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著者: 雷歌/らいと
2024-10-19 10:15:53
15174文字
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JEシリーズ
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【JE/八杉】八神探偵事務所は臨時休業中
★10/31に全文公開いたしました
10/27開催EXPOSE THE CRIME SP2024にて発行した同人誌の本文です。
時間軸バラバラ、付き合ってたり付き合ってなかったりする八杉のSS5本の詰め合わせ。
仕様:A6(文庫)・本文40P・オンデマンド
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「じゃあ依頼完了ってことで、これにサインお願いしまーす」
杉浦はすこしだけぎこちない笑みを見せながら、一枚の紙を差し出した。相手は八神探偵事務所が入っているビルのオーナーである。家賃が払えたり払えなかったりしているにも関わらず、しょうがないわねえと言って支払いを先延ばしにしてくれたり時には依頼もしてくれる良い大家だ。
「ありがとねえ、今回も助かったわ」
「いえいえ」
サインをした紙を杉浦に返しながら、大家はあらそうだわと何かを思い出したかのように言った。
「そうそう、これ、八神さんにもよかったら」
ポケットの中からいくつか出てきたのは、四角く包装されている小さいもの。大抵、どこのお店にでも売っているチョコレート菓子であった。
手のひらにそれをいくつかのせて、どうぞと差し出してくる。戸惑いつつも、ありがとうございますと言いながら杉浦は二つつまみあげた。
「今日、ちょうどバレンタインじゃない? だから買ってたわけじゃないんだけど思い出したから、ちょうどよかったわあ」
これだと本命さんにも誤解されないでしょ? と言いながら大家はうふふと笑う。そんな本命なんていないよ、と否定しようとして言葉を呑み込んだ。
(僕にはいないけど、八神さんにはいるかもしれないな)
「てことで、どうぞ」
依頼の手伝いを終えて、杉浦は事務所に戻ってきていた。
書類仕事をしていたのか、八神は一番奥にあるデスクにいる。そのデスクに、杉浦は大家からもらったチョコレートを二つとも乗せた。
「バレンタインね。俺も、ハタ迷惑カップルの依頼内容で気付いたわ」
杉浦が大家の依頼をこなしている間、八神はとあるカップルの依頼を受けていた。お互いを思いやっている仲の良いカップルではあるのだが、やることなすこと必ず何かに迷惑がかかっているか少々大事になりがちなのだ。今回は、女性側から恋人にサプライズをしかけたいとのことで協力を求められた依頼だったが、大したこともおきず良かったと安堵のため息をついていた。
デスクに乗せられた小さいチョコをひとつ取り、イベント毎からずいぶん離れたよなあ、なんて思う。包装を剥がしてから口に運べば、ミルクチョコレートの甘い味がたっぷりと広がった。
「八神さんモテそうなのに。今日はなにも予定ないの?」
「今言ったぞー。依頼で気付いたって」
「バレンタインって気付いたのはそうかもだけど、女の人がそういうの伏せて約束とりつけそうじゃん?」
「そういうもんか?」
「そういうもんでしょ」
そういうもんか、と今度は自身を納得させるかのように言葉を漏らした。
どうにも杉浦は、八神がやたらめたらにモテると思っている節がある。そんなことはないんだけどなあ、と否定してみせても疑いの目を向けられるばかりだ。そういう人物だと思われている──つまりは、杉浦の目から見て八神は格好いいのだろう──のは悪い気はしないが、そういう思い込みから何か誤解が生じるのは避けたいところである。
「けど、ま、予定はなにもないな。杉浦もここにいるってことは何もないんだろ」
「はは、まあね。まあそもそも、今日の依頼がどれぐらいかかるかわからなかったし」
「ああ、その件に関してはありがとな」
そういえば礼がまだだったなと思い、口にする。杉浦は嬉しそうに笑って頷いた。
「ん、どういたしまして。というわけで、寂しい男二人で焼肉でも行かない?」
「どういうわけだよ」
「バイト代ってことでいいよ?」
「それ言われると何も言い返せねぇな」
多少は金銭を渡しているが、けして多くはないし働きに見合ったものでもないだろう。源田法律事務所から依頼がきたときは多めにもらえるため、追加してはいるが、それでも見合わない。
