しちろ
2023-05-07 19:26:46
45003文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 2

聖剣LOM宝石泥棒編。マイホーム話、精霊の光、ホワイトパール、主人公のサブクエ話。45,000字。

ホワイトパール


 真珠姫はよく物思いに耽る。現世から意識を飛ばし、夢と現を彷徨う。
 それはいつからだっただろう。
 彼女は、気がついたときには瑠璃と一緒にいた。親鳥が両翼を広げて雛を守るかのようにあらゆる危険から遠ざけられ、庇護されているのが当たり前だった。いつでも瑠璃の背に庇われて、傷つくのはいつも彼。瑠璃はそれでいいと言うのだけれど……むしろ、そうしろと言うのだけれど。
 昔はもっと、ただ純粋に瑠璃に守られ、甘えていたような気がする。疑問一つ抱くことなく絶対的庇護者にすべてを委ねる関係。それは互いにとってある意味楽で幸せだったのかもしれない。
 けれども、瑠璃のことやそのほかのこと。
 真珠姫は真珠姫なりに少しずつ知り、それにつれて考える時間も増えた。
 瑠璃のこと。自分のこと。今までのこと。……これからのこと。
 今の真珠姫はいつも悩みに身を浸している。
 忘れていることがたくさんあるように思う。ただ、それがなんなのかがわからない。思い出さなければいけないことがあるように思う。ただ、なぜそう思うのかがわからない。
 鏡に映る自分を見ても、本当にこれは自分なのだろうかと思うことさえある。
 緑の瞳。細く白い手。白い核。
 そもそも、わたしはこんな顔だっただろうか?
 求める答えはどれも靄がかかったようにあいまいで、あるいは薄絹一枚隔てた向こう側で陽炎みたいに揺らめくようで、どんなに探し求めても時には届きそうだと手を伸ばしてみても、いつも真珠姫からするりと逃げる。考えれば考えるほど袋小路に迷い込む。真珠姫にそのつもりはなかったが、そんな時の彼女は瑠璃に言わせるとボーっとしている、ということになるらしい。
 物思いに耽ろうとするとき、真珠姫はよく瑠璃と目があった。
 彼の咎めるような、それでいてどこか不安げな眼を見ると、いつも何も言えなくなって俯いてしまう。たまに真珠姫がごねると、瑠璃はしばしば怒る。
 彼に迷惑ばかりかけているのは事実で、実際に迷子にもなってしまうのだから、瑠璃が怒るのは当然なのだ。自分は無力だ。瑠璃には足枷でしかないだろう。何もできないのならばせめて彼を怒らせるような真似をしなければいいのだが、なぜだか真珠姫にはそれができない。真珠姫が迷子になるたび瑠璃は何度でも探しに来てくれたが、そのうち完全に見放されて迎えに来なくなるかも。
 瑠璃。
 真珠姫の、たった一人の騎士。
 何もない――それこそ、自分自身さえ定まらない真珠姫には瑠璃しかいない。
 瑠璃こそが真珠姫の世界のすべてと言ってもよかった。

『いい加減にしろ!』
 翡翠色の洞窟で、先日も瑠璃を怒らせた。
 真珠姫がまた迷子になり、聞き分けまでよくなかったから。
 だからせめて彼の言う通り、足手まといにならないように、なるべく考えないようにしようと、そう思ったのに。

 ――真珠姫。

 あたりの闇が深くなってきてからだ。
 最初はかすかに。
 次第にはっきりと、その声は聞こえるようになった。
 
 ――真珠姫。
 
 声は聞こえる。
 宵闇の森のどこからか、夜風に紛れてささやくように呼んでいる。
 いつもの靄がかったものではない、触れれば消える蜃気楼のようなものでもない。
 あの声は、わたしを、たしかによんでいる。
 あれほど気にかけていた瑠璃の咎めはいつしか思考のなかから消え失せて、真珠姫は知らず立ち上がっていた。
 たおやかな姫にはそぐわない、音のしない、影のような身ごなし。
 焚火のそばで、腕組みしてうたた寝をしている瑠璃が視界の片隅に入る。怒られるかもしれない、とは思わなかった。その時には、真珠姫にはもはや彼が目に入らなかったから。
 夢うつつの眼差しには瑠璃は映らない。
 大きくなる呼び声が、真珠姫のなかから己の騎士をかき消してしまう。

 だれ?
 あなたは、だれ。

 一歩、また一歩。
 ゆっくりと歩み出して。
 やがて真珠姫は、声に導かれるようにそっと駆けだした。

 いかなければいけない。わたしは、あなたにあいにいかなければ。
 わたしをよぶ、だれかの声。あなたはわたしをしっている。
 ならば、声よ、どうかおしえて。
 わたしがずっとしりたかったこと。ほんとうは、しらなければいけないこと。
 あなたはだれ。

