しちろ
2023-06-07 17:46:19
41657文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

いつかの宝石泥棒編 5

幸せの四つ葉。番外編三つ。41000字。


……あら?」
 薄暗がりの魔法学園、正門。
 片手で鞄を抱えたエメロードは、遠くを透かし見るように目を細める。
 気のせいだろうか。ほんの一瞬だけ、核が反応した気がする。
……変ね?」
 煌めきではない。瑠璃やディアナと共鳴したときのような感覚ではない。
 念のため、鞄のふたを開けてみた。姉たちに異変はなさそうだ。そもそも姉の反応ではない気がする。
 
 ――なにかしら……

 ちりちりと核がひりつく。
 無意識に核を手で押さえながら、エメロードは目を凝らした。すると。
 ひらり。
 少し離れた石畳の上に、白いなにかが舞い落ちた。
 エメロードはとっさに駆け寄り、それを拾い上げる。
「カード……?」
 彼は誰時では見えにくい、それは薔薇の絵が描かれた、小さなカードだった。

 エメロードは失念していた。

 学園の中は安全だ。
 強力な結界に、教授たちの魔法に、守護の門に、あらゆる手段で学生たちは庇護されている。
 そして門を一歩出れば――外の世界は、あらゆる危険に満ちている。
 だから師は、ヌヌザックは、あれほど念押ししたのだ。
 一人で外に出てはいけない、約束を破ってはならない。騎士が見つかるまでは学園から出るなと。それは、エメロード自身の無鉄砲な性格も一因だっただろう。
 しかし、最大の理由はきっと――
 エメロードはカードを裏返し、顔を凍てつかせた。

『幸せの四つ葉をいただきます』

 こんな予告状を、渡されないため、だ。

「ごきげんよう、お姫様」
 真後ろから、声がした。美しく艶っぽい。なのにひどく、毒々しい。
 全身から血の気が引くのを感じながら、エメロードはそろりと目だけで振り返る。目が合うと、メッセージの差出人――チャイナドレス姿の美女は、にこりと笑った。
「奇遇ね。私も涙石を探しているの」



 ■■■



「瑠璃!」
 けたたましい音を立て、宿のドアが開け放たされた。
 間髪入れず、夜風とともに血相を変えたカイが、転がるように駆け込んでくる。
「カイ、どうした、血相変えて!」
 食堂で待っていた瑠璃が、椅子を蹴倒し、立ち上がった。ちょうど夕食時、店内は混雑している。ざわつく酔客を押しのけ互いに駆け寄ると、カイが肩で息をしながら瑠璃に白いカードを突き出した。
「これ!」
「予告状!?」
 瑠璃もまた、顔面を蒼白にする。記載されているターゲットは『幸せの四つ葉』 狙われているはずのディアナではない。
「街の中で、落ちてきた」
「どういうことだ、エメロードは!」
「そこで、ボイド警部に会ったの。エメロード、先生の所に帰ってないって!」
「なんだって!」
 瑠璃が声を上げた。
 カイがエメロードを送って行って、それほど時間は経ってない。予告状を出すにしろエメロードを攫うにしろ、いくらなんでもタイミングが良すぎる。
「ディアナは、宝石泥棒は自分の居場所を知っている、と言っていたな。まさか、ずっと見張られていたってことか……? クソ!」
「あたし、あたしのせいだ。あたし、ヌヌザック先生のところまでちゃんと送らなかったから」
「いいから、そんなことは後にしろ!」
 瑠璃に一喝され、カイは頭をふる。今はエメロードを探すのが最優先だ。
 予告状を握りつぶし、カイと瑠璃は夜の街へ飛び出した。
「エメロード、一体どこに」
 ジオは大都市だ。ルーベンスのように誘い出されたのだとしたら、サンドラは人目につかない場所を選んでいるはずだ。しかし、今から捜索するにはジオはあまりに広すぎる。
「ディアナだ! 輝石の珠魅なら、煌めきで分かるかもしれない!」
 高位の珠魅は珠力が強い。
 瑠璃の思いつきに藁にも縋る思いで、二人は宮殿の地下へ駆け込んだ。夜の闖入者に執事のサザビーがわめき散らすが、かまう余裕は彼らにはない。
「ディアナ! エメロードは!」
 階段を一足で駆け下り、瑠璃が叫ぶ。
 ディアナはすでに事情は知っているようだった。
「あなた方ならば、ここへ来ると思っていました。エメロードはおそらくここの地下です。若き珠魅の騎士たちよ。あの子を救えますか?」
「当たり前だ!」
「では、おまかせします」
 


