しちろ
2023-06-07 17:46:19
41657文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

いつかの宝石泥棒編 5

幸せの四つ葉。番外編三つ。41000字。


 翌日。一行は最後の核を探して、街の最北にある宮殿を訪れていた。
「宝石と言えば、お金持ち……よね」
 ここの主は、巨大商会の会長クリスティーである。蒐集家としても有名で、多くの美術品や宝飾品を所有しているという。珠魅の核の持ち主として有力な候補ではあったが、伝手もコネもないカイたちは面会までずいぶん待たされることになった。
「もしクリスティーさんがエメラルドを持っているなら手ごわそうだね」
 やり手で知られるクリスティーは、見た目に違わぬ蛇のような執着と執念深さでもその名を轟かせている。
ところが、実際に会ったクリスティーは、意外なほど珠魅の核には固執しなかった。
「あたしの核みたいなの、ありませんか?」
 エメロードが自分の核を見せて尋ねると、クリスティーは執事のサザビーに有無を確認した上で言ったのだ。「必要なら核は差し上げます」と。
 珠魅の核は超希少だ。そして、それに見合うだけの高値で取引される。
 にもかかわらず彼女が一もにもなく放棄した理由は、サザビーに言った次の一言に集約されていた。
「珠魅の核なんて不幸を招くだけよ」



