しちろ
2023-06-07 17:46:19
41657文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

いつかの宝石泥棒編 5

幸せの四つ葉。番外編三つ。41000字。


 宝石店を出たカイは、瑠璃を肘でつついた。口がへの字に曲がっている。
「瑠璃ぃ。せっかく説明してくれている人に、態度悪すぎないかな? 宝石屋さんが嫌いなのはわかるけどさ」
 アレックスの扱う商品は、物が物だけにいずれも高価だ。富裕層とは程遠い旅人のカイや瑠璃が顧客にならないであろうことは、彼にもわかっていただろう。しかしアレックスは終始、誠実に応対してくれた。
「別にアイツが宝石屋だからじゃないぜ。人間にもいい奴と悪い奴がいることくらい、オレにもわかっている。というか、最近そう思うようになった」
「なら、なんで?」
 瑠璃がそういう考えなら、余計にアレックスを避ける理由がわからない。人間を『いい奴』と『悪い奴』に分類するなら、アレックスは確実に前者だろう。
 しかし、瑠璃本人も不可解そうにこう言って、マントの下の核をさすった。
「なぜだろうな。言っていることはわかるんだが、どうもあの石屋は気に入らない」



 一日の終わりを告げるチャイムが鳴る。
 下校する学生の波に逆行するように、カイと瑠璃は魔法学園に向かうと、竜の像に守護された門をくぐった。
 黒魔導士像の横を通って校舎に入り、指定された図書館に足を運ぶ。巨大な学び舎の図書館はさすが壮観だった。二階建てになった内部は床から天井まで貴重な書物でびっしりと埋め尽くされ、すえた古書とインクのにおいがする。それに混じって、奇妙な香の香りがどこからか漂っていた。
「ええと、エメロードは……」カイがうろうろと首を巡らせると、
「二人とも、こっちこっち!」階段下の奥まった場所から、エメロードが大きく手を振った。「ありがとう、来てくれたのね!」
 手を振り返して、階段を下りていく。
 てっきり一人だと思っていたエメロードの傍らには、先ほども見かけた魔法陣――ヌヌザックが浮かんでいた。なお、にぎやかなエメロードの真横には『図書館ではお静かに』の注意書きがこれ見よがしに貼られている。
「仲間に会えるなんて一大事だもの。こんな日くらい授業なんてサボっちゃいたかったけど、ヌヌザック先生の手前そうもいかないのよねっ!」
 あ、ヌヌザッック先生ってのはこの魔法陣の先生ね。偉大なる召喚士らしいわ、自称だけど、とエメロードは立て板に水を流すようにまくしたてた。
 賑やかというよりいっそやかましい生徒へ、ヌヌザックがじろりと視線を送る。
「クズ石くん、静かにせんかい。ここは戦場じゃないんじゃ。大声を出さずとも聞こえる」
「クズ石だと……!?」
 瑠璃がさっと気色ばんだ。シオンも口にした『クズ石』というのは、珠魅には最大級の侮辱であるらしい。
 しかしそれを知ってか知らずか――珠魅といる以上、知らないはずはないだろうが――ヌヌザックは平然と言ってのける。
「なんじゃい、そっちはクズ石くんのお仲間かね」
「なっ……!」
「役に立たないものはクズじゃ。珠魅の核は、古くは魔石と呼ばれて重宝されておった。魔導士たちがこぞって核を抜き取った時代もあったが、どれも役には立たなんだ」
「ああ、待って! 先生、お客様の前で」
 慌てたエメロードが制止するが、ヌヌザックが意に介す様子はない。絶句する瑠璃をしり目に、薄っぺらい身体をゆらゆらと揺らめかせる様は、世間知らずの若者を馬鹿にしているようでもある。
