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しちろ
2023-06-07 17:46:19
41657文字
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LOM・宝石泥棒編
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いつかの宝石泥棒編 5
幸せの四つ葉。番外編三つ。41000字。
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2
3
4
5
6
「あら、おかえりなさい
……
?」
「ごめん、連絡できなくて」
ガトから一度、マイホームへ。主の早すぎる帰宅に驚きながらも、真珠姫と双子は優しく迎えてくれた。瑠璃は自分の荷物とは別に、布に包まれた長物を抱えていたが、中身についてはカイも瑠璃も触れずじまいだ。
帰路、事件のことを真珠姫に話すべきか迷っていた瑠璃は、ありのまま伝える覚悟を決めたらしい。
「ルーベンス
……
」
彼の死を知った真珠姫には、深い哀惜の念がにじんで見えた。そのままいずこかへ思いを馳せるように、窓の向こう、遠い空へと視線を投げる。
カイにはその横顔が不思議と、ガトの風に吹かれていたルーベンスと重なって見えた。誰も信じられないと言いながら、本当は帰りたい場所があった、珠魅の騎士。カイが持ち帰った癒しの炎が、白い真珠の核を照らして揺れていた。
「すまない、真珠」
「ううん、はなしてくれてありがとう。瑠璃くん」
窓から自分の騎士へと向き直り、真珠姫が微笑む。
ジオにはぜひいってほしいと、真珠姫は瑠璃に伝えた。
「わたしも、その人のさいごの言葉を、大切な人に伝えるべきだとおもうわ」
幸せの四つ葉
マイホームでしばし休息をとった後、カイと瑠璃は今度こそガトを経由して目的地へと到着した。世界有数の魔法都市、ジオ。
「うわあ、大きな町だね
……
!」
石造りの建物の数々、完璧に整備された都会的な街並み。行き交う人々の多くは流行りの服に身を包み、田舎町のドミナとは違いを感じさせる。
ジオは世界最大級の城塞都市でもあり、町全体が堅固な城壁にぐるりと囲われている。壁を隔てた内部には数えきれないほどの商店が立ち並び、街の北側方面には、特徴的なタマネギ型の屋根をのせた白亜の宮殿を臨むことができた。
「この街のどこかに、ルーベンスさんの恋人がいるんだね」
カバンのポケットから双子手書きの地図を取り出し、広げてみる。それによると、まず行くべき魔法学園は東の商店街を抜けた先となっている。
「これは、真珠を連れてこなくて正解だったな。わかってるな、目立つ行動はここでは避けていくぞ」
「もちろん。瑠璃こそ気をつけてよね」
油断なく目を動かす瑠璃は、明るい街の雰囲気にはあまり似つかわしくないかもしれない。ジオに集まる魔法使いや宝石商は、珠魅の彼には天敵のようなものだ。
地図に従い、二人が当初の予定通り、魔法学園に向かおうとした時だった。
しゅううん。
何かが収縮するような、空気が動く音が間近でした。
「えっ、なんの音?」
聞き慣れない音の出所を探って、カイがきょろきょろと頭を動かす。
変化はすぐに起きた。白い光が宙の一点に現れたと思うや、四方にまばゆく弾け、中から勢いよく少女が飛び出した。
「うまくいったみたい!」
「うわっ!」
とっさにカイが飛びすさる。
「な、なな、なに!?」
「ん?」
ぶつかりかけた少女がカイを見る。瑞々しい大きな翠の瞳に、肩口で切りそろえた同じ色の髪が印象的だ。
「こりゃ! 何度言ったら分かるんじゃ、クズ石!」
再び光がはじけ、今度は謎の丸い物体が現れた。幾何学模様の魔法陣で、冗談めいた落書きのような顔がついている。
「先生、あたし」
「クズ石!」
言葉を話す魔法陣に強く言われ、クズ石と呼ばれた少女は可愛い顔に似合わない舌打ちをした。魔法陣に連行され、共に消える。ほんのわずかの時間の、嵐のような出来事だった。
「まさか、今の子
……
!」
とにかく追うぞ、と驚愕を隠せない瑠璃がカイをせっついた。
