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gib_fox
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wt村来
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ずっとまえから、好きでした
村上くんが来馬先輩を意識し始めるけど、気持ちを隠し続けるお話。
本編より六年後のお話や、村上君の身長がちょっと伸びたりする描写があります。
支部で朝食を取ったり、いろいろ捏造もあるので生ぬるい目でお読みいただければ幸いです…!
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風呂が終わって部屋へ戻ると、誰もこの支部にいないんじゃないか、と勘違いするほど音が聞こえなくなる。それだけ部屋の防音もしっかりしているということだ。
寝巻きに上着を羽織って、デスクライトをつけた。村上の机にはノート、教科書、そして時計が置かれていて、デジタルの秒針が十ほど進んだころ椅子に座る。
(聞けなかった)
午後の来馬は、いつも通りだった。本当に、いつもと変わらなかった。変わらなさすぎて、逆になにかを隠しているような。またいつもの考えすぎか、と肩の力を抜きたいが、でもどうしても。
(
……
オレたちには
……
オレには言えないってことかな)
幾度か思ったことを、心にもう一度描いてみる。
鈴鳴第一の強みは結束と自他ともに認めている。けれどそれは戦闘における行動であって、プライベートや共同生活においては守られるべき秘密の一つや二つ、誰にだってある。現に村上は、別役の行動範囲を隅々まで把握しているわけではないし、今が誰と仲が良くて、どういう雑誌を読んでいるのかにも明るくない。かくいう村上も、誰となにを話したのかなんて、すべてをさらけ出しているわけではない。
一向に進まない予習に、ノートを閉じた。今日はこのまま眠ってしまった方が良さそうだ。けれど、果たして眠れるだろうか。
──宵闇が溶けてもはや窓からの景色も輪郭を成さなくなったころ、ドアがノックされた。びっくりして、思わず肩が上がってしまう。大抵この時間に、ほぼ人が訪問してくることはないから、慌てて居住まいを正した。
「は、はい」
いやこの場合、ドアを開けにいった方が良かったか? 不慣れな時間の来客に、村上はどうにも体をうまく使えない。
「鋼、ごめんね夜遅くに」
ドアが開くと、来馬だった。まさに自分が今考えていた張本人だ。半端に開いた口を塞げずにいる。失礼になるだろ、と己を叱咤してみても、体は追いつかない。
「びっくりさせたね」
「あ
……
い、いえ
……
」
そのまま二人でしんと静まり返り、黙っていること数分が経った。デスクライトが穏やかに反射して、来馬の足元を明るく照らす。まるでスポットライトのようにまるく光る床に、来馬が一歩進み出た。そこは彼の舞台となる。
「鋼、聞いてほしいことがあるんだ」
舞台の上で、来馬は話し始めた。いつもよりも震えたような声をしている。ここは自分一人しかいない観客席だから、どんな声音でも確実に拾える。が、耳はそばだてておいた。彼がこれから放つ言葉を、決して聞き漏らさないように。
彼よりも、少し低い位置にある自分の心臓が鼓動する。
「大学を卒業したら、結婚することになるかもしれなくて」
それは大きく、どくんと脈打った。
人生でもこんなに心臓が跳ね上がるように動いた経験はない。激しい縦揺れを起こしたあと、血圧が不規則になったのかわかった。手足がスッと冷えていき、どうしてだろうと声がする。
どうしてこんなに体が、おかしくなっているんだろう。
「急に決まったことじゃないんだ。前々から親には言われていて
……
ただ、大学を卒業してすぐっていうのは、急だったんだ」
「そう
……
でしたか」
「相手の顔も、名前も、大体の性格も知っている人だよ。全く一から関係性を築くわけじゃないんだけど
……
でもやっぱり、いろいろ考えてしまうことがあってね」
大学を卒業して、すぐに結婚をする人もいるのかもしれない。でも、村上にはかなり遠い話に思えた。自分の知らない領域の話題で、そこに踏み入れることは当分できないだろうとも。自分は恋愛を知らないし、特定の相手がいたこともない。結婚をして、家族ができて、それが世間一般の幸せなのならば、村上には到底目指すことはできないだろうと考えていた。
村上の世界は、身近にいる友人と、自分のいる隊のことで回っている。もしも相手がその域を超えて踏み荒らしたり、引っ張って村上を外へ押し出そうとすることを、良く思わない。
でも、あくまでそれは水上の言っていた、「他人がらみの自分の悩み」というやつなんだろう。
来馬の事情、来馬の悩み。村上は考える。
(この人にとっての、最善はなんだろう?)