 宮殿の最下層は、すり鉢状の広い空間になっていた。円形劇場か、闘技場か。天井はぽっかりと穴が開いており、星ひとつない漆黒の夜空が丸く切り取られている。闘技場の奥にはまだ通路が続いているのが見えたが、その手前にカイは目を奪われた。
 舞台に当たる中央あたり、手のひら大の石が転がり落ちている。
「まさか……!」
 いち早く見つけたカイが駆け付け、拾い上げる。その顔がみるみる凍てついた。ランプの明かりに鈍く輝く、それは歪なハート形をした緑の石。
 わずかに遅れた瑠璃がとっさに手を伸ばした。
「カイ、『それ』は違う!」
「うわっ!」
 瑠璃の警告とカイの悲鳴は、ほぼ同時だった。
 異様な気配を感じたカイが、とっさに手を離す。石は宙で禍々しい光を放ち、醜怪な魔物へと姿を変えた。無機質な長い首に、青く光る蜘蛛のような胴体。頭部までは見上げるほどに大きく、角ばった顔は顎ばかりが目立つ。
「サンドラめ、足止めのつもりか!」瑠璃が舌打ちし、曲刀を抜いた。「ふざけるな、こんな化け物……!」
 砂のマントをあおらせ、疾風のように魔獣に迫る。
 しかし、刃がまさに魔獣に届こうとした、そのとき。剣を横薙ぎにしようとする瑠璃の動きが、ぴたりと止まった。彼の頭上で、魔獣の顎がばかりと開かれる。不気味な咢の奥に巨大な棘が光って見えた。
「瑠璃!」
 カイが叫ぶ。だが瑠璃は動けない。
 カイがもう一度強く呼びかけると、我に返った瑠璃が横跳びに跳んだ。だがわずかに遅く、魔物の口から吐き出された棘がマントの端を縫い留め、引き裂いた。
 槍を構えたカイが、マントを失った瑠璃に素早く居並ぶ。
「瑠璃、どうしたのさ!」
「あ、ああ……
 敵を目の前に意識を取られるなど、瑠璃らしくない。だが、瑠璃は信じがたいという様子で、頬を引きつらせていた。見開かれた瑠璃の目は、魔獣の首辺りに釘付けになっている。

 ――瑠璃は、一体何を……

 瑠璃の視線を追ったカイが、ぎょっと目をむいた。
 首だと思った場所に、人型の上半身が浮き上がっている。淡い緑色に輝く上体は、十字架に掲げられた罪人のように両手を広げており、そして、胸部に当たる部分には。
「煌めきを……感じる……
 瑠璃が茫然と呟く。カイが拾い上げた、先ほどの石。それが、珠魅の核に当たる部分に嵌め込まれていた。
「瑠璃、珠魅じゃない!」
「ウルサイ、わかってる!」
 瑠璃が怒鳴るが、一度生まれた抵抗感は簡単に消えはしない。もう一度攻撃を仕掛けようとするが、明らかに剣先が鈍っている。
「クソ!」
 瑠璃が毒づいた。この先におそらくエメロードがいる。迷っている場合ではない。
「瑠璃、どいて!」
 だが瑠璃よりも、カイが踏み込む方が速かった。姿勢を低くし、躊躇う彼の傍らを駆け抜ける。見せかけの頭部を左右へかわすと、魔獣の懐へと潜り込んだ。嘆きの表情を浮かべた、緑の人物の前へ。
 カイも瑠璃も、口にはしなかった。
 濁った宝石から生まれた、異形の化け物。『そこ』が弱点なのだろうと、二人とも分かってはいたけれど。
 カイは歯を食いしばり、槍を強く握りなおす。

