シノハラ
2024-10-18 21:02:57
16960文字
Public アルカヴェ
 

12 months plus one(の前半)

セ伝任2を受けて12ヶ月のアルカヴェの本の前半6ヶ月分の短編集です。
通販は以下からどうぞ。
https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040031161435


11月

「今日の予定は?」
「んー、もう少し詰めたいデザイン案があるからそれをするくらいだな」
 二人とも起きるのが遅くなってしまったので、昼食を兼ねた朝食は重めにした。この朝食の場合、カーヴェはおやつが重めになって夕食は軽くなる。アルハイゼンは全部しっかり食べるのが恐ろしいが、その分運動をしているのでカーヴェは彼の食生活に文句の付けようがない。
「手伝ってほしいことがある」
「最初の確認必要だったか? まあ良いけど」
 塩漬けの肉とパンを一緒に口に含んで飲み下してから、アルハイゼンがカーヴェに申し出る。声の調子に緊迫感がなかったのが理由だろうが、結果的に回答を無視された格好になったのでカーヴェは思わず眉を顰めてしまった。とはいえ彼の判断はさして間違ってもいないので、交渉を決裂させるほどのことでもないだろう。
「この後から午後三時くらいまで君の時間がほしい」
「おっと……結構かかるな」
「その後のカフェ代と夕食代は出す」
 うーん、ともったいぶった姿勢を作ってみるが、そこまで報酬を提示されてしまってはカーヴェも断る理由を見つけられない。間延びした声を出すのも苦しくなった辺りで一つ大きく頷いて見せて、カーヴェはアルハイゼンの要求を再度受け入れることにする。まあ、そもそも時間のインパクトに少々驚いただけで、断るつもりにはなっていなかったのだ。
 ちょうど、というよりもタイミングを見計られていたのだろうと分かる料理の最後の一口を口に入れると、アルハイゼンがカーヴェの前から空っぽになった皿を取り上げた。どうやら片付けまでしてくれるらしい。
「ありがとう」
「うん」
 礼を言えば恩着せがましくないただの相槌があって、大皿の上に全ての食器を乗せてアルハイゼンが台所に姿を消した。早速聞こえ始めた水音を合図に、カーヴェも腰を上げて外出の準備をすることにする。
 服を着替えて髪を整え、化粧を施している間に食器を洗い終えたアルハイゼンが洗面台に顔を出した。服はもう着替えているので、後は目尻に色を落とすだけらしい。
 ちなみに、彼の癖のある髪はいつも軽く櫛でとかされるだけでいつもそのままにされている。彼曰く、多少手を入れたところですぐに戻ってしまうとのことだが、それが事実なのか単なる技術不足によるものなのかは不明だった。
 少しだけアルハイゼンを待たせてしまっていると気をせかしていたら、彼が家の奥から何かを引っ張り出している音が聞こえてくる。どうやら彼にも予定とやらのための準備が残っていたらしい。準備を済ませて玄関に向かえば、音の原因だったのだろうバケツとブラシ、それに手袋が目に留まった。
「掃除か?」
「ああ」
 わざわざこんなに気温が下がった時期にするものだろうかと思ったが、植物の育成スピードが遅い利点はあるにはある。なら秋口でも良いはずではあるので、その頃のアルハイゼンは多忙だっただろうかと首を傾げながら考え込んでしまう。カーヴェの記憶が正しければ、そんなことはなかったはずだけれど。
 バケツを手に外に出たアルハイゼンは家の周りで足を止めず、バザールの方面に向かうつもりのようだった。そんな華やかな場所にそれなりに使い込まれた掃除道具を持ち込もうとするなと思わずぼやいたが、もうカーヴェは彼を止めるつもりはない。
 家の敷地外で個人の手入れが必要な場所など、店でもやっていない限りそうそうない。カーヴェが抱いた憶測は彼が花屋に立ち寄って確信に変わる。先に予約をしていたらしい白を基調とした淡い色の花束は代金を支払われぬまま、カーヴェの腕の中に収まる運びとなった。
 アルハイゼンが自身の両手が塞がるのを厭っただけで、カーヴェに与えられたものではもちろんない。片手で下げても良かったのだが、人に渡すべき花束をぞんざいに扱う気になれずにアルハイゼンの代わりにカーヴェの両手が塞がっているのを彼が気にする様子はなかった。
 人を押しのけそうな勢いでどんどん進んでいくアルハイゼンの後ろを歩いてバザールを抜けて、シティの端の方に二人で向かう。目的地まではそれなりに時間がかかったはずだが、アルハイゼンもカーヴェも会話らしい会話はしなかった。
 家にいて似たようなことになるのは珍しくもなんともなかったから気にはならなかったが、いつもの沈黙とは質が違うように感じる。話していないのに不思議と彼の意図も思いも理解できた。彼ももしかしたらそうだったのかもしれない。
 シティの離れにある墓地の必要以上に華美でなくかといって決して質素でもない墓石の前に、アルハイゼンは掃除道具を下ろした。それからカーヴェから花束を受け取って墓石にそっと、まるで眠る人を起こさないように注意する仕草で白いそれを置く。
「君のおばあさま?」
「うん、両親もここに」
 アルハイゼンの横にしゃがみ込んで、墓石を撫でるカーヴェをアルハイゼンは止めなかった。彼の記憶にさえ残らない人達がそれでも確かに暮らしていた事実をカーヴェは意識する。自分達のように生き、今カーヴェの隣にいる人を産み育てようとする最中に彼らはこの世界から離れなければならなかった。
 そういう人達から忘れ形見として受け取った子を衰え行く体で育てた人。アルハイゼンは賢く、その能力の使い方を大切に教えられてきた子供だった。それでも、一人残していくことへの不安はきっといくらでもあっただろう。
 カーヴェはそんな彼らの不安を少しでも和らげられる存在であれただろうか。そう思ってから、自分から彼を突き放してしまった日のことを思い出す。どう考えても落第だ。
「今日は祖母の命日だった」
「うん」
 目を伏せて、カーヴェがしたようにアルハイゼンが墓石に触れる。その仕草から、今なお彼の愛情が幼い日々に寄り添っていた祖母に注がれているのが分かった。いったい彼らはどんな最期の日々を送り、彼だけが一人学び舎に足を踏み入れたのだろうか。学生の頃からカーヴェとアルハイゼンは多くの時間を共有してきたはずだったが、彼が語らず、カーヴェもまた語っていないことがいくらでもあるのだろう。
 知りたいと思う。いつか、そのすべてを。
「君のお父様とお母様の時も良ければ手伝わせてくれ」
 墓石を摩るように撫でると、手を付けたままだったアルハイゼンの手に爪先が当たる。かすかな刺激に気を取られたのか、彼の相槌はほんの少しだけ遅れて響いた。