著者: 雷歌/らいと
2024-10-19 10:15:53
15174文字
Public JEシリーズ
 

【JE/八杉】八神探偵事務所は臨時休業中

★10/31に全文公開いたしました
10/27開催EXPOSE THE CRIME SP2024にて発行した同人誌の本文です。
時間軸バラバラ、付き合ってたり付き合ってなかったりする八杉のSS5本の詰め合わせ。
仕様:A6(文庫)・本文40P・オンデマンド


*****



 事件も一通り落ち着き、ようやく心置きなく酒を入れてもいいようになった。そのためだろうか、普段はセーブしている杉浦も飲み過ぎたようで、八神は絡み酒をされていた。
「だからあ、八神さんはさあかっこよすぎなの」
 絡み酒とはいっても、褒め殺しされている。わりと情けないところも、成り行きで見てきたはずだが、それらを忘れたかのように八神の事をほめちぎっている。
「戦ってるところはもちろんだけどさ、犯人追ってる時も、尾行してる時の真剣な顔つきも、隙がなさすぎ!」
「お、おい、杉浦」
 この場に止める人間は八神しかおらず、海藤は「いいぞいいぞ!」と囃し立て、東はどんどん海藤に勧められた酒を飲んだためにすでに潰れている。九十九はというと、酔っていない一人のはずだが止めようとはしていない。どこか微笑ましく杉浦を見ていた。
「杉浦、いいから、ほら水」
 なんとか水を飲ませて酔いを醒まさせようとする。しかし、コップを差し出した手の上からがっしりと握られ、やや据わった目でじとりと見つめられた。
「八神さん! わかってんの!」
「ああ、わかったから、ほら」
「わかってない!」
 どうしろと、と思わずため息をついた。
 酔っ払いの相手は慣れているが、杉浦相手は初めてのことだ。もちろん、幾度か酒を飲みかわしたことはあるが、ここまで飲んでいるのは珍しいだろう。海藤の飲み歩きにも付き合えていたはずだが、今日は回りがはやいのかもしれない。
(気づかなかったけど、杉浦もずっと気を張りっぱなしだったのかもな)
 緊張の糸が途切れると、そういうこともあるだろう。ひたすら続く杉浦の褒めちぎりに、はいはいと返しながら苦笑する。
「さ、お店の時間もありますし、そろそろお開きにしますかな」
「お、もうそんな時間か。正直飲み足りねぇけど……
 つぶれている東、八神に絡んでいる杉浦へと視線をやり、ハシゴできる状態じゃねぇなと海藤は苦笑した。
「だな。東は、まあ海藤さんに任せていいよな?」
「おう」
「杉浦は」
「八神氏お願いできますかな」
「え、俺?」
「ボクはいったん事務所に戻りますので」
「戻る……って、まだ何かあったか?」
「そういうわけじゃなく。狙っているフィギュアの限定品の予約が開始されるのです。それに貼りつきたいので」
「相変わらずだなあ」
「まあ、二人飲みとかだったら送りますが、今日のところは八神氏の方が頼れますからな」
「ははっ、じゃあ頼られとくよ」
「はい、よろしくお願いしますぞ」
 会計は九十九と八神の二人で出しておくことにした。打ち上げということで、両方の事務所からという意味合いも兼ねてだ。
 九十九を見送った後はタクシーを適当に捕まえて東を押し込み、その横に海藤が乗る。
「海藤さんどうする、うちの事務所に行く感じ?」
「いや、うちに行くわ。そういや東の家知らねぇしよ」
「ん、わかった。じゃあ今日はお疲れ様」
 おう、という海藤の言葉を皮切りにタクシーは走り出した。
 そうして、あれ俺も杉浦の家知らないじゃん、と気付く。横浜九十九課の事務所に送るのも、さっき九十九と別れた手前、気まずい。
 説教もついに疲れたのか、杉浦はうとうとし始めている。この状態だと、何を聞いてもまともな答えが返ってこないのを知っている。家の場所は聞きだせないだろう。
 しょうがないかとひとつ息を吐くと、ちょうど来たタクシーに手をあげて止まってもらう。運転手には八神探偵事務所の住所を告げた。



「っはー! 疲れた……
 事務所が入っているのはエレベーターのないビルだ。成人男性一人を半ば抱える様にして階段を上るしかなかった。
 いつも自身が寝る方のソファに杉浦をおろすと、思いきり息を吐きだす。それから背伸びをして、上半身を右へ左へ。力を入れっぱなしで堅くなったような気がする筋肉をほぐすためだ。
 人心地ついてから、杉浦とは反対側の一人用ソファへと座った。すでに安らかな寝顔を見せる杉浦に、人の気も知らないでと苦笑を浮かべる。
 とりあえずジャケットをかけるかと立ち上った瞬間、杉浦が小さく声をあげながら身をよじった。
「あ」
 落ちそう、と思った時には体は動いていて、とはいえ全身を支えられたわけではなく、頭が落ちるのを防げた程度だ。杉浦の下半身はそのまま床に落ちてしまい、どたっと音を立てた。
 その衝撃で意識が浮上したのか、杉浦はうすらと目をあける。自分が何かに抱えられていることに気付いたのだろう、頭を少し動かして視線をあげた。
「あえ……やがみさん?」
 ばちりと視線があえば、起きたかと八神は困ったように笑う。杉浦の焦点はまだぼんやりとしているようで、こちらへの反応は薄い。放っておけばまた寝てしまうだろうと判断した八神は、ゆっくりとした動作で杉浦を抱えなおそうとする。頭を胸に預けさせたまま、右腕は背中から脇へ、左腕は杉浦の膝の下へ。全身に力をしっかりといれてから持ち上げれば、少し不格好だが横抱きしている状態の完成だ。
 そうっと持ち上げて、ふたたびソファへとおろす。それから腕を抜いて立ち上ろうとすれば、杉浦の背中側を支えていた手をとられた。
「ん、どうした?」
 酒を飲んでいたわけだし喉でもかわいただろうかと、八神は首を傾ぐ。杉浦は取った手を自身の頬にあてながら、目を細めた。
「好きだなあ」
 ぽつりと零された言葉に、八神は目を見開く。えっと思った時には杉浦の目は閉じられていて、寝落ちてしまっていた。
 聞き間違いか、それとも別の誰かと勘違いしてか。八神はそのどちらかだろうと結論付けようとした。しかしふと、未だ握られっぱなしの手を見つめつつ、杉浦から言われた言葉を思い出す。
──そういうつもりで見てない相手から向けられる好意に気付かないよね。
 それは、杉浦の実体験なのだろうか。先ほどの言葉が聞き間違いでも勘違いでもないのなら、そういうことだと捉えていいのだろうか。
 何事もなかったかのように寝続ける杉浦を見て、八神は小さくため息をつく。
「そういうつもりで見ていいんだ?」
 小さくそう言い、どうすっかなーと続けながら目をつむった。



