著者: 雷歌/らいと
2024-10-19 10:15:53
15174文字
Public JEシリーズ
 

【JE/八杉】八神探偵事務所は臨時休業中

★10/31に全文公開いたしました
10/27開催EXPOSE THE CRIME SP2024にて発行した同人誌の本文です。
時間軸バラバラ、付き合ってたり付き合ってなかったりする八杉のSS5本の詰め合わせ。
仕様:A6(文庫)・本文40P・オンデマンド


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 そういえば、こっちに来てから中華のお店しか行ってないよね?
 そんな杉浦の一言が始まりだった。
 横浜九十九課に来た依頼の手伝いを八神と海藤にしてもらった後、報告を一通り聞き終えたところである。報告書という形は、九十九が聞きながらまとめてくれていた。
 杉浦は、窓から年末前のクリスマスムードに染まった街を見ている。どこかのお店に行く余裕もないし、事務所で少しイイもの食べるのもアリかなあと考えていたのだ。そこでふと、自分が把握している限りは、海藤はかなり飲み歩いていたが八神はまだそういう意味では横浜を楽しんでいないのではないか。そう思い浮かんでからの一言であった。
「他のお店も行ってみる? 依頼人から美味しいお店とか教えてもらったりするから、結構知ってるんだよね」
「へえ、杉浦おすすめの店ってことか」
「僕の、ていうか。まだ行ったことないところもあるけど」
 依頼に来る人物は様々だ。手ごろなお店だったり高級なお店だったり、時にはどこどこというお店の誰々が可愛い、なんていう情報も入ってくる。何かに使えることもあるだろうからと、一応覚えてはいるが。
「ちょうど良いんじゃねぇの、二人で行って来いよ」
「え?」
「そうですな。僕は報告書を仕上げてしまいたいですし」
「俺は、結構飲み歩いて横浜を堪能してるしな。それに、いったん神室町に戻りてえし」
「えっ、え?」
 そういうわけで、図らずも八神と二人で街を歩くことになった杉浦である。想像していたのは、四人でああだこうだ言いながら入りたい店を決めて、もしくはテイクアウトして美味しいものを食べる、という図であったのだが。
「えーと、八神さんどういう系がいいとかある?」
「そうだな……今は腹減ってるしがっつり系」
「オッケー」
 いきなりの二人きりにどぎまぎしながらも杉浦はなんとか教えてもらっていた店のラインナップを思い出そうとする。たくさん食べたいなら定食系か、それともステーキハウス系か。思案を巡らせながら、ふと、こちらをちらちらと見ている視線に気づいた。女性が二人ほど、ちらっと見てはひそひそと話しているようである。
 熱を持った類のソレに、杉浦はまたかと眉をひそめた。一人でいるよりも、八神といるほうがそういう視線を向けられることが多い。三人だとまた変わってくるが、どうにも声をかけやすくなるのだろう。
「八神さんさ、よく尾行とか無事にできてるよね」
「え、どういうこと?」
「ナンパって、されたことない?」
「ない、けど?」
「やぱり、一人だと声かけづらいのかな」
「杉浦?」
 今まで何回もの尾行を成功させてきたのだから、その途中で声かけられたことはなかったのだとわかってはいる。絡まれたりはあるようだが。
「八神さんはもっと、こう、オーラを消すとかした方がいいと思う」
「オーラって……んな無茶な」
「そうしたら、チンピラにも絡まれにくくなるかもよ」
「ああ、それなら助かるな」
 助かる、なんて思わず出てしまうほどに絡まれているのか。呆れたような表情をするが、それもしょうがないだろうと苦笑する。
「んなことより、マジ腹減ったんだけど」
 そう言って、八神は杉浦の肩に腕をのせて、その上にさらに自身の頭を預けた。ぎくり、と自身の体が硬くなってしまうのと同時に、きゃあっという小さい悲鳴があがる。それは先ほどからこちらを見ていた女性たちで。思わず驚いて視線をやった時には、彼女らはこちらを見ていなかった。けれども、少し興奮したように会話をしているようだ。
 そこで杉浦は、もしかして、ととある可能性を過らせた。
 もしかして声かけようとひそひそ相談し合っていたわけではなく、こちらの関係性を気にしていたのだろうか。
 少々自意識過剰だったろうかという思いと、肩から伝わってくる八神の熱に、じわりじわりと頬が熱くなる。
「杉浦あ、まだー?」
「え、ええと、そうだね。大盛り無料でしてくれる定食屋さんか、がっつりならお肉系もいいかなっと思ってて」
「あー、どっちもいいな」
「ね。八神さん、どっちがいいとかある?」
「そうだな……
 今すぐにでも食べたいし近い方がいい、と思いながら八神は頭をあげた。視線に入った杉浦の顔が、じんわりと朱が差していることに気付く。空腹なこともあり、脳に必要な栄養素も切れてしまったのかぼんやりとその顔を見つめた。
「や、八神さん? 食べたいもの決まった?」
 何故か八神の視線がこちらで止まったことに気付きながら、杉浦は困ったように微笑んで首を傾げる。
「ああ、そうだな……
 八神は肩に預けていた腕を軽く持ち上げて、杉浦の頬に手の甲を滑らせた。そうして、彼の耳元に口を寄せながら、
──すぎうら。
 ひゅっと喉が鳴る。思わず押しのけてしまわなかった自分を褒めたい。杉浦はそんなことを思った。
「も、もう、ほんとにお腹減ってんだね! じゃあすぐ近くのところ行こっか!」
 勢いよく八神の腕をつかみ、ひっぱるようにして歩く。一気にあがってしまった顔の熱も動機も、気にしている場合ではない。はやく八神の腹を満たさないと、何を言い出すかわからない。杉浦はそんな思いでただ歩いた。
 飲食店についた頃にはただの腹を空かせたいつもの八神で、ホッと息をつく。
「もー、八神さん、朝も昼も食べなかったの?」
 時刻はすでに昼食というには遅い時間である。依頼のこともあり、昼を逃してしまったのはわかるが、朝は食べてきているだろうと思っていたのだ。
「まあ、朝はコーヒーで済ませたからな」
「うわ、不健康」
 町中を駆け回ることもあるのだから、体が資本であるというのに。
 そういうことを考えると、定食屋でよかったかもしれないと杉浦は頷いた。
「たくさん食べて、今日はもうゆっくりしよ」
「だな」
 目の前に運ばれてきた料理を見て、うまそーと言葉を漏らしながら笑みを浮かべる。箸をぱきりと割ってから、ああでも、と八神は言葉を続けた。
「さっき言ったのも食べるからな」
「さっきのって?」
 首を傾げる杉浦に、八神は指し示すように箸の先を向けた。それは、真っすぐに杉浦へ。
「え」
 たっぷりの間をおいて出てきた言葉がそれだけ。杉浦の思考はストップしてしまったのだ。
 なお、この後出てきた料理の味は何もわからなかった。