 ――ごめんね……

 心の中で詫びながら、カイは魔獣の核に槍を突き立てた。



 ■■■



……あいにくだけれど、ゆっくりお話しする時間はないの。貴女の選んだ騎士のお嬢さん、あれでなかなか面倒なコみたいだから」
 エメロードがサンドラに攫われてきたのは、すり鉢状をした、劇場か闘技場のような空間だった。
 サンドラに解放されたとたん、エメロードは膝から崩れ落ちそうになった。落としかけた鞄を慌てて抱えなおし、折れかけた膝をもう一方の手で抑えた。脂汗が止まらなかった。身体は小刻みに震え、今にも腰が抜けてしまいそうになる。風も通わぬ薄暗い地下の施設に、殺人者とたった二人きり。気温は低くはないはずなのに、身震いするほど空気が冷たく感じられた。
「涙を流してごらんなさい、エメロード。そうすれば、なにもせずに帰してあげる……簡単でしょう?」
 膝を抑え、首を垂れるエメロードの耳元に、サンドラが甘い息を吐きかける。
 では、できなければ……
 目が乾く、なのに瞬きすらできない。エメラルドの入った鞄がやけに重たく感じる。エメロードの頬を冷たい汗が伝っていった。
 簡単……簡単な要求だ。エメロードが『珠魅』でさえなければ。
 この話をするためだけに、宝石泥棒は自分をここに連れてきたのか。エメロードの答えを待つサンドラは、今にも淑女の仮面をはぎ取って、エメロードの喉笛に食らいついてきそうに思える。
 
 ――他の仲間たちも……ルーベンス様まで、こうやって……

 足が笑い、まっすぐに立てない。奥歯がぎり、と鳴った。このサンドラという女、涙を流すことが珠魅にとってどれほど難しいか、知らないわけではないのだろうに。
 答えることのできないエメロードに、サンドラは重ねて問いかける。
「さて、あなたはどちらかしら? 涙を流せる珠魅なのか……」それとも、と艶やかな紅をひいた唇が酷薄な笑みを形作る。「泣けない、『クズ石』か」
 クズ石。力なき珠魅を嘲り、罵る言葉。
 エメロードの丸めた背がピクリと動いた。自分の胸元に刺すような視線を感じる。エメラルドに狙いを定める、捕食者の眼差し。答えが後者であれば、待ち受けるのは確実に死だ。
 にも関わらず、エメロードの心に灯った感情は――
『クズ石』
 クズ石、泣けないクズ石。
 叫び出したい唇を、エメロードはきつくかみしめる。姉たちの納められた鞄を抱えなおし、膝を抑えていた手のひらを、これでもかと強く握りしめた。……そうだ。あたしは、クズ石。

『こりゃあ、クズ石!』

 この街に来て以来、耳にタコができるほど言われてきた言葉。出来の悪い弟子を侮辱するためではない。守るためにあえて師が使っていた、あの言葉。

 コイツはワシの可愛い弟子で、てんで役に立たない、ただのクズ石くん! じゃ!

「クズ石、か……
 相変わらず、全身の震えは止まらない。
 ろくに呼吸はできないし、上体はよろけそうだし、膝はがくがくわらっている。
 それでも、エメロードの切れて血がにじんだ口元にはかすかに、笑みが浮かんでいた。まったく、こんな土壇場で思い出すなんて。口の悪い師の容赦ない悪口は、宝石泥棒のそれよりずっと口汚い。
「ねえ、宝石泥棒……さん」
 やっとのことで絞り出した声は、みじめなくらいにかすれていた。きつく握りすぎて爪が食い込んだ手のひらに、うすく血がにじんでいる。「……あたしの先生も、珠魅の核をそう、言うわ。何の役にも立たない、ただのクズ石、だって」
 サンドラがわずかに瞠目した。
 途切れ途切れの言葉とは裏腹に、エメラルドの姫の怯えた瞳に、萎えた身体に力が戻りつつある。
 エメロードは、大きく息を吸った。うつむいたまま、視線を左右に走らせる。左肩越しに出口が見えた。
 珠魅が嫌いな宝石泥棒、クズと呼ぶなら呼べばいい。
 自分は姫だ。戦う力を持たない。
 自分は珠魅だ。涙を流すことができない。
 
