しちろ
2023-05-07 19:26:46
45003文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 2

聖剣LOM宝石泥棒編。マイホーム話、精霊の光、ホワイトパール、主人公のサブクエ話。45,000字。


こころのあるばしょ


 ドミナの町から少し離れた場所にある、大樹に抱かれた一軒家。
 黄金色の茅葺きの屋根に青みがかった外壁をもつ家は、ドミナのそれと同じ様式である。
 玄関ポーチには、便りが届けばコロンと鐘が鳴る、小さな翼飾りのついた可愛いポスト。至る所で小鳥がさえずり、大気の精霊たちは楽しげに笑いかけ、いつからか家の前に住み着いた草人は小径で無邪気に遊ぶ。
 温かく優しいマナに満たされたその家は、誰からもマイホームと呼ばれている。
 大樹がどこまでも大きく枝を広げるように、誰も拒むことなく受け入れる家。
 家のわきに立られている『home』と刻み付けられた素朴な看板は、だからその雰囲気によく似合う。



 丸太を等間隔に並べただけのアプローチを、カイは一気に駆け上がる。
「ただいま、コロナ! バド!」
 元気にドアを開けると、これまた元気いっぱいに双子の姉弟が出迎えた。
「おかえり、師匠!」
「おかえりなさい、マスター!」
 すぐさまキッチンからコロナが、書斎からバドが弾むように飛び出してくる。最近マイホームに加わった、にぎやかな光景だ。
「留守番ありがとうね。これ、お土産!」
 帰宅した家の主は、帰宅の挨拶もそこそこに旅行鞄の中身を開く。
 カイがポルポタで買ったお土産は、町の象徴でもある貝殻を模したキャンディの詰め合わせに綺麗な螺鈿細工の髪飾り、小さな帆船の模型。いずれも港町を発つ前にショッピングマリーナで買い求めたものだ。
 丁寧に包装されたそれらを次々取り出すと、双子はうわあと歓声を上げた。コロナは頬を染めて螺鈿を光にかざし、バドは得意げに模型を掲げてみせる。
 しかし二人がもっとも喜んだのは意外にもカイが入江で拾った大きなホネガイで、初めて見るそれをひどく珍しがり、姉と弟どちらのものにするかでけんかになりかけた。きょうだいげんかの経験がないカイには想定外のことで、仲裁しながら『次から土産は必ず同じものを二つ……!』と心に刻む。
 土産物とセットでした土産話で、バドはますます顔を輝かせた。
「師匠、今度はおれもどこか連れて行ってよ! 試したい魔法がたくさんあるんだ」
「あ~ら、お荷物さんはお留守番がお似合いですよ? 試したいたってどーせろくな魔法じゃないんでしょ」
「なんだと、コロナ!」
「あはは、今度コロナとバドも一緒に行こう。いろいろ気になってる場所もあるしね」
「やった!」



 コロナとバドは森人の双子である。
 彼らがドミナで引き起こしたカボチャ事件をきっかけにカイの弟子となり、マイホームの住人となった。
 しっかり者だけど甘えん坊のコロナ。お調子者で勉強家のバド。
 魔法使いだった彼らの両親は、魔法実験の事故で亡くなった。
 優秀ではなかった。娘のコロナに言わせれば、ドミナみたいな田舎町でしか通用しない落ちこぼれ。魔法はへたっぴなくせに研究に向ける情熱だけは人一倍で、途方もない夢を語っては目をキラキラさせる父と母をちょっぴり大人びた双子の子どもたちは白い目で見ていたものだ。
『この研究が成功すれば世界が変わる! 大魔法使いハイン様を信じなさいって!』
『なーにが大魔法使いだよ。炎一つまともに出せやしないくせに』
 子どもが読むには少々難しい本を広げながらバドが言うと、父は小さな子どもみたいにぷんすか怒った。
 父が、母が追ったものは何だったのだろう。今となっては双子に知る術はない。
 両親が死んだあの日。コロナとバドが事件発生の報を受けて魔法学園の教室を飛び出す頃には、すべてが手遅れだった。
 魔法実験の暴発事故だった。
 炎一つ、氷一つ出すのに苦労していた両親が、どうして部屋が吹っ飛ぶほどの魔法を使えたのか。研究室は真っ黒に焼けてしまい、二人があれだけ心を傾けていた研究資料も実験器具も焼け焦げて何も残らなかった。そして――最愛の父と母も。
『いい年してさ、子どもみたいに夢ばっかり追いかけて死んじゃうなんて』
 真新しい墓の前でバカバカと言ってはぐずぐず泣く姉の背中を、バドは優しくさすってやった。
 父さんも母さんも、本当にバカだ。
 魔法使いなんて名乗っていいのかすら疑わしい、へたくそな魔法使いだったくせに。できもしない実験なんかしちゃってさ。
 こんなに泣き虫のコロナを遺してさ。
 ……本当は二人が大好きだったのに。おれたちを、ふたりきりで遺してさ。
 幼い双子は抱き合って夜通しわんわん泣いた。
 追い打ちをかけるように、バドが魔法学園を追い出されたのは間もなくだった。
 『おれは大魔法使いになる!』なんて、父みたいなことを言いだしたのも。