「古文書などもある通り、昔は大した威力を持っておったのじゃろう。あらゆる傷を癒すだの、偉大な魔力の源泉だの、いろいろなことが伝わっておる。じゃが」ヌヌザックはぴたりと動きを止めた。目をわざとらしく細めると、肩を細かに震わせる瑠璃に、身体まるごとグイと詰め寄る。「コイツはわしの可愛い弟子で、て~んで使いモンにはならん、タダのク・ズ・い・し! くんじゃ!」
「このっ!」
 顔を真っ赤にした瑠璃がとうとうつかみかかるが、ヌヌザックはにゅるりと避けて消えてしまう。
 怒りのぶつけどころを失った瑠璃は大きく舌打ちし、八つ当たり気味にエメロードに喰ってかかった。
「なんであんなこと言われて黙ってる! それでも珠魅か!」
「だって本当のことだもん。それにああ言っておけば、あたしの核を欲しがる人も減るしね」
 当のエメロードは何とも思っていないらしい。ぺろりと舌さえ出して見せる彼女に、瑠璃が特大の「フン!」をかました。彼からすれば、エメロードのみならず、珠魅そのものを虚仮にされているようなものなのだろう。
 すっかりへそを曲げてしまった瑠璃はさておいて、エメロードがカイに尋ねた。 
「あのね、ちょっと聞きたいことがあるの。二人は旅してるんでしょ? あたしに似た人見なかった?」
「エメロードに?」
 しばし旅の記憶をたどってみるが、カイには覚えはない。エメロードのような美少女がいれば、いやでも目を引くはずだ。
「ううん、ないと思うなあ。瑠璃は?」
 話を振られた瑠璃は、ピクリと眉を上げた。
……いや、オレも見たことはないな。核に反応があったこともないが……」仲間の話題となると、瑠璃はことのほか素直だ。「アンタの姉妹か?」
「うん。行方不明なの、あたしの姉さまたち。珠魅の街から姉妹で逃げてきて、あたしだけはこの学園に保護されたんだけど……」言葉を切り、嘆息する。「ほかの姉さまたちとは、バラバラになってしまったから」
「そういうことなら、オレで良ければ協力するぜ? もともと仲間探しの旅だ。遠慮なんかするな」
 間髪入れずカイが手を上げる。
「もちろん、あたしも! エメロードが困っているならなおさらだよ」
「あはっ、二人ともありがとう! 実はそう言ってくれるかな、な~んて、ちょっと期待してたりして!」
 泣いたカラスがもう笑うではないが、ほんの少しの下心もこうあっけらかんと言われると笑顔にならざるを得ない。
「ところで瑠璃さんは知ってる? 珠魅の都市」エメロードが、空に指で弓なりの絵を描いた。都市の外観だろうか。「瑠璃さん、珠魅の都市出身じゃないわよね? あたし多分、あなたと会ったことはないもの」
「話だけは聞いたことがある。オレはその街が滅んだ後に生まれたらしい」
 仲間の裏切りで滅びた珠魅の街。ルーベンスから聞かされた話だ。
「なんだ、じゃあ、あたしの後輩クンなんじゃない。しかめっ面でこ~んな怖い顔してるけど……あはは、冗談よ、冗談」
 怖い顔をさらに怖くした瑠璃に、エメロードはこともなげに笑う。見た目は瑠璃のほうが年上に見えるが、彼女のほうが実際の年齢も度量も上らしい。
「珠魅の街は、なぜ滅びたんだ? 内部で何かあったらしい、とは聞いたが」
 仲間の裏切りだと聞いた、とは瑠璃は言わなかった。仲間意識が強い彼のことだ。心のどこかでまだ、信じたくない気持ちがあるのかもしれない。
「癒しの力を持つ蛍姫様が攫われたの」