「珠魅の核を持っていると不幸になる、か」
 宮殿の地下室はあまたの収蔵品で埋め尽くされていた。英雄伝説に登場する人物の彫像や精霊像、絵画、宝飾品。どれも見事なものだが、数が多すぎるのか手入れが行き届いていない。サザビーによれば、ここに珠魅の核があるらしい。
「核を奪うだけ奪っておいて、悪いことがあれば珠魅のせいか。誰が言い出したのか知らんが、勝手なもんだぜ」
 埃だらけの美術品の山に渋い顔をしながら、瑠璃がぶつくさ言っている。珠魅にまつわる噂や伝説は、不吉なものが多い。核を不幸のアイテム呼ばわりする女主人の声は、彼にもきっちり聞こえていたようだ。
「意外と珠魅発かもよ? 仲間内にヌヌザック先生みたいな誰かがいたりしてね」
「どうだかな。もしそうだとしても、あまり効果はなさそうだが」
「そう? 少なくともあたしは助かっちゃった。こうしてタダで譲ってもらえることになったしね」
 エメロードは細かいことは気にしないらしい。
「さて、姉さまは……ん?」
「どうしたの?」
 暗闇に目を凝らしていたエメロードが、地下室の一角を指さした。
「そこの像。なんだか、変な気がする」
 言われて、カイはその方向へ精霊のランプを掲げた。
 台座に乗せられた白い彫像が、赤い明かりに照らされ浮かび上がる。
「女の人の像……だね」
 整いすぎた美貌の両目は固く閉じられ、たっぷりとひだのとられた優美なドレスを身にまとっている。誰を模したものなのか、美しい……美しすぎる女性像だ。
 そして、その胸元。種族を象徴する、巨大なダイアモンドが嵌め込まれていた。
「うそでしょ……」エメロードが愕然とした。「ディアナ様……!」
「この石像が……ディアナ……?」
 瑠璃もまた、信じがたいと言った風に像を見上げる。
 瑠璃の言うように、目の前に立つディアナは石像そのものだった。ダイアモンドの核はまだその輝きを保っていたが、石膏や大理石ともまた違う奇妙な質感の石の病が、足下から彼女を侵食している。
『石の眠りについた恋人』
 サンドラの言葉だ。この病から恋人を救いたくて、ルーベンスは治癒の手段を探していたのか。
「ディアナ様……! 聞こえますか、ディアナ様」
 エメロードの呼びかけに、きらり。
 エメラルドとダイアモンドの核が呼応して光り、ダイアモンドの珠魅は、固く閉じられていた瞼をうっすらと持ち上げた。
……その名を呼んではなりませぬ。わたくしは、もはや珠魅ではありませぬ」
 その声は見た目通りに美しく、そしてまったく温度を感じさせないものだった。
 なんで……。声にならないエメロードの唇が動く。
 ディアナと呼ばれた珠魅は、紫の瞳が開いてなお彫像じみていて生気はない。
「珠魅は滅びゆくさだめです。あなたも珠魅であることをお捨てなさい」
「いやよ! 姉さまたちは核を奪われても、こうしてあたしを呼んでる! 他の珠魅だってそうよ! みんな待ってる、癒しの涙を得て甦る日を!」
「癒しの力を持つ最後の珠魅、涙石を生み出す蛍姫は死にました。もはやこの世にわたくしたちが生き長らえるすべはありませぬ」
 ディアナの感情のこもらぬ言葉と声音。
 エメロードは納得しない。ディアナに向かって一歩踏み出し、食ってかかった。
「ディアナ様、なぜですか? 煌めきの都市を率いていたあなたは、どこまでも誇り高く強かった。あたしの知っているディアナ様は、そんなことを言う人ではなかったはずです」
「エメロード。あなたの追う珠魅の姿、求める輝き。それは過去の幻影。あなたの知るわたくしもまたそうです。取り戻すことのできない、過ぎ去った時代にすぎませぬ。もはや珠魅は、珠魅としては生きられぬ」
「そんな……!」
 エメロードが強くかぶりを振る。
 エメロードが魔法都市のディアナにどんな期待を寄せていたのか、カイにはわからない。しかし少なくともこんな言葉を聞きたかったわけではないのだろう。
 ――ああ、ルーベンスさんは。
 カイは炎を見つめて思う。この絶望をルビーの騎士は癒したかったのだ。希望を失い、諦めを口にするディアナ。それは全てを諦め、失意に飲み込まれたルーベンスをなぞっているかのようだった。
「少し、いいか」
……瑠璃さん」
 二人の珠魅のやり取りを見ていた瑠璃が、静かに前に進み出た。
 瑠璃とディアナ、二つの核が共鳴し、煌めく。
「オレはラピスの騎士、瑠璃。アンタ、ルーベンスを知っているな?」
 答えぬディアナに、瑠璃は告げた。「ルーベンスからアンタ宛てに、遺言を預かっている」
 瑠璃が『遺言』と口にしたとき、ディアナの瞳がかすかに揺れたように、カイには見えた。
「ディアナ。アンタにルーベンスが遺した言葉は、一言だけだ。『すまない』」
……
「ほかに言いたいことがあったのかは、オレにはわからない。オレとアイツはたった一日の付き合いでしかなかったし、最期は宝石泥棒に核を奪われて、言葉を遺す時間なんてほとんどなかったからな」
 今までの彼なら感情的になりそうな場面だが、瑠璃は努めて冷静にふるまっていた。
 だからこそ余計にカイは感じていた。もしかしたら瑠璃はまた、少し怒っているのかもしれない。珠魅でありながら、珠魅であることを捨てようとする珠魅に。この世の全てから目を背け、心を閉ざす同胞に。
「ディアナさん。これ、ルーベンスさんの炎」
 カイはディアナの目に届くよう、できるだけ高くランプを掲げた。精霊に守られた癒しの炎は、炎の技師によって灯された日から変わることなく、温かい光を放ち続けている。
「ルーベンスさん、優しかったよ。口先では冷たいことばかり言ったけど、本当は誰かを傷つけるのを嫌がってた。最期に『珠魅の都市、もう一度みんなで』って」
……。あの人が……
 ルーベンスの炎は、ディアナを静かに照らしている。
 カイは彼女の足元に炎を置いた。きっと、ルーベンスが最期に一目会いたかっただろう人の元へ。しかしディアナにはそれを手に取ることは、もうできない。
……あなた、お名前は」
「カイ」
 ディアナは動かぬ身体で、切なげな視線だけを炎に向けている。
「カイ。その火は、あなたが持っておいでなさい」
「え、でも」
「よいのです。わたくしにそのランプを手にすることは、できませぬ」
 その言葉を、ディアナはどんな思いで口にしたのか。推し量ろうにも、石となってしまった彼女の表情は変わらない。
 動かぬディアナは一度目を伏せ、静かにまた開いた。
「エメロード。姉の核を持ち、今すぐこの場を立ち去りなさい。宝石泥棒はこの場所を知っています」
「どうして……
「わたくしの核……このダイアモンドを奪うよう、宝石泥棒に知らせたからです。わたくしは一族の指導者として決着をつけねばなりませぬ。このわたくしの核で、すべてが終わればよいのですが」
「そんなの変だ! そんなの……
 ディアナに、姉の核は後ろだと言われ、エメロードはディアナの背後を探る。
「姉さまの核……
 姉の核は、ディアナの陰の見つかりにくい場所に、そっと隠されていた。幸せのエメラルドは、エメロードの手に戻ると、喜ぶようにきらりと煌く。
……ディアナ様、あたしはあきらめない」
「ならば、それもいいでしょう……。心に『希望の火』が見えるのなら、あなたは珠魅として生きなさい」
 希望の火、という言い方にカイの胸は軋んだ。ディアナはきっと今、エメロードに愛する誰かを重ねている。
 エメロードは姉の核を両手で包み、決然と顔を上げた。
「あたしはあきらめない。きっと珠魅は涙を取り戻す。珠魅に心があるって信じてる!」