 そして――わたしは、だれ。



 ■■■


 
 一方そのころ月夜の町、ロア。
 シオンのおかげでふかふかの布団でゆっくり体を休められたカイは、朝になりとある変化に気がついた。
「鏡が、光ってる」
 鞄の奥でうっすらと青白い光を放っていたのは、最近入手した水鏡だ。繊細な装飾が施された円形の器に清らかな水が湛えられており、どんなに傾けても水がこぼれない。その不思議な佇まいからアーティファクトだろうとは思ったのだが、触れても何の反応もなくそのまま荷物に突っ込んでおいたものだった。
 カイがいつになく神妙な面持ちで鏡をのぞき込んでいると、身支度を整えたシオンが部屋の外から声をかけてきた。
「どうした?」
「鏡が呼んでる。たぶん」
 美しいけれど、手に入れたときには何も映していなかった水鏡。それが今、水は何かを訴えるようにかすかに揺れ、水面から上方に向かってきらきらと光の粒子をこぼしている。鞄から出して水面が外気に触れると、鏡は新月から二日月に移り変わったロアの月と星の光をさらに集めて煌めきを強め、今にも長い眠りから解き放たれるのを待っているかのようだった。
「今なら、使えるかも」
 息を整え、感覚を研ぎ澄ませて鏡と己の波長を合わせる。重なりあうマナとマナ。
 人の思念が込められたアーティファクトはそれぞれ異なる性格を持つらしく、陽気でおしゃべりなものや偏屈な頑固者、使い手を記憶の渦に飲み込もうとするような激情家もいれば、シャイで口下手なアーティファクトも存在する。アーティファクトを使うとはすなわち、そこに込められた思念との対話。ほんの少しだけ精神の波動を高め共鳴すれば、おのずと彼らは語りかけてくる。見えないものを見、声なき声を聞く、もしかしたらそんな感覚に近いのかもしれない。
 水鏡から流れ込んできたイメージは、美しい鏡と異なり、背筋がざわつくようなものだった。
 ロアよりも遥かに暗く不気味な闇夜、奇妙にひしゃげた月。重苦しい紫色の雲。
 ひどく禍々しい闇色の塔と、その中から多くの魔物の気配。ねじれた針葉樹。
 そして……
「これは……
 薄目のカイががばっと目を見開き、水面に突っ込みそうなほど顔を近づけた。
「真珠ちゃんの香りがする!」
 真顔で叫んだカイの傍らで、シオンがドン引きした。



 すぐにロアを発ったカイとシオンは、水鏡の声に従いその地へ向かった。
 一度イメージに触れれば、目的地に到着するまで道に迷うということは一切ない。それが一歩足を踏み入れればたちまち方角を見失いそうな樹海でも、どこまでも同じ景色が続く砂漠でも、行き先を見失うことなく進むことができる。なお、イメージに従ってどこかへ向かうとき、世間に流布している地図とは別に自分だけの心の地図があって、そこを歩いているような気分だとカイは思うのだが、それを人に話して理解されたことは一度もない。
 彼女にとってのアーティファクトとは標だ。
 人の思念と土地の記憶を封じ、新たな世界を求める者をその地へ導き、誘う。
 今回、眠りから目覚めたアーティファクトの名は『月読の鏡』
 その昔、月と星々を映し、人々の宿命を読み解く月読の儀式に使われたものだと言われている。『月読の鏡』が誘う地は、まさにその儀式が行われた場所だった。

 
 そうして一人は不思議な声に引き寄せられ、一人はアーティファクトに導かれて、まるで見えざる手に手繰り寄せられるかのように彼女たちは再び出会った。



 ■■■


 
 常夜の暗く深い森の中。
 ぐんにゃりねじくれた針葉樹に囲まれて、その塔は不気味にそびえていた。
 外壁は辺りの夜を写し取った夜の色。内部に明かりはあるらしく、無数に開いた窓から赤黒い光が漏れている。
 塔を覆うのは深い闇。けれどもそれは、カイが月夜の町で感じたような優しく包み込む闇ではない。肌にざらつく奇妙で異様なそれ。紫紺の雲が低く垂れ込めた空には、ひしゃげた歪な三日月がまるで下界を嘲るかのように鈍い光を放っている。
 奇怪な塔の入り口の、禍々しく翼を広げた双子鳥の門で、彼女は幽鬼のように天辺を見上げて立ち尽くしていた。
「レイリス……
 今にもかき消えそうな、か細い声だった。
 声の主と思しき白い影が、ふらふらと塔の入り口へ吸い寄せられていく。
 風に乗って届いた微かな声、そして遠目に見えるそれが見知ったものだと気づくや、カイは一気に駆け寄った。
「真珠ちゃん!」
「えっ……
 肩をつかみ止められて、影――真珠姫が振り返った。
 ぼんやりした眼差しがカイのそれと合い、ゆっくりと焦点を結ぶ。
「おねえ、さま……?」
 続けて少し遅れてきたシオンを見て、真珠姫は半ば呆けたように首をゆるゆると振った。我に返った真珠姫へ、カイが明るい笑顔を向ける。ひと月ぶりの真珠姫は、ケガもなく元気そうだった。
「よかった、無事で。探してたんだよ」
「さがして……くれてたの?」
 カイがへへと照れ臭そうに鼻の頭をかくと、真珠姫がほんの少し頬を赤らめた。気づかないところで思いがけず自分を気にかけてくれる人がいる、真珠姫にはそれがうれしく眩しく映る。
「瑠璃は……いないみたいだね」
 カイが周囲を見る限り、あのしかめっ面の騎士は見当たらない。ドミナでは瑠璃と人探しをすることになったが、今度は迷子のほうに行き当たったようだ。旅のさなか、もしかしたら真珠姫がまた迷子になっているかも……なんて予想はしていたので意外ではなかったけれど。
「瑠璃、探してると思うよ。一緒に行こう」
 しかし真珠姫は、なよやかな手を胸の核に当てて言う。
「わたし……いかないと」
「行くって、この塔の中に?」
 カイはあらためて塔を見上げてみた。
 見るからに怪しく危険な塔だ。真珠姫が用があるとは思えない。
 基本的には誰か――主には瑠璃だが――の意見に追従することが多く控えめで、あまり自己主張もしない真珠姫。
 けれども彼女は、今だけは譲らなかった。
「この塔に呼ばれている気がするんです……なぜかは、わからないけれど……
 言い方はやんわりしていたが、曲げない意志が感じられた。
 考え事に没頭するとすぐ道に迷ってしまう。それは瑠璃がしばしば言っていたことだが、今の真珠姫はそれとは違い、明確にこの塔を目的地にしているようだった。おそらくここで無理に連れ帰っても、再びここへ向かってしまうだろう。
「レイリス?」
 先ほど風に乗って届いた単語を、カイが反復してみる。
「え?」
 真珠姫はキョトンとした顔をした。真珠姫が自分で口にした言葉だ。
「そう……レイリスの、塔」
 再度呟き、真珠姫は己の唇に指をあてた。
 真珠姫の記憶にある限り、一度も来たことのない、知るはずのない場所だ。なのになぜ名前を知っているのだろう……
「どうしても行くのなら、あたしも一緒に行くよ。いいよね?」
 カイの言葉に、真珠姫は野に咲く花のように淡く微笑んだ。
……ありがとう」