「癒しの力……蛍姫」瑠璃が低い声で反芻する。「涙を流せる珠魅が、いたのか」
「そう。都市で……違うわね、おそらく、世界でたった一人だけ」
「珠魅が涙で傷を治すって話、本当だったんだ」
 珠魅の二つの役割。戦う騎士、癒す姫。
 といってもカイは瑠璃から聞いただけであり、その瑠璃も文献で得た知識でしかなかった。実在したという話を聞くのは二人とも初めてだ。
「うん。昔は、全ての姫がその役割を担っていたんだけどね。都市が滅んだ頃に泣けるのは、蛍姫様だけだったわ」
……
 エメロードはさらっと話しているが、過酷な状況だったことは想像に難くない。
「みんな、都市を捨てたわ。癒しの力がないのに一族で固まっていたら危険だから。あたし、その混乱の中で姉さまたちとはぐれてしまった。探したいんだけど……
「あの、ヌヌナンタラ~いう魔法陣野郎が邪魔しているんだな」
「瑠璃、ヌヌザック先生だってば」
 カイが呆れ混じりに訂正する。ボイド警部といい、瑠璃は興味のない者と気に食わない者の名前はとことん覚えない。
「違うわよ。ヌヌザック先生はあたしを保護してくれたの。魔法の勉強を見る代わりに、騎士が現れるまでは学園の外に出ないようにって」
 エメロードとヌヌザックは師匠と弟子の関係らしい。カイと双子のようなものか。
「アンタ……姫だよな?」
 姫が魔法? あまりイメージがわかないらしい瑠璃に、エメロードはくいと首を傾ける。
「おかしい? 魔法剣士になるのがあたしの夢! バリバリ戦うの、バリバリ!」
 なんとエメロードは魔法使いどころか、騎士志望らしい。
 やる気満々の彼女は、でもね、といって両手を腰に当てる。
「といっても、今のところはまだ実現には遠いわ。というわけで、専属騎士・大募集中なんだけど……」語尾を濁したエメロードは、もの言いたげにカイ達を見た。
「オレが騎士になればいいんだな」
 おい。
 しかしエメロードは、ちっちっちと指を立ててふった。
「ダメよ、瑠璃さんには姫がいるでしょ? 香りがするもの」
 彼女には、瑠璃に正規のパートナーがいることなどお見通しだったようだ。
 さらに、今までどこにいたものか、姿を消していたヌヌザックがひょっこり現れて追い打ちをかけてくる。
「一つの命が守れるのは、自分の命と、あともう一つがせいぜいのところじゃ! いきがるな、珠魅の少年」
……見くびられたもんだ。それでどうするんだ」
 不服そうな瑠璃だが、それ以上食い下がりはしなかった。彼なりに思うところがあるのかもしれない。
「そっちのお嬢さん、どうかね」
「あたし?」
 急に話をふられたカイは自分を指さす。
 うむ、とヌヌザックは鷹揚にうなずいた。
「そっちの青い騎士よりは見どころがあるわい。その頭に刺さったみょうちきりんな棒が超マブ!」
「カイさん、どうかな」
 自分が、珠魅の騎士になる……人間のカイには思わぬ展開である。
 だが、エメロードに訊かれたカイは元気よく答えた。
「もちろん、あたしでよければ!」 
「ありがとう!」
 カイとエメロード。世にも珍しい、人間の騎士と珠魅の姫コンビが誕生した瞬間だった。
「騎士が決まったのは良いが、どこを探す?」
 瑠璃が訊く通り、それが問題である。『騎士を見つける』ことはあくまでも姉探しの前提に過ぎない。しかも、相手は珠魅だ。この広い世界で行方不明の三人を探し出すのは途方もないことに思われたが、エメロードは自信ありげだった。
「心配しないで。姉さま達は、あたしの核に惹かれて近くまで来てる。すぐに会えるはずよ」