来馬が卒業をしたら、この隊にはいられなくなるのかもしれない。いや、どのみち卒業までの期間はまだ長いから、自分が他の隊で隊長を目指すこともきっとある。でも来馬はそこにいて、「鋼の隊は強くなったね」と言いながら、ソファに座っていつものようにほほえんでいるんだと思っていた。
崩れそうな未来の絵図を、頭を振って追い払った。これはあくまで自分の願望で、そうあって欲しいというわがままだ。来馬自身の最善をたしかめるには、もう少し情報がいる。
「あの
……
今から、その、失礼なことを聞いてしまうかもしれませんが、」
「? なんだい?」
恋愛を知らない村上が、先輩の結婚という未知に対して疑問符だらけの隙間を少しでも埋めるために、来馬に尋ねる。
「まず、先輩は、結婚についてどうお考えですか?」
質問に面食らった来馬は、思わず吹き出してしまった。村上は笑われたあと、質問を今さら振り返って赤面する。
(街頭インタビューみたいなことを聞いてしまった
……
!)
慌てて謝罪をするが、来馬は「き、聞き方面白いね
……
」と言いながらニコニコしている。
「す、すみません
……
なんというか、オレにとってあまりに結婚、というものが大きすぎて
……
」
「ううん、いいんだよ。突然言いに来たぼくが悪いんだから。そうだね、ちょっとずつ鋼に質問してもらえたら、ぼくも気持ちの整理がつくかもしれない」
互いの認識のすり合わせをするために、立ち話もなんだから、と二人で向かい合って座った。「無理しないで足、崩してね」と言われてあぐらをかいたが、来馬は正座のままだった。
デスクライトを一度切り、部屋の明かりをつける。スポットライトの当たっていた舞台が閉ざされ、一旦幕間が下りたようだ。幕の内側で、二人は静かに話し出す。
「ええと、まずは結婚について、だったね」
「はい」
茶もなにもないテーブルで気まずいか、と村上は様子を見たが、来馬は気にすることもなくこちらを見ているので黙って聞いた。
「
……
ぼくだって、結婚なんてとてもじゃないけど実感が湧かない。大きすぎるよね、たしかに」
頬をかきながら、村上と同じような感想をつぶやいた。
「ぼくが思う結婚っていうのは、まあ本当にきれいごとみたいなものなんだけど、単純に好きな人同士が一緒にいることじゃないかと思うんだ。家も、お金も、社会的な立場も関係なく」
「
……
はい」
「でね、ぼくは結婚をするよりも先に、鋼とか、今ちゃんとか、太一といて、家族のように繋がりのある隊にいることが好きだし、幸せだと先に感じてしまったから、そこから抜け出すことは今の時点では考えられない」
あ、と村上は思わず声に出しそうになった。この感覚は、なんとなく自分でも知っている。
「でも結婚する予定の相手は、ボーダーにいることを良く思っていないみたいで
……
ボーダーから離れて生活をすることも視野に入れているらしい」
来馬が話すたびに、来馬の世界が見えてくる。
「『鈴鳴支部を建てた家の息子が、ボーダーのために貢献をしていて、そこに対して良く思わないだなんて理解がない』だって父親は言うけどね
……
でも人間の感情なんて、理解の行き届かないところで怒ったり、悩んだりするものだと思うし」
「来馬先輩は
……
その
方
かた
がボーダーにいてもいい、と言えば、結婚をされるのですか?」
きっと来馬も今いる世界から抜け出すことを強要されて、自分ほど露骨に嫌がりはしないだろうが
……
彼なりに、嫌だったのだ。彼も自分たちと等しく人間で、世界があって、そしてその世界の一部は村上と交わっている。
「もう彼女の内心を知っちゃったからね。本当は良く思っていないのに条件を飲んでもらって渋々了承を得るだなんて、たぶんそれは幸せじゃない気がする」
「
……
先輩は、今が幸せなんですね」
「うん、鈴鳴第一のみんなのおかげだよ」
村上は、来馬の朗らかな笑顔を見て安堵した。
(オレは、来馬先輩が笑っているのが好きなんだな)
そう客観的に感じると、心臓がふたたび大きく揺れた。それはどくどくと鼓動を連ね、村上の心拍を早める。来馬が表情を変えるたび、一喜一憂する。肌が粟立ち、ぎゅっとひざの上の拳を握りしめて懸命に己を律した。そうしないと手の震えに勘づかれてしまいそうだった。
(笑っていてほしい、悩ませるものの全てから守りたい、と思うのはなぜなんだ?)