理由はカイにも分かっている。翠の少女が光から飛び出た瞬間、瑠璃の核が煌めいたのだ。
正体不明の二人組のうち、一方はすぐに判明した。
街を歩く学生に尋ねてみたところ、こう返ってきたのである。
『喋る丸い魔法陣? それなら、うちの学校のヌヌザック先生だよ』
言われてみればあのお盆みたいな魔法陣、『先生』と呼ばれていた。
元より魔法学園には行くつもりであったし、カイと瑠璃はさっそく少女とヌヌザックを訪ねてみることにした。
「これが、魔法学園かぁ
……
」
ジオの魔法学園は、規模・質ともにファ・ディール一と謳われる。
巨大な正門は広く開放されており、誰でも自由に出入りすることができた。小さな黒魔導士のオブジェのある前庭を抜けた先が、目指す本校舎だ。
部外者が容易に入れてしまう、一見不用心にも思える警備状況に、瑠璃は「ここのセキュリティは大丈夫なのか?」と首を傾げるが、これは当たりではない。悪しき者が足を踏み入れればたちまち、各所に張られた強力な結界と教授陣の魔法によって黒焦げが関の山、開放的な雰囲気に反して、魔法学園がファ・ディール屈指の安全地帯と言われる由縁だった。
「さて、さっきの女の子は
……
」
邪魔にならない程度に一つ一つ教室をのぞいてみる。
間もなく、一番広い教室で、先ほどの特徴的な翠を見つけることができた。
「やっほ」
中を窺うカイと瑠璃に、少女も気付いたらしい。軽く手を挙げると、コッチに来てよと手招きする。
ぼそぼそ声の授業はあまり面白くないのか、退屈そうに鉛筆を回していたり、外の風景を眺めていたり、なかには舟をこいでいる学生までいる。カイは講義の邪魔にならないよう、身を縮こませて教室に入ると、瑠璃とともに翠の少女に並んで座った。
「さっき、外で会った人よね? あたし、エメロード。もしかして、あたしに会いに来てくれた?」
こそっと、少女
――
エメロードが話すと同時に、きらり。瑠璃と彼女の胸元が、同時に煌めいた。
「
……
やっぱり、珠魅か。オレはラピスの騎士、瑠璃。珠魅の仲間を探して旅をしている」
「初めまして、エメロード。あたし、カイ。瑠璃の仲間だよ」
「へえ、珠魅と人間のコンビで仲間探し! いいわね!」
つまりあなたたちはたった今、目的を一つ達成したってわけね。
エメロードは自身を指さして朗らかに笑う。つられて笑顔になったカイだが、その顔がびしりと固まった。
「あ、あの、エメロード
……
」
「はい?」
「う、うしろ
……
」
細かく震える指先で、カイがエメロードの後方を指す。
「
……
」
ぼう。女が立っていた。
くすんだ肌を全身包帯でぐるぐる巻きにし、おどろおどろしく髪を伸ばした姿は恐怖以外の何物でもない。包帯づくめの女は古ぼけた教科書を手にし、爛々と光る金の眼でエメロードをじいっと見つめていた。
「
……
授業中
……
の
……
私語
……
は
……
」
動く女の視線が、カイの豊かな髪でぴたりと止まった。
「
……
いい
……
」額の鏡が激しく明滅する。
「ひいいいい!」
「やっばい! あの先生、女の髪を集めるのが趣味なのよ! あたしも狙われてるの! そして今、あなたもターゲッティングされたと見た」
「えっ! あれ、先生なの!? ってか怖い! 怖すぎるんだけど!」
「
……
ヘンタイだな」
涙目のカイをよそに、他人事の瑠璃だけは妙に冷静だ。
「ごめん、今は授業中だから」エメロードはカイと瑠璃に向かって手を合わせた。「放課後まで待っててくれる? あとで図書館で会おうよ!」
時間ができた。
エメロードの授業が終わるのを待つ間、カイと瑠璃は町中で情報を探すことにした。エメロードとは思わぬ出会いではあったが、ジオでの本来の目的はルーベンスとの約束を果たすこと。だが、この街の規模では、想像以上に難航しそうだった。
「武器屋に素材屋、あそこはレストランで
……
わっ、と」
人も多い。下手によそ見しようものなら、道行く誰かにぶつかりそうになる。
「アンタ、相変わらず落ち着きないな」
「瑠璃が速いんだよ~! リーチの差を考えてほしいよね!」