「ついに三つ、そろった……!」
 宮殿を出たところで、エメロードは快哉を叫んだ。「あとは涙石さえあれば……
 それが最大の難関ではあるが、エメロードの表情は希望に満ちている。長い月日を経て再会した三人の姉。核だけの姿となった今も、誰一人として煌めきを失ってはいない。
「涙石……アンタ、どうする気だ?」
 その難しさが身に染みている瑠璃は、ディアナほどではないにしろ硬い表情だ。
 そうねえ、とエメロードは顎に指を当てた。
「昔は誰でも泣けたんだから、二度とできないってことはないと思うのよ。蛍姫様がいないのなら、今度はあたしが泣けるようになるわ。あたしだって姫なんだから」
「泣くってどうやって」
「ああ、もう、本当に瑠璃さんはごちゃごちゃと! なんでどうやってじゃなくて、自分たちで方法を見つけるしかないのよ! 瑠璃さんだって姫がいるんでしょ? だったら、あきらめずにがんばらなきゃ」
「あ、ああ……そうだな」
 瑠璃はどうもエメロードには勝てない。
 珠魅の都市の上層部だったらしい、ルーベンスやディアナすら希望を失う状況だ。珠魅が涙を流すことが不可能に近いことくらい、エメロードにだってわかっているのだろう。けれどやらなければ、可能性は永遠にゼロのままだ。置かれた状況がいかに過酷でも、エメロードは挑む姿勢を崩さない。希望を捨てない。守られる立場でも、心は常に逆境と戦っている。

 ――そんなエメロードに、あたしが協力できること……

 カイには、エメロードの騎士となってから、あるひとつの想いが芽生えていた。
「エメロード、あたしも一緒に探すよ。珠魅が泣ける方法」
 エメロードには思いがけない申し出だったらしい。ぱちぱちと目を瞬かせる。
「それって……これからも? 今の、騎士の契約が終わってから、も?」
 騎士の契約は姉の核が見つかるまで、カイ達がジオに滞在する間となっていた。
 しかし、カイはもう決めている。
「もちろん、そのつもりだよ。契約とかお願いとかじゃなくってさ。珠魅の姫と騎士って、たった一人のパートナーなんでしょ? それにあたしだって、エメロードのお姉さんたちに会いたいから!」
「ありがとう! やっぱり、あたしの騎士ね!」
 エメロードが全身から喜びを溢れさせて、カイに抱きついた。これで一行の目的には珠魅の涙探しが加わったことになる。
「ひとまず、姉さんたちが見つかったのは何よりだが、これからのことはどうするつもりだ?」
「そうねぇ、まずはヌヌザック先生に報告しなくちゃいけないけど……」エメロードはカイに目配せすると、にやっと笑った。「その前にフルーツパーラーで祝杯、じゃない?」
 昨日も似た発言を聞いている瑠璃は、またかと言いたげな表情になった。
「アンタ、昨日も言ったが、そんなことしている場合か? 姉さんたちを助けたいなら、やることはたくさんあるんだろう」
「瑠璃さん、堅い! 堅いわ! たまには羽も伸ばさないと、頭も核もガッチガチに凝り固まっちゃうわよ! ねえ、カイさん?」
「オレがどうこうより、アンタが珠魅にしては緩すぎる気がするんだが……なあ、カイ?」
 どっちだと思う? 瑠璃とエメロード双方からふられたカイは、さて何と答えたものやら。
「瑠璃、息抜きは大事だよ! 甘いモノ食べてエネルギー補充しないと、瑠璃だってもたないよ」
……アンタは、そう言うと思ったよ」
 元気な女性二人相手では、さすがの騎士も分が悪い。
 とにかく、今日こそは反対はさせないんですからね! とエメロードが鼻息を荒くした時だった。
「エメロード!」
「ん?」
 自分呼ぶ声に振り返ったエメロードは、な~んだ、と気の抜けた顔になる。知り合いの学生らしい。
「エメロード、ここにいたのか。ヌヌザック先生が呼んでるよ。急ぎの用だって」
「ええ、先生ったらタイミング悪い!」
「やっぱり、お盆のところへ帰るのが先みたいだな」
「ったく!」
 エメロードは不満を隠そうともしないが、カイも瑠璃も、彼女を預かっている身だ。ヌヌザックが呼ぶならまず帰るのが筋だろう。
「仕方がない、フルーツパーラーは明日にしましょ! 瑠璃さん、明日こそは反対しないでよね」
……ああ、わかったよ。一度は行かないと気が済まなそうだしな」
 三人連れ立っていこうとすると、
「瑠璃さん。カイさんと二人で帰りたいんだけど」
 なんでだと言った瑠璃だが、女同士でお話したいことだってあるのよ、と言われると、瑠璃も突っぱねられない。
「じゃあ、あたし送るよ」