 ――けれど、あたしには。

……おや、思ったより早い」
 サンドラが一瞬、何かに気を取られた。
 その隙をつき、エメロードは顔を上げる。そして足に力を籠め、地面を強く蹴りだした。出口へ。少しでも、遠くへ。
 自分には家族がいる! 仲間がいる! やることがある! 夢がある!
 自分の命だけではない。姉がいる。ここで自分が殺されてしまっては、再会できた姉妹まで道連れにされてしまう。今度こそ自分が護らなくては。姉たちが、その身を挺して自分を守ってくれたように。
 生きなくては。
 姉が、師が、今日まで自分の命をつないでくれた。明日を、未来を騎士がつないでくれた。カイが、あたしの騎士があたしを待っている。ならば自分は応えなくては。自分は彼女のパートナーなのだから。
 エメロードは走った。走りながら念じた。
 師に習った通りの手順、呪文。世界に満ちるマナの調べ。魔法のイメージ。できなくたって、どんなに難しくたって、何十回も、何百回でも練習した。

 ――姉さま、どうか、力を貸して……! 

 鞄が内側から仄かに光った。
 駆けるエメロードの足元にみるみる光の輪が躍る。エメロードの身体を、マナを紡いだ光の糸が取り巻いた。淡く薄く頼りなかったそれは、姉たちの助力を受け、一気に強い光を帯びた。
 大召喚士お得意の、転移呪文。
 間に合う。これなら、逃げ切れる……

……逃げられると、思った?」

 耳もとで冷たい囁き声がした。吐息がかかるほどに、近い距離。
「驚いたわ。姫の貴女が魔法を使えるなんて」
 手首を、つかまれていた。発動しかけていた魔法を強引に中断させられて、光の輪はあえなく消え失せる。
「ま、ほう」
「残念ね……? お姫様は、苦労して覚えたのでしょうに」
 サンドラに捕らえられたまま、エメロードはとうとう膝をついた。蓋が開いてしまった鞄から、姉たちの核がころころと転がり出る。
「ねえ、さま……
 エメロードの周りに散らばる、三つの核。
 拾わなきゃいけないのに、姉を助けなきゃいけないのに。……せっかく、四人集まったのに。
 弱く無力なエメロードは、姉へ手を伸ばせない。
「エメロード。泣いてごらんなさい。怖いでしょう? 姉さんを、助けたいのでしょう? ほら」
 サンドラがエメロードに顔を近づける。エメロードの瞳孔が大きく揺れた。泣きたい。泣きたい。泣けるものなら、自分が一番、涙を流したい。
「あたし、涙が出ない……。自分のためにも、姉さまのためにも、涙なんて……
 声が震えていた。頬が、まつ毛が、瞳が、瞼が細かく震えていた。
 なぜ。なぜ、珠魅は泣くことができない。
 なぜ自分は、大切な姉のために、彼女たちを救うための、たった一粒の涙すら流せない。これほどまでに恐ろしいのに、心が恐怖に震えているのに、この珠魅の瞳は、命を奪われようという時にまで涙が流れない。
……でも」
 エメロードが強く目をつぶる。涙の流れる気配すらない。
 逃げることは、もうできない。サンドラを振り払うほどの力は彼女にはない。
 エメロードを囲み、三つのエメラルドが静かに輝きを放っている。核だけになってなお、煌めきを失わなかった幸せの四つ葉たち。エメロードは泣けない。泣くことができない。今は、まだ。
「でも、あたしは、信じてる……! 珠魅には心があるって! 珠魅はぜったいに涙を取り戻すって! いつか、いつか必ず……!」
 翠の瞳を燃え上がらせ、エメロードはサンドラをぎっと睨み付けた。自分は珠魅。最期まで希望を捨てはしない。クズ石と呼ばれた力なき姫の、それが唯一できる抵抗だった。
……ごめんなさいね。いつかじゃ、ダメなのよ。今じゃなきゃ」
 残酷な殺戮者の声が、まるで教会の祈りのように静かに響く。
 翠玉の四姉妹――伝説のハートのエメラルド。四つ集めれば、幸せに。
「本当に、残念だわ……。あなたが、涙を流せればよかったのに」
 サンドラの手が、エメラルドの核にのばされた。