早足の彼と比べて、カイはどうしても小走りになりがちだ。しかも身のこなしや注意力の差なのか、瑠璃はするすると器用に人を避けて歩いていて、うっかりすると見失いそうになる。
「瑠璃、どう?」
追いついたカイが尋ねると、瑠璃はなにも、と首を振った。
「なにしろ、名前も顔も分からん相手だからな。よほど近づかないと反応しないかもしれん」
「ふうむ
……
」
これはもちろん珠魅の煌めきの話で、瑠璃が他の仲間たちと出会って初めて気づいたことらしい。
瑠璃の核は、パートナーの真珠姫相手であれば、かなりの距離があっても
――
およそ同じランド内であればほぼ確実に、煌めきを感じることができるという。しかし、先ほどのエメロードや『青い瞳』は接近して初めて分かったし、珠魅であることを隠していたルーベンスなどは初対面では気がついていなかった。会ったことすらない相手となれば、見つけ出すのは困難を極めるだろう。
「こうして闇雲に歩いても埒があかないな。情報がありそうというと、金持ってそうな奴か学園の研究家か
……
」言いながら瑠璃は、とある建物に目を止めた。赤い幕に青い石が掲げられた、上品な店だ。「宝石店、か」
「瑠璃、いいの?」
カイが遠慮がちに言う。瑠璃は宝石商を毛嫌いしていたはずだ。
「いいのもなにも、ジオまで来ちまったからな。この際だ」
迷いのない足取りで店に入っていく瑠璃は、開き直っているのか腹を決めたのか。
翻る砂のマントをまたも小走りで追いながら、カイは最近の出来事に思いを巡らす。マイホームに滞在するようになってから刺々しさが薄らいできた瑠璃は、ルーベンスの件があってまた少し変わった気がする。
……
あんなことがあっては、無理もないかもしれない。
――
魔法都市の宝石店、かぁ。
人々を魅了する美しい宝石
――
そして、人間の行使する魔法と珠魅の核には薄暗い関係がある。珠魅と知り合わなければ知りえなかっただろう、世界と歴史の闇だ。
瑠璃に続いて赤い
天鵞絨
ビロード
の玄関幕をくぐり、入店する。入り口脇の、目立たない店の表札には『ウェンデルの秘宝』と書かれていた。
「
……
うわぁ
……
」
カイには人生で初めての、一流宝石店。
窓ひとつない、蝋燭に照らされた店内は、外の喧噪とは別世界だった。
柔らかな明かりに宝石の煌めきが映えるよう、商品棚が適切に配置されており、壁には数々の宝飾品が品よく飾られている。店の隅には、在庫を保管してあるのだろうか、どっしりとした宝石箱が置かれていた。
そして、そんな高級店の主はと言えば
……
。
「
……
これも、輝きがない
……
これも
……
」
商品そっちのけで奥のカウンターにこもり、宝石の鑑定作業に没頭していた。
「あれ、あの人
……
?」
「知っているのか?」
カイがうなずく。
熱心にスコープをのぞき込んでいるのは、もの柔らかな顔立ちに丸眼鏡。白い襟元をきっちり合わせ、浅葱と藤色を組み合わせた道行を羽織っている。
「いらっしゃいませ、お客様
……
おや?」
相手もカイに気付いたらしい。宝石とスコープから顔を離すと、青年はカイに向かって穏やかに会釈した。「先日、ガトでお会いしましたね。足をお運びくださり、ありがとうございます」
柔和な笑顔を見せた彼は、アレックス。ガトの雑貨屋で出会った宝石商だった。
「アレックスさんのお店だったんだ」
彼の、宝石への熱意とこだわりようは記憶に新しい。カウンターの上には、鑑定待ちなのだろう、色とりどりの石が雑多に置かれ、店中を煌めく宝石たちが彩っている。石の等級や値段はカイにはわからないが、この店に陳列されている宝石は、ガトのものと比べると明らかに輝きの度合いが違う。
「あのさ、アレックスさんは大丈夫だった? ガトで、あのあと」
「あのあと、とは
……
」考えるように顎に手を当てたアレックスだが、すぐに神妙な面持ちになる。「
……
宝石泥棒ですか」
ルーベンスの事件が起きたのは、アレックスに会った翌日のことだ。大きな寺院で起きたこともあり、新聞記事にもなっている。
「幸い
……
と言っていいのかわかりませんが、私には被害はありませんでした。貴方にお会いしたその日のうちにガトを発ちましたので
……