 

 等間隔に焚かれた篝火は消えることなく、赤々と燃え続ける。
 壁に並ぶ大きな十字型の窓に硝子はなかったが、外からの風は感じられず、空気は重く沈んでいる。窓はただ、人の形に青い月影を取り入れるだけ。
 レイリスの塔は、古代の魔術師たちが大地からマナを汲み上げるために建てた魔力の塔と言われている。妖精戦争が終わりその役割を終えて打ち捨てられた今でも、塔内部には当時の仕掛けと魔力の残滓が漂う。魔力を持つ者ならば、塔の至る所に溜まる魔力の澱や、階上から漂う微量のマナの流れを感じられただろうが、魔法に縁のないカイにはそれは単純に『嫌な感じ』として肌にじんわりとまとわりついた。
「やっぱり、魔物が多いね」
 こちらを串刺しにしようとする角を避け、ユニコーンヘッドを槍で突き倒す。血に飢えた邪悪なサーベルが、一太刀振るう間もなく大剣に斬られかき消えた。武器を振るうカイとシオンの間には、少しこわばった顔の真珠姫。恐怖で時折しゃがみ込みそうになりながらも、もう帰りたいなどとは言いださない。
 レイリスの塔に侵入した三人は、初っ端から魔物に襲われた。
 古代の遺物であるこの塔は、とにかく魔物が多い。
 息が詰まるほど濃厚な魔物の気配は、月読の鏡から感じたイメージにも漏れていたほどだ。巣食うのは主に、奇妙な魔法生物たちと夜を好む種の魔物。後者は勝手に住み着いたものだろうが、魔法生物はもしかしたら古代の魔術師によるものかもしれない。いずれも侵入者を拒み、執拗に襲ってくる。

「あちこち崩れてる」
 
 バルコニーや手すりが一部落ちていたり、足下が危ない個所も多かった。 
 そんな危険だらけの塔の中を、時々、真珠姫が敵も味方もすり抜けてふらりと出ようとしてしまう。声をかければ正気に戻るが、すぐまた何も映していないような瞳になる。夢うつつを彷徨うような真珠姫を、カイは何度となく引き戻さなければならなかった。
『あいつは目を離すとすぐに迷子になるんだ』
 いつかの、そんな瑠璃の愚痴が思い起こされる。シオンが一緒とはいえ、多くの魔物を討伐しながら、辺りかまわずふわふわと行く真珠姫を守るのは骨の折れる作業だった。瑠璃の苦労がしのばれる。
 しばらく進むと小部屋に突き当たった。
「えーと、行き止まり? って真珠ちゃん!?」
 止める間もなく、中央の台座に据えられたクリスタルに真珠姫が手を触れた。
「え、なになになに!」
 がくんと部屋全体が揺れ、急に身体が重くなったような気がした。初めての感覚に戸惑っていると今度は、足下がふわっとした浮遊感に襲われる。それらの重力の変化は昇降装置がもたらすものだが、こんなものを知らないカイにわかろうはずもない。一方、装置を起動させた真珠姫は動じる様子もなく、無言で天井を見上げている。
 昇降装置を降りると、長い階段がいくつも続いた。
 真珠姫は何かに導かれるようにして、迷うことなく上へ上へと進んでいく。
 夢見るように頼りなく、それでいて絶えることのない歩み。あのか細い足で、華奢な身体で、か弱い姫がどうしてそんなことができるのだろう。
 二つ目の昇降装置に乗り、吐き出されるように外に出ると、塔の様相が一変していた。壁はなくなり、腰高の手すりと柱の向こうから青黒い雲が靄のようにかかって見える。
「ずいぶん高いところまで来たみたいだね」
 ここが最上階のようだった。
 奥へ進むと、そこにあったのは固く閉ざされた巨大な扉。
 顔のない天使を左右に従え、重厚な佇まいを見せている。不気味な天使の両手は、懊悩するかのように顔があるべき場所を覆っていた。
 真珠姫は扉の前で立ち止まると、レイリスの塔に来て初めて明確な言葉を口にした。 
「運命の部屋……ここでは誰もが過去にむきあうの……
 ここがただの部屋ではない、カイにでもそれは感じられた。
 真珠姫は部屋の扉に両手をかけ、一度カイたちのほうを振り向いた。
「おふたりともごめんなさい……あぶなくなったら、逃げてください」
 さして力を籠める様子もなく、そっと押し開く。運命の部屋を閉ざしていた分厚く堅固な扉は、まるで重さなどないかのように、いともたやすく彼女を受け入れた。