 ■■■



……遅かったようね」
 駆け付けた騎士を向き、サンドラがゆらりと立ち上がる。その片手には、無造作に提げられた見覚えのある鞄。そして、もう片方には……
「エメロード……!」
 鮮血の滴る、エメラルドの核。
 凶行がたった今行われたことを証明するかのように、人型をした光の粒子がきらきらとほどけ、闇夜へ立ち上り消えていく。エメロードと、姉たちの三つの核。幸せの四つ葉が、宝石泥棒の手によって揃えられていた。
「サンドラ、キサマ!」
 抜剣した瑠璃が身を躍らせる。
 しかし、またもやカイが速かった。
「うわあああ!」
 瑠璃が止める間もなかった。得意の槍も何もかも放り出して、カイは怒り任せにサンドラにつかみかかっていた。
「あら、あぶない」
 サンドラは難なく逃れると、客席へひらりと降り立つ。両腕はあえなく宙をかき、バランスを崩したカイが前につんのめった。
 役立たずの騎士に侮蔑するような視線を送ると、サンドラは宙に鍵付きフックを投げる。
「では、ね。さようなら、ふがいない騎士様たち」
 闇に潜ませていたカンクン鳥とともに、夜の中へ姿を消した。
「チクショウ! ……カイ? おい、アンタ……
 嫌な予感のした瑠璃が、カイにそっと近づく。
 カイは闇夜を見上げたまま、無言で立ち尽くしていた。

 じゃあね! また、明日。
 明日を信じて別れた、姫と騎士。

『ねえ、カイ。あなたがあたしの騎士で良かった!』

 つい先刻のやり取りが、カイの胸に空しく響いていた。
 涙は、流れていなかった。




「そうですか……。あの子が……
 瑠璃から報告を受けたディアナは、痛ましげに目を閉じた。
……すまない」
 瑠璃の手に、裂けたマントが掛けられていた。謝る彼の隣で、カイが下を向いたまま立っている。本当に謝るべき人は、もういない。闘技場以来、彼女は一言も言葉を発してはいなかった。
……覚悟はしておりました。あの子がわたくしを責めたとき分かったのです。宝石泥棒の目標は復讐です」
「復讐、だって?」
 瑠璃が眉を顰める。

 ――復讐……そんなもののために。

 カイは拳を震わせた。
 宝石泥棒はディアナではなく、エメロードを狙った。核を奪われるつもりでいた過去の者ではなく、これからも生きるつもりでいた若者を。
「瑠璃、あなたの姫を連れ、もう一度ここを訪れるのです。詳しくはその時にお話ししましょう」
 ディアナは約束のしるしだと言い、カイと瑠璃にある品を授けた。
 魔導書――アーティファクト。魔法都市ジオを司る品。手に入れるには少しばかり遅すぎたそれを、カイはきつく抱きしめた。もし……もしも、もう少しだけ早くこれを手に入れていれば、もう少し早くエメロードに会っていれば、運命を変えることができたのだろうか?
「アンタの身の安全はどうなんだ? サンドラにここはバレているんだろう?」
 瑠璃が尋ねると、ディアナはごく冷静に「わたくしのことは心配無用です」と言った。そして紫の双眸をゆっくりと開き、若き騎士たちをまっすぐ見据える。その瞳は、昨日にはなかった決意の色を宿していた。
「あなた方に会うその日まで、わたくしは生き延びます。……必ず」



『幸せの四つ葉』 おわり