじゃ。鳩を」
「鳩……
 カイはイメージした。
 鳩と言えば……

「平和を象徴する鳩の血だけが、私の喉を潤す……

「でちゃったよ!」
「誰!?」
 シルクハットの中からこんにちは。
 アーティファクト使いにうっかり『イメージしろ』などと言ってはいけない。
「やあ、レディ。ミンダス遺跡以来だね。帽子の彼は今日はいないのかな」
 鳩血鬼がよいしょと帽子から出てくる。ご記憶の方がいるかは定かではないが、遺跡の迷宮でカイをさんざん追いかけまわした彼である。
「ところで、このかぐわしき香り……まさか、我が永遠の恋人 はと……!」
「おい、キサマ! オレの鳩を……!」
「先生どうすんのよ」
「別に問題ないじゃろ……ほりゃ」
「ぐぎゃあああ!」
 ここは鉄壁の防護を誇る魔法学園。悪しき者は秒で焼かれる。この場合、よこしまな気持ちで鳩を襲撃したのがまずかったらしい。一瞬でバーベキューになった鳩血鬼を見たカイは、背筋が凍りついた。やべえ、魔法学園やべえ。
「では、本日のワシの授業はここまでじゃ。来週までに各自、新しいギャグを三つ考えておくように」
 瑠璃は大いに疑問だった。これで本当に魔法が使えるようになるのだろか。
「どう? よかったら、このまま次の授業も」
「いや、もういいや……



※ヌヌザック先生からの通信簿
エメロード クズ石くん(いつも通り)
瑠璃 鳩召喚士
カイ アマゾネス