Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
シノハラ
2024-10-18 21:02:57
16960文字
Public
アルカヴェ
Clear cache
Export ePub
12 months plus one(の前半)
セ伝任2を受けて12ヶ月のアルカヴェの本の前半6ヶ月分の短編集です。
通販は以下からどうぞ。
https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040031161435
1
2
3
4
5
6
6月
「良い家だったんだ」
安酒の割には味の良いそれに果実を添えながら囓り取るようにちみちみと飲みつつ、カーヴェは件の家を内見した時の感動を思い起こしていた。カーヴェのような人間にとっては随分と良い条件だと不動産屋も言っていたが、嘘偽りのない言葉だったと思う。
「まだ売れてないみたいだから君も週末にでも見に行ってみたらいい」
「俺は土地転がしになるつもりはないよ。今のところ大家もやるつもりもない」
どうせいつかこの家から本が溢れてしまうのは確定事項なのだから、もう一つくらいシティに家があっても困りはしないだろう。だというのに、アルハイゼンはゆるゆると首を振ってカーヴェの提案を拒否する。
良い所なんだぞ。日当たりもそれなりで風通しも良くて湿度も低めで、なんてアピールを続けても必要になったら検討するとしかアルハイゼンは返してくれなかった。
「本当に良い家だったんだ」
「
……
最近の君は飲むたびにその話をしていると俺は記憶しているが、君は覚えていないのか?」
もったいない。どうにかして今から金を工面できないか。そんな事をつらつらと口にしていたら、純粋に疑問だとでも言いたげにアルハイゼンがカーヴェに指摘してきた。え、と漏らして記憶を掘り起こそうとしてみたが、素面の時の事しか覚えていない。素面でも未練たらしくああだこうだと言っているのに、記憶がないレベルで酔っている時の言動は一体どうなってしまっているのだろう。
「君はサーチェンの遺産の処理方法を間違えたと思っているのか?」
「まさか!」
心外極まりない発言に思わずテーブルに手をついてから、肩を縮こまらせて小さく音を立てた食器の行方を見守ってしまう。当初の半分以下の量になっていた葡萄を支えていた皿がぐらりと揺れたが、そのまま耐え切ったのを見てカーヴェは安堵の息を漏らした。そもそも支えれば良かったのだと気がついたのは場が静まってからである。
「
……
あれが最善だった」
あの遺産のひとかけらでも手をつけるわけにはいかなかったと、カーヴェは理解している。遺産の総額を思えば端金であろうそれに直接的な力がなかったとしても、自らの血肉にした事実に自身が堪え切れるとはどうしてもカーヴェには思えなかった。あれはそういうものなのだから、あの瞬間にきっぱりと手を切るべきものだったのだ。
「けど、それで家がほしいって気持ちがなくなるわけじゃないだろう」
分かっている。分かってはいるが、指の先に触れていたはずのものを、権利を自らの手で手放して平気でいられるはずがないだろう。正直なところ、三日に一度のペースで夢に出てくるくらいだ。できることなら愚痴諸共、酒の力で洗い流されてしまってほしい。
「ちょっと古かったけど、プロが手直しすればなんとでもなる程度だったんだ」
グラスに残った酒を飲み干して軽く喉を焼きながら、カーヴェはぎゅっと眉間に力を寄せる。アルハイゼンに主張した要素ももちろん良かったが、実に美しい螺旋階段があったのだ。あれの価値が分からぬ者に売り払われてしまわぬよう、今のカーヴェには祈ることしかできない。
「下手に立地がいいから、取り壊されそうでひやひやする。いっそ、目利きのできる人に僕が紹介すればいいのか? いやでもだったらなんで僕が買わないんだって話になってしまいかねないし」
ぶつぶつと零しながら空っぽになったグラスの口をなんとなく指で撫でて、カーヴェは一つ溜め息を吐いた。もはやあの家を何度惜しんだか数えるのも馬鹿らしくなっているが、アルハイゼンの主張が正しければおそらくカーヴェが思うよりいくらか多くぐずぐずしてしまっているのだろう。
「
……
この思いつきも初めてじゃないんじゃないか?」
あの日から何回この家で飲んでいたんだったか。ふと気になって顔を上げると、アルハイゼンの視線とかち合った。彼の最後の酒を口に含んだ直後だったらしく、こくんと小さく彼の喉仏が動く。それで口の中は空っぽになったはずだったが、彼は何も言葉にするつもりはないようだった。
つまるところ、その沈黙が全てということだろう。ほんの少しだけ惨めになってあきれるような乾いた笑い声をカーヴェが小さく零してしまっても、アルハイゼンは下手な慰めの一つ寄越してはこない。それでも空っぽになったグラスをそのままに席を立たないでくれていることこそが、今のカーヴェにとっては救いと呼ぶべきものだった。
1
2
3
4
5
6
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内