 真珠姫が開いた運命の部屋。
 この部屋は開いた者の宿命を読み解く、という。
 真珠姫が求める過去と宿命は――



 部屋の四隅に篝火が焚かれた、窓のない部屋だった。
 中央の床には大きな魔法陣が描かれており、その上に一人の女が佇んでいた。
 赤い炎に照らされた白い美貌。それは驚くほど真珠姫と似ていた。ただし淡く儚げな雰囲気はまるでなく、年齢は真珠姫より十ほど上に見える。
 女の額と胸には、珠魅であることを証明する大きな真珠の核。ただしあらゆる色を吸い込むような漆黒の。真珠姫と同じ色の髪、編んで垂らした髪は一つ。瞳は琥珀。
 白い戦装束を纏いながらも黒の印象を与える、冷然とした雰囲気の女だった。
「あなたが……ばんにん?」
 対峙する白と黒。
 戸惑う真珠姫に対し、女は何の表情も浮かべていない。黙して真珠姫を見返すのみ。
「おねがい、おしえて。わたしは自分の過去が知りたいの……
 真珠姫が一歩歩み寄る。
 女は身じろぎもしない。
 一歩、また一歩。女の眼前まで歩み寄り、真珠姫がそろそろと手を伸ばした。
 恐る恐る、触れようとし……そして、ほんの一瞬、躊躇した。

……こわい)

 その瞬間。
 女の足元から激しい魔力の奔流が沸き上がった。
 強風にあおられた真珠姫が後方へバランスを崩す。女の姿が崩れる。
 眩い閃光の中、異変を察したカイが槍を手に飛び出していた。一足で真珠姫をかばう位置に立ち、ほぼ同時にシオンが真珠姫の腕を強く引いて魔力の渦から引きはがす。彼が肩越しにちらりと盗み見た部屋の扉はいつの間にかぴったりと閉ざされており、開きそうな気配はない。
 光の渦は女ごとみるみる膨れ上がり質量を増していく。
 美しい黒の女から、白銀の鎧で見上げるほどの巨躯を固めた、半人半馬の魔物へ。
「騎士の亡霊!?」
「倒すしかなさそうだな」
 魔物の手には巨大な斧、明らかにこちらを害する意図がある。
 渦がまだ収まりきらぬうちに、亡霊が高々跳躍する。それだけの高さはあるがそれほど広い部屋ではない。悠長に逃げ場を探す余裕はなく、カイは攻撃の体勢のまま、シオンは固まって動けない真珠姫を抱えて横跳びに跳んだ。
 たちまちすさまじい重量が頭上から降ってき、轟音とともに真珠姫のいた場所を踏みつけた。部屋全体が激しく鳴動する。家ほどもある巨体だ。喰らったらひとたまりもない。
 揺れの収まらないなか、シオンが真珠姫の身を起こした。ケガはないようだ。
「大丈夫?」
 亡霊――デスペインを見ながらの彼の言葉は、真珠姫ではなくカイに向けられたものである。
 正体不明のこの世ならざるもの。カイはこの手合いが大の苦手だ。
 しかし彼女は槍を握りなおすと、ぐっと前へ踏み出した。一気に距離を詰める。
「見えて触れて殴れる分にはね!」
 敵は分厚い鋼の騎士。
 力任せに振るった槍が亡霊の蹄を数本まとめて斬り飛ばした。 
 了承したシオンは真珠姫を預かると後方へ下がる。彼と行動を共にした一か月、物事に積極的なカイと消極的なシオン、二人の性格そのままにカイが主戦力でシオンが補助、何となくそんな役割分担が出来上がっている。少年が戦いに熱心でないのは相変わらずだったが、たまに抜く剣はあきれるほど無駄がない。彼が守るなら真珠姫は問題ないだろう。
 デスペインが横薙ぎに斧を振るう。
 それを一度後ろに跳んで避けると、カイは槍を肩に担ぎ両足に力を籠める。
 頭上高く飛び上がり、槍を模した気が流星のように降り注ぐ技。狙いは、足元。 
「光だ……
範囲 レンジ!」
 シオンが叫び、カイは空中でとっさに手の中で槍を転がした。足元を狙おうとした技の軌道が変わる。両手でデスペインの兜を強かに打ち据え、ついでにサマーソルトで顔面に一撃喰らわせた。亡霊の首が折れるほど後方にのけぞり、ぐるんと生者にはありえない動きで元に戻る。気色悪! とカイが宙で回転しながら顔を歪めた。
「なんだよ、タイミングズレるじゃん!」
「部屋の広さ見ろ、巻き込む気か!」
 着地したカイが怒鳴るとシオンが怒り気味に返してきた。
 放とうとした光弾槍はかなり強力な技で範囲も広い。しかし屋外では有効で便利な技も、空間の限られた屋内となると話は別だ。今は真珠姫もいる。うかつに強力な技は使えない。
 もちろん、そんなことデスペインには関係がない。巨大な騎士は前足を高々と振り上げ、再び上空へ跳んだ。塔全体が揺れているのではという激震が走り、カイがたたらを踏んだ。
「ちょっとこれ、ハンデありすぎじゃない!?」
 