 
 二階の自室で旅装を解いたカイは、ラビ柄のエプロンを身に着けて降りてきた。
 楽しげだったコロナとバドの顔がみるみる固まる。
「よし! せっかく帰ってきたし、今日はあたしが腕によりをかけて」
「大丈夫! 師匠は収穫をお願いします!」
 みなまで言わせず、コロナがストップをかけた。若い師が何か言いだす前に、収穫籠をどん!と渡す。
「いやいや、コロナにも休んでもらいたいし」
「大丈夫! 師匠は収穫をお願いします!」
 さすが双子、姉と寸分違わない発言を弟が繰り返し、コロナとバドは師の背中をぐいぐい押して玄関へ追いやった。
 コロナとバドがカイの弟子になった日、新米の師匠は新たな住人のために存分にその腕を振るってくれた。ふかふかのパンにウサギ肉とごろごろ野菜のシチュー、トレント産のサラダ、ラクレット。白い湯気を立てる料理が所狭しとテーブルに並ぶ。
『はい! たくさん作ったから遠慮しないでどんどん食べてね!』
『うわあーすっげえ、おいしそう!』
『いただきます!』
 ぱく。
 何かとてつもないものを口に入れたと思ったその瞬間。二人の意識は遠のき、紅蓮の炎滾るどこかが川を隔てて見えた。向こう岸から、死んだ両親がそんなことでこっちに来るなと必死に両手を振っていたような気がする。
 たまたま失敗したわけではなくあれが通常運転だと、翌朝再び奈落を垣間見たことでコロナとバドは身をもって知った。この人はいったい、どうやって今日まで生きてきたのだろう。
 いまひとつ腑に落ちない表情をしたまま、んじゃあ、行ってくるね~と籠を抱えて出て行ったカイをちょっぴりひきつった笑顔で送り、双子はふーっと汗をぬぐう。
「ふう……危なかった……
 さすがに三度目の奈落ツアーは勘弁願いたい。
 おまけにノーフューチャー料理でせっかくのマナの恵みを台無しにされたトレントは、『大気に怒りが満ちている』とストライキを起こし、しばらく実をつけてくれなくなった。やっと機嫌が直ったのに、またストを起こされてはたまらない。
 居候させてもらっている恩ももちろんあるが、それ以上に己の身の安全のため料理はもっぱらコロナが担当することになり、カイはなんだかんだ甘えている。
 自分たちよりずっと年上なのに、子どもより元気でやたら手のかかる師匠。そんな困った大人にはコロナもバドもとっても覚えがある。



 カイには昔から、住みはじめたばかりの双子には少しなじんだマイホーム。
 お使いを頼んでしばらくのち、山盛りの籠を抱えてカイが戻ってきた。
「はい、収穫完了! すごいね、全部パンプキンボム! ここに置けばいいかな」
「うわあ……こんなにどうしよう」
 コロナもバドも、さすがにカボチャには飽きてきた。自分たちがしでかしたことだから仕方がないが、あれだけ同じ食材が続いても平気なカイはある意味すごい。
「よし、さっそくドミナで食べたカボチャのグラタンを」
「大丈夫! 師匠は掃除をお願いします!」
「めちゃくちゃおいしいんだって! レシピも教わったし!」
「大丈夫! 師匠は掃除をお願いします!」
 収穫した野菜をキッチンへ運び込み、固いカボチャの下ごしらえまで手伝うと、コロナにとっとと追い出されてしまう。もはやどちらが家の主だかわからない。
 仕方なしに、カイはエプロンをつけたまま居間の掃除を始めた。
 小ぢんまりして見える外観のわりに、この家は結構広い。六人掛けのテーブルは一人で使うには大きすぎるし、部屋なんて屋根裏部屋まである。
 居間の右手は書斎になっているが、カイはあまり入らない。代々の住民が集めたらしい数々の書物は難しい内容のものが多く、活字が苦手な彼女はちょっと開いただけで目がちかちかしてくる。
 はじめて双子にマイホームを案内した時そう言うと、読書家のバドは「もったいない!」と声を張り上げた。
「魔導書に歴史の本に……魔法学園にもないような貴重な本がわんさかあるぜ!」
「うーん、そうなの?」
 試しに一冊手に取ってみたが、やっぱりだめだ。どれも字が細かすぎるし、魔道書に至ってはそもそも魔法文字が読めない。彼女が読む気になる本は、流行りの漫画とか雑誌とかせいぜいそんなのだ。宝の山をまるで活用する気のない師に、もったいねーともう一度バドが肩を落とした。
「師匠、アーティファクトは使えるのに……
 カイは精霊魔法はさっぱりらしい。
 バドからすると、どういう理屈だかちっともわからない。
 精霊を原理とする魔楽器と比べて、人の思念を原理とするアーティファクトは取り扱いが非常に難しい、と言われている。言われている、というのは、現代では使い手がほぼいないからだ。一定の素質さえあれば訓練次第で習熟可能かつ汎用性が高い精霊魔法が広まる一方、妖精戦争が終局に向かう頃にはアーティファクトはほとんど失われた技術となった。一応は貴重品として収集する者もいるにはいるが、多くの者にとってはお守り程度の認識でしかない。
 カイがそのまさかのアーティファクト使いと知り、使い方を訊いてみたところ、
「ふーっと息吐いて、じーっと見て、ぶああああ! みたいな」
 うん、無理っすね。
 バドは超貴重なアーティファクト使いに説明を求めることを諦めた。
「バド、ここの本は好きに読んだらいいよ。埃をかぶってるよりそのほうが本もうれしいだろうしさ」
「ひゃっほう!」
 持ち主の許可を得て、バドが飛び上がって喜んだ。