 ■■■



「ありがとう。ここまでくれば大丈夫」
 カイに礼を言い、エメロードは軽やかに正門をくぐった。
 威風堂々とした学園の門は、黄昏時を迎え、日中とは異なる威圧感を放っている。
「この学校の結界って、そんなにすごいの?」
「うん。例えばこの門を護っているのは、守護の竜。魔法使いの象徴――神様みたいなものなんだって」
 エメロードが説明すると、カイはへえ~と感心した風な声を出した。この門をはじめ、幾重にも張り巡らされた防護呪文がエメロードを珠魅狩りの目から隠し、守ってくれたのだ。だからこそ、そこから一歩踏み出し外の世界へ飛び出すことは、エメロードにとって大いなる挑戦であり、冒険だった。
「あのさ、カイさん」
 門を境に、エメロードとカイが向き合っている。エメロードがいる守られた世界、カイが立つ戦う世界。カイと出会ったことで、エメロードは外の世界へ旅立つ切符を手に入れた。
「カイ、でいいよ」
「なら、カイ。あたし、本当にうれしかったの。あなたが、一緒に泣ける方法を探してくれるって言ってくれて」
 ……自分の騎士でいることを、選んでくれて。
 エメロードの胸は今、これまでの高揚感とは別の、静かな決意に満たされている。
「あたし、今は守られてばかりの姫だけど。もっと魔法を学んで、必ず騎士になるわ。魔法剣士になって、あなたと一緒に戦う。自分の力で、姉さま達を守れるようになる」
 カイは珠魅ではない。人間だ。おそらく人間の彼女には何のメリットもない、もしかしたら困難でしかない道のりを、一緒に歩くとカイは言ってくれた。自分の意志に騎士が応えてくれたのならば、自分もパートナーとして彼女に報いたい。
「エメロード、あたしはそんな大した騎士じゃないんだ。今のところは何もしてはいないし、お姉さんたちだって、エメロードが自分の力で見つけたんだから」
 カイはそう言って照れくさそうに笑う。お人好しで明るいこの騎士は、意外と照れ屋な一面があるらしいとエメロードは気づき始めていた。
「でも、あたしでよければ、いつまででも待ってる! エメロードと一緒に冒険する日、戦える日。それまでは、あたしがあなたの騎士でいる」
……カイ、ありがとう」
 太陽は沈み、雲間の残照も消えようとしている。一日が終わろうとしている。
 二人の少女は互いに手を振り、また明日会うことを約束する。
 涙を失い、仲間間の裏切りが起きたことで、珠魅という種族はバラバラになってしまった。姫が癒し、騎士が守る。与える関係と与えられる関係、涙を中核に成り立っていた関係。それが根底から崩れてしまったから。
 でも。

 ――違うわ。そんなのはきっと、本当の騎士でも姫でもない。

 去り行く騎士の背に向かい、エメロードは呼びかける。
「ねえ、カイ。あなたがあたしの騎士で良かった!」
 振りむいたカイがどんな表情をしていたか、エメロードには見えなかったけれど。カイはもう一度エメロードに大きく手を振ると踵を返し、小走りで街へ帰っていく。
 黄昏の町へ消えていく騎士を見送りながら、エメロードは思いを新たにしていた。
 私は珠魅であることを決して捨てはしない。珠魅であることに絶望などしない。
 大丈夫、珠魅はかならず涙を取り戻す。失ってしまった希望を、きっと取り戻す。
 今日の終わりは、新たな一日の始まり。
 また、明日から新たな冒険が始まるのだから。
 ともに運命に立ち向かってくれる人と、出会うことができたのだから。






 そう、新たな日々のために。
 今日と違う、明日を迎えるために。

 まっすぐ帰ればよかったのだろう。
 学園の中は安全なのだから。
 エメロードが、自分の騎士をいつまでも見送ったりしていなければ。
「あら……?」
 門の外に落ちたカードに、気付きさえ、しなければ。