 なんだか手にふわふわしたものが当たっている気がして、杉浦はそれを確かめるように手を動かした。
「くすぐったいよ、杉浦」
 聞きなじみのある声が聞こえて、杉浦は思いきり目を見開く。視線を動かせば、自身の腹の横に八神の顔があり、さきほどのふわふわしたものは彼の髪の毛であるらしかった。
 なんで?! と飛び起きれば、どうやら自分が八神の寝床でもあるソファで今まで寝こけており、何故か八神は床に座った状態でいたことに気付く。
「はよ」
「お、おはよ。え、なんでここに……?」
「杉浦ん家知らないから、仕方なくこっちに運ばせてもらった」
「あ、ごめん! 僕、もしかして酔っぱらって……?」
「そう」
「うわ、ほんとに? 飲みすぎちゃったのかあ……ごめんね、八神さんの寝るとこ奪っちゃって」
「大丈夫だって。今日もゆっくりできるしな」
「えーと、僕、昨日変なことしてないよね?」
 酔ってる間の記憶はないのか、杉浦が不安げにそう聞いてくる。八神は軽く笑いながら答えた。
「絡み酒はしてたけど、それ以上はなんも? 俺もちょっと休憩して横になろうと思ったら、そのまま寝落ちしたし」
(覚えてないなら、言わない方がいいよなあ)
 そう考えての返答だ。酔いと寝ぼけてと、まさか告白じみたことをしていたなんて知りたくはないだろう。
「そ、そう? ホントに?」 
「ホント」
「なら、いいけど……
 絡み酒をしたという点は気になっているだろうが、八神が平然としている以上つっこんで聞いてくることもなかった。
 じ、と杉浦を見つめれば「なに? やっぱり僕なんかした?」と表情がくもりかける。八神は少し笑って、
「いいや、顔にちょっと寝跡がついてるだけ」
 そう言いながら杉浦の頬についていた跡に親指で触れてなぞる。いつの間にか腕を枕にしていたため、服の皺が跡としてついてしまったのだろう。
 びくり、と肩を揺らした杉浦はすぐに八神の手から距離を取った。びっくりした顔しながらも、自身の頬に触れる。確かに筋のような凹み跡がある。それに、じわじわと熱を持ち出す頬にも気づき、顔を洗いたいからシンク借りるね! と言いながら急いで立ち上った。
 水を勢いよくだしつつそれがお湯に変わるまで、杉浦は自身の頬を押したりつまんだりしている。ほんのり顔が赤いような気もするが、これ以上見てても怪しまれるだけだろうと八神は目をそむけた。
 杉浦が顔を洗い終わったところに、いつぞや何かの粗品としてもらった新品のタオルを差し出す。
「あ、ありがとー八神さん」
「跡はもう薄くなったか、さすが若いなあ」
「やだなあ、八神さんだって怪我とかすぐ治るじゃん」
「自然治癒力だけはなんか強いんだよな」
 かなり羨ましいしなんか八神さんぽい、と言いながら杉浦は笑う。ふと、杉浦の前髪が濡れていることに気付いて、タオルの端をつかむとそこにあてた。
「えっ何?」
「濡れてる」
「あ、そう? ……八神さん、こんなに世話焼きだったっけ」
 タオルで軽く髪先をすくいながら指先でとんとんと水分を拭き取る。
「ま、杉浦君にはお世話なってますし」
「えー、なにそれ」
 あらかた取れたかとタオルをどければ、楽しそうに笑う杉浦と視線があった。
 ん? と首を傾げながら目を細める杉浦。かつて弁護を請け負っていた大久保と楽し気に話していた恋人の絵美と姿が重なり、じわりと心の奥が熱くなる。真実を追い求めた結果がこれであるならば、この先も道をたがえることはないだろう。
「八神さん?」
 ずっと見てくる八神を不思議に思い、杉浦がきょとんとした表情をする。ハッと我に返った八神は、ちゃんと拭けたか見てたんだ、と言ってタオルから手を離した。
「とりあえず、腹減ったし朝飯食いに行くか」
「いいね」
 こっち久しぶりだから行きたいとこあるんだ、と言って杉浦は先導する。朝だからやってっかなあ、と八神は言って後に続く。
 そして、事務所のドアにクローズの札をかけた。