 
 見慣れた後ろ姿とは違う背に守られながら、真珠姫は身を震わせていた。
 怖かった。亡霊は真珠姫を執拗に狙ってくる。兜の奥の眼窩が真珠姫を追うたび、がくがくと身が竦んだ。
 珠魅である彼女はこれまでも危険な目に遭い、騎士である瑠璃に庇われてきたことは幾度となくある。けれども今はそのどれとも異なる恐怖感があった。
(こわい)
 それは己の深淵を除くような、根源的な怖さだった。自分の中の忘れている何かが、心の奥底が怯えている。
「真珠姫、動ける?」
「は、はい」 
 シオンの声で我に返った。いつも冷静で起伏のない彼の声は、こういう時こそうまく働いた。真珠姫の手を引き、距離を取ろうとするがデスペインがその進路を塞ぐ。大斧が振り上げられる。
「真珠ちゃん、シオン!」
 敵を引きつけ損なったカイが声を上げる。
 真珠姫が背後にいては避けられず、シオンは分厚い斧を掲げた鞘ごと受け止めた。武器がぶつかる強烈な音が運命の部屋中に響く。何とか耐えたが人が受けるには重すぎる一撃だ。しかも最初のジャンププレスと言い、明らかに真珠姫が狙われている。側方からカイがデスペインに攻撃を仕掛け、今にもシオンを押しつぶしそうな巨斧からわずかに力が抜けた。一瞬の隙を逃さず斧を全力で押し返し、シオンが真珠姫を連れ転がるように攻撃範囲から抜け出した。空振りの百裂突きが床を割る。
「カイ!」
「ごめん!」
 非難の声に短く謝る。真珠姫があれだけしつこく狙われていると、彼は攻め手には回れない。
 下手に技を打てない、部屋は狭い。しかも敵は全身が鋼鉄の鎧で覆われている。
 カイは正直攻めあぐねていた。
「げっ」
 カイが槍からとっさに手を離した。見る間に天井に薄い雲が張り、亡霊の召喚した落雷が部屋一面に振り注ぐ。
 耳をつんざく音ともに、避雷針となった槍に大半の雷が集中した。静電気のざわざわとした感触が肌をなめ、ふわりと髪を浮かせた。
 それも止まぬうちに亡霊が三度跳躍する。まったく息をつく暇もない。
「ええい、もう!」
 カイは腕当てを掌まで引き下げ、ぱりぱりと電流の残る槍を掴みとった。狙いは二度目のジャンププレスで決まっていた。
 本来は高く跳躍して放つ技。しかしカイは腰を落とし狙いを定める。息を吸い、肩に槍を担いで振りかぶった。降ってくる巨大な質量、狙うは腹部、デスペインの鎧の継ぎ目。 
 最初の一発は足元を狙った技を、今度は飛び上がった腹に向け投げつけた。
「光弾槍!」
 
 防御不能の体勢で腹に風穴を開けられた亡霊は、自身の雷まで体内に受けて、三度床を踏みつけることなく落ちて斃れた。巨躯が横倒しになった時さほど音も振動もしなかったのは、その身を現世に留めることができなくなりつつあるからだろう。動かなくなったデスペインは急速に存在感を薄れさせ、半透明になっていく。
 消えゆく亡霊を恐る恐る見ていた真珠姫は、兜の下の暗い眼差しに気がついた。
 真珠姫だけを見つめる薄暗い琥珀色。真珠姫が呼び寄せた、運命の部屋の番人。
 ――真珠姫……さあ、思い出せ。
 