「はいできあがり! カボチャのグラタンです!」
 居間の大テーブルに、コロナが焼きあがったグラタンをでんと置く。巨大なパンプキンボムを丸ごと使った豪快なグラタンは、アマンダ&パロット亭のボリュームの比ではない。しかしこの家、コロナはともかく師匠も一番弟子もよく食べる。これだけ作ってもあっという間にカラになる。
 カイには、誰かと囲む食卓は久しぶりだった。
 マイホームにはカイのほか友達のサボテン君が以前より住んでいるが、彼の食事は水と酸素と光だし、サボテンなので当たり前だが植木鉢にじっとしていて動かない。
 そして団欒が久々なのはコロナとバドも同様だった。
「バド~、ご飯の時は本を置く」
 食事中にも読みかけの本をちらちら。行儀の悪い弟子をカイが咎める。
 バドが書斎の本を気に入ってくれたのはいいのだが、熱中しすぎてこういうことがしばしばある。
「うーん、師匠あとちょっと」
「ダメだよ、本は逃げません」
 ぴしゃりと言って師が本を取り上げると、幼い弟子は口を尖らせた。
「ちぇー、母さんと同じこと言うんだな」
 誰に何度言われても変わらないんだからと、同い年のコロナは呆れたように目を細める。こんな会話も双子には両親を亡くして以来だった。



 数日後、若い師は新たな旅の支度を整えた。人探しだという。
「師匠、今度はいつ帰る?」
「数日ってところかな? 旅の合間合間で帰ってくるよ。というわけではい、一番弟子のバドくん。新しい特訓メニューです」
 バドの顔が情けなく歪んだ。ここ数日で受けたカイの直接指導は、よく言えば熱がこもった――一般的に見れば地味かつハードなものだった。出かけると聞いてサボれると思ったけど甘かった。
「ほらほら、ガイアに大魔法使いになれるって言われたでしょ。しっかり学んで身体も動かす! キミはもう少し体力つけないと」
「よ、よし! 冒険には体力が欠かせないもんな!」
 
『お前は、今から七十三年後に珠魅の剣士とともに冒険に出ることになるだろう。その冒険を終えるころには、お前の名前は各地に轟いていることだろう』

 おととい聞いた大地の顔の予言は、バドをいたく奮起させた。もやしっ子のバドにはいい刺激になったようだ。
「師匠、お土産楽しみにしてるぜ! きちんと課題はやりますから!」
「帰ってくるの待ってますからね!」
 双子の頭の上に、ぽんぽんと両手がおかれた。
 カイは子どもの目線までしゃがみこみ、師と弟子たちのそれが合う。
 コロナとバドの両親は、ある日突然この世から旅立った。
 双子が抱く少しの不安を、きっと若い師はわかっている。だからこんなことを言ってくれるのだろう。
「コロナ、バド。あたしはかならず帰ってくるよ」
 また、お土産持ってねとウインクした。

 この家は住人が旅立ち、そして帰ってくる場所。大樹はいつでも枝を広げて待っている。
 だから『home』の素朴な看板は、温かなこの家によく似合う。
 旅行鞄に詰め込まれた新たな荷物。旅の地図。
 けれど彼女は知っている、帰る場所があるから安心して何度でも旅立てる。
 待っている人がいるから必ずここへ帰ってこようと思う。
 元気な「行ってらっしゃい」に見送られ、振り返って告げる「行ってきます!」
 そしてカイはぐーんと背伸びをすると、ぐるぐると肩を回した。
「さあて、いっちょ行きますか!」
 


『こころのあるばしょ』 おわり