」言いながら、ずれた眼鏡の蔓を押し上げる。「ボイド警部からも、サンドラには気を付けるよう言われています。価値ある宝石を狙う女盗賊だと」
「ボイド警部? 大きな声した、ネズミのおじさんの」
「おっしゃる通りです。ご存じでしたか」
捜査熱心なボイド警部は、防犯にも余念がないらしい。
「ところでお客様は、本日はどのようなご用件で
……
」言いさして、アレックスはカイの隣に立つ瑠璃に
――
正確には、彼の右手付近に目を止めた。「おや、あなたは」
「さすが石屋だ。めざといな」
「いえ、たいへん失礼いたしました。珠魅のお客様をお迎えするのは初めてでして」
前を合わせたマントの隙間から、石でできた硬質な手がわずかに見えている。気づかれてから隠す気はないようで、瑠璃はフンとだけ言った。
「アレックスさんは、珠魅を知っているんだね」
「ええ。それほど詳しいわけではないですが」
「お仕事中悪いんだけど、よかったら、お話聞かせてもらってもいいかな? 珠魅のことや、宝石のこと」
「それはもちろん構いませんが、珠魅の方にお教えできるほどのものがあるかは
……
」
謙遜するアレックスを、瑠璃が促す。
「
……
オレは若くてな。自分の種族について知らないことが多いんだ」
「さようでございましたか。私の知ることでよろしければ。それから、時間のことでしたらどうぞお気になさらずに。お恥ずかしい話ですが、あまり流行ってはおりませんから」
カイは礼を言い、早速アレックスの手もとを指さした。初対面の時と同様、アレックスは今日も赤い石を鑑定しており気になっていたのだ。
「今見ていた、その石は? ガトのとぜんぜん違うね」
極上の葡萄酒のように濃厚な色をした紅玉は、蝋燭の明かりを受けてまばゆい煌めきを放っている。これを見るだけでもガトのものとは全然違う。
「そう仰っていただけるのはありがたいのですが、これも私の求める輝きには至りませんねぇ
……
」
「これでもダメなんだ、厳しいね」
「不安定な情勢のせいでしょうか。昔ほど良い石が手に入らなくなりました」
確かアレックスは、ガトでもそう言ってため息をついていた。
彼曰く『納得のいかない』紅玉をカウンターに置くと、アレックスは乱雑にばらけていた鑑定中の石を順にカイの前に並べ始める。
「石というのは、とてもとても長い間大地に抱かれ、成長するのです。そして、とても脆く傷つきやすい。美しくも儚きものです」
赤、青、緑、黄。色とりどりの煌めきが蝋燭の光に踊っている。
「今の赤い石、これはルビーです。こちらがサファイア。どちらもコランダムという鉱物ですが、含有する成分によって色が変わります」
「へえ
……
不思議」
アレックスの豆知識に素朴な興味を覚えながら、ふたつを見比べる。片や燃えるような赤、片や深海のような青だ。とても同じ種類の石とは思えない。
「このような宝石はほかにもあり、例えば、エメラルドとアクアマリンも同様の関係です。含む不純物により色や性質が異なりますが、どちらも緑柱石です」
アレックスがピンセットの先で指し示す、こちらは艶やかな緑と入江のように澄んだ青。「とても脆く、傷がないものはほとんどないと言われています」と言いながら、アレックスは濡れたように潤むエメラルドをカイに渡してくれる。
「触っちゃっていいの? そんなデリケートな石」
「お構いなく。もとより売り物にするつもりはありませんから」
宝石には縁がないだけに、余計緊張する。ちらっと見えたガラスケース内のエメラルドには、九千ルクという値札がつけられていた。万が一、失くしでもしたら弁償できない。
落とさないよう気を遣いながら、スコープを借りて石をのぞくと、とろけるような緑色の内部に細かな傷が見えた。
「世界のどこかに、『幸せの四つ葉』というハートの形の四つの石があるそうです。集めた者は幸せになれるとか
……
」
「ハート型かぁ。綺麗なんだろうねえ」観察を終えて無事にエメラルドを返したカイは、ふとカウンターの隅に寄せられた石に気がついた。
「アレックスさん、これは?」
彼女が興味を持ったのは、黄金色を帯びた美しい石だ。
「ああ、それは
……
」
アレックスが眼鏡の奥の目を細める。丁寧に並べられた宝石のうち、この石は少しだけ、カイの目に触れづらい位置に置かれてあった。