 『わたし』は『あなた』をしっている……

 真珠姫がそう思ったとき、騎士の亡霊は完全にかき消えた。

 ……なんとか退けることができた、らしい。
 カイは長い息を吐き、構えを解いた。カイがこれまで戦ってきた魔物の中で圧倒的に強かった。
「ひやひやした」
 シオンがようやく大剣を下ろして言った。雷撃や暴風で髪をバサバサに乱したカイもひどい有様だったが、こちらはこちらでなかなかである。帽子から服から埃だらけだし、大剣を納める鞘は切れてしまっており、もはや用を為さなそうだった。
「真珠ちゃん、大丈夫?」
 カイが棒立ちの真珠姫に駆け寄るが、反応はない。
 真珠姫は亡霊の消えた場所に視線を落としたまま、茫然自失してしまっている。
「真珠ちゃん、しっかり!」
 もう一度強く呼ぶと、真珠姫が怯え切った顔をカイに向けた。
「お、おねえさま……わたし……
 言いながらその場にへたり込んでしまう。肩が震えている。
 こわかった。もう少しで、何かわかりそうだった。
 ……わかりそうだったのに。
 恐怖から知ることをためらった、その瞬間。真珠姫の過去は暴走してしまった。恐怖が魔術の塔の亡霊を集め、宿命を求める者を粛正しようとした。
「真珠ちゃん、ケガはない?」
 真珠姫がこくりとうなずく。
 カイが目線を合わせるように真珠姫の正面にしゃがみ込むと、真珠姫は悄然としてうつむいた。
「わたし……あの……ごめんなさい……
 消え入りそうな声だった。
「真珠ちゃん、大丈夫。ゆっくりでいいから」
……ごめんなさい」
 カイの気遣う瞳を前にして、真珠姫は謝るのがやっとだった。申し訳なさと情けなさと悔しさと。
 ここに来たがったのは自分だ。なのに、いざとなったらためらった。過去と向き合うことから逃げてしまった。結局何もわからず、どころか守ってくれた二人を危険な目に遭わせてしまった。
 謝ってばかりの真珠姫だが、カイからすると、真珠姫たちを探していたのは自分だし、塔の最上階まで付き合ったのも自分だ。
 好きでやったことなのだから気にしないでいい、とカイが言おうとしたとき。
「ん? 核が」
 真珠姫の白い核がきらりと光った。
 ほぼ時を同じくして、運命の部屋の扉がやや乱暴に開け放たれた。
「真珠姫!」
 瑠璃だった。
 以前から変わりない姿と瑠璃が迎えに来たことへの安堵、それと裏腹の別れた時の気まずさ。カイはとっさに言葉が出なかった。
 それは、瑠璃も同じだったのかもしれない。運命の部屋に踏み込んだ瑠璃は、真珠姫の傍らにいる二人を見て息をつめた。
「アンタたち……
 ポルポタで別れたはずの知人だ。なぜこんなところに。
 珠魅の時間感覚からすればひと月など昨日のことのようなものだが、なぜだかそれ以上に長く会っていなかったような気もした。
 妙な沈黙が場を支配した。
 お互いかける言葉に迷い、結局はカイの無難な挨拶が最初になった。
「久しぶり、瑠璃」
……ああ」
「真珠ちゃんなら無事だよ。疲れてるけどケガはないみたいだから」
 やけに荒れた様子の部屋に、見る影もなく薄汚れた二人の人間。
 上層からの振動や雷鳴は、最上階へ向かっていた瑠璃にも届いている。激しい戦闘があったことは容易に知れた。いくら迷子になりやすい真珠姫とはいっても、ここまで危険な建物の最上階にまで入り込んでいたことはなかった。
「ごめんなさい……いろいろ……おもいだそうとしていたら……
 床に座り込んだままで真珠姫が瑠璃に謝る。
 一つ息を吐き、瑠璃がカイに言った。
……どうやら、世話になったみたいだな」
「よくここがわかったね」
「煌きを頼りにすればわかる」
「あ、そっか」
 メキブの洞窟の時と同じだ。
 これまでも瑠璃はこうしてはぐれた真珠姫を探り当ててきたのだろう。
「付き合わせて悪かったな。行くぞ真珠」
「うん……
「待って、瑠璃!」
 強引にでも真珠姫を連れて行ってしまいそうな瑠璃を、腰を浮かせたカイが止めた。