 即席のパートナーとなったカイとエメロード。それに、二人の引率めいた瑠璃。
 ヌヌザックに見送られて図書館を出ると、エメロードは二人にだけ聞こえる程度に声を潜めた。
「実はね。一か所、あたりをつけている場所があるんだけど……」 
「どこ?」
……今はたぶん、ダメね。夜を狙いましょ」
 エメロードはきょろきょろと目線を動かし、廊下にたむろする学生や教授たちを気にしている。ここでは話せないようだ。
 詳細は後にして、まずは夜になる前に校外を捜索しようということになった。
「エメロード、明日からの授業は大丈夫なの?」
「うん、休みの届け出はしてあるから。ヌヌザック先生の許可付きだしね」
 校長先生から課題はたっぷり出されちゃったけど……と、エメロードはがっくり肩を落とす。そんなとほほな彼女の様子はなんとなく、大量の課題に悲鳴を上げる弟子のバドを彷彿させた。ともかくもこれでエメロードは、公私ともに姉探しに専念できる環境が整ったというわけだ。
「そもそも、二人はどうしてジオに?」
 学園の中庭を歩きながら、エメロードが訊いてきた。そういえばカイも瑠璃も、自分たちの目的はまだ話していない。
「人探し。ルーベンスさんって人に、言付け頼まれてて」
「ルーベンス……?」 
 エメロードがぽかんとした顔で繰り返す。
 一拍置き、その名をごっくんと飲み込んだエメロードは、すっとんきょうな声を上げた。
「ルーベンスって、まさかルーベンス様!? 騎士長の、あのルーベンス様!?」
「ルーベンス……『さま』?」
 叫び声に驚いた学生たちが、エメロードを一斉に振り返っている。
 あのルーベンス様がどのルーベンス様だかわからないが、カイが大まかな特徴を伝えると、エメロードはやっぱりそうだわ、生きていらっしゃったのねと何度も頷いた。
「ルーベンスさんのこと、知ってるの?」
「知ってるもなにも、都市のすっごく偉い人よ! あたし、憧れてたなあ。強くて格好良くて優しくって。ルーベンス様が言うなら、きっとパートナーのディアナ様のことだわ。でも、ディアナ様がジオにいらっしゃるなんて聞いたことないけど……
 独白めいたエメロードの言葉を聞きながら、瑠璃が物憂げに視線を落とす。
「ディアナ……そうか」
 おそらく瑠璃がそうであるように、カイは『あの日』を思い出していた。ルーベンスが伝えきれなかった名前の頭文字は、たしかに『ディ』だった。ディアナというのか。
……エメロード。ルーベンスはもうこの世にいない」
「えっ……?」
 エメロードが絶句するのも無理はない。カイだって――そして、きっとそれ以上に瑠璃は――今でもあの出来事は信じたくない。
 重たい沈黙の中、学生たちの他愛ない歓談や小難しい議論のかけあいが、場違いに響いて聞こえていた。
「オレが預かったのはアイツの遺言だ。ルーベンスは宝石泥棒に核を奪われた」
……そう、だったの」
 エメロードが沈痛な表情を見せる。
 ルーベンスが灯してくれた精霊のランプは、今日もカイの鞄に吊るされて揺れている。それにしても瑠璃やカイの知るルーベンスと、エメロードが知る在りし日の彼。両者にはずいぶんと乖離があるらしい。
「あたしたち、ディアナさんっていう人には会ったことがないんだ。エメロードのほうが詳しそうだし、よかったら、こっちも一緒に探せるといいんだけど」
 カイの言葉に、エメロードはもちろん、と拳を固める。
「そういうことなら、あたしも一緒に探すわ。姉さまとディアナ様、ね」