「クリソベリル。金緑石とも呼びますね」
「綺麗だね、それ。この石も、ルビーやエメラルドみたいな兄弟みたいなのがあったりするの?」
「
……
そうですね。キャッツアイやアレキサンドライトが該当します」
言われても、宝石初心者のカイにはどういう石なのか思い浮かばない。
「実物あったりする? 見てみたいなあ」
「申し訳ありません、どちらも取り扱いはございません。キャッツアイは光の加減によって猫の目のような光が入り、アレキサンドライトは昼夜で色が変わります」
ふうむとはカイが鼻から息を吐き出す。そんな珍しい石が実在するのなら、ぜひ見てみたかった。
「これも、アレックスさんには不合格なの?」
「その通りですね。残念ながら
……
」
カイには、ルビーもエメラルドもこのクリ何とかも、どこがダメなのかさっぱりわからない。いったいどのレベルの石ならば、彼は満足するのだろう。
アレックスは並べた宝石を一つずつ小箱に仕舞いながら、静かに語る。
「玉石、と呼ばれる石があります。そういう種類の石があるわけではなく、完全な煌めきを持つ石に与えられる一種の称号のようなものですが」
「アレックスさんが探してるのは、その玉石ってことなんだ?」
「そういうことに、なるのでしょうね」
「珠魅の核とか言うなよ」
「
……
お客様」
さしものアレックスも手を止めて、不本意そうな声を出した。口を挟んだ当の瑠璃は、つんと横を向いている。
「アレックスさんは、玉石に出会えたことはあるの?」
「私が知る限り、一つしか」
「へえ! どんな石?」
カイはカウンターに肘を乗せ、ぐいっと身を乗り出した。これほど厳しい選定眼を持つアレックスが認めた石とはどんなものなのだろう。
「世界のどの石よりも、美しい石ですよ。
……
奇跡のように」
最後の一粒を小箱に収め、ぱくりとふたを閉じる。
答える彼の口調は優しかったが、俯く丸眼鏡の向こう
――
ほんのわずかに陰りが見えたのは、カイの気のせいだろうか。
けれどそれもほんの一瞬のことで、顔を上げたアレックスは人当たりの良い青年に戻っていた。
「苦労はしていますが、やりがいもありますよ。実は私、石の研究が本分でして。本音を言えば研究に専念したいところなのですが、それにも何かとお金がかかりますので
……
調査費用を賄うために仕方なく店をやっています」
お客様にする話ではないですね、とアレックスは苦笑した。
たしかに、宝石商なのに石の値段や美しさではなく学術的な話ばかりするあたり、アレックスは研究者や学者に近いのかもしれない。高価な商品を扱っている割に商売っけがまるでなく、隙あらば二束三文のガラクタを高額で売りつけようとするどこかのネコ商人とは対極の存在のようである。
「宝石の調査って、珠魅も対象ってことだよね」
「ええ。宝石研究と珠魅とは切っても切り離せない関係ですから。例えば珠魅の誕生は謎に包まれていますが、一説には、人手に触れなかった宝石が長い年月をかけて、その美しさに見合う心と体を持つに至ったと言われています。そういう意味では、研究にしろ商いにしろ、まだ見ぬ宝石を求め、集める私の行いは珠魅と相反するものでもあるのですけれど
……
ジレンマですね」
穏やかに話すアレックスとは対照的に、瑠璃は硬い表情で耳をそばだてている。
「成り立ち然り、珠魅には知られていない部分も多いのですが
……
。宝石を核とする珠魅の特性は、寿命の長さと核の脆さです。核が傷つかない限り、彼らは生きられます。しかし核は脆く、他の種族にとっては宝石と同じように見られることもありました。多くの珠魅が核を奪われた悲しい時代もあったそうです」
「魔法使いどもの、魔法の媒介にも使われてきた」
「おっしゃる通りです。珠魅の核には魔力や生命力が宿っています。そのため珠魅は昔から狩られてきました」
「今も昔も変わらんな。核を狙う人間なんざ、そこいらに腐るほどいる」
冷えた瑠璃の物言いは、おそらくアレックスのことも信用してはいない。カイが瑠璃を軽く睨んで牽制したが、彼は露骨な態度を改める気はないようだ。
「先ほど話にあった宝石泥棒にしても、そうですね。被害者の中には珠魅もいると聞きます」