「真珠ちゃんをもう少し休ませてあげないと。すぐには無理だよ」
 実際これはカイの言う通りで、真珠姫はすっかりへたり込んでしまい、すぐに動けるような状態ではない。
 しかし瑠璃は振り返らない。
「瑠璃!」
 なおも行こうとする瑠璃をカイが鋭く咎めた。
……先に下に降りてる。アンタ、真珠を送ってきてくれないか」
 やっとの同意も、こちらを見ようとしない。
「それは、もちろんいいけどさ……
 カイが不満げに言った。納得がいかなかった。いちいちそんなことをするより、瑠璃もここで一緒に待てばいいのだ。
 そう言ってやろうと思ったが、瑠璃の暴言のほうが先だった。
「真珠姫になにかしたら……オマエを殺す、わかったな」
 カイがむぐ、と言葉を詰まらせる。そこまで信用できないなら、なんであたしに頼むんだ。
「雑魚を少し掃除しておいてやる。真珠姫にあまり無理をさせるな」
 やけに張り詰めた様子で、瑠璃は運命の部屋を出て行ってしまった。
「なんだよ、瑠璃」
 カイがムスッとして言った。これでは瑠璃が迎えに来た意味もあまりない。
 ポルポタでシオンが言ったことが今さらながら理解できてきた。瑠璃は根本的に人間が信用できないのだ。彼の中の珠魅と人間とは、おそらく彼自身にもどうしようもないほど深い溝がある。そのうえ、瑠璃の不穏な態度を真珠姫が「ごめんなさい……」などと謝ってくれたものだから、余計にカイはいたたまれなくなった。
 だから、
……行って、こようか?」
 珍しく空気を読んでくれたシオンのこの申し出は、カイにはありがたかった。
 女性二人に気を遣ったのもあるのだろう。
 シオンが瑠璃を追って部屋を出て行くと、真珠姫は余計に気が抜けたのかふにゃふにゃと姿勢を崩した。彼女に合わせて、カイが隣に腰を下ろす。魔力の張られた特別な部屋であるせいか、他の魔物は入ってこないようだった。今なら安全に休めそうだ。
「真珠ちゃん、大丈夫?」
 カイは水筒を取り出すと、真珠姫に飲ませてやった。中身はただの水だが、やっと少し落ち着いたのか、真珠姫がほっとしたように息を吐いた。
「ごめんなさい、せっかくきてもらったのに」
「そんなこと気にしなくていいよ。真珠ちゃんが無事でよかった」
「うん……ごめんなさい」
「真珠ちゃんストップ。謝らない」
 カイが片手をあげて静止する。
 瑠璃にもカイにも。真珠姫はいつも謝っている。それが瑠璃のせいなのか彼女自身の問題なのか、あるいは両方か、必要以上に謝ってしまうのは真珠姫の悪い癖だった。
 真珠姫はごめ、と言いかけて、言い直した。
「ありがとう……
 レイリスの塔に入って初めて、真珠姫はふんわりと微笑んだ。それから、すっかり夢から醒めた様子で、改めて運命の部屋を見渡す。あれほど重厚で神秘的な雰囲気を醸し出していた部屋は、今はすっかり落ち着いて嘘のように静かだった。
「ほんとうは、もう少しここにいたかったから。なにか……おもいだせそうで」
 真珠姫はそこで、花のような微笑みを少し陰りのあるものに変えた。
「変、ですよね。あんなにこわいとおもったのに」
 下手をしたら命がなかったかもしれなかった。思い返すと今も震えが来そうになる。
 それでも真珠姫がここにとどまりたい理由。必死なわけ。
 真珠姫がぽつりと言った。
「わたし……記憶がないんです」
「え……
 レイリスの塔に来て以来、もしかしたら、とは思っていたけれど。
「だまってるつもりじゃ、なかったの。でも、瑠璃くん……わたしがかんがえると、おこっちゃうから」
 真珠姫の言葉で、瑠璃の少し行き過ぎとも思える過保護ぶりが思い起こされた。
 そういえば、真珠姫とこんな風に二人きりになるのだってカイは初めてだ。彼女のそばには瑠璃が常にいたから。大事な姫君に余計なものが近づくことのないよう、瑠璃は常に気を配っていた。真珠姫をこの世のありとあらゆる危険から守るように。