 ■■■



 珠魅と宝石は切っても切り離せない関係である。
 成り立ちや生態は言うに及ばず、それは商用であっても同様だった。その手の扱いが、珠魅にはいかに屈辱的なことだとしても。
 エメロードにとってもそれは変わりはないはずだが、宝石店『ウェンデルの秘宝』における彼女の台詞はこれ以上ないほどに率直だった。
「すみません! こちらに、『あたしの核みたいなの』入ってない?」
 エメロードが自分の胸元を示しながら、アレックスに尋ねる。翠玉の珠魅の核となっているのは、ハート形の見事なエメラルド。
「おい、アンタの姉さんって!」
「核だけよ。残っているのは。不死皇帝の軍に奪われたの」
 顔色を変えた瑠璃に、エメロードはあっさりと答えてみせる。
 不死皇帝……? カイが疑問符付きで呟くと、アレックスが「不死皇帝軍、エナンシャルク帝国はかつて大規模な珠魅狩りを行い、大量の核を奪い去ったと言われています」と小声で補足してくれた。現代における、宝飾品として流通する核の多くは、この時代のものらしい。
「形見探しだったのか……
「違うわ。姉さまたちの核にはきっと魔力が残ってる。癒しの涙があれば甦るわ」
「オレたちは涙を流せない。癒しの涙を流せる蛍姫だっていない……。今はアンタの身の安全のほうが大事じゃないのか? 後はオレに任せて学園に戻れよ」
 涙を知らない瑠璃は、エメロードほど楽観的にはなれないらしい。
 エメロードははぁんと目を細めると、瑠璃が腰に提げている曲刀に向かって指を突き付けた。
「あなたのその剣は何? 騎士なら女々しいことを言わないのよ!」
 小柄な翠の姫に、ラピスの騎士は完全に押し負けている。
 ひるんだ瑠璃は横を向き、真珠姫とはだいぶ違うな……とぼそりと言った。
「あの……お客様。当店では、珠魅の核の売買などはしておりませんよ」
「まああ、珍しく良心的なお店だわ。宝石店なんて死体置き場だと思っていたのよ」
 遠慮がちに口をさしはさんだアレックスは、困ったように、はあ……と言った。
 収穫なしと見切りをつけたエメロードは、次行きましょ次! と入った時の勢いそのままに外へ飛び出していく。
「お、おい! エメロード待てよ! アンタ、お盆に言われたこと忘れたのか!」
「わわ、アレックスさん、お邪魔しました!」
 振り回されっぱなしの騎士たちが、慌てて姫を追いかける。学内でにぎやかなエメロードは、学園を出てますます元気いっぱいだ。
「この街に、珠魅のお嬢さんがいたとは……
 感情のこもらぬ独白が、カイの耳にかすかに届いた。




 こつ、こつ、こつ……
 人気のない廊下に靴音が響く。
 警戒しながら歩を進めていた三人は、見つからぬよう壁の影に身を隠した。
……ふむ?」
 足音の主……学園の一室を出たメフィヤーンスが足を止め、こちらを振り返る。
 陰から一歩踏み出しかけていたエメロードは、慌てて足をひっこめた。
 すっかり人のいなくなった、夜の魔法学園。
 カイ・エメロード・瑠璃の三人は、夜の帳が下りるころ、こっそり内部へ忍び込んだ。不審者丸出しだが、とりあえず現時点では結界の制裁は受けてはいない。
「よし、行ったみたい……!」
 メフィヤーンスが曲がり角に消えたのを確認し、三人は次なる陰に身を滑り込ませる。
 狙いは学園長室である。
 
 日中、学校を出たエメロードは、カイと瑠璃にこの通り告げていた。
『実はね、校長室から姉さまの反応がある気がするのよね』
『校長だと……?』魔法都市自体に拒否反応のある瑠璃は、不愉快そうに眉間にしわを寄せた。『学校のトップが核の取引をするようなヤツか……やはり魔法学園なんざ、ろくなもんじゃないな。アンタ、なんで人間の学校なんかに通ってるんだ』
『まあまあ、そう言わないでよ。魔法の勉強は役に立ってるし、核のことだって、どこにいるかもわからない姉さまをこんな近くまで連れて来てくれたと思えば、メフィヤーンスさまさまだわ。あたしは魔法剣士になるまで、学校を辞める気はないわよ』
 相変わらず度量の大きなエメロードに、カイも同調する。
『瑠璃ぃ、今はカリカリするよりエメロードのお姉さんを探そうよ。腹立つ気持ちも分かるけどさ。校長先生がなんで核持ってるのかだって、本当のところはわかんないじゃん』
……まったく、アンタらの思考回路にはついていけんぜ』
 慎重派の瑠璃からすると、細かいことよりまず行動派の女性二人はおめでたく見えるようだ。
 