珠魅は滅びゆく種族なのかもしれません
……
。
宝石の熱心な研究家は、そう言ってさみしそうに視線を落とした。
「さて、珠魅には特別な決め事がいくつかあるそうです。まず、姫と騎士」
「それについては知っている。姫は癒し、騎士は戦う。オレは騎士だ」
「騎士と姫、二人一組で行動すると古い書物にはありますが
……
あなた方は人間と珠魅のペアなのですね」
「さて、珍しいかもしれんな」
瑠璃がとぼけてみせる。天敵の宝石商にわざわざ姫の存在を話す気はないらしい。
「お二人にお聞きするのもどうかと思うのですが
……
珠魅の伝説は、ご存じなのですか?」
「伝説?」
「ええ
……
『珠魅のために涙する者、全て石と化す』」
「
……
え?」
それまで笑顔で話を聞いていたカイの心臓がぎくりと鳴った。今、アレックスは何と言ったか。
聞き返されて、アレックスはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「『珠魅のために涙する者、全て石と化す』です。人と珠魅、共に行動されているあなた方には言いづらいのですが
……
。一般には、珠魅と人間の関わりを禁じた言葉でしょう」
『珠魅なんか
……
狩られるだけのクズ石じゃないか』
『なんで、そんなこと言うの
……
!』
「珠魅に関連する、古い伝説です。とはいえ、石となった者を知らないので私も真実かはわかりません
……
どうかされましたか?」
「あ、いや
……
その」半ば茫然としたまま、カイは小さく首を振った。「なんでも
……
ない、です」
血の気が引くのを感じる。知らず、手のひらを頬に手を当てていた。それでは、あの時の彼の態度は。
「珠魅について、他にも何かあるか?」
すっかり言葉を失ってしまったカイの代わりに、瑠璃が促した。
急に萎れたカイを気にするそぶりを見せつつも、アレックスが訊く。
「『座』についてはご存じですか」
「いや」
「これでも、伝聞ですが
……
」アレックスは、カウンターに置いてある紙と万年筆を執った。「座とは、核の等級からくる位のことらしいです。一番上が玉石の座。指導者の地位に当たる輝石の座。次が半輝石の座で、多くの一般の珠魅がこれに該当するようです。その下にあるのが、捨石の座。玉石の座に座する姫は、一族のシンボル的存在と伝えられています」
いずれも一般には聞き慣れない単語だが、アレックスは口頭で説明しながら、玉石、輝石
……
と、分かりやすく紙に書いてくれる。そういえば、ルーベンスはサンドラに『輝石の座』と呼ばれていたか。極上のルビーの核そのままに地位の高い珠魅だったのだろう。
「私が珠魅についてお話しできることはこのくらいですが
……
他になにかございますか?」
聞ける話はおおむね聞けたらしい。
「
……
うん、アレックスさん。ありが」
カイが辞そうとすると、
「もう一つ、聞きたいことがある」言いかけた彼女の言葉を、瑠璃が遮った。
「はい、なんでしょうか」
「この店には、珠魅の核を探しに来る奴はいるのか?」
瑠璃の質問は身も蓋もない。アレックスがやや表情を曇らせる。
「
……
いらっしゃいますね、正直に申し上げますと」
珠魅である瑠璃を前にしては、言いづらいのだろう。
貴重な宝石として探し求める客がいえば、魔法都市という土地柄、強い魔力を目当てに珠魅の核を求める魔術師も存在する。そういう輩は昔よりは減ったらしいが、今の時代でもいなくなりはしないらしい。
「そのような方には、このようにお伝えいたします。核を奪えば珠魅は死んでしまいます。そこをよくお考えになるように、と」
冷静な声だったが、静かな怒りが含まれているようにも、カイには思えた。
アレックスの表情は眼鏡が陰になりよく見えない。
「一つと言ったが、もう一つ尋ねる」瑠璃が投げかけた。「アンタ自身は、どう思っている?」
捉えようによってはあまりに不躾な瑠璃の問いだが、アレックスはきっぱり言い放った。
「私は、珠魅の核を金で売ったりいたしません」
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