他人がらみの他人の悩みは、質問をしていくごとに来馬の頭も整理されて、まとまってきたようだ。それが村上には自分のことのように嬉しかった。それに、結婚もまだ当分はしない方向にまとまりそうだ。現に来馬が、
「明日父さんに連絡をする決心がついたよ。結婚は、できれば違う人を探してほしいって」
と言って胸を撫で下ろしている姿を見て、自分も眉を下げて笑ってしまう。
「
……
良かったです」
そう囁くように漏れて、ハッと驚いて右手で口を塞いだ。
「ん? どうしたの?」
──良かった、という響きに含まれるあまりに自分本位な思いに村上は驚いた。口に出した途端、危うくてまだ形を成していなかった思いは、はっきり耳から脳へ伝わり、交感神経を優位にする。つまり、アドレナリンが、ドバドバと流れるのだ。
(オレは、来馬先輩が好きだ)
喉の奥まで乾いて瞳孔が開いた。明るい部屋で、目の前にいる人がいっそうまぶしく感じられた。
(きっと引きずるな)
最近になって自分をよくわかるようになってきた村上は、ふと頭の中でひるがえるスカートを思い出す。
(なんで今さら
……
ああ、そうか)
改めた考えを元に思考を整理すると、自ずと導かれる答えに村上は肩を落とした。眼前の人の立場を考える。来馬家の長男、鈴鳴第一の隊長、まだ噂でしか知らないが、のちのボーダー幹部候補と言われている人。
(未練って、こういうことか)
自分なりに思いがわかった途端、これは墓の下まで持っていかなくてはならないと悟ったのだ。
極めつけは、
「だから、今ちゃんも太一も鋼も、みんなが好きなんだ」
と言う来馬の、やさしい笑顔だった。このまえのように花に例えるなら、その笑顔はなんと表されるだろう。少なくとも、花自体はうつくしくて可憐だと思う。けれどきっと来馬には見えないところに棘がある。その棘に刺されたように心臓が痛んで、けれど今日限りだと言い聞かせながら、村上は口の端を無理やり上げる。
「オレも、みんなが好きです」
あなたが特別とは決して言えずに、村上はこれから毎日その思いを飲み干す決意をする。それでも鈴鳴第一にいられるのであれば、この世界を守れるのであればいいと頷き、不器用に話題を変えた。
「明日の天気はどうなるでしょうね?」
「どうだったかな
……
明日は防衛任務だもんね」
「はい、雨だとちょっと視界が悪くなる場所なので
……
」
明日の任務はチームで行動する。任務で赴く場所が住宅地帯には珍しくコンクリートで舗装された道路が少なく、昔ながらの街並みが残る場所だった。建物は低いが瓦屋根と鈍い色をした木目の住宅が多いので、雨だと余計に薄暗く感じる。来馬はスマートフォンを取り出して、天気予報を調べてくれた。
「大丈夫そうだ、明日は天気もいいみたい」
明るく伝える彼に、村上は礼を言った。
(青空の下で、先輩を見ることになるのか)
晴れやかに決意をし、喜びでほころんだ笑顔を見せたこの人を、明日は青空の下でふたたび改めてはっきりと見せつけられることになる。村上は下唇を噛んだ。
部屋から去っていく来馬に一礼をしながら、カーペット敷きの床を見つめる。毛羽立ちはあるものの、ほこりの立ちにくい素材を選んだであろうそれは、いつも村上の足なじみを良くしてくれるのに、今日はじっとりと裸足に吸い付くような気がしてたまらなかった。
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