 メフィヤーンスは当代一の魔法使いである。
 元が魔力の強い種族――悪魔であり、さらに噂では二人分の魔力を継承している、とも言われている。もしも見つかれば、きっつ~いお仕置きが待っていることは確実だ。
「さっ、今のうち!」
 彼らは夜間出没する黒い何かよろしく、カサカサと学園長室へ忍び込んだ。
「やっぱり、ここにある気がする」
 窓から差し込む月明かりに、展示された数々の魔法道具がぼんやり浮かび上がっている。しかし珠魅の核らしき物は目視した限りは見当たらない。
 エメロードは自らの核に手を当て、強く呼びかけた。「答えて、姉さま……!」
 きらり。エメラルドの核が共鳴した。
 エメロードは弾かれたように奥のチェストに駆け寄ると、引き出しを片っ端から開け始めた。
「おい、アンタ。もっと静かに……
 焦った瑠璃が苦言を呈するが、
……あった!」エメロードが快哉を叫ぶ方が早かった。
 引き出しの奥を無遠慮にまさぐり、『それ』を取り出す。
 『幸せの四つ葉』の一葉を担う、奇跡のエメラルド。その石は、エメロードの核とそっくりのハート型をしていた。
「まずは、一人……
 姉さま……と愛おしそうに掌で包み、エメロードは見つけた姉を大事に鞄へしまい込んだ。
「エメ……
「もしかしてあたし、泥棒気味?」
 心配しかけたところにそんなことを言うものだから、カイも調子が崩れる。
「エメロードのお姉さんでしょ? 取り返したっていいと思うよ!」
「さすがあたしの騎士ね」エメロードが気取って髪をかきあげる。「なあんて、これ、一度言ってみたかったの! いい気分!」



 ■■■



 学園で『仕事』を終えた三人は宿をとることにした。
 なお一行は、宿の食堂で二つ目の核を見つけている。これは宿で番頭を務めるティーポが所有していたもので、最初は揉めたが、最終的には快く譲ってもらうことができた。
「人のいいティーポさんに感謝、ね」
 初日ですでに二人。出来すぎとも言える成果にエメロードはご満悦だ。
 瑠璃は別室を取り、カイとエメロードは一緒の部屋に泊まっている。
「あ~っ! 足疲れた~!」
 ひとっ風呂浴びてさっぱりした二人は、楽な格好に着替えて、思い思いにベッドに転がっていた。こうしていると人探しというよりは、学生同士の旅行か合宿の雰囲気である。
「エメロード、お菓子食べる? チョコとクッキー持ってきてるよ。あとまんまるドロップも」
「食べたい! 甘いもの欲しい……けど、この時間じゃ太るのも気になる!」
「え~、珠魅って太るんだ?」
「太るわよ、そりゃ~。気を遣ってるのよ、これでも!」
 でもいいわ、姉さま見つかった記念で食べちゃう! エメロードはベッドに腹ばいになったまま、カイのクッキーに手を伸ばした。大都市ジオは居並ぶパティスリーも超一流ぞろいで、ドミナとは一味も二味も違う洗練された菓子が手に入る。
「姉さま達も甘いもの好きなのよね。明日の目的は、もう一人の姉さまを見つけることと……
「うん、わかっているよ……
 実は二人には、幸せのエメラルドとは別に注目している場所がある。
「フルーツパーラー!」
 二つの声が綺麗に合わさった。
 やっぱり同じこと考えていたんじゃない、と声をそろえて笑いあう。
「看板に書かれてた、生絞りフルーツジュースとメガ盛りパフェ? あれ、あたし気になるのよ!」
「それ、あたしも気になってた! そのまま突撃したかったけど、瑠璃の目が怖くて入れなかったんだよね~」

 ……アンタら、そんなことしている暇あるのか?