『今は何も考えなくていい。ただ、オレに守られていればいい……
 ……もしかしたら、彼女の自由を奪うように。

「記憶がないって……ずっと前の?」
 真珠姫が寂しげにうなずく。その顔はまさしくまいごのプリンセス――一人ぽっちでどこにも拠り所のない、小さな迷い子のように見えた。……彼女を守る騎士がいるにも関わらず。
「瑠璃くんにあうまえのこと、なにもわからなくて」
 おそらく、こんな話を人にするのは初めてなのだろう。
 自分が気がついたときにはすでに瑠璃と一緒にいたこと。わからない過去に悩み、しばしば考え込んでしまうこと。瑠璃と二人きりで長い旅をしてきたこと。
 真珠姫の告白はたどたどしく、まとまらない気持ちを口に出すのに精いっぱいのようだった。カイは急かすことなく、真珠姫が言葉を探すのをゆっくり待った。
「いろいろかんがえてて、でもずっとわからなくて……。でもこのあいだ、わたしをよぶ声がどこかからきこえて……気がついたらこの塔にきていたの」
「そうだったんだ……
 カイは改めて、彼女たちのことを何も知らなかったのだと思う。
 瑠璃も真珠姫も、記憶喪失だなんて一言も言ってはいなかった。迷子の彼女を見つけて解決……ではなく、真珠姫の考え事の内容――真珠姫の話をもっと聞いてあげればよかった。
「真珠ちゃん、前にここに来たことがあるんじゃないかな」
「たぶん……そう、かもしれません。おぼえていないけれど、しってる気がする……
 塔の名も、仕組みも、知らないはずなのに真珠姫の中には不思議な確信がある。
 この運命の部屋にしても、初めて入ったという感覚がしなかった。あの扉を自らの手で押し開き、足を踏み入れたことが前にある。けれども、自分が今の自分になる前にここに来たのだとして……わたしは何のためにこんな場所へ来たのだろう。
「あの……おねえさまとおにいさまにお会いできてよかったです。わたしひとりじゃ、きっとこの部屋までこられなかったもの……
 そして、真珠姫は口にせず思う。もし瑠璃なら、ここに来ることを許してくれなかったかも……
 真珠姫が素直に慕っていた人間たちは強く、そして彼女のわがままな行動を否定したりはしなかった。
「なのに、いざとなったらこわくなっちゃった……わたし、よわいから……
 せっかく何かわかりそうだと思ったのに。肝心な時に踏み出せなかった。わたしはしらなきゃいけないのに、なにかをおもいださなければいけないのに。
 失くした過去が怖かった。……誰かもわからない、あの黒い女の人が怖かった。
「そんなこと、ちっともないよ」
 両肩に手を置かれ、真珠姫が面を上げる。いつの間にか、横にいたカイが目の前に腰を落としていた。
「あんなに怖い思いをして、それでもここに残りたい、自分のこと知りたいって思える真珠ちゃんはすごいよ。ぜんぜん、弱くなんかない」
 思いがけない言葉をかけられて戸惑う真珠姫。揺れる緑の瞳をカイが真正面から見返してくる。澄み切った、綺麗な空色だった。
「あんな目に遭ったら、あたしならきっとすぐに逃げだしたくなっちゃう。こんなところにいたくない、もうこのままでいいやって思っちゃうかも」
 ましてや、真珠姫は戦う力を持たないのだ。部屋を訪れる者の宿命を読み解き、拒む者には情け容赦なく鉄槌を下す。ただ過去を知りたいと言うだけで覗くには、この部屋の試練はあまりに重い。
 次第に、真珠姫の長いまつ毛がふるふると震えだした。あ、なんだか泣いちゃいそう……
「あ、あの、あたし変なこと言っちゃったかな?」
「い、いえ……その、そんなふうにいわれたこと、なかったから……
 潤みそうな瞳は、しかし涙に濡れることはなかった。
 何度か深呼吸すると、真珠姫が聞いてきた。
「おねえさまでも……そんなふうにおもったりするの?」
 守られてばかりの真珠姫からすれば、困難にも物怖じせず前向きに立ち向かう彼女は頼もしく、眩しいばかりだ。同じ女性だから、自分と比べてたぶん余計に。おねえさまと呼んではいるけれど、はたから見れば年も背格好も真珠姫とカイは大差がない。
 真珠姫の問いに、カイは少しはにかんで答えた。けれど包み隠さず、正直に。
「思うよ、そりゃあ。あたしなんか怖いことばっかりだもん。真珠ちゃんたちを探している間だって、真珠ちゃんや瑠璃に会ったらなんて言おう、嫌われてたらどうしようって、ホントはずっと思ってた」
 言いながら、カイはいつの間にやら頭をかいていた。シオンにこれ言ったら怒るか呆れるんだろーなぁ……。ポルポタで大口叩いた手前、彼には何も言ってない。もしかしたら、とっくにバレてるかもしれないけど。
「そんなわけ、ないです」
 嫌いなわけないと真珠姫が否定する。こんなに親切にしてくれた人たちは、真珠姫が知る限りいなかった。
「そうおもってたのに、なぜさがしてくれたの?」
「宝石泥棒が心配だったのと……それと、分からないままにしておきたくなかったから」
 瑠璃と、真珠姫の気持ちや考えを。
 あの日別れたまま全てなかったことにするのは簡単だけれど、それでモヤモヤやわだかまりを残すのはカイは嫌だった。
「それって、わたしとおなじ、ですね」
「うーん、そうかな?」
 だいぶ規模が違う気がするが。
「ううん……。わたし……おねえさまとおにいさまがうらやましいです」
「え? どこが?」
 思いがけない真珠姫の台詞に、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。カイとシオンは性格から何から真逆の二人だ。あまりのかみ合わなさに人から呆れられることは数あれど、うらやましがられる要素など一つもない。
 けれども真珠姫はいたって大真面目だ。
「いいたいこといえて、なかがよくて、いっしょに肩をならべてたたかえるから」
「仲は……よくはないと思うよ……
 むしろ悪いかもしれない。何かというとケンカばっかりだし。
「ううん。わたし……瑠璃くんにめいわくかけてばっかりだもの。いつもおこらせちゃう……やくたたずだから」
「瑠璃はそんな風に思ってないよ! 真珠ちゃんがいなくなったら、瑠璃どうなるか」
「うん……たぶん、そうなの」
 カイの必死の否定を、真珠姫は意外なほどあっさりと肯定した。さらなる思いもよらない言葉を付け加えて。「でもそれって、わたしが『珠魅』だから」
……え?」
「あの……おねえさま……」真珠姫が、逡巡しながら言う。「こんなこといったら、おこられるかも……しれないけれど……
……
「瑠璃くん、ずっと仲間をさがしてるの。わたしがいても、ずっと……
 『仲間を探しているんだ』 瑠璃がカイに言った言葉だ。
 真珠姫と当てのない旅をしながら、瑠璃はひたすらに仲間を追い求めていた。自分では瑠璃の寂しさや焦燥を埋めきれないのだろうと真珠姫は思う。それどころか、彼を怒らせてばっかりで、困らせてばっかりで。たぶん瑠璃はそんなわたしに呆れている。
 だから、きっと……
「もしあたらしい仲間が姫だったら……瑠璃くんは……
 きっと、もっと自分にふさわしいパートナーを選ぶだろう。わたしなんかよりはるかに彼を満たし、守りがいがあって、彼を癒せる誰かを。
 真珠姫にとって絶対的な存在である瑠璃を失い、一人になってしまうこと。
 それは、真珠姫がこの世で最も恐れていることだった。

「わたし、本当はおもってたの……。仲間なんてみつからなければいいのに……って」

 何も言うことなく、いつも、ただ静かに瑠璃に付き従う真珠姫。
 仲睦まじく見えるのにすれ違っていて、どこかいびつな二人。
 それは真珠姫が初めて他人に打ち明けた、あまりに淋しい胸のうちだった。