目立った文句も言わずによく手伝ってくれるものだと、八神は感心するように息をもらした。
「じゃ、決まりってことで」
「しょうがねーな。ただし、キムさんとこな」
「えー、韓来じゃないの?」
冗談めいてそう言う様に八神も分かっていながら苦笑しつつ、ムチャ言うなと返す。
「はあい。まあ、キムさんとこさ、デザートにも力入れ始めたって話題だし行ってみたかったんだよね」
「ああ
……
適当に言ったことだったんだけど、うまくいってるんだな」
「えっ八神さん考案なの?」
そういえばと思い出す。韓来に負けないために、そして売り上げを伸ばすためにアドバイスして欲しいという話を以前したことを。
バーでバイトしたことはあるものの、そういう視点では素人の自分には的確なアドバイスができるはずもない。しかし、どうにも困っている様子のキムに断り切れず、とりあえず差し障りのないことを言ってみたのだ。
「中身にまでは口出してないけどな」
「へえ、それでキムさん実行するんだから、八神さんって信頼されてるんだねえ。今回の依頼人も──」
チョコレートを渡された後も、大家からの話は少し続いていたのだ。小さい依頼でも受けてくれて助かっていること家賃が払えないこともあるのでちゃんと食べているかしらという心配もあること。また試食手伝ってくれると嬉しいわあ、なんてことも話したっけ、と思い出しながら杉浦は話す。家賃の部分はあえて聞こえなかったとして、八神はへえと言葉を漏らした。
「依頼人と雑談できる余裕できてきたんだな」
「あー
……
まあ
……
」
根っこに人間不信な部分があるため、素で依頼人と接するのはまだ緊張する。ジェスターの仮面をしていれば平気ではあるのだが、八神探偵事務所の人間として行くのにそれはダメだろう。
一度、仮面してっちゃダメかなあ? と言ってみたこともあるが、人に慣れるためにも必要なことだろ、と八神は優しい口調ながらはっきりとそう言った。どうしてもダメそうなら別の方法考えるから、とも添えて。
人に接する時間をあまり要しない依頼の手伝いを回してくれるが、それでも最初の挨拶と最後のサインをもらうことは自分でしなければならない。たびたび同じ依頼人にしてくれたり、八神が接してみて面倒ではなさそうな依頼人にしてくれているため、ずいぶんと慣れてきてはいる。
「八神さんはもう兄貴みたいなもんだし、そういう人の話って聞いてて嬉しいじゃん?」
「ああ、それはわかる」
拾ってくれた親父、今でも良くしてくれる源田先生、相棒でもあり兄貴分でもある海藤のことを頭に思い浮かべてひとつ頷いた。
それに、と杉浦の方を見る。あとから依頼人と話しをすると、とても手際がいいと評判の杉浦。そんな話を聞くのも、八神は嬉しいのだ。
「そろそろ行かない? 僕もうお腹ぺこぺこ!」
腹をおさえながら空腹を訴える杉浦に苦笑する。そうだなと立ち上って、デスクにまだあるもう一つのチョコレートを手に取った。包装を剥がしてから、
「ほら杉浦」
「え? な、んっ」
杉浦の口へとチョコレートを押し込んで、おかしそうに笑った。
「鳩が豆鉄砲食らったみたいだぞお前」
「そ、そりゃいきなり口に入れられれば
……
!」
驚きもするよ、と口の中をもごもごさせながら杉浦は抗議する。それに、こういうことは男同士でやるものなのだろうか、と疑問に思わなくもない。
学生時代はひとりでひっそりと過ごし、その後引きこもってしまった杉浦にはわからないのだ。この距離感が、普通なのかどうか。せめて分かるのは、八神に少しでも好意を抱いている相手には効果抜群であろうこと。
「八神さん、こういうこと女の人にしないようにね
……
」
「やんないって」
真冬にすれば怒って手に取るだろうし、さおりはその前にこちらの手をはたいてきそうだ。こんな無防備に受け入れてくれるのは杉浦ぐらいだろう。
そこまで考えて、八神は心配げに杉浦を見る。
「な、なに?」
「お前、もっと警戒心持った方がいいかもな?」
「どゆこと
……
」
八神がなにをどう考えてそう至ったのかわからず、杉浦は首を傾いだ。
「あ、やばいそろそろ行かないとさすがのキムさんとこでも混むな」
「え! 急ご急ご!」
時刻は十七時前、外食というのは食事時の少し前から混んでくる。ばたばたと準備をして、先に出た杉浦を追うようにして八神も出た。ただし、電気を消すのを忘れて。
事務所のドアが閉まり切る直前、ガラス部分にある八神探偵事務所の文字が光を反射して少しだけ輝いた。
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