 ジュース、ケーキ、パフェ、アイスクリーム。
 フルーツパーラーに興味深々の女子二人に対し、効率重視のラピスの騎士はお堅かった。ぱふぇとやらを食ってる時間があれば、仲間の一人でも探したらどうだと言わんばかりであった。カイもエメロードも思っている。真珠姫を溺愛するラピスヤロウは、甘いものなどには興味がないから、この魅力がわからないのだ。
「瑠璃、いっつも自分そっちのけで人のことばっかり言うんだよ! 自分だって、ガトじゃシュタインベルガーとか言ってたくせに!」
「あの人、あたしより若いのに先生みたいなんだもの! せっかくヌヌザック先生から離れて自由になったと思ったのに、別にお目付け役が付いてきたみたい!」
「実際そんなもんだよ~。真珠ちゃん……って瑠璃のパートナーの子だけど、一緒に恋バナとかしようとすると、変なこと吹き込むなってすぐに飛んでくるもん。心配性のオヤジかっての」
 エメロードは笑い転げながら、枕をバシバシ叩いている。まさか、これらの悪口が隣室の瑠璃に筒抜けで、彼がまさにいま湯呑を握りつぶして破壊したことなど、カイとエメロードは知る由もない。
「あー、おっかしー! 涙出そう、出ないけど!」
 エメロードが手団扇で顔を仰いだ。くしゃりとつぶれた顔と目元は、人間ならば笑いすぎて涙がにじんでいるところだろう。
「珠魅って、涙で傷が治るんだよね?」
「うん。珠魅の涙って、珠魅の命のかけらなの。だから、涙をもらった珠魅は傷が癒えるのよ」
「命のかけら……
 人間にとって涙とは、生きていれば当たり前に流れるもの。
 しかし珠魅にとっての『涙』とは、きわめて特別な意味を持つものらしい。
「ずっと昔、珠魅は命を涙にして、それを分け合って生きていた。でも、いつからかあたしたち泣けなくなってしまったわ。先生は、珠魅が自分を守るために身に着けた防御本能だろうって言ってたけど」
「先生って、さっきの魔法陣の先生でしょ? 珠魅にちょっと失礼な」
 カイがヌヌザックのしかめ面を思い出しながら言うと、エメロードはアハハと笑った。
「先生、心配性なのよ。わざとあんなこと言って、憎まれ役引き受けてくれてんの。先生はそんなこと言わないけどね」
……そう、なんだ」
「どうしたの?」
「あ、ううん。ちょっと、ね」
 思うところのあったカイは、エメロードとは関係のないことを思い出してしまう。人間では、命のかけらを涙に変えることはできない。人が珠魅を想って泣けば、無為に石になるだけだ。
「先生と言えばさ」エメロードはエメロードで、何やら考えるように髪を指にくるくる巻き付けている。「メフィヤーンス先生だって、あたしが珠魅だって知ってるはずなのよね」
 メフィヤーンス――エメラルドの核を所有していた人物だ。たしかに学園長なら、周囲には伏せているエメロードの出自や学園に通い出した経緯も把握しているだろう。 
「それってつまり……?」
「校長先生も、分かっててエメラルドを手に入れた、とか」自分で言っておいて、エメロードは考えすぎかと肩をすくめた。「……まさかね」
 珠魅をモノとしか見ない者がいる一方で、珠魅を見守り、協力してくれる者も少なからずいる。メフィヤーンスの真意は不明だが、もしかしたら瑠璃の、学園や魔法使いへの偏見もいずれは変わるかもしれない。